第86話 逸品もの
時は瞬く間過ぎて、エトの操る馬車がアッカーソン辺境伯の敷地に入る門を潜り抜けようとしていることに気付く。敷地内の石畳に車輪が跳ね、漸く目的地に辿り着いた事を僕たちに告げていた――。
「む、着いたか」
タイミング良くデューオ様が目覚める。本当に寝てたのか? まぁ、起きてても困ることはないけど。緊張感なく爆睡してる面々を揺すって起こす。ディー、涎垂らしてなかった? 慌てて口元を気付かれないように拭ってるディーをチラ見して右頬を微かに持ち上げるのだった。
「あ、皆、着いたから起きてよ」
プールの在庫整理も終わったから気分的には楽だ。あとはエルマー様の治療をして、王様に謁見して領地の事を纏めれば夢の引き籠もり生活だ!それまでは僕が生霊ってことがバレないようにしておかないとね。
屋敷の玄関に到着した時、フィデリオさんが玄関を開けて迎えてくれた。アガタさんとリューディアの姿もある。ベルントさんがどうとか言ってのはまた後で話してくれるのかな?
「「御帰りなさいませ」」
「待ちくたびれたぞ」
「それはあんたがわたしに確認を取って出ないからだろうよ」
「うっ」
デューオ様の一言にリューディアのきつい反撃が打ち返され、バツが悪そうな表情になる辺境伯。吹き出さないようにするのが大変だ。
「ルイ様、おかえりなさいませ。アイーダが暴走したようで、申し訳ありません」
「なっ!? 本当か!?」
「はははは。ええ、まぁ素が出たということかな? って考えることにしました。扱い難くはないようなので、まあ大丈夫だと思います」
本当に大丈夫か? という驚きの表情でデューオ様が僕を見返してくるのから、さらっと流しておくことにする。リューディアの表情からは分かっておりますとも、とでも言うような雰囲気が読み取れた。付き合いが長いんだろうからその辺りは良く解るだろうな。
エルマー様の容体も安定しているようなので、今夜はこのまま部屋で休み詳しいことは明日の朝打ち合わせることにした。今回はジルが居ないのでアガタさんに部屋へ案内してもらう。
◇
翌朝。
時刻は7:13。身動きの取れないベッドの中で目覚めた。シンシア、ギゼラ、アピスに抑えこまれ、右肩から胸の方に掛けてディーが乗っかって来てるのだ。普通なら息苦しくて可怪しくなるぞ?
ま、アーデルハイドの扱きでかなり疲れたんだろうから仕方ないか。残ってる面々がちょっと心配になるな。心が折れなきゃ良いんだけど。さ、今日も忙しくなるぞ。【解除】。
ぼふっ
僕の体が透けて、上に乗っていた体がベッドに受け止められ埃が舞う。カーテンの隙間から差し込む光で今日もいい天気だと分かる。シンシア達は今のでも起きないようだ。ま、ゆっくりすればいいさ。【実体化】。
「皆、先に下に降りてるよ? 起きたら食堂に来るんだよ?」
そう言い残して僕は食堂に降りた。食堂までなら迷うこともない。食堂に入るとリューディアがもう食事を終えてお茶をゆっくり飲んでいるところだった。その横に見覚えのある女性が二人並んで食事を取ってる。ん?
「あ、ルイ様!」
「これは、ルイ様。先だっては大変お世話になりました。すっかり良くなりました」
僕の顔を見るなり、二人が立ち上がって僕にお辞儀をしてきたのだ。ああ!誰かと思えば。
「ユリカちゃんに、フルダさん! 良かった。顔色も良いようで安心しました。と言うことはベルントさんもいらしてるということですよね?」
「あ、はい。恥ずかしい話、主人は布団が気持良すぎるようでまだ起きてこないのです」
僕の言葉にフルダさんが照れ笑いする。気持ちは分かるよ。席に付くように手で促しながら僕も席に付く。良く観察しているようで、厨房から侍女がワゴンに乗せて朝食を運んでくるのだった。それをぼんやり眺めていたんだけど、ふとユリカちゃんの視線に気付く。
「ん? ユリカちゃんどうかした?」
「あ、いえ、カティナはどうなったのかと思いまして」
言い難そうにそう教えてくれた。そうか。その後の顛末は非公開で処理されたからな。知らないのも当然だ。
「心配してくれてありがとう。あの日の晩にちゃんと話を付けて来たから大丈夫。カティナも何もされてないよ。今は屋敷に帰っているから居ないんだけどね」
「そうなんですか! 良かったぁ〜! 心配してたんです! フェレーゴ子爵って嫌な話しか聞かないので」
「ありがとう。カティナに伝えておくよ」
確かに別れ方は最悪なシチュエーションだったからな。ベルントさんやユリカちゃんには後味が悪すぎたのは間違いない。でも、満面の笑顔で安堵してくれたのは僕としても嬉しかった。食事を摂っていると、がやがやと扉が開いてシンシアたちが食堂に雪崩れ込んできた。
「主殿、先に行っては困る。アーデルハイドに我が怒られる」
どれだけ監視されてるんだ。
「そうですわ、起こしてくださらないと困りますわ」
いや、逆だろ?
