第120話 悪戯
2016/7/29:本文修正しました。
2017/3/5:本文修正しました。
「皆、出来れば穏便にね……」
ナハトアたちが連れて行かれたのはクリス姫たちが入った建物とは違う建物だった。クリス姫の方は彼女に危害が及ぶことはないだろうと楽観的な確信で放おって置くことにする。黒幕の息の掛かった者が居るにしても表立ってはしないだろう。ナハトアたちを追って上空から建物の中に突っ込むことにした。
日中であるからか建物の中に兵士たちの姿はない。街の警邏や訓練の時間なのだろう。お蔭で素通りだ。程なくナハトアたちが部屋に入っていく処に追いつけた。一緒には入らないさ。ただ、不味い状況なら手を出すけどね。という訳で屋根裏にするっと入ることにした。こういう時生霊でよかったと思うね。埃でくしゃみが出ることも服が横れることもなく、体が挟まって抜けないと焦らなくてもいい、素晴らしいね。おっと、そうじゃなくて聞き耳だ。
「これはクリスティアーネ殿下からお前たちへの褒美だ」
取調室か? と突っ込みたくなる殺風景な部屋に案内された4人の前に重そうな革袋がじゃらっとテーブルの上に置かれた。お金が入っているのだろう。銅貨か銀貨だろうがそれにしても結構な額だ。
「はぁ?」
ナハトアの第一声が剣呑な雰囲気を纏っていた。おいおい、初めからって聞いてないんだけど? どんだけ導火線が短んだお前は! 態度が気に入らん的なその態度をお前も直したほうが良いと思うぞ?
「共に旅をし、庶民の暮らしを知ることが出来た授業料だと思って欲しいとのお言葉だ」
「ですから、そこまでして頂かなくても、カリナ!?」
上から目線でさあ受け取れ的な態度にカチンと来る気持ちは理解らなくはないけど、と思ったら、上手いタイミングでカリナが止めてくれた。なんやかんや言いながらカリナの合いの手は今まで抜群に良い。ナハトアとも付き合いが長いようで、只の友人というよりももう少し複雑な何かがあるのかな? と思うこともあるけど、詮索はしない。
「へへへ、堅いこと言わないでいいじゃない。王女殿下が下賜して下さるなら貰っておくべきよ。旅には色々経費がかかるからね」
抗議でバンとテーブルを叩こうと振りかぶったナハトアの手を止めて、空いた左手でテーブルの上の革袋を抱え上げたのだった。ナハトアとカリナの遣り取りもそうだが、カリナの手の速さにドーラとフェナも言葉を失っている。
「「……」」
「お前さんの連れの方が話が早くて助かるな。話はそれだけだ帰っていいぞ」
「な、人を呼び出しておいて」
「まぁまぁナハトアもそんなにかっかしちゃダメだって。ドーラとフェナがあんたの剣幕に怯えちゃってるじゃない。ほら行くよ。ありがとうございましたぁ〜! 王女殿下に伝わるかどうか知りませんがくれぐれも宜しくお伝えくださいませ〜!」
要件だけ告げて兵士たちが席を立つ。その態度に再燃しそうになったが、カリナがそのままナハトアの手を掴んだまま部屋を出ようとする。
「おい、カリナ離せ。もう噛みつかないから」
その姿勢はナハトアにとっては振りな姿勢で、いくら手を振り払おうと思っても力が入らない角度で腕を引いていたのだ。白旗を上げるもカリナはここから出るまでは放すつもりもないらしい。
「ダーメ! ほら、ドーラもフェナも早く! 怖いおじさんが狙ってるぞ?」
「「えっ!?」」
カリナの言葉に慌てて兵士たちに眼をやる2人、そりゃ身構えるわな。というか自力で勝つのはドーラたちだと思うんだが……。そこは触れないほうが良いか。どう転んでもこの4人は美人の部類だ。男であれば感心が湧かない方が可怪しいだろう。
「ちっ! さっさと行け!」
「はいはい〜。お邪魔しましたぁ〜」
そんな兵士たちに手を振って部屋を出て行くカリナと手を引かれるナハトア。それに続くドーラとフェナ。気になることがあるから僕もそのまま水平移動で彼女たちの後ろに着くことにした。
「一先ず宿に入いろうか」
「「「「きゃっ!」」」」
「いや、そんなに驚かなくても」
「ルイさんは気配も“穢”もないから読みにくいんですよ!」
「そんなもんかな?」
「ルイ様の自覚なし行動は今更ですが、駐屯所で出ると目立ってしまうのではありませんか?」
「いやいや、僕が出なくてもダークエルフの美人2人に、獣人の美人2人が固まって歩いてたら注目の的だって」
「「「「〜〜〜〜♪」」」」
あ、そこは否定しないのね? うん、まぁ本当のことだから敢えて言わないけど。
