第62話 今できる事を
盛大な溜息が零れる。
「お兄ぃ、その……お疲れ様」
「ああ、ありがとうヒナ。でもいいんだ、放っておいてくれ……」
式典は終わった。控室に戻った俺達三人に加え、今はリギスティアさんとソージア先生もこの場にいる。部屋の空気はお疲れ様ムード……ではなく、失敗を慰めるようだった。誰の失敗だって? 俺のだよ。
「……最後の挨拶という重役をよくやってくださいました。ありがとうございました、リオさん」
「でも俺……ごめんなさい、あんな事して」
「いえ、その……」
言葉に詰まるリギスティアさん。彼女ですらフォローできないのだ。あの後の式典の様子は。
「はぁぁぁぁ…………」
大きく溜息を吐いて、俺は自分の醜態を思い出した。
ざわめきを起こしたイレアの挨拶の後。名前を呼ばれ、勇んで立ち上がった俺は堂々と壇上へ向かった。嫌でも全身に浴びる注目を勇気に変え、自分を奮い立たせる。イレアがあんなスピーチをしたんだ、俺だって格好良く決めてやると。ゴクリと唾を飲み、一歩踏み出す。
が、その意気込みはポッキリと折れた。それもスピーチが始まる前にだ。
「……っ、はあぁぁぁ…………」
もう一度深く溜息を吐き出し、ジンジンと痛む脛を擦る。
そう、俺はコケたのだ。
壇に上がる時、思いっ切り踏み外した。力強く踏み込んだ足の先は階段を掠め、バランスを崩してたたらを踏んだ。スピーチに集中していた頭は急な視界の変化に対応できず、台本を手放して咄嗟に両手をつく。頭は無事だった。頭は。
『っっ!! んぐぅぁあっっ!!』
そして疎かになった足元……脛を階段の角に強打し、極めて情けない声をあげた。人生最大の冷や汗と痛みによる熱が鬩ぎ合う中、一瞬クリアになった頭で俺は思った。終わったな、と。
「リオ君、その……足、治さなくて大丈夫なの?」
「……大丈夫です」
ソージア先生の治療も拒否する。この痛みは俺が受けなければならないと、ネガティブな思考が体に命じる。
転んだ俺に、イレアや近くのメイドが駆け寄ろうとした。だが、俺は根性で立ち上がり、なんとか壇上に上がった。会場のざわめきはいつの間にか収まり、皆俺に注目していた。深呼吸……のつもりで吸った息は浅く。目を落とすと、転んだ表紙に握り潰した台本はクシャクシャだ。でもまだ大丈夫だ、巻き返せる。そう思っていた。顔を上げ、乾ききった口を開く。
『――ウンディーノ家次期巫女の、ミヅカ・リオです。皆様、本日はお越しいただっ……………………お越し頂き、ありがとうございます』
噛んだ。
『まずは僭越ながら、――』
それから先は覚えてない。一応台本通りには読んだ気がするが、棒読みもいいとこだっただろう。最後の挨拶で締めて一礼した頃には、さっきまでの参加者の空気が完全に変わっていた。嘲笑ですらない、憐れむような視線を感じた。
壇から降りた俺を庇うように即座に宰司が閉会の挨拶をし、惨劇は幕を閉じたのだった。
なんかさ……行ける気がしてたんだよ。壇上でスピーチするのって、俺ならできるって思ってたんだよ。なんでだろ? よく考えたら極東にいた頃だってそんな経験一回も無いのにな。分からん。夢か? いやどんな夢だよ。
「でもさ、ちょっと危ない空気だったのが一気に収まったんだよ? お兄ぃのおかげだよ」
「やめてヒナ、俺そんな事で褒められたくない」
そして元の席に戻って項垂れる俺をヒナが引っ張り、五人でこの部屋に戻って来たのがついさっきの事である。
「それにさ、あの後はスムーズに読めてたし、えっと、全然大丈夫だったし」
「ヒナ、やめて……」
「ほら、こんなハプニングくらいよくあるって! 元気出してお兄ぃ!」
「ああああああああ!!! 分かった! 分かったから! それ以上掘り返さないでくれっ!」
「あ、元気出た」
思わず絶叫して立ち上がるが、脛の痛みにまた座り込む。ヒナめ、そういう元気の出させ方は良くないと思うぞ!