「マスターが冷たいです」
生霊だからね。
「ルイ様より先に起きなさいとアーデルハイドに言われたのですが」
いきなりは無理さ。付け焼き刃はすぐにボロが出る。もう出てるけどな。そんな4人の姿に、ユリカちゃんとフルダさんがわ〜♪ という顔で見惚れていた。うん、うちの綺麗どころだよ♪
「いや、昨日こってり絞られてたからね。今日くらいゆっくりしてもいいかなと思ったんだ。ごめんごめん。紹介するね。僕の家族」
「「え!?」」
「ルイ様、その説明は簡略しすぎです」
「ははは。一番簡単な説明なんだけどね。ほら、異議はないみたいだし?」
僕の紹介の言葉にフルダさんとユリカちゃんの眼が皿のように大きくなった。説明の仕方をリューディアにダメ出しされたけど、紹介された本人たちは満更でもない表情だ。いや、デレてた。その様子にリューディアの顔も引き攣ってる。「この娘らもか」という諦めに似た表情になってるのは気の所為だと思いたい。
「綺麗な奥様たちですね、ルイ様」
「「「「奥様♪♪♪♪」」」」
フルダさんの一言に4人が完全にデレた。チラッとリューディアを見ると我関せずと決め込んで、静かにお茶を口に運んでいる。流石だね。僕は何と答えて良いものやら解らなかったので、にこりと笑顔を返しておくことにする。どういう解釈も貴女たち次第ですよ、という意味を込めて。
食事がさらに4人分運ばれて来る。エトはどうしたんだろ?という思いが過ったんだけど、エトの事だもうとっくに済ませてるよな。僕も食事を終え、出されたお茶を飲み始めた頃、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。フルダさんとユリカちゃんの顔をが赤くなっている処を見ると、ベルントさんのようだ。
ばんっ
「外にエトのじいさんが居った! ルイが来てるんだろ!?」
勢い良く食堂の扉が開いたかと思えば、豪快な声が響き渡るのだった。あ、ベルントさんだね。
「あなた!」
「お父ちゃん!!」
「あ?」
「ここはアッカーソン辺境伯爵様の御屋敷なのよ! 何でそう家みたいに出来る訳!?」
「皆様、お騒がせしてしまい申し訳ありません」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
娘に怒られ、妻が頭を下げている様子を眼にすれば否が応でもトーンが下がるよな。元気が在って良いことだけどね。いや、だからその我慢するときの声は何か意味があるのか? 癖? うちの娘たちは気にすることなく食事を続けている。
「ベルントさん、先日はお騒がせしました」
知らん顔するものなんだし、何事もなかったようにさっと立ち上がって軽く会釈をしておく。すると、ベルントさんの顔が皺くちゃになったかと思ったら、眼の前で土下座したんだ!? はぁっ!?
「すまんかった! ワシの所為でカティナの嬢ちゃんにえらい目に遭わせてしまった。謝って済む問題じゃないくらいは分かっとるが」
「いやいや、ベルントさん。カティナは無事ですよ。あの日の晩にちゃんと迎えに行きましたし、話も付けて来ました。カティナも傷物になってないので安心して下さい」
「何っ!? 本当か!?」
その言葉にがばっと顔を上げるベルントさん。娘と奥さんもその時の様子を見たり教えて貰ったりしていたのだろう、涙目で成り行きを見守ってる。ユリカちゃんたちには無事だと伝えたんだけど、父親がそこまで深く落ち込んでいたことまでは解らなかったようだ。
「嘘言ってどうするんですか。誰の特にもなりませんよ」
「ぷはぁぁぁ〜! 良かった〜! ワシはカティナの嬢ちゃんに合わせる顔がねぇと思ってよ! ぐすっ」
どかっと床に座り込んで鼻を啜るベルントさん。本当に裏表のない人なんだなと改めて思った。鋼に真摯な態度で向き合えてるからこそ、あの出来栄えなんだな。右手を伸ばして、ベルントさんを立たせながら聞いてみた。
「ところで依頼した品は如何ですか?」
ぱん!
