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いよいよ御大、登場か




仙主トマス様にはロンバートから報告がいったので、私はすっぽかされた約束以降、あの件から手を引いた。ロンバートの報告から貴族仙人オーエンとの接触が見込めないと仙主トマス様も判断したのだ。だから、私の生活は以前のものへと戻った。日中は国立図書館へ行き、こじんまりした家でなくホテル住まいではあるが。変わり映えしない感じだ。とはいえ、司書エミリーは仙界へ戻ってしまったし、宰相ロレンスも相変わらず軟禁中なので以前と同じとは言い難い。ただ、私の周りは日常に戻りつつあったし、それを否定する程の変化はなかった。


私は国立図書館へ行き、新聞を広げた。今日の一面はどの新聞社の新聞もある大掛かりな詐欺グループ摘発の事件ばかりであった。多分、私は小さく呟いた。「これって、オーエンの仕業でしょうね」

あまりに小さくてその呟きは誰にも聞こえなかったと思う。

手際の良さがオーエンらしく私には思えたのだ。明白な証拠はない。

オーエンの復讐と思われるその前の2件も彼の仕業という証拠はなかった。これは3件目。この3件の関連性はない。会えて言うなれば、この3件のターゲットが全員、オーエンの復讐対象ということだ。これを偶然というには、いささか無理があった。

一通り有名どころの新聞を読み終えて、私はひとつ吐息をついた。こう言っては失礼だが、どの新聞も似たり寄ったりの記事のようだ。それとも、一気にすべてを読んだから私自身が記事を混乱させているのかもしれない。

私は面を上げた。視界の隅にアイザックがいた。私と目が合って相当、驚いた様子であった。さりげなさを装ってアイザックは立ち去った。あまり、さりげなくはなかった。下手な芝居だ。アイザックは私を監視していたのかしら。少なくとも図書館の利用者には見えない。ちょっと面白くなってきた。




翌日も私は国立図書館へ行き、新聞を読んだ。一面は相変わらず詐欺グループの続報であった。しかし、内容は昨日とほぼ同じに読める。新しい事実は発表されていないことは明らかであった。新しい事実がオーエンが関与しているということならば、だけれど。見事にオーエンの痕跡は残っていない。しかし、きっとオーエンは関わっているのだろう。とはいえ、私は人間界の人たちがオーエンを逮捕出来るとは到底思えないのだ。気の毒だが、相手が悪すぎる。


「こんにちは」


声をかけられて私は面を上げた。線の細い文学青年風の人が立っている。見た目は細いが、どうやら見た目だけのようだ。そして、何よりもその瞳。ただの人ではない。こういう瞳の人間は―――割合に仙界にはいるのだ。

私と彼は場所を国立図書館併設のカフェに変えた。時間が中途半端為か、私たち以外に人はいない。


「初めてお目にかかります。オーエンと申します。仙丹作りの名手であるコンスタンス・カミルトン嬢」


おやおや、オーエン自身が私に会いに来るとは。メニューに1種類しかない珈琲を一口すすった。味は期待していなかった珈琲であったが、ある意味普通の味である。拙くないだけ有難い。


「どうして私に会いに来ましたの?私たちは相弟子あいでし同士ですけれど、初対面じゃないですか。私が貴方に何かしてあげる義理はなさそうですけれど」

「そうですね。僕のことを知っていただきたかったのです。もっと早く貴女と知り合うべきだったと思っています。そうすれば―――」

「私が貴方に協力すると?」


オーエンはそう思っているらしい。どうかしら?と私は自問してみた。オーエンの見た目は、かなり誠実に見えた。もし彼が弟弟子おとうとでしで親しくしていたら、私は協力したかもしれない。オーエンには魅力があった。人を惹きつける何かがあった。私の師匠ヴェラ様が、復讐心を抱いていると知っていながらオーエンを門下生にした気持ちが理解できた。


オーエンの瞳。純粋に復讐に燃えたそれはどれ程、美しかっただろう。今、復讐を終えた瞳はその熾火を残しているのだ。


私は少し残念な気持ちになったが、同時に自身の悪趣味さを恥じた。


「残念ながら遅すぎましたね」


意識して冷たく私は言った。どうも侮られているみたいだ。


「そうですか。残念です。アームストロングはどうしていますか?彼は人間です。解放して頂けませんか?」

「仙主トマス様のところです」


オーエンは大きく目を見開いた。アームストロングが仙主トマス様預かりになっていることを知らなかったらしい。

半ば呆然と「どうして・・・」と絶句していた。

私に言わせれば、オーエンの方が理解できない。まさか、門下で不始末を隠してもらえるとでも思っていたのかしら。だとしたら、認識が甘いと思う。


「仙女を襲撃したのですから、仙主トマス様預かりになるのは当然だと思います」

「しかし、アームストロングは人間です。そんな、あまりにも厳し処置ではありませんか!?」

「私は適切な処置だと思います」


じっとオーエンは黙り込んだ。考えを巡らせているのが分かる。もしかしたら私の存在を忘れているのでは、と思うくらいにオーエンは考え込んでいる。

私は伝票を取って席を立った。オーエンはハッと面を上げた。


「珈琲はご馳走します」

「僕は―――どうすればアームストロングを救えますか?」


オーエンがアームストロングを見捨てないところを私は大きく評価した。見捨てる方が最善手である。しかし、最善手を取る者に好意を抱くか否かは別だ。だから、つい私は言ってしまった。私も大概、弟弟子おとうとでしには甘いようだ。


「師匠ヴェラ様に相談なさい。貴方が出来ることはそれしかありません」


オーエンが頼ることが出来、最も地位の高い仙人でなくば仙主トマス様とは交渉できないだろうから。




その後のことを私は宰相ロレンスと友人ロンバートから聞いた。ロンバートからは、仙主トマス様は師匠ヴェラ様よりの依頼でアームストロングを人間界へ解放した、と。アームストロングは仙人でなく人間なので、これ以上の司法処分は下さないとのことだ。また、これはオーエンが師匠ヴェラ様預かりになったことが大きかったようだ。

宰相ロレンスは復職したそうだ。その折に自身の失脚がオーエンの手の者アイザックによるものだったと怒りまくっていた。アイザックに後れをとったわきの甘さが原因では?と思ったが黙っておいた。愚痴が長くなりそうだったので。軟禁から復職までの期間、ロレンスは暇つぶしに私のところによく来ていたが、復職した途端にぱったり来なくなった。あからさまな態度は宰相ロレンスらしくて笑ってしまう。何度痛い目に遭っても同じことを繰り返すのはああいうタイプなのだろう。

エミリーはすっかり仙界に引っ込んでしまった。よほど、この前の一件が怖かったのだろう。本人はアームストロングが無罪放免は納得がいかないと仙主トマス様に訴えていて、最近、仙主トマス様はエミリーから逃げ回っているとか。あまり他人様に迷惑をかけないで欲しいが気持ちは分からないでもない。



ともかく、収まるところに収まったのではないだろうか。

今日も私は国立図書館へ行く。そろそろ新しい家を見繕わなければならない。





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