第88話 新たな術式
「ではこれから治療を始めます」
「頼む」
テーブル席からデューオ様声が短く聞こえた。そこから動かないようにデューオ様とリューディアには了解を取ってある。理由は埃が舞うのを抑えるのと、集中力を切らさないためだ。なので治療中の質問はこちらから行うことは在っても、受け付けないことも伝えてある。
リューディアの薬湯を飲ませ、ギゼラに皮膚へ麻痺毒を打ってもらい、切開部分をお酒で消毒する。ディーには事前に縫合用の針に糸を付けてもらった。よし。
器械出しをしてくれる手術室看護師とかが居るわけじゃないので、自分でするしかない。まだ昼間なので光は必要ないかもと思い用意しなかったが、これは要るかもな。そんな事を考えながらメスを右手に取り、穴から覗くエルマー様の肌に当てようとするが、くっ震える。
久し振りに人の体へメスを当てると言う作業がここまで緊張するとは思わなかった。
「ふぅ〜〜っ」
深呼吸して再びメスを持つ手に力を込める。覚悟を決めて人を殺した時は冷静だったのに、人を救う時は動揺しっぱなしって何だよそれ。メスの刃が肌に当たるかどうかという所で止まったままだ。
「マスターなら大丈夫です」「ルイ様なら大丈夫です」「主殿は心配症だな」「ルイらしくありませんわ」
それを感じ取ったのか、4人から自然と声が漏れ出る。慌てて顔を上げると4人が優しい眼で微笑んでくれているのが見えた。布で口元が覆われているために表情がよく分からないが、それだけで十分だ。きっと誰かに背中を押してもらいたかったんだと思う。
失敗しても治癒魔法がある。そう開き直ってメスを入れることにした。
ぷっとメスが肌に入り、赤い雫が浮かび上がった。肋骨がなくなった鳩尾から脇に向けて斜めにメスを動かし、15㎝程の切れ目を入れる。麻酔が効いている御蔭か出血は少ない。消毒のお酒で血管が広がるかと思ったけど、一瞬使うだけだからそこまで影響はでないのかもな。
綺麗な内臓が見える。鉤という耳かきが巨大になったような形をした道具で切った箇所を引っ張るように引っ掛けて視野を確保する。3本とも全部使った。
本来であれば胆石が出来る環境にある胆嚢は全摘するのが常識だ。残していても同じ問題が起るだけなので、安全と予防を兼ねて全摘する。だが、ここは異世界。胆嚢がないと生活するに困るのは向こうの世界の比ではないはず。だから、非常識と言われようが温存することに決めている。
温存するに当たりやはり石は邪魔意外に何者でもないのだが、下手に触って更に他の臓器の深い部分まで胆石が入り込んでしまうと大変なことになるのでまずは、胆管を鉗子という鋏に似た形をしたピンセットのような物で見えている胆管を挟んでおくことにする。
「胆管は、――これだな。」
肝臓の裏にある胆嚢を探し当て、そこから肝臓と膵臓に向かって伸びている胆管をゆっくり確実に鉗子で挟む。うん、うまい具合に間の止め金具が効いてるな。流石フルダさん。
「ふぅ、これでよし。出血もないな。挟んだ所も硬いものなかったし、次は管と嚢の切開と行くか」
手元が暗いしよく見えない。何とか出来ないかな?舌打ちしたくなる気持ちを抑えて思考を巡らせる。
「そうか」「「「「!?」」」」
思わず声に出てしまい、4人が怪訝な表情をする。安心させるために眼で笑っておき、呼び出すことにした。
[サン、セイ、ユキお願いがあるんだ。手伝ってくれないかい?]
[[[はぃ〜♪]]]
道具がないならその代わりになるものを出してくれそうな子に頼めばいい。僕の呼びかけに薄白い光を放つ十二単を着た幼女と、薄青い光りを放つ水色のチャイナドレスを着た幼女、そして朧気な光りを放つレースクイーン顔負けのハイレグを着た幼女が現れる。
「お、おい、婆さんあれは!?」
「しぃっ! ルイ様付の精霊だよ」
テーブル席に居る2人にも姿が見えてるのか、あるいは光を放つ球として見えてるのか分からないけど、存在には気付いたようだ。リューディアには見えてるだろうけどな。
[サンにはこの中を照らして欲しいんだ。良く見えないから]
[はいです。あちしに任せて♪]
十二単の幼女がすぅっとエルマー様のお腹の辺りに降りて来ると、中を覗き込んで「うわぁ〜」という顔になってた。
[セイとユキにはね、レンズみたいな物を作って欲しいんだけどレンズて分かるかな?]
