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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
六章 婚約の寿ぎ
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第63話 パーティーと故郷の味

 翌日。昨日ほど慌ただしくない朝を迎え、昼食後に会場に移動するまでは特に予定も入らなかった。普段忙しそうなリギスティアさんやソージア先生でさえ珍しく暇そうにしていたため、多忙な二日間の間に設けられた休息の時間なのだろう。


「夜はしばらく食べてる暇も無いでしょうから、今しっかり腹に入れておきなさい」


 ソージア先生にもこう言われたが、昼はたらふく食べるつもりだ。なんたって、今日は特別に仕入れたあるもので昼食を作ってくれるらしい。


「……おっ、この匂い!」


 キッチンを覗くと、火にかけた鍋からモクモクと白い湯気が立ち昇る。それと共に仄かに甘い香り。


「あ、お兄ぃ! やっぱ気になっちゃうよねー。炊けたら呼ぶって言われたけど、もう来ちゃった」


 懐かしい香りを堪能していると、ヒナもやってきた。やはり極東人の心、昔風に言うなら大和魂。本能が()()を求めているのだ。そう考えながら二人並んでキッチンの入り口に張り付いていると、壮年のコックに苦笑された。


「もう少しでできますよ。火を止めたら暫く蒸らして完成です。リオ様とヒナ様のお口に合えばよいのですが」

「いえ、この香りでもう美味しいって分かりますよ! 他のはどうですか?」

「はい、スープと魚も出来上がっております。すぐにお運びしますね」


 その言葉に満足して食堂に戻る俺達。すると、私も同じものを食べたいと言っていたイレアが丁度やって来て、キョトンとした目で俺達を見た。


「……なんか、テンション高くない? そんなに美味しいの?」

「ああ、勿論!」


 キッチンでのやり取りが聞こえていたのだろう。目を輝かせる俺達を見てコックと同じような苦笑を浮かべた。




「お待たせしました、本日のランチでございます」


 待ちかねたコックの言葉と共に、それらは膳に乗って運ばれてきた。


「「おおぉ……!」」


 碗に盛られた白く輝く粒からは、豊かな蒸気が漂う。茶色く濁ったスープには根菜が沈み、緑の葉が彩る。そしてメインのプレートには皮はパリッと、赤い身は香ばしさを湛える魚の切り身。

 そう、米、味噌汁、焼鮭だ。


「これだよこれ! いただきます!」

「やっと……久しぶりに食べる、のっぺりしてないお米だ……!」


 俺とヒナは同時に米を口に運び、ほぐした鮭を含む。程よい塩味が口に広がる。良い塩梅とは正にこの事だ。


「「~~~~~~!!!」」


 何か月ぶりかの和食に舌鼓を打つ俺とヒナ。対するイレアは「珍しい味ね」くらいである。


「これ! ちゃんと極東のお米! こっちのみたいにパラパラしてないやつ!」

「いや、こっちのも美味いけどな? やっぱ米と言ったらふっくらもっちりだよ! ああ最高!」


 騒ぐ俺達を余所に「このスープ、ちょっとしょっぱいけど美味しいな」と味噌汁を啜るイレア。彼女からすればただの馴染みの無い国の郷土料理なのだから、当然の反応だ。それ以上に二人の興奮度合いが目を引く。


「ねえ、これがリオ達の国の料理なの?」

「ああ、再現度バッチリだよ! 味噌とか余ってたら貰おうかな」

「お米もまだあるよね? 贅沢言っていいなら一日一食はご飯が食べたい!」

「そ、そんなに?」

「そりゃそうだよ、イレア達にとってのパンみたいなものだからな。極東じゃ三食これでも普通だよ」

「いや、別に私は一日くらいパン食べなくても……」


 まあそういうものかと納得しつつ、艶々とした白い粒を不思議そうに見つめるイレア。ちなみに箸が使えない彼女はフォークとナイフ、スプーンで器用に食べている。


「お代わりお願いします!」

「わたしも!」


 そんな会話の最中にもあっという間に茶碗を空にした俺とヒナに、イレアは更に驚いた。しかしそれだけ二人が故郷の味を渇望していたという事である。国を離れた事の無いイレアには分からないが、そういうものなのだろう。


「よーし、わざわざ緑茶も淹れてもらったからな! 鮭ほぐして醤油垂らして、お茶かければ……!」

「あっ、醤油もあるの!? ずるいお兄ぃ! わたしもお茶漬けにする!」


 珍しくはしゃぐ婚約者と義妹の様子を見ながら、見た事の無い彼等の故郷に想いを馳せるイレアだった。



■□■□



「――で、食べ過ぎて腹回りがキツいと」

「申す次第もございません」


 午後。国の中心部にあるパーティー会場の建物に移動した俺達は早速今日の衣装に着替え、ちょっとした打ち合わせのために集まっていた。そこで動きづらそうにしているのをソージア先生に看破され、問い質されたのである。


