第118話 エレボスの峰越え
2016/7/15:本文脱字修正しました。
雪原と雪崖を駆け抜け、駆け登り、駆け下りる文章表現力のない僕にはこう言い表すしかない状況が眼の前にある。
6頭の雪豹の背に乗った12人の男女がエレボスの峰を登っているんだ。勿論頭頂部を目指している訳でないよ? 単純なアニメ表現で山の麓から頭頂部に登り、反対側へ下る、っていう状態じゃないことは確かだ。エレボス山脈は切り立った沢山の峰が連なっている所で、当然、山もあれば谷もある。雪解け水が長い年月をかけて溝を掘り、岩を削り、川を作り麓に自然の恵みを届けているんだ。どういう事かというと、僕たちもそうした峰の頂きではなく谷間を抜けて反対側へ向かっているということさ。
僕なんか生霊だから、そのまま山脈に突っ込んで行けば抜けれるんじゃ? って思ったんだけど、ナハトアに付き添うことが目的だからそれじゃ意味がないと諦めた訳。本末転倒でしょ? 途中で生き埋めになるという感覚が怖かっただけなんだけどね。
それに出た場所が目的地から離れていればナハトアとも合流できない恐れがるわけだし。それを考えたら必死に雪豹を追わなければいけないっていうのが現状だね。体力がどうこうって言う訳じゃないし、飛ぶことでMpやHpが減るわけでもないから苦痛は感じない。ただ、自分の速度で動けないというのが面倒だなと思うくらいだ。
聖属性の治癒魔法は魔物には効かないという話はこっちに来た当初から聞いている。他はどうなんだろ? と立ち止まったのが始まりで、休憩時間に試してみることにしたんだ。
慣れない雪豹の背中に乗るだけでも体力が必要になる。振り落とされないようにしかりと体毛を握っておく必要があるし、跨った状態で太腿の力を内側に幾らか込めてないといけない。これが地味に体力を奪っていく。だから30分事に雪豹以外に【疲労回復】を掛けていたんだ。
出発して二刻は過ぎただろうか。眼下を見下ろすとアルゲオの街が小さく見える。
「走りっぱなしですが、大丈夫なのですか?」
心配になったので唯一額から一角を生やした雪豹こと銀豹王に声を掛けてみる。皆それなりに息が上がっているように見えるんだけど、雪豹の体力と人間の体力を比較する莫迦らしさも理解してるつもりなので敢えて聞いてみた。
「はい。でも一度休憩を入れてもらって良かった。わたしは大丈夫でも他の者はそろそろ休みたいでしょうから」
なる程“名前持ち”になると恩恵が違うというのは面白いな。僕の処ではアルマとかベネディクトがそうなるか。それにしても随分上がったけど空気とか大丈夫なんだろうか? 急激に高度を上げると山登りにいおいては高山病にかかるリスクが高くなるけど、長居をしなければね。銀豹王の言葉に思いにふける。そして試してみることにした。
「治癒魔法が効かないということは知ってますが。状態回復魔法はどうなのでしょうか? 何か聞いたことがありますか?」
「いえ、吾らの群れに聖属性の魔法を使えるものは居りませんので試したこともなければ、考えに昇ったこともありません」
なる程。試して見る価値はあるな。状態異常回復が効かなくて、逆に状態異常に掛かることはないだろうから、効かなければ単に何も起きないはず。
「そうですか。じゃあ試してみましょうか。【疲労回復】」
「は?」
闇属性の個体に闇魔法を掛けた場合、【無効】スキルがない場合は少なからず影響を受ける。闇属性の個体が相反する光や聖属性の魔法を使った場合、耐性がない、もしくは低ければダメージを受ける。でも、雪豹は闇属性ではない。氷属性だった。魔物に治癒魔法が効かないというこの世界の基準があるものの、その縛りに抜け穴があっても良いんじゃないか? と思った訳。その考察が正しかったことが証明された。
「どう? 【疲労回復】の聖属性の魔法だけど?」
「は、はい、先程まで感じていた体の重さを感じなくなりました」
よし、検証成功だ。
「純粋に闇属性でなければ、状態異常の回復は出来るってことだ。良かった。じゃあ他の皆にも掛けておきますね」
「忝ない」
「いやいや、運んでもらってるのに畏まらなくても大丈夫ですよ。お互い様ですから」