「はあぁぁ……まあ、一生使える自虐ネタができたと思えばいっか……」
もう良い、開き直ろう。どうせ張り切ったところで俺のスピーチ力なんて高が知れてる。ヒナの言う通り、あの場の空気を払拭できたって事で良いじゃないか!
「……リオ、その……ごめんね」
「だからイレアも謝らないでくれぇ!」
■□■□
そんなこんなで気付けば夕方になっていた。どうやら悩んでいる内に、疲れも相まってソファーに座ったまま眠っていたようだ。体を起こすと、隣のイレアの方からも寝息が聞こえる。俺達以外の三人はいつの間にかどこかへ行ったのだろう。
すると、ドアをノックする音が。
「失礼します、イレアーダス様、リオ様。着付け直しのため参りました」
「どうぞ」
晩餐の前に崩れた衣装を着直すらしい。二人のメイドが部屋に入って来た時、イレアも目を覚ました。
「ん……あれ、リオ……?」
「おはようイレア。今から衣装直しみたいだ。起きて」
「うん……」
寝ぼけまなこのままメイドに連れて行かれるイレアを尻目に、俺も朝と同じ部屋へ向かうのだった。
「お兄ぃおはよー」
「おうヒナ。どこ行ってたんだ?」
衣装直しが終わって食堂へと連れて来られた俺は、先に済ませていたヒナと会った。気が早い彼女は食器だけが並んだ席に既に着いている。
「セレナのとこ。お兄ぃはずっと寝てたの?」
「ああ、イレアもな。リギスティアさんとソージア先生は?」
「さあ? わたしより先に部屋出てっちゃったから知らない」
大方、他家の人々の所に挨拶にでも行ってたのだろう。そう考えたら昼の式典を思い出してしまい、ちょっと気分が下がる。
それからしばらくヒナと他愛も無い話をしていると、セレナがやってきた。彼女は俺を見つけると、労わりの眼差しを向けて真っ直ぐに歩いて来る。
「お兄様、調子は如何ですの?」
「ああ、もう大丈夫だよセレナ。精霊術まで掛けて貰ったのにごめんな」
「いえ、わたくしの力不足でもありますの。ですからお兄様も気に病み過ぎず。お互いこれから精進ですのよ」
不毛な謝罪合戦はさせないぞ、と言外に圧をかけられ、やり込められてしまった。ヒナも大概だが、同い年のこの娘にも色々と敵わないな。
「ほら、そろそろイレア様がお越しになりますの。エスコートは紳士の役目ですのよ」
「……ああ、分かったよ」
「お兄ぃ行ってらっしゃーい」
二人に追いやられ、廊下に向かうと丁度イレアがメイドと共に食堂前の廊下を歩いていた。空気を読んだメイドは「任せます」とすぐに側を離れる。
「イレア、目覚めた?」
「うん、ぐっすり眠ってたみたい。疲れちゃったのかな」
「仕方ないよ。スピーチお疲れ様」
「ありがと。リオ、今からどっか行くの?」
廊下に出てきた俺を不思議がったようで、苦笑した。こういう時の「分かって無さ」はいつもの如く俺と同レベルでちょっと安心する。
「いや、イレアを迎えに来たんだよ……まあセレナに言われたからなんだけどさ」
「そうなの? ふふ、じゃあお願いします」
そう言って俺に手を差し伸べるイレア。手袋を外した素肌の手を取って、俺は再び食堂に戻るのだった。
晩餐会は滞り無く進んだ。やはり知り合いだけの場は緊張しないで良い。ティターニアさんとセレナから改めてお祝いの言葉を貰い、イレアや亡き父母の昔の話を聞きながら料理に舌鼓を打った。
「ねえねえ、ところでオクタールさんは?」
食事と話もひと段落付き、デザートの前に食器が下げられた頃。俺と一緒で聞き役に徹していたヒナだったが、遂に我慢できなくなったのか、気になって仕方が無かったという風に質問を投げかけた。
確かにこの場にオクタールさんは居らず、俺とヒナ、イレア、リギスティアさん、ティターニアさんとセレナの六人だけだ。使用人扱いのソージア先生が居ないのはともかく、彼が居ないのは不思議である。用事か何かと思ったのだが、ティターニアさんの答えは違った。
「彼は今日は来ていませんよ」
「え?」
「でも朝の時と式典には……」