「別に構わないけど、限度があるでしょう。故郷の味が恋しいのは私も分かりますけど」

「久しぶりに食べたら余りにも美味しくて……」

「結局お兄ぃ、あの後もう一杯ご飯食べてたからねー。味噌汁もお代わりしてたし」


 ポンポンとヒナが俺の腹を叩く。ちょ、マジで今はやめろって。


「緊張して食べられないんじゃないか、なんて杞憂でしたね。そんな様子なら夜も問題無いでしょう」

「はい、おかげ様で。でも今日は特にやる事は無いんですよね?」

「ええ。昨日に引き続き、参加者が挨拶に来るくらいよ。本当はダンスパーティーの予定もあったんだけどね」

「ダンスパーティー?」

「そうよ。でも、主賓の()()()()があって中止になったのよ」


 話を黙って聞いていたイレアが、俺にコクリと頷いた。中止を求めたのは彼女だろう。グッジョブだ。


「はぁ……変なところで似た者同士というか……」


 ダンスをやりたくない心が通じ合った俺達に、ソージアは小さく溜息を零した。


「どうせ他の家に招待されたらダンスパーティーなんて普通にありますし、いずれ貴方達の結婚の時には開催するんですよ? 時間ができたらキッチリ練習させますから」

「そんな……」


 よっぽどイヤなのだろう、イレアは悲壮感を漂わせている。しかし「昨日のリオ君のスピーチみたいにはなりたくないでしょう?」と先生に言われれば渋々頷くのみである。俺だってそれは嫌だ。

 とはいえ今は目の前のパーティーだ。俺達は会場となる大広間へ移動した。


「今日は立食パーティーの形式をとっていますから、移動は自由です。でも貴方達は挨拶される側だから、ステージの方のテーブルに陣取って欲しいの。何かあった時に対応しやすいようにご当主様がいるテーブルの隣、ここにいて頂戴」


 歩きながら会場の配置図を指差して、ソージア先生が説明する。扉に近づくとドアマンが恭しく一礼し、重い扉を開けた。中を見渡すと、図の通りに丸テーブルや長机、壁際に椅子が並べられている。


「中央に大きい花が飾ってあるあのテーブルよ。料理はこっちの机に出されるけど、欲しければ使用人か私に言いなさい。自分で取りに行く暇は多分無いわよ」

「せんせー、わたしは?」

「ヒナさんは二人ほど拘束されないでしょうけど、あまりウロウロするのは良くないわね。折角だしセレナーデ様と一緒にいると良いわ」

「むー。人を落ち着き無いみたいな言い方ー」

「実際無いだろ」


 反射でツッコんだらまた腹を押された。やめて、マジでヤバいから。


「……それとあまり大きい声じゃ言えないけど、こういう場で家の繋がりを見せておくのは大事なのよ。できればシルフィオ家の人と一緒にいて欲しくて、ヒナさんが適任なの。お願いできるかしら?」

「まあそういう事なら……」


 別にセレナと一緒にいるのが嫌ではない、というか始めからそのつもりだったのだろう。不承というほどでもなくヒナは頷いた。

 それから、立食形式でのマナーや名前を覚えておいて欲しい人などを教わり、パーティーの時間が近付いていった。



■□■□



「――それでは皆様、料理と共に御歓談をお楽しみ下さい。メインとデザートの配膳の時間になりましたら、後程お知らせ致します」


 昨日と同じく司会を務める宰司の簡単な挨拶があり、パーティーは始まった。昨日ほど厳かな雰囲気は無いが、煌びやかで参加者も皆優雅な装いである。


「それじゃ、後は頼んだわよ。分家の方々が多いから、基本的に知り合いは来ないと思ってね」


 一言そう言い残して先生は去って行った。彼女にも自分の持ち場があるのだ。ヒナは早々にセレナの所へ行き、一番豪華なテーブルに残されたのは俺とイレアの二人である。


「よし、人が来る前に俺達も何か食べて――あ、こんばんは」


 テーブルの皿に手を伸ばそうとした瞬間、若い男性がやって来た。


「イレアーダス様、リオ様。ご婚約おめでとうございます。私はシルフィオ家分家、トゥール家のミセル・トゥール・シルフィオと申します」

「こ、この度はお越し頂きありがとうございます――」


 慌てて挨拶を返す。先生の言う通り食べる暇もなく、俺達は来客の対応に追われる事になるのだった。




「――それではパーティーをお楽しみ下さい」

「お時間ありがとうございました。失礼します」


 もう二時間近く経っただろうか。何組もの人が挨拶に来ては、テンプレートな対応をし続けた。中にはよく分からない商売の話をする者や、露出度の高いドレスを見せびらかして色目を使ってくる女性もいた。どちらも俺とイレアを困らせたという点では変わらないが。名前は覚えたし、後で報告しておこう。


「リオ、次の人来たよ――こんばんは。本日はお越し頂きありがとうございます」


 すると一度途切れた客が再び現れた。四十代半ばくらいの線の細い男性だ。後ろには連れがいる。子供だとしたら俺達と同年代だろうか?


