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機械仕掛けの大精霊 オートマチック・エレメント  作者: ロングフイ
五章 権謀術数の水際で
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第49話 白昼堂々

「今からする質問に正直に答えろォ!! 一人ずつ聞くからなァ! 嘘吐いたら殺ォす!!」


 顔を動かさずに目線だけで確認すると、覆面の男が三、四……五人いる。強盗じゃないんだなーとかいう呑気な感想はさておき、この状況なら間違いなくドラヴィドの奴等だろう。若干の訛りからして間違いない。


「そこのガキィ!! 動くなっつってんだろうがァ!!!」


 リーダーらしき男がこちらを向いて叫んだ。そこのガキ……ヒナか。確かにモグモグと口を動かしている。なんつー神経の太さだ。ようやくごっくんと飲み込んだのを見て、男は舌打ちを一つ。それから他のテーブルに目を向けた。

 男は店内をぐるりと見回り、客が動かないのを確認した。唯一テラス席にいたカップル一組が逃げたが、追いはしないようだ。


「良いかァ!? 一人ずつ聞いて回るからなァ!!」


 再度宣言して、男は端の客から恫喝していった。


「てめぇ、ミコケとかいう奴等かァ?」

「ヒィッ、み、巫女家……ち、違います!!」

「本当だろうなァ!!??」

「ほ、本当です~!!」


 可哀そうなことに、気弱そうな女性が叫びを上げている。それに納得したように男は次のテーブルへと向かった。この順番なら俺達の席に来るのは最後あたりだろう。

 巫女家。一昨日聞いたドラヴィドの少年が言っていた通り、標的は俺達に違いない。しかし、こんな場所で聞く理由が見つからないな。


「てめぇはミコケじゃねえだろうなァ!!?」

「違います! 違いますから、許して下さい……!」

「あ゙あ゙!?」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 違うんです!」


 次の標的となった老女も必死に許しを請うているが、男は再度睨みつける。ちなみにその間、他の四人は店内をじっと見張っているだけだ。

 うーん。彼らの目的は分かるが、それにしては方法がお粗末過ぎる。こいつらを雇ったドラヴィドの人間は一体何を考えているんだ? 何かあるのではと勘繰ってしまうくらいだ。実はこれは俺達を足止めする囮で……いや、俺達がここにいるのは全くの偶然だ。分からん。


「てめぇか!? あ゙!!?」

「違う! 違う!! なんなんだお前達は!?」

「ぅるせえェ!! 殺すぞ!?」

「ひぁぁっ!」


 恰幅の良い男性も怒鳴りつけられて涙目になってしまった。

 ……マズい。ちょっと面白くなってきた。


「おめぇはミコケかァ!!??」


 何度もカタコトで同じ事を叫ぶ男と、老若男女問わず悲鳴を上げる客。コントじみたやり取りに耐えられず、肩を震わせてしまう。幸い顔は少し下げていたので、気付かれていないはずだ――