「気になることもあるし、少し大きめの宿に入るよ? 4人一部屋で1泊のみ、代金は今貰ったお金から出すこと。いいね? 僕は宿の周りをチェックして合流するからいつもの通りに」
4人にはそれだけで十分だ。カリナも何か思うことがあるみたいだし、任せておこう。ヴィルやホノカたちも居るわけだから心配はいらない。要件だけ告げて再び僕は空に上がった。日中だから微発光してるこの体が目立つことはないけど、よく見れば生霊だって分かる存在だから長居はしない方が良いに決まってる。
15分程は彼女たちのお目に叶う宿を探してウロウロしただろうか。高級そうな宿に決めたようだ。銀の竪琴亭。お抱えの楽師とかでも居るのかな? もともと長居するつもりのない宿だが説明は後でもいいだろう。直ぐ案内された3階の窓が開けられて、フェナの顔がちょこっと見えた。あの部屋ね。
宿の周辺を上から見た感じでは付けられた形跡はない。まだ尾行の指令は出ていないのか? あるいはそれをしないでも良いものを持たされているか、だな。
「や、お待たせ。なかなか良い宿みたいだね」
「そうなんです、ご主人様! 1人1泊銀貨5枚ですよ!」
フェナが珍しく興奮してる。銀貨5枚。貨幣の価値はリューディアの座学で教えて貰ったから今更驚くことはない。銅>銀>金>白金=古代ファティマ金貨という並びということも理解っている。普段の生活は銅貨があれば賄え、高価な買い物の時に銀貨を使うのが庶民の生活だ。ぽんぽん白金貨と同じ価値の金貨を使ってると金銭感覚が莫迦になるんだなと気がついたよ。
「すまない」
「「「「は?」」」」
「多分だけど、ここは1泊出来無いかもしれない」
「「「「えぇぇ〜〜!!」」」」
う、ごめん。非難の怒りの混ざったジト眼視線が痛いです。理由が要るよね。そりゃ、はいそうですかとは言えないわな。
「そうだね。今貰ったお金をこのベッドの上に出してみてくれる? 全部だよ?」
何でですか? っていう視線でカリナが見るから笑顔でお願いしておいた。論より証拠でしょ。渋々じゃらじゃらと音を立ててシーツの上に広げられる銀貨。特に変わったものは見当たらない。ほら何もないじゃないですか、的な視線もありがとう。
「【魔力検知】使える人? 使ってみてくれる?」
僕の問い掛けにカリナとナハトアが手を上げてくれた。この魔法は全属性共通魔法で、魔法が使える者であれば誰でも覚えられる初級魔法だ。確かLv2で覚えるんだっけ? だけどあまり使う機会がないのでほとんど無駄な魔法として隅に追いやられる。誰だって攻撃や防御魔法の方が眼につくし使ってみたくなるだろう。普段の生活には全く関係ないかもだけど、これは意外に使える魔法なんだよね。
「「えっ!?」」
案の定、【魔力検知】を使った2人から驚きの声が漏れる。うん、目印が混じってたんだよ。だから追跡する必要がない。
「何枚あった?」
僕に促されて、ナハトアとカリナが魔力を発している銀貨を取り分けてくれた。5枚。さてどう有効利用するかな。この宿を後にするのは夜遅くだからその間に仕込んでおけばいいだろう。
「そう言えば、この宿ってお風呂あるの?」
「あります!」「あるよ!」「「あるそうです!」」
「そ、そう、それは良かった。じゃあ、お風呂にこの2枚をこっそり隠してきてくれる? あとは食事をこの宿で取って、食堂に1枚。残りの2枚はベッドの中に1枚ずつ忍ばせておこう」
お風呂って行っても、中東式のお風呂だろうから蒸し風呂とかかな? 日本式のような浸かるようにデザインされたお風呂は珍しいと思う。だから我が家の風呂は別格だ。鷲の王宮にあった温泉も捨てがたいけどね。ま、この街のお風呂も興味はあるけど止めておこう。
「なる程、わざわざバラして釣るんですね?」
ナハトアが僕の思惑に気がついて口角をあげる。ちょっと怖い笑顔だね。
「そういうこと。食堂の銀貨は誰か外から来たお客さんが拾って持って出てくれればなお面白いしね」
「あははは、ルイさんそれ面白い!」
カリナはこういう悪戯は好きそうだな。ノリでやってくれそうだ。
「でも、泊まる場所はここじゃないですよね、ご主人様」
とドーラ。その上目遣いは正しい使い方だけど、耐えれるダメージだったぞ。
「このベッドふかふかなんですよ〜」
フェナもすまないね。暫くというか2日はベッドで寝てないし、これからもそういう機会はしばらく無いだろうからゆっくりさせてあげたいけど、被害が出る前に何とか手を打っておきたいんだよな。