頭を下げようとする銀豹王の前で忙しく両手を振り、なんとか思い留まらせてから5頭の雪豹へ【疲労回復】を掛けていく。これで暫くは大丈夫だろう。ナハトアたちにも当然掛けておく。魔物ではないものの闇属性を持つ種族でも状態異常回復魔法は働くようで、その辺りの千引がどうなってるのかよく分からないのが実状だ。魔族はどうなのか? という部分も不透明だからね。それにしてもーー。
「だいぶ上がって来たんだね」
皆が眼下に視線を向けていたので会話の呼び水を掛けてみた。
「本当ですね。私たちの脚ではとてもじゃないけど今日の内にここまで来れなかったでしょう」
ナハトアがハムサンドを片手に相槌を打ってくれた。軽食を摂っているようだ。まあそうだよな。揺れながら食べることは不可能に近い。鞍も鐙もないんだから。
「うんうん、それは言える。きっと雪の中に埋もれてるよ」
カリナもリスのような顔でそれに応じてきた。まず口の中のものを食べてからね。
「峰越えを甘く見てましたな」
「雪と寒さ対策でこうも違うのかと」
え〜と誰だっけ。ウナとヨーナスか? もそう染み染みと頷いていた。何でだろ? と思ってるとカリナがその答えを教えてくれた。
「あんたたちは砂の国だから仕方ないだろうけどね」
「砂の国?」
初めて聞く言葉に思わず聞き返す。
「はい、わたくしどものミカ王国はエレボス山脈を越えて存在する唯一の国です。それより南は魔王領ですから」
「あ、そっか」
食事を終えたのだろ、口元を拭きながらジルケがそう説明してくれた。南は砂漠地帯が大きく広がっているとリューディアに習ったな。そんな事を思い出していると、ロミルダが補足してくれた。
「それで、ミカ王国は砂漠のオアシスの中に立つ国なのです。ですから、砂の王国とか砂の国とも呼ばれているのですよ、ルイ様」
「そういう事か。寒さの次は灼熱か〜体が大変だ」
急激な温度変化は自律神経に影響を及ぼす。こっちの世界ではどれくらい人体が頑丈に出来てるのか知らないけど、大して差はないだろうと思ってる。急激な温度変化で暑さに対応しなければならない場合、心配なのが日射病や熱射病という熱中症だ。高山病を発症しなかったとしても、次は要注意だな。
どうやら僕たちの方は食事を済ませてはいるものの、雪豹まで回る食料がないってことか。さてどうするかな。僕らの保存食を出すと後で困るし……。なにか無いかな? そう思ってアイテムボックスの表示をチェックしていく。
「あ、まだあったんだ。これ」
思わず呟いてしまった。表示の品名はツヴァイホーンジャイアント×2というものだった。確か砦で10頭分収納して、アンジェラさんたちに2頭、鳥人の村で都合6頭振舞ったんだっけ? 懐かしいな。一度に2頭だと多い気がするから1頭でいいか。
「あ〜銀豹王さん?」
「何か?」
「ちょっと話したいことがあるので少し離れた所に来ませんか?」
「構いません」
「出来れば他の雪豹さんたちも一緒に」
何のことか分からない6頭をナハトアたちから引き離す。これから起きることを考えると精神衛生上良くないだろうと考えたからだ。いや、ほら、噛み砕き、引き千切り、口の周りを血だらけにするんだよ? その後その背中に乗るわけだからさ。安心して乗りたいじゃん。僕はフワフワだけど。
「ここらでいいかな。えっと、皆で話し合って分配してくださいね?」
ナハトアたちから100mは離れただろうか。
「何の話ですか?」
「ね?」
念を押す。
「は、はい。分かりました」
言質を取ってアイテムボックスから1頭分のツヴァイホーンジャイアントの生暖かい死骸を取り出して眼の前に投げ出すのだった。ドサッという音と共に黒い毛皮に覆われた二本角を持つ大型の熊が現れる。死んでるけどね。
「「「「「「!!!!!!!」」」」」」
「これからまた走ってもらうのでお礼です。力になれば良いのですが」
最早聞いてなかった。真っ先に銀豹王が熊の左腿に喰い付き、ボキンと噛み砕いて左足1本を咥えて5頭から離れる。それを見送った5頭が一目散にツヴァイホーンジャイアントに群がるのだった。うわ〜すっげ〜。それは正直な感想だ。