「ちげぇのかァ!!?」

「ぶふっ」


 あっ


「ンだてめぇ!!? 文句あんのかァ!!?? てめぇがミコケの奴かァ!!」


 噴き出した俺に即座に反応して男が叫んだ。いきなり向けられた大声に心臓が跳ねたが、一旦気を落ち着かせる。


「答えろォ!! 答えなきゃ殺す!!」


 顔を上げ、ナイルさんとヨハンさんを伺う。「やりましょう」と小さく頷いた。


「ちょ、ちょっといいいいですか?」


 やべっ。落ち着いたつもりだったが、流石に怖くて声が震えた。


「あ゙あ゙ん!!??」

「一旦、一旦落ち着きましょ? ほらその、巫女家じゃないって言った人は、その、関係ないですよね?」

「殺ス!!」


 戦いの火蓋は、あっという間に切って落とされた。




「「「「きゃぁあああああああ!!!!」」」」


 悲鳴が上がる。男が大振りに振り上げた武器を難なく避け、周囲を見渡す。


「お嬢、ヨハン! 客を外に!!」

「任せて! 精霊(スピリット)よ――『鎌鼬』!」

「ふんっ!」


 ヒナが風を巻き起こして男達の目から客を遮る。ヨハンさんはテーブルや椅子をなぎ倒して客を集めた。治癒術を使った身体強化だろう。


「若!」

「はい!」


 場所が開けた。覆面の男達も一斉に武器を構える。


「――マテリアル・オーダー!」


 テーブルに残っていたガラスの水差しを手に取り、漆黒のマテリアルに変える。ごめんなさい、ちょっと借りますよ。


「『加速』!」


 よし。手前の男はナイルさんに任せ、まずは一番奥の奴から。


「はぁああっ!」


 一瞬で距離を詰める。が、マテリアルの形を変えるのが間に合ってない!


「ふんっ!!」

「くっ」


 迫る斧を受け止め、たたらを踏む。だが相手にも一瞬の隙が生まれる!


「貫け、アイシクルランス!」


 イレアのものとは似ても似つかない歪な氷塊がぼこりと生まれ、警戒した男は更に一歩後ろに下がる。そして、俺の手元に黒い武器は無い。


「食らえっ!」


 氷塊は一瞬ののち、


 バリィィイン!!


「なんだッ!」


 甲高い音を立てて砕けた。そして氷の中から出てくるのは、漆黒の剣。


「やああっ!!」


 目晦ましと時間稼ぎは成功だ。マテリアルを再び手に取り、一気に斬りつける!


 ――一瞬の躊躇が生まれた。


「若っ!!」

「オラァアッ!!!」


 これを振り下ろせばどうなるか……そんな考えが頭を過った時。剣は空中でほんの一瞬の間、止まった。

 たった一瞬。されど、この場においては命を左右する間隙。


「ぅぐはぁっっ」


 激痛。男の振るう斧が腹を直撃した。


「お兄ぃ!?」

「ヨハン! 若を!!」


 そんな声が聞こえた気がして、吹っ飛ばされた俺は壁に打ち付けられた。痛い。が、血は出ていない。幸いにして刃の部分は当たらなかったようだ。だが動けない。


「若、動かないで下さい」

「ヨ、ハン、さん」


 深い呼吸ができない。服が捲られると、肌は赤黒く鬱血している。ヨハンさんは両手を当てて精霊術を使った。その間もヒナとナイルさんは敵を足止めしている。早く、早く戻らないと。


「精霊よ――水流壁! お嬢! 応援は!?」

「今向かってるって!」


 押されている。強くはないが、相手は一人倒した今も四人だ。ヒナもナイルさんも力押しに強いタイプではない。劣勢と言うほどではないが、拮抗はしていない。


「ナニをべちゃくちゃとォッ!」

「きゃああ!!?」

「っ、ヒナっ!!」


 後方から撃たれた精霊術の砲弾をヒナは躱しきれなかった。痛みも忘れて体を起こすが、


「若、まだです」


 ヨハンさんに抑えつけられる。浅い息は咳き込みに変わった。


「ゴホッ、ゲホッ、でもっ、俺は大丈夫ですから!」

「ダメです。もう少しっ」


 徐々に痛みが和らぐのと共に肌色も回復していくが、


「フンッ! 死ねェ!!」

「避けておじさんっ! 風撃(ウィンドブロウ)!!」

「くっ……!」


 ナイルさんが倒れた。ダメだ。持ち堪えられない。俺が行くしかない。ヨハンさんの手を力づくで振り切る。


「『加そ……ッく……!」


 だが、体は答えてくれない。一歩先には、ノーガードの背中を敵に晒したヒナ。更に先には受け身をとったもののまだ復帰できていないナイルさん。届け、間に合え!


