第36話 レギオン
「ヒナ、一旦降りてこい。見つかったら不味い!」
邪霊の大群。想定外だ。地形はやや急な勾配があり、邪霊のいる高地から一斉に攻撃されればひとたまりもない。ここは様子を見つつ撤退して――
「――! 数体こっちに来ます!」
チッ! そうも行かないみたいだ!
「リオ、どうする?」
「おびき寄せて平地で戦おう。丁度いい、報告がてら少し倒して行こう!」
頷く一同。すぐさま走って引き返し、見晴らしの良い小さな池の側で構えた。
「来るよ」
イレアが小さく呟く。さっきまで俺達がいた丘の上から、二、三、……六体の影が現れた。大きさはおよそ人の身長より少し大きい、二メートル程。二本の脚で立ち、二本の腕でバランスを取って坂を下りる姿はまるで、
「人間……?」
「いや、人型の邪霊だ。聞いた事も無いけど」
ヒナが言うように、人間のように見える。だがこの異質な気配。そして人ならざる細い形状の頭部が――こちらを向いた!
「イレアは俺と一緒に手前の一体に攻撃する! ヒナは奥の方を足止め! ソージア先生は攻撃後の様子を見て追撃を!」
唐突な開戦。だが最初の指示は前衛の俺が、以降はヒナ、緊急時はソージア先生と決めておいた。班長であるイレアが指揮を執らないでいいのか、と聞いたら「苦手だから」と苦笑されたのだ。
「精霊よ――貫け、アイシクルランス!」
だが彼女は指揮官である必要は無い。先陣を切る兵士だ。洗練された氷柱の一撃は、凄まじい速さで邪霊へと伸びる!
「いくよ! 『鎌鼬』!」
ヒナの起こした風が辺りの草を刈り取って巻き上げ、奥にいる邪霊へ降り注ぐ。そして目くらましと同時に動きを封じた。
「リオ!」
「ああ! 仕留める! ――『加速』!」
この一瞬の間に俺は何もしていない訳ではない。接敵と同時に準備を始めたマテリアル・オーダーで剣を形作ったのだ。
「はあああああああっ!!!」
使い慣れた加速の複合精霊術。いつしかティフォ先輩に言われた「長所を活かすべき」という言葉を思い出して、最近再び練習に励んでいるのだ。おかげでマテリアル・オーダーを使っている間でも普段と変わらぬ速さを保てるようになった。と言っても、風の大精霊との対話で強化された分もある。純粋に修行の成果とも言えないのが歯痒いけど……っと、今は目の前に集中!
ギィィンッ!
鋼鉄を突く短い音が響く。まだ足りない。もう一度加速を!
「リオ君、上!」
そう思った時、
『――、……――』
突如影が落ちる視界。頭上から謎の音。いや、邪霊の声。
「――避けてっ!!」
誰が言ったのかは分からない。
「精霊よ――焼き尽くせ、龍爪花!!」
眼前に揺らめく炎。ソージア先生だ。
――この間、一瞬。
そしてようやく俺は加速の精霊術の向きを変え、邪霊を蹴飛ばしながら後ろ向きに飛び退く!
「お兄ぃ!」
「大丈夫だ! 次のが来るぞ!」
今のは危なかった、なんて考えすら一瞬で頭の隅に追いやる。俺に襲い掛かった邪霊は炎に包まれて倒れたが、最初の一体はまた起き上がる。
「精霊よ――!」
再びの加速。少しだけ見渡すと、ヒナは右手側から奥の邪霊を足止めしている。左手側のイレアは、ヒナが止め漏らした邪霊に氷弾を叩きこんで抑えている。俺からは見えないが、後ろのソージア先生は左右の二人のバックアップをしながら遊撃だ。うん、以前よりも周りを見えてるな。
「お兄ぃ、一体任せるよ!」
「おう!」
俺が戦線に戻ると同時にヒナが止めていた邪霊を一体だけ通過させた。攻撃には向いていないが、ヘイト管理が上手いヒナは戦闘指揮の才能がある。
「っと、先に片付けるか!」
二体同時はやりにくい。俺は仕留め損ねた邪霊に迫る。
「はあっ!」
黒剣を両手持ちにして構える。歪な頭目掛け、大上段から切り下す!
「精霊よ!」
そして、剣先が触れる一瞬。風の刃を纏わせ、
ザン!