「ええ、あれは影武者です。国境の関所を担う彼が離れ続ける訳にはいきませんからね。ましてや今日は巫女家の者がこぞって集まる日。警戒して当然です」
「なるほど……」
どうりで一言も喋らなかった訳だ。何気ない質問から国防の話となって、少し空気が変わる。
「ともあれ、今日の一件でノーミオ家との対立は明確なものになりました。これからは国境の中の方が注意すべきでしょうね」
「……申し訳ありません、お婆様」
「いえ、構いませんよイレア。遅かれ早かれ、次世代のウンディーノ家の立場を明確にする必要がありましたから。ですが次からは一言伝えて貰えると助かります。止めはしませんから」
「はい……分かりました」
勝手な事をしたのはイレアも気にしていたようだ。ただ、あれはイレアなりの決意表明だったのだろう。リギスティアさんからしても、イレアがああやって人々の前で自分の言葉を喋ったのは嬉しいはずだ。
「さて、明日も宜しくお願いします、ニア。我々は昼過ぎには会場に入っていますので、打ち合わせはその時にでも」
「ええ、よいパーティーに致しましょう。分家の方々も大勢いらっしゃいますからね。イレア様とリオ様のお披露目会ですから」
「が、がんばります」
「明日はスピーチは無いですよね?」
「ふふ、緊張なさらずとも大丈夫ですよ。次代の国の長の一人として、堂々と構えていればよいだけです」
また醜態を晒す羽目にはならなそうだが、難しい注文である。それから最後に出された豪華なフルーツのケーキを味わい、晩餐会は和やかな雰囲気で終わった。
■□■□
「お待たせしました、リオさん」
「いえ、ありがとうございます。早速いいでしょうか?」
晩餐会の後、しばらくして俺はリギスティアさんに謁見の間に呼ばれた。昼間には大勢が集まっていたこの部屋も今は閑散としている。
「内容は伺っていますから、私の方から聞きましょう。まずは……そうですね、お金の話をしましょうか」
「なんかすみません」
「いえ、貴方の働きは素晴らしいものですから、それに見合う対価を支払うのは当然です。言い値をお渡ししましょう」
「い、いえ、そんな。相場……ってのがあるかは分かりませんけど、それより少ないくらいでいいです」
「構いません、当家に入ったのならば全ては経費ですから。それに、ある程度は貴方に払わないと下の者にも示しが付きません。それよりも……何故急にこのような事を?」
「実は、かくかくしかじかで――」
彼女からすれば俺が突然お金が欲しいと言い出したのは不思議だっただろう。俺はやや遠回しにその訳を話した。
「――なるほど。つまりイレアに婚約指輪を買うために、という訳ですね」
「指輪と決まった訳じゃないんですけどね。こっちの文化は分かりませんけど、お互いに忘れていて……」
「ふむ、私もとっくに済ませていたとばかりに思っていました。であればこちらで見繕う事もできますが……二人で選んだ方が良いでしょうね」
「はい、お願いします」
微笑ましいものを見るような柔らかい表情で言われると、少し恥ずかしいな。しかしこれで問題の一つは解決した。
「ではそのように言いつけておきます。近い内にソージアから受け取りなさい。店の方でウンディーノ家に請求させても構いませんよ」
「ありがとうございます。それで次は……」
「極東軍の目的、ですね」
少し表情が険しくなる。彼女にとっては一番の懸念事項だ。
「極東は大精霊を狙っている、とリオさんは考えているのですね」
「はい。俺なりに色々考えたんですけど……やっぱり、母さんが最初に俺に指示した事が気になります」
大精霊との対話。俺達が公国に来た時に最初に言われた事の一つだ。あの時は母さんと極東軍や巫女家の事情なんて知らなかったのだが、今となればその理由も分かる。母さんの当初の目的は、俺と学長を引き合わせ、大精霊に接触させる事だったのだろう。
「母さんが……極東が、この国をどうしたいのかは分かりません。でも母さんの立場を考えれば、大精霊を狙っていると考えるのは自然というか、他に理由が思いつかないんです」