「っ、らぁああああ!!!」


 なけなしの力で投げ飛ばした剣は弱々しい放物線を描き――



「精霊よ――静まれ、夜想(ノクターン)



 ――地面には、落ちなかった。


 否。落ちると言うにはあまりにもゆっくりと。放物線は続いている。


「こういうのは苦手ですのに――電撃(エレキショック)!」


 声の主は続けざまに精霊術を唱え、男達を一瞬で無力化した。なんて頼りになる援軍だろうか。


「お待たせしましたの、お兄様、ヒナ。協力感謝しますわ」


 凛とした静かな佇まいの少女。間一髪で駆けつけたのは、エレメント公国最年少の巫女、セレナーデ・ラバック・シルフィオだった。



■□■□



 その後すぐにセレナを追って駆けつけたシルフィオ家の兵士が、ドラヴィドの男達を縛り上げて連れて行った。ヒナが遠話で呼んだのよりも早く来たのは、駆け込んだ市民からの通報があったからだという。男女二人と言っていたので、最初に逃げたカップルだろう。

 それから俺は再びヨハンさんの治療を受け、四人の体力が回復するまで休むことになった。


「ヒナ、だい――」

「お兄ぃ、大丈夫? わたしは大丈夫だから」


 俺の心配をカウンター気味に遮られ、治療の終わった脇腹をぺたぺたと触られた。


「ちょ、くすぐったいって」

「うん。それくらいなら大丈夫だね。それと……セレナ、ありがと」

「いえ、お兄様がピンチとあらば駆けつけるのがわたくし達の役目ですから。ヒナも無事でよかったですの」

「ナイルさんも怪我は無いって。一番疲れてるのはヨハンさんだな」


 俺の怪我を治した彼はカフェのソファーを並べて横になっている。思ったよりも早く世話になってしまって申し訳無いな。


「セレナ、来てくれてありがとう。助かったよ」

「言ってるではありませんの、これがわたくしの役目です。まあ、もし呼ばれていなくても駆けつけましたのよ」

「ああ、ありがとう」


 当然とばかりに言うセレナ。こんなに慕われているのが不思議な感じだな。やや感傷に浸っていると、ヒナはすぐに切り替えて尋ねた。


「で、この後はどうすんの?」

「お疲れとは思いますが、皆さんには引き続き巡回をお願いしますの。彼等の身元が判明すれば、残りは四人。何としても今日中には見つけたいとお母様は言っています」

「分かった。他の班はどうだ?」

「イレア様とソージア先生の班も街の反対側を見回っています。今さっき丁度、怪しい二人組を見つけたと連絡がありましたの」

「ならあと二人かな? よーし、わたし達で見つけちゃおう!」

「ああ。でも今日はヨハンさんの復帰が難しそうだな。誰か応援を頼めないか?」


 俺にとって一番の功労者とも言える彼を叩き起こすのは忍びない。とはいえ俺とヒナ、ナイルさんだけではいささか不安だ。


「ならわたくしが行きますの。お母様に許可は頂いてますのよ」

「いいのか? まあ、もしあと二人なら一緒にいた方がすぐに捕まえらるか」

「うん、じゃあナイルおじさんに伝えてくるね……とその前に」


 ヒナはパタパタとナイルさんが休んでいるのとは反対方向……カフェの厨房へと向かった。


「ねー、これ勝手にお茶淹れていいかな? お金は置いとけば大丈夫だよね」


 戦闘前からの口の乾きと、飲み損ねた紅茶を思い出したようだ。気が抜ける程のヒナのマイペースさに、俺達は揃って苦笑した。




 しばらく休んだ後、俺とヒナ、ナイルさん、そして新たに加わったセレナの四人で街を歩くことになった。ヨハンさんがいないので怪我にはより一層注意しないとな。ちなみに紅茶とカフェで飲み食いした代金はその場に残ったシルフィオ家の人にお願いした。当初はナイルさんの奢りとか言ってたが、経費で落ちることになったらしい。


「でもこの辺の怪しい所は全部当たったからなー」

「報告でもこの一帯は目撃情報が上がっていませんの。どうなさいます?」

「……いや、あっしは向こうが怪しいと思いやす」


 地図を覗き込む二人と違い、ナイルさんは大通りを挟んだ向こうの住宅街を指差した。潜伏場所は無いだろうと地図上でもチェックを外した地帯だ。


「何故そう思いますの?」

「今日捕まえた七人……さっきの五人は別ですが、単独で見つけた二人は街に慣れてる様子でした。恐らく公国には過去に商隊として来ていて、拠点もあるかと。あとは……勘、ですかね。すんません、根拠も無く」