[[レンズ?]]
手術用拡大鏡は要するにレンズの用い方の1つの完成形だ。だから、あの形を求めなくてもレンズ自体を求めれば良い。レンズっていうのは光の屈折率をうまく利用して物を大きく見せることが出来る発明品だからね。屈折率のあるものを自然界に求めるとしたら。
[う〜ん、なんて説明すればいいかな。あ、そうだ。薄い氷の板を持って向こうの物を見ると少しもものが大きく見えるんだけどユキ分かるかな?]
[うん、仕組みはわからないけど、大きく見えるのは知ってる]
[良かった。説明が早く済む。じゃあ、セイ]
そう氷だ。だけどそこら辺から汲んできた水だと不純物や微生物が混ざっていて、純水は手に入らない。だからセイに頼む。
[何だい、ルイ様? あたいは何すりゃいいのさ?]
[何も混ざりっけのない純水で僕の手の幅くらいの大きさの円盤を作ってくれないかな? 真ん中が上も下も丸く膨らんでて、端は全部薄くなるように]
[お安い御用さ。これでどうだい?]
そう言うとセイはあっという間に空中に凸型レンズの円盤を作ってくれた。うん、注文通りだ。後は真ん中の厚みと凍らせ方だな。
[いいね、セイ。じゃあユキ、セイが作ってくれた円盤をムラがでないように凍らせてくれないかな? 特に真ん中は透き通るように]
[分かった]
それがゆっくり凍っていくの見て僕の考えが間違ってなかったことが証明される。ピンぼけで見え辛いけどお手元が大きく見える様になったのだ。それでピントが合うまで厚みや凍らせ方を色々と試してもらうことにした。
試すこと10分。
時間は掛かったけど、何十回か目に理想的な見え方が出来る凸型氷レンズが完成した。
[セイもユキもありがとう! この比率を忘れないでね! また頼むことになると思うから♪]
[[うん♪]]
そのまま氷レンズを浮かせてもらって手術を再開する。手元が狂って胆管を突き破りました、で済めばいいけど奥の臓器まで傷つけると大変だからな。太い血管もあるし。
「ふぅ〜〜」
再び集中力を高めて胆管の上部側だけを切り開いていく。管に詰まった胆石が在るはずだからだ。あった!待てよ?セイが居るということは、と向こうの世界では有り得ない術式を思いついてしまったようだ。これは僕だけの方法だけど、上手く行きそうな予感が在る。
本来であれば管は切開ではなく切断するのが常識なのかも知れないけど、温存を念頭に置いていることと、治癒魔法の存在が常識を覆す方法を取ることを可能にしてるんだ。僕自身驚きだけどね。向こうの世界だったら間違いなく次からは手術室に入れてもらえない方法だもん。「素人か!」って言われるに決まってる。
曲がりくねってはいるがある意味T字状になってる胆管を切り開き、そのまま胆嚢の上部を切開することにした。切り開いて胆嚢の中をサンに照らしてもらうと確かに胆石が在る。大小様々だ。巨大な胆石が1つという症例も無い訳ではないが、多くの症例に漏れずエルマー様の胆嚢も沢山の胆石が存在していた。
[レンズの固定はユキに任せて、セイ、水で今僕が切った所を洗ってくれないかな? で、洗った水と一緒に石みたいな硬いものを全部取り出してほしんだけど、できそう?]