「それだ! おい、ユリカ」
「うん♪」
景気よく自分の腿を叩いて娘を促すと、嬉しそうに布で包んだ物を足元から取り上げて僕の前に持って来てくれた。受け取るとズシリと重い。2人、いやフルダさんも含めて3人の視線が「早く開けて感想を!」と急かしているように見えたので、テーブルで包を開けようとして思い留まる。今、床に置いてたよな。
チラッと奥に控えている侍女さんに視線を送ると頷いてくれたので、そのまま開けることにした。本当、アガタさんの訓練の賜だな。ウチの女性陣も興味津々だ。
「おおっ♪ これは」
「「「「わっ♪」」」」
包を開いてまず眼に飛び込んできたのは、カティナの頼んでいた武器だった。腰側に着いたホルダーに刺さった2本の短刀。その柄の先端に鎖が取り付けられ、腕輪であろう輪が鍔の付け根辺りで光を反射している。注文通りだな。
「それがカティナが言ってた武器ですのね?」
「主殿、見ても良いだろうか?」
「あ、うん。ベルントさん、ユリカちゃんこれは良い出来ですね! 注文通りです」
ディーとシンシアが喰い付いて来たので、ベルトごと渡して2人に笑顔で御礼を言う。僕の後ろで短刀を抜いて「わぁ♪」と燥いでる声を聞くだけでも仕事の良さが分かるってもんだ。
「マスター♪ この革鞘可愛らしい刻印がいれてあります♪」
後ろからアピスが何かに気付いた声がする。刻印?
「これ、ルイ様がカティナに買ってあげたんですよね?」
ギゼラのジト眼が刺さってくる? うん、見えないけど、声の調子からして間違いなくジト眼だ。
「え? あ、そ、そうだよ」
「「「「狡いです」」」」
まぁ、そうなるよな。誰かのを買ってあげるとそうなることは予想できたんだけど、後回しにしちゃんたんだよね〜。考えるのを。リューディアの冷たい視線が身に沁みる。
「う、ま、また買ってあげるから」
「「「「本当ですか!?」」」」
「う、うん。えっと、その前に鞘が何?」
ずいと顔を寄せてくる娘たちの圧力に押されながら、何とか話題を変える。アピスが持ち上げて見せてくれた革鞘へ確かに蔓と花の刻印が押されている。刻印というかこれは焼き印だな。
「それ、お母ちゃんの案なんです♪」
「へぇ〜♪」
ユリカちゃんが嬉しそうに母の作を紹介してくれた。感心しながら視線をフルダさんに移すと恥ずかしそうに赤面して俯いている。いや、この装飾は女子力上げるよね。よく見るとベルトの方にも施されてるな。
「フルダさんにこんな技術が在ったとは知りませんでした。カティナも文句ない出来栄えですよ♪」
「恥ずかしいです。ユリカにカティナちゃんの事を聞いて、女の子ならと勝手にしてしまいました」
「でも、楽しく出来た感じが伝わってきますよ?」
「はい、それはもう♪武器といったら普通は男性が使われるので、こういう細工は出来なかったのですがオーダーメイドに近い注文でしたから嬉しくなって、つい」
「へっ、どうだいウチのは?」
ベルントさんまで嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。良い家族だね。
「最高の組み合わせですね。鉄も革も細工が出来る、本当いい買い物が出来ました。あとこれが」
そう言って、カティナのホルダーの下に隠れるように置いてあった革の道具入れを手に取る。くるっと一方から巻いて最後に縫い付けられている紐で縛るという簡単だが理にかなった道具入だ。30㎝幅の革巻の中に道具が収められているのは、重さが手に伝わって来た感覚で分かる。
出来栄えはどうかな? ワクワクする気持ちを抑えきれずに、すぐテーブルの上で紐を解く。きっと嬉しそうな顔をしてるんだろうな。
「おおっ♪」
思わず声が出てしまう。長い間触ってないけど見慣れた道具がそこに在った。
刃物5本、切る剥がすで使う剪刀3本、挟む開くで使う刃の付いてない鉗子3本、釣り針に似た鈎の付いていない針5本、鑷子3本、手の届かない所で針を摘んで縫うための鉗子に似た持針器3本、耳かきが巨大になったような引っ掛けて引っ張るための鉤3本が整然と並んで道具入れのポケットに収まっていた。