考えてみると、雪山で狩りをしようと思うとあの体を維持するために相当量食べなくてはならないだろう。子がいれば尚更だ。そんな事をぼーっと考えているう内にものの10分も多々に内にバラバラになっていた。骨すらもどうやら噛み砕いて食べているようだ。凄いな。凄すぎる。近くでやらなくてよかったよ。ふと視線をナハトアたちの方に向けると何をしてるんだろう? という様子を窺う表情が見えた。やれやれ。
「し、失礼しました。1月振りの生肉でしたので……。我を忘れてしまいました」
銀豹王もそうだが、5頭の雪豹も恥ずかしそうに項垂れている。ま、喜んでもらえたのならそれでいいか。後は口元だけ血糊を取ってもらえばね。
「いえいえ、喜んでもらえて何よりです。ただ、口元の血糊だけは綺麗にしてくださいね? それが終わったらお願いします」
僕のその言葉に雪豹たちが一斉に手をペロペロと舐め始め、顔を洗い始めたのだ。も、萌える……。あんなに大きな雪豹がこの仕草をすると破壊力抜群だな〜。自分がだらしなく魅入ってることに気付いて慌ててナハトアたちの所に戻る。照れ隠しだけど、ナハトアたちには気付かれてないだろうからね。
「雪豹の皆に軽食を上げてきたんだ。向こうの準備ができたら出発するけど問題ないかな?」
「ありません」「ないです」「「はい、大丈夫です」」「こちらも問題ない」
「ん〜、クリス姫元気がないけど大丈夫ですか?」
山登りを初めてあまり口数が多くない姫の様子が気になって声を掛けてみた。
「うん、大丈夫」
「ロミルダさん、姫の額に手を当ててみてもらえますか? 熱は?」
「少し熱いかもしれませんが……船の時のような熱さではないです」
う〜ん……。もともと熱が出やすい体質なのかな? 環境が変わってるし。それか高山病が発症し始めてる? 問診だな。
「クリス姫、頭が痛くなったり気持ち悪くなったり体がふわふわすることがあったりしませんか?」
「ーー少しある」
「昨日の夜は寝れましたか?」
「少し寝れた」
あまり寝れなかったということか。病原菌が入ったわけじゃないから回復魔法では症状は回復しない。いかに早く下山するかということになるな。
「恐らくですが、峰越えするために急激に高度が上がったせいで、その変化に体が付いて来ないようです。この症状は魔法では治せませんから、出発しましょう。一番の特効薬は下山して体を休めることです。幸い、これから峰の向こう側に向かえるのでその間、フェナの体に姫を縛り付けましょう」
「ふぇっ!?」「「縛り付ける!?」」「……!」
フェナとロミルダとジルケ、それにクリス姫が驚いた顔で僕を見詰めた。いや、別に変なことを言ってる訳じゃないんだけどな。
「誤解のないように言っておきますが、姫の具合はここに居続ける限り悪くなります。そのうち自分で雪豹の毛を掴んでいれなくなるくらいにね。ジルケさんに頼んでも良いのですが、力が抜けた人の体は想像以上に重い。なので自力があるフェナに抱きかかえてもらう」
「す、すみません、ご主人様」
申し訳無さそうにフェナが胸の辺りで左手を挙げていた。
「ん? なに?」
「力が抜けたって、どういうことでしょうか?」
「ああ、ごめん。僕だけで事が済んでたよ。これからクリス姫には魔法で眠ってもらいます。その姫の体をフェナの体に抱きかかえる形で縛るってことさ」
自己完結というか、言ったつもりになってたみたいだ。改めて説明する。言葉が足らないと誤解を招くからね。言った言わないというのは避けたい。
「そうなんですか。えええっ!? わたしがですか!?」
「人の力より獣人の力のほうが頼りになる事もあるからね、今回はそのケースさ」
「そ、そうですか……」
「そういうわけで皆も宜しく。時間もないので準備にはいろうか」
渋々納得しようとしているフェナをドーラがこそこそと励ましているのが聞こえるけど放おって置く。まずはこっちだ。雪豹たちが戻ってきたので事情を説明して協力してもらう。偶然にも先程のプレゼントが功を奏したようで、快諾してもらえたよ。ありがたい。
銀豹王に伏せてもらい、フェナ、クリス姫の順に乗ってもらう。フェナとクリス姫は向かい合う形だ。2人のウエストをロープで固定する。もう一箇所、フェナの首からクリス姫の脇にロープを潜らせて固定する。意識を失った状態で首が後ろに反りすぎる時は片手て抱えるようにとフェナに注意をしておく。妙にやる気になってるけど、ドーラ何を吹き込んだ?