[お安い御用だよ♪ これでいいかい? ルイ様]
ちゅるんと水が動いたかと思ったら、あっという間に管の中も胆嚢の中も洗浄して石を取り出してくれていた。胆石を1つ1つ鑷子というピンセットで取り上げることを思えば驚異的な速さだ。仕事が早い。
[うわ、あっという間だね! その水はそこのお湯が入った桶に入れておいてくれるかな? ユキもうちょっと頑張ってね。縫い合わせるから]
[うん♪]
ディーにつけてもらった糸で切開した胆管と胆嚢を縫合してゆく。ディーが言うには劣化しやすくして生成した細糸だから、そのまま放置しても勝手に消えるのだとか。どれだけ高性能なんだ!? 僕は恵まれてるんだなと改めて思ったね。この糸で縫合するのも【手当】の魔法を掛けた時に変な形で引っ付いて癒着しないようにする為の処置だから、向こうの世界の縫合のようにシビアにする必要はなかったんだ。
ユキたちが作ってくれたレンズがなければ更に雑になるところだったけど、元々胆管は内径が約8mmもある。細い血管に比べるとより縫合がしやすいんだよな。見た処、胆管が異常に太くなってる箇所もないからそのまま管だけ単純連続縫合を施して終える。
ここで胆管をゆっくり挟んでいた鉗子を外す。超音波検査装置なんてものはないから、取り残しを見つけることが出来ないんだよな。アピスの【スキル】だけじゃ限界も在る。アピスには拍動の方に注意してもらってるから外せない。
[セイ、もう一回さっきみたいに水でこの切り口から管の先まで、石みたいなものが詰まってないか調べて洗ってくれないかな?]
[あいよ♪]
再び胆嚢の切開部からちゅるんと水が入り、直ぐに出て来た。小さな石が2つ見える。奥まで行ってたのか!? 危なかった。
[助かったよ、見落とす処だった。ありがとう、セイ]
[へへ♪]
「よし。他に病変は見当たらない。十二指腸も固くなってないし、膵臓も――問題ない。縫合します」
誰に言う事もなく、僕自身の確認作業の延長で見たことを言葉に出す。再び新しい針を取り今度は胆嚢を縫合するのだった。サンの御蔭で手元も明るい。チラッと見ると僕の方を心配そうに見上げていたので、にこっと笑っておいた。布越しだけど伝わったようでポッと赤くなってる姿に心がほっこりしたのは内緒だ。
縫合が出来上がった段階で、仕上がりを確認する。胆管も胆嚢も口が開いている所は見当たらない。
「【手当】」
【治癒】では悪い部分も戻ってしまうかも? という心配があったので縫合した部分に向けて【手当】の魔法を掛けてみた。縫合部の切開痕がすぅっと消えて行くのを眼で追えるのはすごい経験だったよ。問題なく傷口も塞がったようだけど、安全を考慮してこのまま糸は抜かずに自然消滅に任せることにして、開腹部を縫合する準備を始めた。
鉤という耳かきが巨大になったような形をした道具を外し、湯を張った桶に入れる。腹壁を内臓側から順に縫合して、最後に皮膚の部分を糸で縫合しているというのが分かるように、垂直マットレス縫合をして完成だ。切開部がお腹の真ん中の方なら違う縫い方も在ったんだけど、今回はこれにした。
パチン
「でも仕上げはこれなんだけどね。【手当】」
最後に剪刀という細い鋏の形をしたもので結紮した結び目の余分の糸を切り取り、【手当】の魔法を掛ける。手術完了だ。糸が肌からでているが切開した痕はもうない。大きく息を吐き出しながら使った道具を鉤を入れたのと同じ平桶に入れて、手桶で手を洗うのだった。洗い終わった所でギゼラが布を手渡してくれたから水気を拭き取る。
[サン、セイ、ユキこっちおいで]
手伝ってくれた3人を呼び寄せる。ついでにレンズも取り外して道具を入れた平桶に浮かべた。処理も簡単て凄いことだよな。ふわふわと眼の前にやってきた3人を1人ずつ撫でておく。
[[[〜〜〜〜♪]]]
[本当に助かったよ。皆ありがとう。またこういう時があれば力を貸してね?]
