第87話 段取り
「すまねぇ! ルイ、おめぇの力を貸してくれ!」
そう言うが早いか、ベルントさんはがばっと床に伏す。本日二度目の見事な土下座だった。しかも今度は一家3人でだ。
「えっ……」
流石に慌てた。土下座をされる謂れはない。それに土下座をしてまで力を借りたいというのを無碍に断る訳にもいかないだろう。手術道具の製造元を放おってはおけないよな。
「何がなんだか良く分からないので、まず説明して下さい。話はそれからです」
僕はそう言いながら、シンシアたちに眼で合図を送りフルダさんとユリカちゃんを起こしてもらう。僕の方はベルントさんだ。土下座までしなければならない事と、この屋敷に一家で来た事にはそれなりの理由がありそうだな。
事の顛末を聞き出すために身を起こし改めて席へ着いてもらう。ぽつぽつと話し始めたベルントさんから得た情報はこうだった。
以前に妻のフルダさんが調子を崩した為に治療費としてお金を工面する必要が在った事は聞いている。その総額が金貨20枚だったらしい。医療が発達せずに治癒魔法依存型の社会だとこうなるといういい例だ。当然、それ程の額を持ち合わせている訳もなく、フェレーゴ子爵の口利きで日本で言うところの貸金融に手を出したのだとか。
それで少しずつ売上から返金していたのだが、纏まったお金を要求されるようになり、先日のような嫌がらせと言う名の取立が始まる。そんな折に僕から得た前金で必要な材料費を差し引き支払いに行った処、更に金貨20枚を要求されたのだという。
あれ? そんなに少ない枚数しか入ってなかったっけ? と考えていたら、フルダさんから補足情報が入る。仕入先にお願いして色々と支払いを待ってもらっていたのだとか。なる程、纏まったお金が手元に入ればそこから関係を改善しておきたいよな。それで更に要求された金貨は払ったのかどうかと確認した処、一先ず先に借りていた金貨20枚分を耳を揃えて返し帰ってきたのだという。分割で払っていた分は利息扱いか?
しかし契約証がない状態では更に要求される恐れもあると考え、手元に残していたお金で馬付きの中古荷馬車を買い、道具、商品、材料、家財を乗せれるだけ乗せてアッカーソン辺境伯の屋敷に転がり込んで来たという話しらしい。僕の居場所はファビアンから聞いていたらしいのと、幸いリューディアがここに残って居てくれた御蔭で今日を迎えることが出来たと話してくれた。何とかしないとな。
チラッとリューディアを見ると目礼して静かに微笑んでくれた。「お好きに」ということだろうと勝手に解釈することにする。ふむ。高利貸しは何処にでも居るというわけだ。幸い僕は出逢ったことも、出会うきっかけを作ったこともないが看過できないよな。
「ギゼラ、エトを呼んできてくれるかい?」
「はい、ルイ様」
ギゼラがすっと立ち上がりお辞儀をして食堂を出て行く姿をぼーっと見送る。あれ? なんだか所作が綺麗になった? と思っていたら――。
「ルイ、何処を見てるのですの?」「主殿、何を見てるのだ」「マスター、わたしもあれくらいは出来ます」
などと押し売りが始まってしまった。所作は綺麗になったけど、まずはそこからだな。
「うん、分かったから落ち着こうか。話がややこしくなる」
シンシアたちを窘めている所にエトを連れたギゼラが食堂に戻ってきた。早いな、と思っていたらちょうど屋敷に入ってきたとこだったらしい。
「御呼びでしょうか、ルイ様」
「あ、うん。ディー、これをエトに」
「分かりましたわ」
アイテムバッグを経由して古代ファティマ金貨を5枚程取り出しディーに手渡す。うん、所作は綺麗になったな。ディーの動きを見ながらそう思ってると、シンシアとアピスの視線が刺さってきたから慌てて要件をエトに伝えることにした。
「それを持って、ベルントさんと一緒に高利貸の所へ行ってもらいたい。出来れば穏便に済ませたいけど、そうしたくないと先方が言ってきたら対処は任せる。ただし、殺しちゃダメだよ?」
「畏まりました」
ディーから受け取った金貨を静かに上着のポケットへ入れ、優雅に一礼するエト。エトの対応能力がすごいのか、マンフレートの教え方が良いのか無駄が更になくなったな。
