第50話 裏切りと顛末
俺には目的がある。成さねばならぬ理由を知ってしまった。そのための一番の近道を考え、リオ君を通してウンディーノ家に取り入った。多少は怪しまれたけど、特に問題は無かった。彼等は俺の期待通りに動いてくれた。色々と行き当たりばったりだったものの、俺なら大丈夫だと信じていた。
そして、聞いていた計画通りドラヴィドの奴等が公国にやってきた。頃合いを見て彼等に接触し、そのために一度巫女家から姿を隠した。彼等もまた、実に予想通りに動いてくれた。
裏切りは仕方のないことだ。だが、利用する連中に対する愛着も信頼も無い。向こうは俺の事を信じているのだろうか?
なんにせよ、俺はもうあちらには帰れないということだ。
■□■□
「先輩……どうして……」
ボスと呼ばれた男。彼は紛れもなくティフォ先輩だった。いや、ティフォグランデ・ベント・ドラヴィドと言うべきか。
「まあまあ。全部終わったら説明してあげるから」
「全部終わったらって……どうするつもりですか!?」
先輩の態度は余裕の一言に尽きる。自分の優勢が覆らないと信じている表情だ。ヒナは気丈にも彼を睨みつけている。
「これはこれはティフォグランデ様……どういったおつもりで?」
セレナは冷静だった。いや、冷静であろうとしていた。時間を稼ぐつもりだ。だが、どうすればいい?
「んー、そうだね。君達の口から聞こうか?」
「クククッ、命乞いは聞かねえぞガキ共」
「宜しいですか、ボス?」
下卑た笑みを浮かべる女と対称的に、男は無表情だった。先輩も男の方に振ったようだ。
「巫女、お前は殺す。こちらにとって邪魔だからな。あとの二人は人質にして交渉材料にする。巫女家がお前等の命をどれほど惜しむか願っておくんだな」
「てな感じだって。どう?」
「……わたくしの命は構いませんの。お二人は絶対に傷つけないと約束して下さいまし」
覚悟を決めたように目を瞑るセレナ。でも、このままだと……!
「待て、ダメだ! セレナっ!」
「黙れガキ、こいつがどうなってもいいのか!」
女が、男の腕に捕まっているヒナに手を向けた。どうすれば。どうすれば三人とも助かる道が――
「まあまあ落ち着きなさい。君達の目的は伝わったみたいだし、そろそろ良いかな」
――いや、違う。何故セレナだけなんだ? ティフォ先輩は、俺に巫女の力があると知っている。面と向かって伝えた覚えは無いけど、例によって聞いているはずだ。じゃあどうして、俺の人質として利用価値を男は確信していない? 巫女は殺すというなら、どうして俺とセレナの扱いが違う?
先輩は徐に後ろに下がり、男と女の肩に手をかける。そして……ぱちりとウインクした。違う。これは合図だ。確信した。
「ボ、ボス?」
「いやー、予定通りに動いてくれて助かったよ。この名前もまだ使えたとはね。爺さんには感謝しなきゃ」
よく分からない事を言う先輩。だが、一つだけ分かった。
先輩は味方だ!
「『握空』」
「なっ!?」
いつぞや見た先輩の精霊術で動きを奪われる二人。空中に囚われた男の手からヒナが滑り落ち、床に尻もちをついた。訳も分からず混乱するヒナと、事態の急転に更に警戒するセレナ。そして俺は、安心していた。
「……チッ、怪しいとは思ってたがな」
「まったく、君は最後まで用心深かったねぇ」
「そこの馬鹿と一緒にするな」
だが男は俺よりも落ち着いていた。その様子に先輩は目を細め、更に力を加える。
が、次の瞬間。
「フンッ!」
「「きゃぁぁあああああ!!!」」
決壊したように、部屋の中を突風が吹き荒れた!
「ったく、しゃーないなあ! 精霊よ――ジェットランス! っらあ!」
目も開けられないような暴風の中、ガラガラと部屋の壁が崩れる音がする。ヒナとセレナは無事か!?
「リオ君! そこの女を頼むよ!」
「了解です!」
芝居がかってない、いつもの調子で先輩は俺に頼んだ。よし、男の方は任せよう!
「お兄ぃ、何があったの!? どうなってるの!??」
「ヒナ、先輩は味方だ! 女を捕まえるぞ!」
更に混乱するヒナに叫び、女の腕を掴もうとするが、
「させるかっ!」
「逃げんな!」
相変わらず、すばしっこい! 崩れた壁から外に出た女を追って、俺達は再び住宅街に出た。
「セレナ、追うぞ!」
「分かりました!」
とは言ったものの、もう俺の体力は残り少ない。一気に仕留める!