「――『加速』っ!」
真っ二つにした邪霊を足蹴に、次の一体へと斬りかかるが、
「チッ、遠かったか……!」
マテリアル・オーダー、加速、風の刃の三種同時使用は長くは保てない。足りない。距離が。速さが。
「……っ!」
力の酷使による頭痛がする。足りない。俺一人の力では!
「イレアっ! 邪霊をこっちに!」
「分かった!」
迷い無い即答。そしてそれと違わぬ速さの氷撃。邪霊との距離を埋めるのは、二人の連携!
「やああああああっっ!!」
振り下ろした勢いそのまま、逆袈裟斬り。最も速度の出る刃先さえ当たれば良い!
「縛めよ、フロストプリズン!」
霜の束縛。無抵抗となった邪霊は、
『……! ――……』
ギシャン!!
謎の音声を発し、頭のみが砕け散った。
「っ、はあっ、はあっ……」
「リオ、下がって。次はサポートをお願い!」
「ああ、分かったっ!」
言葉は気丈に。だが疲労は拭えない。
「リオ君、一旦休んで。残りは私がやります」
「いえ、先生がやるのは最後です。向こうの大群から逃げるために温存して下さい」
後衛まで下がると、ソージア先生がそう言った。確かにさっきの術ならほとんど一撃だ。手っ取り早いだろう。だが彼女はあくまで保険であり、護衛だ。もどかしく感じるだろうが、今は任せて欲しい。
「……分かりました、今はお願いします。とりあえず体力向上の術をかけますよ」
「帰ってからぶっ倒れるくらいのを頼みます」
「……知りませんからね。はあ、どうして私の生徒はこう無茶ばっかり」
ソージア先生は溜息を漏らしながらも、代謝を向上させる火の精霊術を俺に使う。体が軽くなり、すぐに息も整った。行ける。
「危なくなったら容赦なく介入するわ。イレアさんに怪我はさせられないもの」
「はい。前回とは違いますから」
俺は走ってイレアの所へ戻る。さっきより戦線が後退してるな。大群から引き離すようにヒナが誘導しているのだろう。
「お兄ぃ、イレアお姉ちゃんのサポートお願い! 一体ずつ分断して!」
「了解!」
残りは三体。そのうち二体が腕から生えた細い筒のような武器を構えて向かってくる。
――キケン。頭の中で危険信号が警鐘を鳴らす。それと同時に。
パアン、と破裂したような軽い音。頬に熱い感触。
「リオ! 精霊よ――アイスシールド!!」
「っ!」
なんだ。見えなかった。いや、気配が読めなかった。恐らく筒から何かが飛んで来た? 頬を触ると、手にべっとりと血が付く。
「アイスシールドっ!」
パリン、パリン、とイレアの生み出した氷の盾が割られる。呆気に取られている時間は無い。体に硬化をかけ、走り出す!
「イレア! 俺がまず武器を壊す! それまでは援護を頼む!」
「分かった!」
作戦変更だ。姿勢を低くして斬り込む。防御しながら倒すのは無理だ。だが腕を折るくらいなら!
「ふっ!」
横一文字。避けられた。リーチが足りない。
「伸びろっ……!」
ゆっくりとマテリアルの形を変える。今より長く。刃は要らない。重心を先端に。
「やあぁっ!」
振り上げたそれは柄の長いハンマー。構えも型も無い、ただの一撃!
「逃がさない! 縛めよ、フロストプリズン!」
筒が構えられる。だが、霜に包まれたそれは何も飛ばさない。これが対処法か!?
「ふんっ!」
だが、そんなものには構わない。マテリアルの丸い先端は武器を腕ごと捉え、
ガシャアアン!
粉砕した! だがもう一体は放置して離脱する。
「イレア! 氷を使えばさっきのは止まる!」
「任せて!」
「後はお兄ぃがやるから! わたしの方にもお願い!」
マテリアルを剣に戻す。あとはさっきと同じだ。
「『加速』……っ、キツイなっ!」
最後だ。全力を振り絞る。
「やあっ!!」
ギイン!
もう風の刃は使えない。一撃では倒せないが、
「『加速』っ!」
ガシャンッ!