「ベルントさん、エトに高利貸の屋敷まで案内をお願いできますか?」
「お、おう。エトのじいさんで大丈夫なのかよ?」
「安心して下さい。エトを外見で判断すると非常に痛い目に遭う事になります。そういう処から駆け引きも必要でしょう」[スザにセイ]
[わいを呼んだかぁ〜? クェッ!][あいよ♪]
薄赤い光りに包まれた赤い羽毛の鶏と、薄青い光りに包まれた水色のチャイナドレスで着飾った幼女が呼びかけに応じて現れる。ベルントさんたち親子や屋敷の者には見えていないが、リューディアの眼が大きく見開かれていた。あ、そっか。前回はスザだけだたもんな。
[う、うん。今ベルントさんが持っている契約証の内容が完全に履行されたら燃やしてくれるかい? 契約証だけだよ? セイはスザの遣り過ぎの監視ね。建物を燃やさないように]
[よっしゃ任せとき! クェェェッ!][あいよ♪〜〜♪]
2人を撫でてあげると直ぐに消えるのだった。スザは逃げたと行っても良いかもね。
「なぁルイよ。こんなこと言っちゃ何だが、頭でも打ったのか?」
「ぶっ! いやいや、そんな事ないですよ。ちょっとお願いをしてたんです。ほら、そんな眼でベルントさんを見ない。人には見えないんだから」
ベルントさんの一言でウチの娘たちが睨むような視線を送りそうになったので、慌ててフォローしておく。僕の説明にユリカちゃんがあの日のことを耳打ちしてくれたようで、「ああ」という表情になってた。うん、ここも問題ないな。
席を立ちエトの所にこっそり釘を差しに行く。
「(吸うのも禁止ね?)」
「(勿論でございます)」
涼し気な微笑みが怖いよ、エト。
「善は急げと申します、早速参りましょうかベルント様」
「様とか付けられるとこそばゆくなっちまうから止めてくれ」
ベルントさんの申し出にエトが視線を送ってくるので、頷いておいた。そこまで嫌だって言うものを押し通さなくても良いんじゃないかな。
「ではルイ様、行ってまいります」
「うん、お願いね。僕はこっちで治療の準備に入るから、ベルントさんの件が終わったら寄り道せずに帰って来るように。まだ行くとこあるから」
エルマーさんの治療が終わったら王城に来いって話になってるからな。あんまり手間取れないけど、焦って失敗も出来ないし。まずは目先の手術だ。
「承知致しました」
「すまねぇな、ルイ。じゃ、いってくらぁ!」
「あなた気をつけて!」
「お父ちゃんをよろしくお願いします!」
2人を食堂から見送って、テーブルの上に店を広げていた手術道具とカティナの装備をアイテムボックスへバレないように移す。フルダさんとユリカちゃんが見てるからね。
「ルイ様、エルマー様の治療にわたしも立ち会わせて頂けませんか?」
そう静かにリューディアが尋ねてきた。僕としては異論はない。先人の知識にも興味あるしね。ただ。
「僕は構わないけど、デューオ様が良いと」
「許可は頂いています」
あ、っそ。それは手が早い。なら問題ないね。
「そういう事ならこちらからも頼む。魔法以外で眠りに誘う薬があれば処方してもらいたいんだけど、都合良くそんなものが在ったりするかな?」
僕の勝手な先入観で、エルフ=森に住んでる人=薬草の知識がすごい=漢方のような都合の良い薬が調合出来るのでは?という計算式だ。
「御座います」
「え!?」
あるんだ!? そっちの方が驚きだよ。いや〜言ってみるもんだね。
「因みに副作用は?」
「どうでしょう?何を持って副作用というのか良く解りませんが、薬湯を飲んで四半刻以内には眠りに就くはずです」
おぉ〜向こうの世界の薬に勝るとも劣らない効果だね。四半刻、30分ほどで効果が出るのか。道具も揃った、あとは準備と事前の打ち合わせだ。食堂で静かに用命を待つ侍女にエルマー様の面会の許可を求める。可能ならばデューオ様も説明に立ち会って欲しい旨も添えておく事にした。一度に説明が済むならそれに越したことはない。
10分後。