「なぁ婆さん。精霊って触れるのかよ?」
「常識では触れないね」
「かぁ〜。なんであいつはあんなに出鱈目なんだ!?」
「ふふふ。刺激が在って良いことだよ」
そんな声が奥から聞こえてきたが、まずはこっちのケアからだよ。しっかり撫でてあげると、それで満足してくれたのか3人はすぅっと空中に溶け込むように見えなくなるのだった。頭と口元を覆っていた布を取り、デューオ様たちに向き直る。
「以上で終わりです。こちらに来て頂いても宜しいですか? 簡単に御説明しますので」
「分かった」
デューオ様に合わせてリューディアも未だ眠っているエルマー様のベッドに歩み寄る。穴を開けたシーツの穴からエルマー様の肌と縫合痕が2人の眼に映るって居ることを確認して、僕は口を開いた。
「この桶の底に転がっている石のようなものがエルマー様の調子を崩していた原因です」
そう言って、平桶をゆっくり手にとってデューオ様に手渡す。
「これが」
「原因は不明ですが、時折体の中でこうした異物が出来てしまうことが在るのです。それが大きいものでであれば体の中に在る管に詰まることもないのですが、こう小さいと今回のように体調を崩す原因になります」
「それで? もうこういうものは出来ないか?」
そこが気になりますよね。
「出来ないとは断言できません。一度出来やすい環境になっている臓器なのでまた作り始める可能性もありますが、エルマー様の今後の生活を考えて臓器は切り取らずに残しています」
「どうするのだ?」
どうする、か。まずは食事療法だろうな。こっちの世界の人も基本肉食のようだし。野菜中心でも良いかも。それに庶民と違ってそこまで食材が足らなくて困ります、という様子でもないしね。
「油濃い食事は減らし、栄養バランスの良い物を食べるように心がけて頂きたいですね。野菜を食べる習慣があまり無いようですから、そこを意識して頂きたいところです」
「野菜だと? どんな野菜が良いのだ?」
家畜になれととでもいうのか? って言うかと思ったけど、そこまででもないようだな。言われたら言われたで、「そうです」って言ってあげたのに。
「旬の野菜、葉野菜、根野菜、果物でも構いません」
「肉は食うなということか?」
「いえ油濃いものは、と申しました。健康を維持するにもいくらか油は必要です。肉を食べないではなく、脂身の少ない部位をお勧めします」
「そうか。分かった。そのように伝えておこう。それでこの度の礼だが」
「要りません、言ったら怪しまれるんですよね?」
「勘ぐるなという方が可怪しいだろう?」
「ですよね」
思わず笑ってしまった。正直何処まで錆びた腕が通用するのか、という興味もあって引き受けた話だったしな。シンシアたちを見ると、彼女らも布を外してホッとした雰囲気になっているようだった。う〜ん、身分証明の件はアイーダがまだだって言ってたから、今は切り出さないでいた方が良いか。何か欲しい物でないかな?
ボリボリと右手で頭を掻きながら考えていたけどすぐに浮かぶものでもない。適度に頭を掻いて手を下ろした瞬間に神様から貰った指輪に気付く。指輪、ねぇ。
「じゃあ、珍しい金属の鋳塊があれば1つください」
「何!?」
え、何? 現物支給を求めたらダメだった!? 指輪の材料になるものが有ると良いなって思うじゃないか。今じゃなくても、有ると良いよね?
「え、何か変な要求でしたか?」
「いや、てっきり身分証明をとでも言うのかと思ってな」
「はははは」
「いや、それで良いのなら、こちらもそれで構わんが、どんな金属が欲しいのだ?」
「ヒヒイロカネとか、オリハルコンとか」
妹が持ってたラノベや、昔遊んだRPGゲームでは定番の貴金属だけどな。普通に手に入りやすいものなのか。ダメ元で聞いてみる事にした。武器は作れないけど指輪くらいなら作れる量が手に入れば御の字だ。
「ヒヒイロカネはないが、オリハルコンなら小さいのが有るぞ」
「え!? 本当ですか!?」
あった!! 言ってみるもんだね! と言うか、デューオ様は王家に連なる人だからそういう貴金属に縁遠くなることはないか。寧ろ「珍しい物が入ったぞ、どうだ?」ぐらいの感覚なのかな? まあ実際はどうか分からないが、貰えるなら貰いたい。
「そうは言うがな、せいぜい2kg程度だぞ? それで良いのか?」
「はい! 今回はそれくらいでも十分です! 下さい!」
2kg!? 指輪の材料を取るには十分過ぎるある。思わず嬉しくなってつい急かしてしまった。ん? こっちの鋳塊の基準はどれくらいからなんだ? 向こうだと金は数グラムから1Kgくらいが普通に取引されているサイズだけど。こっちは昔のアニメとかでみた台形型の馬鹿でかい金の延べ棒みたいなやつなのかな? その辺りも教えてもらわないとな。
「ふぅ、分かった」
何故そこで溜息? あれ? イタイやつだと思われた? 悔しいが、自覚があるだけに否定できないな。嬉しくなるポイントがちょっとズレてるのはこの際ご愛嬌さ。
「ありがとうございます♪」
本当に嬉しいのでしっかり笑顔でお礼を言っておく。けど、嬉しさの所為ですこ〜んと忘れてることがあった。
「王城から帰って来てからな」
「あ……」
そうだった。
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