「いえ、信じましょう。元からあても無いのですから、勘に頼るのも良策ですの。行きましょう」


 ナイルさんの案に即決し、俺達は歩き出した。敵を見つけるまでのフォーメーションはやはり彼が先頭だ。ヨハンさんと二人で俺達を連れていた時は「護衛」という雰囲気だったが、今は子守りのようで少しおかしかった。


「三人兄妹のパパって感じですね」

「やめてくだせえ。でもうちはバカ息子一人で苦労してますが、若達なら三人いても楽そうですな。若とお嬢の母上殿は……いえっ、申し訳ねぇ」


 冗談めかして言ったが、すぐに失言を詫びた。ヒナの眉が一瞬ぴくりと動いてやや俯いたのをこの場の誰も見逃さなかったが、この雰囲気をすぐに収めようとしたのもヒナだった。


「気にしないで、おじさん。お母さんの事は……分かってるから」


 何を、とは言わなかった。だがそれ以上のフォローを望んでいないのを理解したナイルさんは、話を終わらせるように前を向いた。


「……着きました」


 そして俺達は、やや陰鬱な空気の漂う住宅街の入り口に辿り着いた。この先に何かあるという彼の勘を疑う者は誰もいなかった。




 そこは都市の中央に近い住宅街だというのに、ジメジメとした雰囲気だった。


「なんかヤな所……ここに住みたくはないなぁ」


 ぼやくヒナに無言で同意する。まず、ここは暗い。建物と建物の間には隙間が無く、道に影を落としている。更に自然の景観美として植えられたであろう周囲の木々が、逆に日の光を奪っているのだ。伸び放題の枝葉を管理する者がいないのだろう。


「ここは都市の中心で再開発が最初に行われた地域ですの。ただ、その後心配されてた人口の増加は無く……ゴーストタウンとまではなっておりませんが、我々としてもあまり管理ができていない状態ですの。でも、昨日の夜から周辺は監視していたそうです。敵の拠点があるとは……」

「まだ決まった訳じゃありません。落ち着いて行きましょう」


 ゆっくりと見回しながら住宅の間を歩く。たまにすれ違う人は、睨むと言ってもいいくらい訝し気な表情でこちらを見てきた。


「……拠点かは定かじゃねえですが、やっぱりいます。今の奴、見ましたか?」


 振り返らずに小声で聞くナイルさんに、全員こくりと頷いた。さっき通った男。ドラヴィド系の顔つきをしていた。


「この辺りはドラヴィドの出身の奴等が元からいる。木を隠すなら森の中ってやつですかい」

「いるかもしれませんね。セレナ、あとの二人ってのはどれとどれだ?」


 残り四枚となった人相書きの中から、イレア達が当たっているという二人の残りが誰か尋ねる。そのうち男女の二枚を取ったセレナは、注意書きに目を落とした。


「入国時の調査ですが、二人とも恐らく他の者より立場が上ですの。女の方は前回の定期便にもいたと――」

「待て、今の奴――いたぞっ!」


 突如。セレナを遮り、ナイルさんが声をあげた。


「追います!!」


 同時に、フードを被った通りすがりの女が駆け出した!


「若、あっしは回り込みます。三人で追って下さい!」

「分かりました――『加速』!」


 ナイルさんが路地の奥に消えるのと同時に、トップスピードで迫る。


「待てっ!!」

「……チッ!」


 速い! 精霊術を使った俺と同じくらい!?


精霊(スピリット)よ――断章(バガテル)!」


 セレナも一瞬遅れて精霊術で追いついてくる。ヒナは付いて来れないが、そんな事より!


「セレナ、右側を塞げ!」

「はいっ!」


 この住宅街は弧を描く一本道に沿う形で建物が敷き詰められており、裏路地は人一人なんとか通れるくらいの広さだ。中に入られたら追いきれないだろう。


「このっ、速い、なっ!」


 相手は住宅街を突っ切るつもりだ。逃がす訳にはいかない!


「『加速』っ……『加速』!!」


 限界まで重ね掛けし、距離を縮める。他の通行人がいないのが不幸中の幸いだ。もし誰かに激突すれば怪我では済まない。


「お兄様、前っ!」

「うわぁああっと!」


 寸前で塀を飛び越える。危ない。女を追いかけるのに気を取られていた!