侍女が戻ってくる。ちょうどエルマー様の部屋に顔を見せに来て居られたようで、すぐに伺うようにとの事だった。それならばと、フルダさんとユリカちゃんにはゆっくりするように告げて、ぞろぞろと6人で向かうことにする。え? 部屋への道順? 勿論、侍女に案内してもらった。自分の住むことになった屋敷でも覚束無いのに他人の家なんか覚えれるわけがない。
医者になるため勉強はしたつもりなので、文字で整然と並んだ知識や医療ネタなど興味のあるものは問題なく覚えてきたつもりだ。だけど、基本興味のない専門外の知識を蓄えるのとでは向き不向きもある。観光で見る景色はその場で楽しみたいからと予習していかない人間なのだから。勿論、興味が新たに湧いてくれば話は別だ。ま、それは僕に限った話でもないはず。
高校生くらいの容姿をしたディーに腕を組まれて廊下を歩く姿に、何となく背徳感を覚えたのも事実だけど今日はギゼラもアピスも絡んでこなかったな。我慢できるようになったということか?チラッと後ろを見るが、皆涼し気な顔をしている。まぁ良いか。
コンコン
「ルイ様をご案内しました」
「入れ」
扉が開けられて、僕たちもぞろぞろと部屋の中に入る。部屋の中に居たのはエルマー様、デューオ様、そしてアガタさんだ。食事を一緒にしていたという様子が伺える。
「何事だ、雁首揃えて」
酷い言われようだな。
「まぁ、ルイくん、また綺麗な人たち侍らせてるのね」
いえいえエルマー様それは誤解です。
「はははは。その、治療の目処が立ったのでその相談に来ました。御時間を頂いても宜しいですか?」
引き攣った笑顔と笑いで辛うじて受け流しておく。そこを捕まえると話が逸れて戻って来れない可能性があったから。でも、「治療の目処」という言葉に和やかな雰囲気だった部屋の中が張り詰めた空気に変わる。御二人とも自然と表情が固くなるのは仕方のないことだな。病院で手術の説明をする時もそんな感じだったし。
「出来れば早いほうが良いと思いますので、今日の午後に始めれればと考えています」
「こちらにで準備するものはあるのか?」
直ぐにリアクションがなかったので、そのままタイムスケジュールを告げて様子を見ることにした。問題ないらしい。デューオ様が代表して確認を取ってくれる。
「ありがとうございます。治療に先立ってお伝えしおくのですが、多くはないとは言え出血が予想されます。このベッドの敷物を取り替えることになる可能性がありますので、ご容赦下さい」
「それくらいなんともない。他には?」
「はい。洗濯した綺麗なシーツを1枚ご用意下さい。それを4等分に切り分けてもらい、それぞれその真ん中にアガタさんの手尺幅の穴を切り開けて頂けますか?」
「シーツでございますね、畏まりました」
僕の依頼にデューオ様がチラッとアガタさんを見る。復唱してくれた。
「それとお湯を沸かして小さめの平桶に入れて下さい。治療のための道具を使用直前に湯で消毒ます」
「ここにお持ちすれば宜しいのでしょうか?」
「そうです。穴を開けたシーツと、平桶に入ったお湯を2つ、手を洗うための手桶もお願いします。そして強めのお酒と、綿があれば多めに用意して頂きたいのですが?」
アガタさんの確認に頷いて答えておく。消毒液がないのならアルコール度数の高いお酒で代用だ。綿は血を吸わせたり、視野確保にも役立つ。それくらいはあるよね?
「酒と綿だと?」
デューオ様が「何のために?」という表情で問い質す。うん、そこは仕方ないか。そもそも医療手術というものが確立されてないんだから。傷口を縫い、包帯を巻くぐらいだろう。
「直接悪い臓器を治療するために、小さくですがお腹を裂く必要があります。その時に汚れたものが一緒に中へ入らないようにきついお酒で肌を消毒する必要があるのです。飲む訳ではありません」
そう思われてたら嫌なので、一応断っておいた。
「そ、そうか」
「はい。あと綿は染み出てくる血を吸わせるために使います。塊を頂ければこちらで小さく取り分けます」
思考を読まれたことに驚いたのか、言葉に詰まる。それを隠そうとするかのようにアガタさんに話を向けるのだった。照れ屋さんですね?