「これはこれはご丁寧に。私、ノーミオ家分家の親族であります、ミグヤ・スオロンと申す者でございます。さあ、お前も挨拶を」

「お目にかかれて光栄です。ミグヤの息子、トーヤ・スオロンと申します……なんてね」

「トーヤ!?」

「委員長さん?」


 男性の後ろから現れたのは俺の友人、トーヤだった。男性の苗字を聞いた時にちょっと引っ掛かっていたが、彼の父親らしい。


「なんで……って、そう言えばノーミオ家の親戚って言ってたな」

「うん。本当は来れなかったんだけどね、招待券が回って来てさ……これあんまり言っちゃダメかもだけど、ノーミオ家の方で招待を受けた人が少なくて。それで僕みたいな家柄が低い所に話が来たんだよ」

「あー、なるほど」


 小声でそう耳打ちするトーヤ。昨日の式典の話が出回ったのだろうか。いや、そうでなくともノーミオ家の人はこのパーティーにあまり来たくないのだろう。面倒くさい社会だ。


「では私はこれで失礼致します。トーヤ、私は向こうにいるからまた後で」


 父親は気を遣って場を離れた。


「はい、お父様……それで、折角行けるならって父さんが連れて来てくれたんだ。ちょっと落ち着かないけど、来れて良かったよ」

「いや、こちらこそ来てくれてありがとう。知り合いがいてホッとしたよ」

「私も。ありがとう、委員長さん――えっと、トーヤさん?」

「うん、トーヤでいいよイレアさん。あはは、初めて名前呼ばれた気がするな……」

「ご、ごめんなさい」


 この二人の会話は俺の知る限りこれで二回目か。心配になるほど狭いイレアの交友関係の一助になって欲しいものだ。派閥は違うが、俺の友達なら信用できるしな。


「それで、リオ。こんな所でする話じゃないけど、最近クラスで話せてないからさ……ミスズさんの事なんだけど」

「あーー……うん、教えて」


 イレアも分かりやすく顔を顰めた。できれば思い出したくなかったが、トーヤの言う通り近頃はあまり二人で会話ができなかった。教室にはミスズもいるからな。


「ミスズさんさ、二人の婚約が知れ渡ってから『自分は身を引いた』って感じの事を言ってるんだって。又聞きだから正確じゃないかもだけど」

「なるほど?」

「それでさ……これは周りが言ってるだけなのかもしれないけど、リオは極東にいた頃からイレアさんと婚約してたって話になって」

「ん?」

「そしたら今度は、婚約者がいるのにミスズさんに手を出したとか言われてるみたいで」

「えぇ……?」


 オイオイ、どっからそうなったんだ? というかミスズめ、そういう嫌がらせしてくんのかよ。腹が立つというより、意味が分からない。その話を広めて俺を学園に居づらくさせるとかか?


「まあこの話は周りが膨らませてるってのもあるんだけどね。でもミスズさんもミスズさんで、そういう勘違いをさせる言い方してるとか」

「卑劣ね。リオ、あんな人は放っておいていいから。どうせそんな嘘、皆すぐに興味無くすわ」

「とは言ってもなぁ」


 俺もイレアも、クラスメイト達と関わりが薄い。ミスズが公国に来たのはつい最近だが、中等部からの同級生である皆からすれば俺もミスズもここにいる期間は大して変わらないだろう。そうなると、話を信じるのはコミュニケーションをとって信頼を得ている方という事だ。

 それにこの話は嘘だと俺の口から否定しても良いが、話の内容的に否定した俺の方が嘘だと思われかねない。何とも狡猾なことだ。


「まだ良いのは、彼女達が短期の留学って事だね。いつ戻るのかは知らないけど、イレアさんの言う通りいずれそういう話は自然に消えると思うよ。まだ全員が知ってる話じゃないからさ」