弱った部分に連撃。頭部は地面に落ち、動かなくなる。だが、残るもう一体は。
「リオ君、伏せて! 精霊よ――燻れ、紫陽花!」
動きだした邪霊は武器を俺に向けた。それと同時にソージア先生が無数の火球を邪霊に飛ばす。
「っ、はあっ、……『硬化』っ……」
限界だ。マテリアルは形を失い、元のガラス瓶に戻って砕けた。せめてもの防御を体に施す。
『――、……。……――』
火が邪霊に灯る。再び意味の分からない音声。そして――
バゴオオオォォン!!!
爆発した。爆風で転がり、ついぞ使わなかったナイフを取り落とす。
「お兄ぃ!」「リオ!」
「大、丈夫だ。それより、あと、一体を……!」
ヒナとイレアの方に転げた俺は、二人の足元で倒れた。防御に徹したおかげで大きな怪我は無さそうだが、体は動かない。
「終わらせるよ、ヒナちゃん。少しだけ足止めをお願い」
「わかった。精霊よ――風壁!」
見上げるイレアはじっと目を瞑る。この空気は。
「私だって、何もしてこなかった訳じゃないから」
目を開け、風の中で藻掻く邪霊を真っ直ぐに見据える。そして小さく、しかしやけに響く声で。
「――氷獄の楔よ、彼の者の魂を打ち留めよ。コキュートス・スフィーナ」
音が消える。邪霊は彫像と化す。世界が氷に包まれたような空間。
『――』
邪霊は動かない。だが、不安になるような静寂ではない。
「っ、ふう、もう、大丈夫だよ。ヒナ、ちゃん……」
がくりと膝をつくイレア。地面の俺と目線が合った。勝ったのだ。
「お疲れ様、イレア」
「うん。リオも……お疲れ様」
懐からハンカチを出したイレアは俺の頬の血を拭いた。今更感じる痛みに少し顔を顰める。
「お兄ぃ、大丈夫? 向こうの大群は来てないみたい」
「ああ。でも少し移動しよう。先生を呼んでくれ」
ソージア先生は倒した邪霊の残骸を調べているようだ。一部は持ち帰るのだろう。
「戦えたな、俺達」
「うん。まだちょっと……いや、かなり危ないけどね」
だけど。二人に怪我をさせないという誓いは守れた。今はそれだけで良い。ソージア先生に助けてもらったが、先生が助けられる状況で戦えたのも上手くいった点と言えよう。
「帰ろう。報告と、話し合いと、やる事はこれからだ」
「うん。私も頑張る」
こうやって話ができているのだ。今は、これで良い。
それから少しだけ休んだ俺達は、戦闘にならないように警戒しながら学園へと帰ることにした。たまに遭遇した邪霊は先生が焼き払い、三人は少しでも休むようにと言われた。ここは安心して任せよう。
学園へと着いた時は夕焼けが紫色を帯びていた。帰る場所が見えると、疲れがどっと押し寄せる。
「明後日の月曜、放課後になったら職員室に来て下さい。学長に報告しましょう。今日は本当にお疲れ様でした」
「ありがとうございました。先生のおかげです」
「いえ、皆さんは成長しました。無事に帰ってこれて良かったです」
「うんうん、みんな頑張ったよ! ね、お姉ちゃん?」
「うん。ヒナちゃんもお疲れ様」
各々労い、今日は解散となった。部屋に辿り着いた俺は、荷物を置くなりベッドに倒れこむように眠るのだった。
■□■□
翌朝……いや、もう朝じゃないな。太陽は天頂を通り越して傾き始めている。
「あー、よく寝た……っいったたたた……」
全身が痛い。筋肉痛のような痛みが、骨も内蔵も問わず全身に響いている感覚だ。ついでに頭も痛いし、お腹も空いている。
「昨日の夜も食ってないからなあ……腹減ったけど、動きたくもねえ」
前にもこんな事があったな。討伐演習の翌日か、トレーニングの日だったか。ティフォ先輩が飯を用意してくれる数少ないタイミングだ。ああ見えて面倒見は良いのである。
「くっそぉ、ヒナは……ダメだな。イレアも疲れてるだろうし……」
そもそもイレアは寮にいないから無理か。トーヤも実家から通っているはずだ。ああ、もうちょっと友達を作っておくんだったな……
そんな事を考えている時。カタン、ドアの方から音がした。
「ヒナでも来たのか? おーい、鍵空いてるよー」
動きたくないのでベッドの上から叫ぶ。だが、しばらくしてもドアは開かれない。
「なんだ? じゃあポストかな……」