「さてと、ではクリス姫少しお休みの時間ですよ。【誘眠】」
「あ……」
この【誘眠】、本来は範囲魔法だ。複数の敵を動けなくする魔法ではあるんだけど、使い方で単体にも出来る。その分Mpは消費するけど効果は格段に上がるんだよな。クリス姫が抵抗できるはずもなく、かんくんと脱力して直ぐに眠りに落ちる。さあ、時間との勝負だな。
「フェナ、クリス姫のこと頼んだよ」
「はい、お任せください、ご主人様!」
張り切り過ぎてる気もするんだけどね。まあ、頑張ってくれるのならやる気を削ぐひつようもないわけで、皆にも雪豹に跨ってもらい移動を開始する。相変わらず僕はフワフワと飛んでるよ。【実体化】が使えるのはもう1日後だから暫くこのままだ。
その後は順調で、陽が沈みかける頃にはエレボスの反対側に辿り着いていた。
本来であればゆっくり進んで3日目に折り返し地点ぐらいの勾配であり、高さ何だけど、雪豹の並外れた身体能力のお蔭で週間の行程が僅か1日まで短縮出されたのは大きい。食料の節約にもなるし、なによりクリス姫の症状軽減になる。寝顔を見る限り苦しそうな表情うや咳も見られない。顔が浮腫んでいたり、酸素不足で青くなっているたりする肌や爪もなさそうだ。高所肺水腫や高所脳浮腫にまでは発展していないだろう。油断は出来ないけど。
「今日はここで野営だね。かなり下まで降りてこれたし。これならクリス姫も回復すると思う」
「はわわわわわ!」
「何!?」
フェナの慌てた声が背後から聞こえて慌てて振り返る。僕の目は銀豹王に頬を舐められているフェナの姿を映し出していた。気に入られたってことか? いや、まだクリス姫のロープを解いてない。
「吾らはこれ以上付き添えません。ここでお別れです、ルイ様」
僕の視線に気付いたのか、銀豹王はこちらに向き直って頭を下げたのだ。うん、十分すぎるほど助けてもらったからね。これ以上甘えるのは横暴だ。
「助かりました。白豹王のことは残念でしたがどうぞご健勝で。処で今何をしてたんですか? ただ舐めたかっただけじゃないんですよね?」
「お見通しですか。この2人には事情を説明もせずに失礼なことをしました。お詫びに吾の加護を付けておいたのです」
「加護?」
おいおい。魔物でも付けれるのか? なんでもありだぞ?