技術的に難しいのでは? と思っていた細身の鋏型をした、剪刀、鑷子、鉗子、持針器は、種類は少ないとは言え十分使えるシルエットで仕上がっていたのに驚かされるばかりだ。
玩具を充てがわれた子どものように、それらを手に取って動きを開閉の確認する。夢中になって触っている僕の姿を、シンシアたちが嬉しさに揺れるような微笑みを浮かべて見詰めていることに気付き、思わず赤面するのだった。
「想像以上です! ベルントさん、ありがとうございます♪」
カティナの装備以上に喜んでるな、とは自覚しながらも満面の笑みをベルントさんに向けるのだった。
「これは一品ものだ。同じものが作れるかどうかも解らね」
「え、そんなに?」
「ワシだけじゃ作れなかったからな。布用の裁断鋏や庭用の刈り込み鋏みたいな大きな鋏だと、支点になる止めも大雑把でいいんだがこう小せえとな」
確かにね。言われてみればそうだ。
「ベルントさんだけじゃ作れなかったというのは?」
「おう、それだ。ワシの力でこの止めをぶっ叩くとよ、潰れすぎてうんともすんとも動かなくなっちまうんだよ。うちのやつの加減がちょうど良くてよ。へへっ」
これは御馳走様です。あんまり自分の奥さんを褒めることがないんだろうね。フルダさんの顔が嬉しいのか悲しいのかよく分からなくなってるよ。でも、それをはっきり言ってるベルントさんが嬉しそうだから良いか。
「フルダさん、ありがとうございます。御蔭で良い道具が手に入りました」
「ぐすっ、あ、いえ、勿体無い御言葉をありがとうございます」
僕が頭を下げると、涙を拭きながらフルダさんが慌てて頭を下げるのだった。
「それで、お代ですが」
あとは支払いだね。
「要らねえよ」
「え!? これだけの物を作るにはそれなりに試行錯誤したはずです。材料もただではないんですから」
「んなこと分かってるよ。ただ、前金で貰った分で十分元が取れたんだから、もう要らねぇんだよ!」
「本当に良いんですか? これはオーダーメードの一点ものです。僕から言わせれば秀逸品です。もっと吹っ掛けてくださっても良いんですよ?」
僕の問い掛けにベルントさんも、フルダさんも、ユリカちゃんも黙って頷くのだった。どうやら家族の間では話が通ってるらしい。僕としてはお買い得感が半端ないんだけど、先方が良いというなら僕もこれでいいや。
「そうですか。では有り難く使わせて頂きます」
「おう!」
「主殿」
「ん?何シンシア?」
シンシアが何かを思い出したかのように呼び掛けてきた。気になって振り返ると。
「今思い出したのだが、これはベルント殿のものではないか?」
シンシアの持つアイテムバッグからあの日フェレーゴ伯爵邸から押収した契約証が取り出されていた。
「あ、そうだった! ありがと、シンシア。シンシアに預けておいて良かったよ」
「う、うむ」
デレずに何とか平静を保とうとしているけど口元が嬉しさを隠しきれてないよ、シンシア。シンシアから受け取った契約証をベルントさんに手渡す。
「これ、ベルントさんのものであっていますか?」
「ルイ、こりゃおめぇ」
「えっ!? 契約証!? 何でこんな所に!?」
契約証と僕を忙しく見比べるベルントさんの様子に、ユリカちゃんが父親の持った羊皮紙を覗き込んで目を見開くのだった。夫と娘の反応を見てフルダさんも漸く席を立ち、その眼で現実を確かめようと2人に歩み寄る。うん、咳も出てないし、歩く時も呼吸をしんどそうにしてないから大丈夫だな。ん?様子が可怪しいな。
羊皮紙を両手で握っているベルントさんの表情が険しい。フルダさんもユリカちゃんも目を伏せたままだ。何かあるな。
「あの日に話をして無理矢理造らせた契約証を預かっていたんですよ。これがあれば支払いも完済できますね?」
険しさを醸し出す理由が解らないので、呼び水を入れてみることにした。リューディアは先程から黙ったままティーカップを片手に成り行きを見守っている。ウチの娘たちもだ。さて、何が出て来る?
「すまねぇ! ルイ、おめぇの力を貸してくれ!」
そう言うが早いか、ベルントさんはがばっと床に伏す。本日二度目の見事な土下座だった。しかも今度は一家3人でだ。
「えっ……」
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