「これで最後――『加速』っ!」
踏み出した一歩で女に肉薄する。だが、あとわずか一メートルほど。手は届かない。それなら。
「精霊よ――流泡!」
薄い水膜が女の背に触れる。危険とも思わなかったようで、服を濡らしたまま逃げる。それでいい!
「くっ……まだ、まだぁ! アイシクル――ランス!!」
底を尽きた体力で手元から生み出せる氷は、ほんの指先程度。だが、崩れかけた水膜を辿ってそれは女の背を凍り付かせる!
「何をっ――」
背後に気を取られた女は、
ガッシャァアアアン!!
民家の壁に突っ込み、窓を割って転がり込んだ。これは無事ではないだろう。
「はあっ、はぁっ、はあっ、はあ……かく、ほ……」
同時に、俺も地べたに倒れ込む。ここまで全力で走ったのは初めてだ。疲れて顔も上がらない。
「お兄様!」
やや遅れてセレナがやってきた。なんとか捕まえられたのも彼女のおかげだ。女は気付いていないかっただろうが、無意識に壁際に追い込んだのはセレナが精霊術で牽制したからだ。道がカーブしてて助かったな。
「はぁ、はぁ……すまん、任せていいか?」
「ええ。ですがティフォ・ベントは……」
「大丈夫だ。先輩は敵じゃないよ」
迷いなく言い切る俺に少し困惑しながらも、セレナは女を縛り上げてヒナの元へ戻っていった。まだ動けなかった俺は、しばらく大の字のまま休んでから彼女を追いかけるのだった。
「まぁ、口ほどじゃなかったねー」
「……チッ」
民家に戻ると、ソファーの上には縛られた女が転がされており、男は手足を拘束された上で宙に浮いていた。一度は先輩の術から逃れた男だったが、先輩に敵うほどではなかったようだ。
「お疲れ様、三人とも」
「ティフォ・ベント殿」
いつもの口調で俺達を労う先輩に、セレナは厳しい目を向けた。ヒナも相変わらず先輩から距離をとっている。怪しまれるのも無理はないだろう。
「改めてお聞きしますが、貴方は我々の味方でしょうか?」
「もちろんよ。今回はちょっとドラヴィドの方に入り込んで捕まえただけさ」
「そのような作戦は聞いておりませんが?」
「敵を騙すには味方からって……って、冗談だってば。連絡取れなかったのは謝るよ。こっちも大変だったんだから」
「先輩、今回は先輩が悪いですよ。とりあえず全部話せば分かってもらえますって」
言い訳をする先輩に助け船を出すことにした。そうは言ってもピンチを助けてもらったしな。……いや、先輩がここまで誘導したなら、マッチポンプじゃないか? 素直に感謝していいのか?
「おお、リオ君だけが味方だ……よね? ごほん。そうだね、最近俺がみんなと会ってかなったのも理由があるんだよ。聞いてくれるかい?」
ちょうど一週間前。ティフォ先輩は巫女家よりも先にドラヴィドからの侵攻を察知したらしい。例の「盗聴」だろう。すぐに支度をして、先輩はドラヴィド国へ向かったそうだ。
「この時点ではこっそりとね。内部の調査をしつつ、盗聴の範囲を広げるのに必死だったよ。おかげでこの二人に接触できたんだけどさ」
ドラヴィドの部隊や計画をした王族から得た情報をもとに「隠密行動のために現地で合流する手筈だったが、二人に伝えるのが忘れられていた」という立場をでっち上げた。そしてドラヴィドの兵士達に伝えられた作戦に沿って、あたかも仲間であるかのように行動したという。もちろん怪しまれたが、自分は亡命したベント・ドラヴィド家の嫡子だと伝え、精霊術を見せることである程度信用されたらしい。
「いやもう大変だったよ~。あっちこっちに飛び交う情報を探りながら動いてさ、ウンディーノ家の部隊とちょうどかち合うような場所に行かせたりしてたんだよ? まあそこまで指示通りには動いてくれなかったけどさ。でも今日までに全員捕まえられたのは俺のおかげってことよ!」
「大変だったのは分かりましたけど……なんでそこまで一人で?」
「いや、もうちょっと楽だと思ってた。そんだけ」
単に見積もりが甘かっただけらしい。先輩らしいな。
「ところで、そんな簡単にドラヴィド国に行けるんですか?」
「そうそう、そこもけっこう時間かかったんだよね。山の麓が天気悪くてさ、坑道まで飛んで行ったらかなり時間食っちゃってさ」
「飛んでって……マジで飛んでったんですか」
「ばびゅーんってね」
呆れるほど理屈が通用しない先輩だ。公国からドラヴィドまでは早くて二週間かかると聞くが……うん、考えても無駄だな。
「てな訳で三日くらい寝てないんだよ。後は頼むよ。おやすみ~」
「えっ」
そう言ったきり、直立不動のままバタンと倒れてしまった。
「……どうすんの、これ」
「話が正しいなら、わたくし達の味方として行動していたんですの? ですが……」
今まで言葉も失っていた二人が呟いたが、それと同時にバタバタと大人数の足音が。
「お嬢様、ご無事ですか!?」
見覚えのあるシルフィオ家の兵士を先頭に、近づいて来た足音が雪崩れ込んできた!