「ええ、その可能性は私達も一番に考慮しています。戦争と大精霊、どちらが主な目的なのか、或いは両方なのか。そもそもリオさんへの指示がシオン殿自身のものなのか、軍のものなのか、研究所としてのものなのかも今は分かりません」
しかし、とリギスティアさんは続ける。
「どのような目的であれ、この国を脅かす者であるのは間違いありません。当面の目標は彼女の身柄の確保、またはノーミオ家の者と共謀している現場を押さえる事です。その際にはリオさんにも協力お願いします」
「はい。俺も母さんと会って話したい事がありますから。こちらこそお願いします」
これで母さんに対するウンディーノ家の認識も知れた。しかし、次の頼みはそれと反する事かもしれない。何故なら、母さんの目的に沿ってしまうものだからだ。
「さて。この次に書いてある頼みですが、これは……リオさん個人として、で宜しいでしょうか?」
「……はい。聞けない願いかもしれないのは分かっています。それでも、残りの土と火の大精霊との対話を俺はしたいです」
「以前言ったかもしれませんが、基本的に他の巫女家の大精霊に干渉するのはタブーなのです。リオさんがシルフィオ家の大精霊と対話できたのは、向こうに貸しがあり、向こうも我々に協力的だからです。完全に対立しているノーミオ家に頼むのは難しいでしょうが……ダメ元で聞いてみます。期待はしないで下さい」
「お願いします。それと合わせてもう一つ。火の大精霊――サラマンド家について教えて下さい」
土と火の大精霊の話をしても、ややはぐらかされた。しかし俺は負けじと追及する。リギスティアさんの表情があからさまに曇った。
「サラマンド家は、当主が巫女として一人で家を担っています。それ以外の使用人や分家の者は居らず、彼女もまた滅多に人前には出ません。話をするのもノーミオ家以上に難しいでしょう。こちらも書簡を送ってみますが、ほぼ確実に断られると思って下さい。そうしたら、次は――」
「待ってください」
最初から決められた事のように、つらつらと言うリギスティアさんを俺は遮った。明らかにサラマンド家の話を避けている。話したくない理由があるのだろう。それでも俺は突っ込んだ。
「そんな訳無いじゃないですか。この国のトップである巫女家の一つが、たった一人だけなんて。仮にそうだとして、名前も年齢も何も教えて貰ってませんよ。そもそも前から疑問だったんです。火の大精霊が停止してるなら巫女家はどうなってるんだって。俺には知る権利があるはずです。次期巫女として」
一気に捲し立てると、彼女は押し黙ってしまった。あれ、まずい、踏み込み過ぎたか。
「……いずれ、お話しします」
返事は短い。それはこの話は終わりだと示していた。
「……分かりました。いずれお願いします。そしたら、最後の質問です」
俺は持って来ていた一冊の本を開く。ソージア先生が見せてくれたアルバムを借りたのだ。
「この写真の男。彼は誰ですか? ……いえ。彼は、俺の父親ですね?」
質問ではなく、確認。確信を持った俺の問いかけに、ふっと短く溜息を吐き、リギスティアさんは俺の目を真っ直ぐ見つめた。
「はい。彼は、貴方とヒナさんの正真正銘の父親。同時にウンディーノ家の一員でした」
先程のようには誤魔化せないと悟り、落ち着いたトーンで真実を告げる。やっぱり、とは思っていたが動悸が激しくなる。いや、それよりも。
「一員、でした?」
「現在、彼の籍はウンディーノ家から抹消されています。彼は……行方不明なのです」
「行方不明……」
せっかく近づいたのに。見つけたどころか、影さえ見失った気分だ。でも、そんな気はしていた。
「彼の、名前は? 年齢とか、その――」
「ごめんなさい。口止めされています」
言わなくても分かる。母さんだ。先程と違い、今度は隠す理由がはっきりしているから追及はしない。
「結局、母さんに直接確かめるしかないんですね」