「アガタ、綿はあるのか?」
「御座います。わたくしどもの寝具に使うために保管している物がありますが、ルイ様それで宜しいでしょうか?」
「ええ、構いません。なるだけ汚れてない部分を持って来て頂けると助かります」
「承知致しました」
あ、だったら試してみるか。
「すみません。追加で水を張った大きめの平桶も2つご用意して頂けますか?」
事前に洗ってもらっても汚れが付く事が容易に想像できた。ならばこの部屋の中で洗って乾燥させることが出来ればと考えたんだ。スザも居るしね。
「畏まりました」
「それにしても初めて聞く使い方ばかりだな」
そうかな? 傷口にぶはっと酒を吹きかけるシーンとかよく見るけど、あれは作り話か? などとデューオ様の言葉に内申首を傾げるのだったが、そこは触れないことにした。こっちの人からすれば異世界の知識だしね。
「はははは。あ、彼女たちは今回の治療のサポートで付いて来てもらいました。シンシアは護衛ですけどね。ほら、自己紹介して」
「初めて御意を得ます。ディードと申します、奥様」
「あら、可愛らしい。コネリアと同じくらいかしら」
「ギゼラと申します。奥様」
「綺麗な髪ね」
「アスクレピオスと申します。奥様」
「こちらは黒髪なのね。二人共大きいわ」
は? そんな眼で僕を見ないで下さい。ギゼラとアピスの胸を見比べてからエルマー様の視線が僕に移る。好きか嫌いかって聞かれれば好きですが、元々育てたのは彼女たち自身なので僕のせいではありません! って何を弁解してるんだ。
「おほんっ。あと、治療の前にリューディアの作った薬湯を飲んで頂きます。完全に眠られたのを確認して治療を始めますのでご了承下さい。デューオ様も立ち会われますか?」
まぁ、何かあってからじゃ遅いので同席してもらえるならそれに越したことはない。
「良いのか? ならば是非もない」
それも快諾してもらえたので、エルマー様に昼食は抜いてもらうようにお願いして一度部屋を下がることにした。さて、ブランクがあるからな。どれだけ腕が鈍ってるのか、という所からだぞ。慢心と油断は状況を見落として変な勇気を与えてくれるからな。それだけは避けたい。
できるだけ自分を正しく分析るようにする為、厨房で羽根を毟り切り離した鶏の足を1本貰って部屋に戻る。そこで時間まで血管の縫合や皮膚の縫合の仕方を復習して備えるのだった。そこで気が付いたことが一つ。手術用拡大鏡が欲しい。血管縫合なんてめちゃくちゃ倍率上げないきゃ無理じゃない? って事だ。さてどうするかな。
午後2:05。
朝から出掛けていたエトとベルントさんもその頃には無事に帰宅していた。ベルントさん首尾を聞いても「おうよ、もう何も問題ねぇ! 契約証も燃えちまったしな!」と言いながら引き攣った笑顔でエトを見ていたのが気になったけど。無事に話も穏便に纏まったようで一安心だよ。またこっそり聞いてみるか。
僕たちは容易の出来たエルマー様の部屋に集まって準備を進めている処だ。それぞれが布で口元を覆い、頭は布を巻いて髪の毛が落ちてこないようにしている。足元が絨毯なので極力動きは最小限にしたほうが良さそうだ。埃が舞うのを抑えたい。
事前に服を着替えてもらい、穴を開けたシーツを掛けてもらっている。綿についても準備万端だ。考えていた通りスザに協力してもらって、大きめの平桶の水を沸かしてもらい熱殺菌処理して乾かしてもらったのだ。
寝息を立てているエルマー様を確認して、奥のテーブル席をリューディアと共に囲んで座るデューオ様へ声を掛けて始めることにした。
「ではこれから治療を始めます」
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