「お嬢様!」「お怪我はありませんか!?」「ティフォグランデはどこに!??」「いたぞ! 捕らえろ!」「逃がすな!!」「ウンディーノ家のお二方もおります!」「ご当主様に伝えなさい!」「確保っ!」「ティフォグランデ確保ォッ!!」
「うわっ、ちょっ、待っ!」
「えっ、えっ?」
困惑するヒナと俺に対して、やや申し訳なさそうなセレナ。大勢に取り囲まれながら、こう言った。
「当家の者を呼んでおりましたの……ティフォ殿の弁明にはご協力いたしますわ」
意識を失ったまま簀巻きにされたティフォ先輩は、そのまま担がれていった。功労者が報われないのは少々可哀そうではある。
「……帰るか」
夕焼けの中、俺達は揃ってシルフィオ家の屋敷へと帰った。長い一日がようやく終わったのだ。
■□■□
「リオくーん、出してくれよーう」
「頼んではみますけど、ドラヴィドとの交渉が終わるまでは無理だと思いますよ。ほら、差し入れです」
あれから二日。ティフォ先輩はシルフィオ家の牢屋……とは言っても外に鍵の付けられた客間に軟禁されていた。保護されたと言ってもいいかもしれない。もっとも、先輩はその気になれば力づくで出られるし、そもそも先輩を保護する必要など皆無なのだが。無理矢理出たら余計面倒な事になるくらいは分かっているようだ。
「その交渉はどうなのよ。早く終わりそう?」
「どうにかドラヴィド国内の問題に落とし込むそうですよ。向こうの外交官が協力的なんですって」
「あー、その辺の担当はベント家だからね。まあドラヴィドもうちと同じで一枚岩じゃないってこった」
「耳が痛いですね」
シルフィオ家とウンディーノ家が中心となり、商隊を派遣したドラヴィドの担当者を強く糾弾することで収めようとしているらしい。意外にも、外交官はこちらの言い分を全て受け入れて国内に持ち帰るようだ。戦争に発展するのは向こうも避けたかったらしい。
「先輩は今もベント家と繋がりがあるんですか?」
「まさか。でも向こうの事情は概ね知ってるよ。簡単に言えば、ドラヴィド国内の平和主義者って感じかな。交渉が上手いから外交とか担当してるんだって。ちなみに爺さんはあっちの交渉も上手いらしい」
クイクイと指を動かす先輩の下品なハンドサインは無視する。そういや身内だったな。代々ドラヴィドの外交官は王族の分家、ベント家の者であり、そのトップは先輩の祖父だという。そう、放送委員のエスメラルダ委員長の祖父でもある男だ。彼は多くの側室を抱えているため、エスメラルダとティフォ先輩の親は異母兄弟らしい。だから従姉弟だけどあんまり血は繋がってないんだとか。
「そもそもうちの家族が亡命したのだって、政治的な争いに巻き込まれたくないからって聞いたしな。エスメラルダの家とは個人的に付き合いがあったから昔から知り合いで、その伝手で公国に来たんだってさ。今は何してるか知らんけど」
「会えばいいじゃないですか」
「やだよめんどくさい」
まったく、つくづく怪しまれる原因を自分から生む男だ。立場がハッキリしてないから巫女家から疑われたりするんだぞ。
「まあともかく、今回の一件で俺はもうドラヴィドには戻れなくなったな。あー、せいせいした」
「後悔しないんですか?」
「これっぽっちも。元からあんな国に戻る気は無いよ」
「そうですか。じゃあうちの人達から信頼されるように頑張って下さいよ」
「へいへーい」
軽い返事からして、あんまり重要に思ってないのだろう。今回だって先に相談してくれればよかったのにな。信頼されてないって訳じゃ無いけど、強すぎるが故に人を頼るのが下手なのかもしれない。難儀な奴だ。
「じゃ、俺は行きますから。意味も無く呼ばないでくださいよ」
「えー、暇なんだけど~~。ここ、ずっといると頭痛くなるし~」
「はいはい、我慢してください」
「ひどーい……」
ぼやく先輩を置いて俺は立ち去った。ちなみに、俺がこの部屋に呼ばれるのは昨日と合わせて六回目である。