「チッ、しつけぇな!」


 だが、女の声がはっきり聞こえるくらい近づいている。左右の逃げ場は無い。捕まえる!


「らぁああああっ!!」


 全力で地面を蹴る。あと二歩の距離!


「――――ざまあないね」


 だが、女はそう呟いて失速し、


「くっ……!」


 俺諸共地面に叩きつけられるように転がった。だけど受け身は取れた。こいつを捕まえれば――


「――おいガキ、そいつから手を離せ」


 野太い声が、背後から響いた。


「てめえとコイツ、どっちが死ぬか選べ」


 ゆっくりと振り返る。男の顔は見覚えがあった。今さっき人相書きで見た、彫りの深い褐色の顔。


「もしくは……そこの巫女のガキを引き渡せ」


 男の腕に掴まれているのは、ヒナだ。太い腕で首をロックされ、苦しそうにしている。踵は少し浮いて爪先立ちだ。

 セレナは精霊術を使おうと手を伸ばして、男に向けている。だが彼の手の中にいるヒナを見て動けない様子だ。

 俺が捕まえたと思った女は、倒れながらも口の端を歪めている。まるで作戦通りだとでも言うように。


「早くしろ。二人とも殺すぞ」


 そしてその中心にいる男は、ひどく落ち着いていた。

 俺は、身動きすら取れなかった。



■□■□



 その男は、今日までの有象無象とは気配が違った。やられた。隙が全く無い。


「他の奴はいねえだろうな。向こうにいた奴もお前等の仲間か?」


 その一言で、ナイルさんが来ない事を悟った。ダメだ。彼の無事も分からない以上打つ手が無い。


「おい、まずはそいつから手を離せ」


 言われるまま、女から離れる。嘲笑うような女の仕草に腹が立つが、それどころではない。ただ一つ良かった点があるとすれば、俺がウンディーノ家の巫女に近い人間だと知られていないことだろうか。彼等の凡その目的からして、もし知られていればこの場で終わりだっただろう。でも、それは全員の身を保障できるカードではない。


「ついて来い」


 俺達は、男に言われるまま薄暗い集合住宅の一つに入るのだった。




「ボスを呼んで来い。お前等は大人しくしてろよ」


 女を奥の部屋に行かせ、男はヒナを人質にとったまま部屋の隅に立った。俺達はその反対側のソファーに座らされ、しばらく待った。ごめん、ヒナ。絶対に助けるからな。


「ボスが寛大であることに期待するんだな。まあそこの巫女のガキは渡してもらうが」

「……」


 男の台詞は無視する。考えろ。どうすればいい? 正直、今の俺の体力は心許ない。全力は出せない。そして仮に全力で戦えたとしても、男に敵うのか分からない。ヒナが抵抗もできずに捕まったくらいだ。セレナが手出しできないのを見ても、一筋縄ではいかないのは明白だ。


「何か企んでいるのか? 無駄だ。大人しくしてろ」


 男は「ボス」と言った。他に彼等の協力者が一人いるという事だ。だが、この男と女でドラヴィドの脱走兵は最後だ。分からない。とある()()()()()だけが外れてくれるのを願うだけだ。

 そう考えていると、女が部屋から出てきた。


「ボスが来る。立て」


 俺とセレナは最大限に警戒しながら立ち上がった。軽い足音が聞こえる。


「ボス、お連れしました」


 女がそう言うと同時に、開きかけた扉を目に焼き付ける。


「――ご苦労様、良い仕事ぶりだったよ」


 ああ。一番聞きたくなかった声だ。軽薄でヘラヘラとしたいつもと変わらない声は、今ばかりは断頭台の刃のように重かった。


「よく来たね、三人とも。久しぶり……でもないかな?」


 見る者を釘付けにするような、眉目秀麗な表情で。蒼い目に金髪をなびかせ、彼は部屋に入ってきた。


「先輩……どうして……」


 ティフォ・ベント――いや、ティフォグランデ・ベント・ドラヴィドが、そこに立っていた。いつもと何一つ変わらぬ声音で、全く同じ飄々とした雰囲気で……。

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