「うん、ゆっくり寝たいのならここを出て目立たない下町の宿で休んだほうが良い。皆がお風呂や食事を済ませている間にめぼしい所を探しておくよ。それと、なるだけ4人で行動してね? 特にナハトアと離れないこと。じゃあ、ちょっと行ってくる。出るのは日が落ちてだからそれまでゆっくりしてていいよ」
「分かりました」「分かった」「「はい」」
さてと、情報収集だ。こんな形でふわふわしてても前の街と同じように「あんたも大変だね〜」で済むはず。と言ってもこれじゃ酒ももミルクも呑めないから酒場はなし。別のとこに行くかな。4人に手を振って外に出る。念の為、外周を回ってみたけど特に異常なし。視線も感じない。恒例の道具屋巡りというか。
行き交う街の人にお薦めの道具屋を聞きながら移動すること20分。大きめの建物の前で浮かんでいた。
「バウマン商店……ここか」
生霊姿でで聞き込みをするのも面白い体験だったけど、街の人は特に違和感なく接してくれた。いや、そこ驚くところだろ!? とその都度心の中で突っ込みながら今に至る。“穢”を撒き散らしながらいる生霊とは違っているのが良かったのか? と自己分析をしながら店に入ってみることにした。
「こんにちは〜」
勿論扉を開けれる訳もないのでそのまますり抜けだ。
「おおっ!? 長い事この街で店出してるけど、生霊が来たのは初めてだよ。って、あんたに道具が要るのかい?」
開口一番酷いいわれようだな。痩せて背の低い中年のおやじがくるっと癖のある巻き髭を触りながら僕の姿を凝視している。服装はこの街の人が着ている中東スタイルの服だ。やはり白茶色の肌に柄布のターバンはよく似合うな。
「いや、3日に1回は体のある人間に戻れるんですよ? 迷宮で呪いを受けたものですみません。こんな姿で」
「なんだい、兄ちゃんも大変だなぁおい。それでウチに来たって事は何か買ってくれるんだろ?」
「ええ、そのつもり出来ました。砂漠を渡る装備一式が欲しいんですがありますか?」
「かぁ〜ありますか? ときたもんだ。驚いた。砂漠の玄関口にある街の道具屋に来て砂漠を渡る装備一式ありますか? ってそりゃねぇだろ、兄ちゃん!」
「はははは……すいません」
確かにね。失言だった。店舗内を見渡すが他にお客さんが居ないようだ。失言を聞いてるのがおやじさんだけで良かったな。
「砂漠の装備と言ってもな、昼間の装備と夜の装備じゃ全く違うの知ってるのか?」
「ええ、夜になると地表の温度が一気に空に吸い上げられるので寒くなるんですよね?」
「お? 言ってる意味はよく理解らねぇが寒くなるっていうのは正解だ。しかも日中と同じ服装だと凍え死んじまうくらい冷える」
あれ? 放射冷却は分からないだろうからなるだけ簡単な言い回しにしたんだけど、それでも伝わらないのか。まぁ、寒くなるという処が伝わっただけでも良しとするか。
「それでしたらエレボスを越えてきたので防寒着は揃えてます。砂漠の日中の装備で揃える必要があるものがありますか?」
「シドン砂漠の砂の目は細かい。眼は隠せないにしても、鼻と口を覆うものは必要だな。あとはここいらの者が身に着けているような服装が楽でいいぞ。砂が服の中にも入るからな。砂が眼に入った時に洗う水も要る。砂漠には魔物が要る。うっかり眼に砂が入ったままだと気付かずに襲われるってこともある」
サハラ砂漠みたいに砂の目が細かいというわけだ。魔物? そりゃ居るよな。
「そうなんですね。それでどんな魔物が出るんですか?」
「余程の事がない限り、旅団に向かってくる魔物は居ねぇな。サンドワーム、砂鮫、サンドバイパー、砂蜘蛛、砂蠍、気を付けねえといけねぇのはアントライオンだな」
鮫!? あの三角の背びれで砂をかき分けながら来るってこと? 襲われたくないけど見てみたいな。でも最後の名前も気になる。
「あんとらいおん?」
「蟻地獄だ」
居るのか? 砂漠に? 子どもの頃公園の隅で探してた記憶がある。あれが居るって? いや手に乗る可愛さじゃないだろ。魔獣だって言ってるんだから。
「嫌な響きですね」
「アレの巣に間違って足を踏み入れちまったら出てこれねぇ。何てったってでけぇ。小さいのは人間くらいの大きさだが成長するとこの建物くらいのやつも居るって話だ」
おいおい、流石にそれはないよな。日本で蟻地獄といえばウスバカゲロウの幼虫だ。と言うことはーー。
「もしかして、そのアントライオンは羽化しますか?」
僕の答えに口髭に手をやりながらおやじさんがにやりと笑った。正解に辿り着いたか?