滅多に使われない部屋のポストに何か投函されたのだろう。仕方なく重い体を動かして玄関に向かう。
「ったく、めんどくさいなあ……」
ポストにはやはり白い封筒が入っていた。宛名は無い。ん? 既視感だな。
「まさか……!」
封を破り、中身を取り出す。そう、以前にも見た筆跡。
『緊急だ、リオ君。巫女家の当主会議が決裂しそうだ。すぐにこの手紙を持ってこの場所に向かってくれ。学長に会ったらもう一つの封筒を渡すように。中身は開けちゃダメだよ』
簡素な内容と走り書きの住所。そして封筒の中には、小さく分厚い封筒が入っていた。駄目と言われたら開けたくなる、などとは言っていられない。いつも呑気な先輩が「緊急」と言っているのだ。
「人使いが荒いぜ先輩……!」
体に鞭打って出かける準備をする。向かう先は公国の中央にある議事堂。当主会議の会場だ。
■□■□
時は遡ること約一時間前。サラマンド家の所有する議事堂の中の一番小さな、そして一番機密性の高い会議に使われる部屋。席に着くのは巫女家の当主であるリギスティア・ラバック・ウンディーノ、ヴィオテラ・ノーミオ、そしてティターニア・シルフィオだ。
「それではこれより、四家合同の会議を始めます」
「サラマンド家は、いつも通り欠席ですね」
「んな建前はどっちでもいい。さっさと本題に入れ」
少し緊張気味のティターニア、静かにヴィオテラを見つめるリギスティア、やや苛立ったようなヴィオテラ。三者三様であるが、そのうち二人の目的は一致していた。
「では私から。先日、当家とシルフィオ家の合同で会議をした結果、ドラヴィド国との戦争を起こそうとする貴女、そしてノーミオ家に対して抗議をする事を決定しました。こちらの要求は戦争準備の即時中断、ドラヴィド国との関係の緊張緩和です」
「ああ、聞き飽きたよ。何度も言うが、答えはノーだ」
きっぱりと言い切るヴィオテラ。彼女はさらに続ける。
「十七年前……お前らはあの戦争を忘れたのか? あの時から公国はドラヴィドに舐められっぱなしだ。しかも最近は軍の侵攻と思しきものもある。まだ返答も無い。ここで奴等の自由にさせたら今後はどうなる?」
「ですが、戦争となれば失うものも大きいです。前回は町一つで済みましたが、落としどころを誤れば被害は甚大になるでしょう。それは貴女も望まないはずです」
「なあリジー、私は国の立場を考えて言ってるんだ。お前らだって現状は良くないと思ってるだろ? それに平和を賛歌するようなタマじゃねえだろ……他に何か理由でもあんのか?」
両者一歩も譲らない。だが、ヴィオテラは何かを感じ取ったようだ。
「いいか、私は純粋に国の事を考えて戦争をするべきだと言ってる。それ以上でもそれ以下でも無い。ノーミオ家と大精霊の名に誓おう」
誓いを立てる。誇り高い彼女はそれに反するような事は絶対にしない。リギスティアとティターニアは顔を見合わせ、疑いが弱まったと感じた。彼女の発言に裏は無い。敵は他にもいる可能性がある。だが、一旦は譲歩するのが良いのかもしれない。
「分かりました。ですが開戦宣言はドラヴィドからの連絡が来てからです。これが最大限の譲歩です」
「……駄目だ。待っていれば後手に回る羽目になる。前回もそのせいで被害が出た」
「ですが、ヴィオテラ様!」
静かにしていたティターニアも止めようとする。だがヴィオテラは席を立ち、
「今すぐにでもだ。宣言をする」
「ヴィオ、待ちなさい!」
「ハッ、随分と平和ボケしたなリジー。それにティターニア、お前だって本当は戦いたいんだろ?」
揺さぶりにかかるヴィオテラ。シルフィオ家の当主が戦闘狂である事は巫女家には周知の事実だ。二人は彼女を止める言葉を失った。戦争は間もなくかと思われた時、
コンコン、とノックする音。
「誰だ」
「失礼します、当主様方に来客でございます」
こんな時に、と三人とも困惑した。そもそも人を入れるなと言ってあるはずだ。
「……入れ」
少し気勢を削がれた声で入室を促す。それと同時に入って来たのは。
「はあっ、はあっ、……学長、……この、手紙をっ」
息も絶え絶えな少年。三人にとって馴染み深い、学園の生徒――ミヅカ・リオだった。