母さんは俺達に全てを隠している。俺が知らない事の全てを知っている気がする。手札のカード全てが、ミヅカ・シオンという一枚のジョーカーで牽制されているみたいだ。
「『全てを知ったら話をしよう』。母さんはそう言いました。だから……協力、お願いします」
「出来る限りの事はします。質問にも、答えられるようにします。その時になったらまた声をかけますから……とりあえず今日は、お休みください」
謁見の間を出て、俺は自室へと戻った。ベッドに倒れ込み、目を閉じる。まだ眠れそうにはない。
「……疲れたな」
一気に色々と聞いたのは俺だが、受け止めるにはやはり体力を使った。そして、そのどれもが母さんに繋がっている。要するに今の俺は手詰まりなのだ。閉塞感が一層心を沈める。確かにリギスティアさんの言う通り休んだ方が良いのだろう。
「ヒナに話すのは、明日でいいか……」
この事実を伝えなければならないもう一人の家族を思い浮かべる。だがヒナも薄々分かっているだろうし、母さんとリギスティアさんが色々と隠しているのも察しているはずだ。事実とは言ったが、現状は何も分かっていないに等しい。
「口止め、か」
そもそもリギスティアさんと母さんの関係も謎だ。何故彼女は律儀に黙っているのだろうか? それもやはり、俺達の父親の失踪が関係しているのか? 考えたところで分からない。
「……シャワーでも浴びるか」
昼過ぎに眠ってしまったせいで眠気は全く無い。気分転換も兼ねて、俺は共用の浴場へと向かった。
■□■□
「ふぅ~、さっぱりした」
この屋敷の浴場はとても広くて綺麗だ。流石水の精霊術士のお家元である。位の高い者だけが使える浴場もあるのだが、寮のシャワールームや民家の風呂に慣れた庶民にはこっちの方が落ち着く。
「ずっと喋ってたし、喉乾いたな。なんか飲み物貰いに食堂にでも……あっ」
「あ、リオ。今お風呂上がったの?」
「ああ。さっきまでリギスティアさんと話しててな。イレアも?」
隣接する女性用の出口から顔を出したのは、ゆったりとしたガウンに身を包んだイレアだ。あまり人前に出るような格好ではない気がするが、ここでは普通らしい。似たような装いの女性高官を以前見た事があるけど、ちょっと目のやり場に困るんだよな。
「うん。お婆様とどんな話してたの?」
「うーん、話すと長くなるけど……」
「聞かせて。私まだ眠れないし。リオもそうでしょ?」
俺がそうであるなら、彼女こそ知る権利があるのは当然だ。そう考えて頷き、彼女の部屋へ向かった。
「――てな感じだよ。聞いたけど、結局殆ど分からない事だらけだったな」
「そっか。やっぱりあの写真の人、お父さんだったんだ」
イレアの最初の感想は俺達の父親についてだった。サラマンド家や極東軍の事についてはコメントしづらいのだろう。ちなみにお金の件は伏せてある。それくらいは格好つけていいだろ。
「それもこれも全部、母さんが隠してるせいで分からないんだけどな。手詰まりだよ」
「でも進展はあったんでしょ?」
「一応な。リギスティアさんも話してくれるみたいだし。でもなあ……」
ソファーに座り込み、天を仰ぐ。そんな俺の頭に手が置かれ、正面を向かされた。行動の主であるイレアと目が合う。
「大丈夫よ。それに、進まない事考えるよりも、足元を固めようよ」
「足元?」
「うん、足元。何のために今日来たのか覚えてる? リオは、その……だ、旦那様になるんだから、その、私の方も、見て、欲しい……かなって」
言ってる最中に恥ずかしくなったのか、自分から向けた顔を背けてボソボソと言う。それでも最後まで言った言葉で、俺は少し気分が晴れた気がした。
「……そうだな。婚約、したんだからな」
イレアの言う通りだ。先の見えない事を杞憂するより、目の前の彼女を見ないと駄目だ。なんたって国一番のお姫様を娶るんだから。
「イレア、今度買いに行こう。指輪でもなんでも、婚約の記念に」
「! ……うん!」
俺の返答に満足したのか、恥ずかし気だった顔を綻ばせて大きく頷いた。
今日はぐっすり眠れそうだ。