「ティフォ殿のご様子は?」
「いつも通りですよ。暇だ暇だって言ってました」
一昨日から滞在しているシルフィオ家の客間に戻る途中、リギスティアさんに出会った。俺やヒナと違って屋敷を空けられない彼女は、ドラヴィドとの会議のために昨日も今日もここへ来ているのだ。忙しい人である。
「本件は彼の活躍で大方解決はしましたが……もっと我々を頼って頂いてもよいのですがね。信頼が足りないのでしょうか」
「人を頼れないだけですよ。ホウレンソウをきっちりするように言っときますね」
「お願いします。貴方のことは信頼されているようで助かります」
「まあ俺にも制御はできないので。それと、いつになったら先輩は解放されます?」
「明日には話は纏まるかと。今回はノーミオ家にはほとんど手出しをさせなかったので、我々の方は問題なさそうです。それとベント家の方ですけど、ティフォ殿については全く触れませんでしたね」
「完全に関係は断ってるってことなんですね。本人も言ってましたけど、もうドラヴィドには戻らないそうですよ」
「そう言って頂けるとありがたいです」
では彼の相手は任せます、と言われてリギスティアさんは去っていった。俺の事、先輩の保護者かなんかだと思ってるんだろうか……
そして翌日。
「俺、完・全・復・活!」
「もうしばらく閉じ込めてりゃよかったですね」
シルフィオ家の兵士に連れられて部屋から出た瞬間、ティフォ先輩はそう叫んだ。もちろんすぐに自由の身とはならず、今から行く所がある。
「さ、釈明しに行きますよー」
「最初っから無罪だって言ってるじゃんか~」
冗談半分に言えるだけ良い状態だろう。先輩を連れて俺はいつもの会議室へと向かうのだった。
……だからなんで先輩を連れて行くのが俺の担当になってるんだよ。
「――てな訳で、俺は向こうに潜入して上手い具合に対処してたってこと。オーケー?」
ここ数日の出来事を自身の目線から語る先輩と、それを聞く巫女家の面々。確かにこの一件は解決したのだが、話をややこしくしたり自分の信用が揺らいだ事は意にも介していないようだ。無自覚って恐ろしい。
「そのような行動に出る場合は必ず我々にお伝えください。次も同じように、とはいきませんよ」
「へいへい。次はもうちょい上手くやるって」
反省皆無な返事に溜息を吐くリギスティアさんに、参加者は全員同意した。
「ティフォ殿の処遇に関してですが……しばらくは監視を付けるべきでしょうね」
「私は構いません。ニア、それはシルフィオ家の総意ということでよろしくて?」
ティターニアさんが頷くと同時に、人々の目線が一斉にこちらを向いた。はいはい、分かってますよ。
「ではリオさん、彼のおも……監視をお願いします。何かあれば報告するように」
「……了解です」
リギスティアさん、本当にお守って言いかけたな。その後はいくつかの情報共有があって、一連の事件は思った以上に丸く収まったのだった。
■□■□
翌週月曜日。長いようで短い夏休みが終わった。
「おはようリオ、久しぶり」
「おはようトーヤ。もう二か月ぶりだな」
俺とヒナは昨日のうちに寮に戻り、今日からまた普段の生活が始まった。これからの動きは前もって決められている。
「あ、ホムラ先生だ。学期初めだし、なんか連絡でもあるのかな? 僕は聞いてないけど」
「いや、多分用があるのは……」
急ぎ足で、しかし慌てた様子は無く、ソージア先生が教室に入って来た。クラスを見渡し、俺と目が合うとこちらへ向かってくる。
「リオ君、学長がお呼びです。すぐに学長室に行って下さい。ヒナさんにも伝わっているはずです」
「……分かりました。授業はどうしますか?」
「話は付けてあります」
軽く頷き、やや緊張した空気が漂う。トーヤも何かを察したようで引き下がった。
「行ってきます」
ノーミオ家との正面衝突が始まる。ここからが本番だ。