「まあ、俺の方で何とかするよ。ありがとうトーヤ。また何かあったら話してくれ」

「うん、こんなお祝いの日にごめんね。あまり僕だけがリオ達と話してる訳にもいかないし、また学園で。それじゃあ失礼します」

「ああ。パーティーを楽しんで。また明日」


 別れを告げ、彼は人々の間へ消えて行った。まあどうせまた明日会うからな。

 それからは話しかけてくる人は少しずつ減っていき、俺達もようやく食事を楽しむ余裕ができてきた。だが時は既にパーティー終盤。結局最後はどこだかの分家の老人の長話に付き合わされながら、宰司の閉式の言葉を聞いたのだった。



■□■□



 パーティーが終わり、俺達は家に帰る支度をした。今から帰ったら深夜になってしまうが、明日も授業があるのだ。帰って行く客を見送ってからソージア先生やリギスティアさんに別れの挨拶をし、俺とイレアとヒナは霊動車に乗った。三人とも不慣れな行事の連続に疲れ、ヒナでさえ口数が少ない。


「……疲れたな」

「うん、二人ともお疲れ様」

「イレアだって一番大変だったろ。ヒナも立ちっぱなしで疲れたよな」

「うん。わたしの方にもなんかいっぱい人来たし」


 どうやらヒナとセレナの所にも挨拶に行った人が多かったようだ。一緒にいたティターニアさんが上手く捌いてくれたと思うが、俺達と同じで大変だったはずだ。


「明日も授業か……休日なのに休んだ気がしないな。あー、サボりたい。今ならティフォ先輩の気持ち分かるー」

「駄目だよ、ちゃんと行かないと。でも明日は私も早く帰ってゆっくりしたいな」

「とりあえず今日は帰ったらすぐ寝るよ……ふぁあ……」


 それにしてもヒナが静かだ。元気の塊も今日はスタミナ切れだろう。

 会話も途切れ、すぐに一人また一人と眠りに落ちた。到着して出迎えたソフィーさんに起こされるまで、誰も目を開けることはなかった。



■□■□



 帰宅後、順番にシャワーを浴びてからリオは即座にベッドに入った。明日の支度は明日すればいいさと言っていたが、あの様子だと心配だ。ちょっと早く起こしてあげよう。

 そしてリオが眠りに就いた後、私は最後にシャワーから上がったヒナちゃんをリビングで待っていた。


「あれ、まだ起きてたんだイレアお姉ちゃん」

「うん。車の中で寝てたからちょっと目が冴えちゃってね」

「わたしも。でも疲れたからもう自分の部屋行くよ」

「あ、ちょっと待って」


 そのまま階段を上ろうとした彼女を引き留めた。


「なに?」

「その……ちょっと話さない?」


 何を、とは聞かれなかった。階段へ向けた足を止め、テーブルに着く。元々彼女を待っていた私は二人分のマグカップを取り出し、沸かしておいたお湯でお茶を淹れる。


「最近さ、元気無いよねヒナちゃん」

「そう? ってまあ、バレてるなら隠さないけど。うん、ちょっとね」


 コポコポと音を立て、良い香りが広がる。キッチンのカウンター越しにそのまま話を続けた。最近彼女が自分の部屋に籠りがちなのは皆気付いている。


「急に色々あったからね。私も大変だし、ヒナちゃんも大変だと思う。昨日と今日もお疲れ様」

「ううん、イレアお姉ちゃんこそ。わたしはほとんど何もしてないよ。お兄ぃの方が大変だと思うな。今日だってもう寝ちゃったし」

「うん、リオにはすごく感謝してる。本人にその気は無いかもだけど、戦う時も、今日みたいな所でもいつも前に立ってくれるし。守られてるっていうか……本当は次期当主の私の役目なのにね」

「ふーん……好きなんだね、お兄ぃのこと」


 ちょっとニヤけてヒナが言い、私は顔を勢いよく上げた。もしかして惚気てしまっただろうか。恥ずかしい。でも、否定する事ではない。私がリオの事を……好きなのは、誰に憚る事でも無いから。


「――うん。リオが婚約者で、良かったって思ってる。だからウンディーノ家にも感謝してるの。あと、リオとヒナちゃんのお母さんにも少しだけ。一回しか会ったこと無いけど」

「そっかぁ」


 納得したようにヒナちゃんは呟く。敵対しているミヅカ・シオンに感謝するというのは変な話だが、彼女がいるから今のリオはいるのだ。彼女がウンディーノ家の人と結婚しなければ、巫女の力を持ったリオは生まれない。これが運命というものなのかもしれない。

 まあこんな思考は恋の病の一部なのだが、イレアはその事に気付いていない。しかしヒナはちょっとだけ目の前に座る義姉を微笑ましく思い、覚悟を決めたように少し息を吐いた。


「わたしさ、お兄ぃのこと、好きだったんだ」

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