「へぇ勘が良いな、兄ちゃん。そうさ、砂漠で遭いたくねぇナンバーワンはアントライオンの成獣、天竜だ」
おっと、流石異世界。蟻地獄から竜ときたか。それにしても天竜?
「天竜ってあまり聞かない名前ですね。普通は竜の前に色とか属性を冠するものですが?」
「普通はな。だが天竜は普通の竜とは違う。翼が4つあるのさ」
そこはもうウスバカゲロウで良いのでは? ウスバカゲロウも俗称で極楽とんぼとか言われるし。まあでも竜と名が付けば竜なんだろうね。蜻蛉をイメージしてしまったけど、そういう固定観念だと危ないよな。危険を無視するのは命に直結する。
「もし天竜に遭ってしまったらどうすればいいんですか?」
その質問にはん、と鼻で笑い肩を竦めながら教えてくれた。
「どうもこうもねぇ、めったに遭うことはねぇが砂嵐と一緒でありゃあ災害だ。身を潜めて通り過ぎるのを待つだけだ」
よほど虫の居所が悪くなければ絡まれることもない……か。知能があるかどうかも分からないしね。天竜の事は今考えなくても良い案件だな。考えてたとしても対処できない。もっと足元見ないと。
「そう言えば砂漠だとテントが張れませんよね? どうやって過ごすんですか?」
「あん? 砂漠を旅するんだったら夜に出な。こっから王都までは10日もあれば着く。昼間は4本の支柱に布を掛けてなるだけ動かねぇのが一番だ。良いのがあるぜ?」
そう言ってにやりと笑うおやじさんの笑顔に苦笑を返す。結局ここである程度の装備を揃えることが出来た。クリス姫たちはもともとミカ王国だから砂漠の常識は嫌というほど知ってるだろう。だから、知識のない僕たちは安心できるところから仕入れるしかない。この道具屋のおやじさんはその点で親切だったな。口は悪いけど親切だ。
おやじさんの薦めで砂漠で過ごすための道具一式、砂漠用のテント、外套、革の水筒、鈴、砂嵐の時にはぐれないためのロープと大きめの空樽を5つほど追加で購入しておいた。おやじさんにサービスで水を詰めてくれるようにお願いしてみたけど、しっかり追加料金を取ったね。流石商売人。
店の者が水詰めをしている間に、おやじさんと色々世間話も含め砂漠の注意点や下町のお薦め宿屋情報などを仕入れておいた。王都の方では特にこれと言った騒ぎもなく平穏なんだそうだ。第一王女がそろそろ結婚しそうだという目立たいい噂が流れてきてるくらいで、第五王女の話はこれっぽっちもない。まぁ想像はしてたけど、上手い具合に情報をコントロールしてるんだろう。
「良い買い物が出来たな」
金貨30枚分の買い物を済ませて、教えてもらった砂蛙の憩い亭へ向かう。砂漠に蛙? とは思ったけど、異世界だから居るんだろうなというくらいで流しておいた。深くは考えない。
バウマン商店を出て四半刻。漸く砂蛙の憩い亭に辿り着くことが出来た。慣れないというか来たばかりの人間に、いや、アンデッドに街の中を周れというのが間違ってる。あ、あそこですね! って言えるはずもない。散々探して、道行く人に頭を下げながら今に至るという始末。銀の竪琴亭は北側だったが、この宿は南西側だ。場所的には悪くない。
当然ランクが下がるわけだが、店の佇まいとしては悪くない雰囲気はどうだろ。普通にそのまま入っても面白くないな。という訳で、玄関から入らずにそのまま壁を抜けて入ってみることにした。悪戯心が少しだけ眼を覚ましたんだ。
「こんにちは〜」
「ぶー――――っ!!」
宿に入った途端、豪快に吹き出す男が食堂の隅にいたーー。
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