「吾はタユゲテ様の使役獣。謂わば魔獣であって魔獣でない、霊獣とも言うべき存在です。ですから、少しばかり神力があるのです。それで2人に加護を与えいたという訳です」
「霊獣。そういうことなのですね。ありがとうございます」
また後でステータス見せてもらうか。その後短くお礼を述べてから雪豹たちと別れることになった。いや〜本当に助かったな。あのまま時間ばかり過ぎてるとクリス姫の命も危なくなっていただろうし。ん? ドーラの表情が険しいな。
雪豹と別れ、野営の準備を始めた所でドーラを少し離れた所に連れ出す。何となく胸騒ぎがしたんだ。早めに動いたほうが良さそうな気が。
「ドーラ、何かあった?」
「雪豹たちと別れてから、東側から血と尿の臭いがしたんです」
ああ、ドーラは犬型の獣人だから臭いには敏感だったな。しかも情報が穏やかじゃない。血と尿があるということは誰かが害された可能性が高いということだ。拠点なのか、偶発的な現場なのかは分からないが。注意が必要ということになる。穏やかじゃないよな。
「ドーラはナハトアにこの事と、ヴィルを喚ぶように伝えて」
「ご主人様は?」
心配そうに見上げてくる。肉体があればゴシゴシと頭を撫でていただろうけど、微笑むだけだ。
「このまま東を探ってくる、皆はここで待機ね。クリス姫も居る訳だし」
「畏まりました。どうぞご無事で」
「ありがとう、行ってくるよ」
短く言葉をかわし東側に向かって移動する。後ろで何があったのか騒いでる声もするけど、ドーラとナハトアにお任せだ。臭いは分からないが、気配ならある程度察知できる。
10分も進んだだろうか。障害物も雪も関係ない存在の僕だからこそ移動できる距離だが、2、3kmは東に来た気がする。ドーラの嗅いだ血と尿の臭いはひょっとして違う方向が発生源で風が巻いて方向を惑わしたのでは? と思い始めた時だった。
「明かりが漏れてるな」
雪崖に穿たれた穴から松明のような明かりが見えたのだ。入り口に誰か見張りが居るわけでもなく不用心この上ないが、僕にとっては渡りに船だな。静かに入り口に近づくと、沢山の声が漏れ聞こえてきた。下品な笑い声や、叫び声嬌声も混ざっている気がする。ということは奥行きはないということか。
「さてと、こんな所に居るんだ碌な奴らじゃない。蹂躙だ。【舞い喰らう闇の盾】」
洞穴の入り口に入った所で、タユゲテ様に掛けた障壁魔法を展開する。入り口を塞ぐようにね。正攻法で正面から潰してしまおうと言う魂胆さ。後はなるだけ間の抜けたような声で挨拶する。
「こんばんは〜! どなたかいらっしゃいませんか〜?」
すぅと入ると、そこは広くなった空間が一つあるだけだった。その中に男たちが20名そこそこ居るかんじだ。顔を腫れ上がらせた男が3人手足を縛られて這いつくばっている。奥の方に通じるあなが1つ見えるが逃げ道か?
「誰だ!!」「何だてめぇ!?」「れ、生霊!?」「アンデッド!?」「ひぃ!?」
一斉に僕の方に振り向くので、そのまま気にせずにすうっと男たちの前を横切り奥につながっている穴の所に移動する。奥でお楽しみの真っ最中だったよ。慌てて武器を手に起き上がる。縛り付けた女性に欲望をぶつけていたんだろう。ちっ。
「早速ですが、赤とか黄色とか何か色の布を持ってる人いらっしゃいますか?」
「はぁ!? 何言ってやがる!?」
「お、俺達3人と奥の女は持ってるぞ! がはっ、ごほっ」
僕の質問に縛られた男のうちの1人が何とか声を出し咽返るのだった。
「分かりました。じゃあ、後の方は申し訳ありませんがここで死んで頂きます。逃しません」
「何だと!?」
「躾のなっていない犬っころの爪はさっさと切るに限りますね」
「オレらのことを分かった上で手を出すってことだな! 関係ねぇ、魔力のあるもので殴れば生霊の1匹くらい訳ねぇぞ! やっちまえ!」
確定的な証拠が欲しかったのでもう一押し揶揄ってみた処、喰い付きが良すぎて思わず吹き出しそうになったよ。じゃあ遠慮無くやれるな。あとは一方的な戦闘だった。【黒珠】で根こそぎ意識を刈り取り、容赦なくすっからかんに吸い上げで終わりだ。縛られた男たちもついでに意識を飛ばしておく。勿論奥の女性もね。何をしたのかというのを見られたくなかったのと、意識がある者を放おって行くほど気持ちが強くなかったんだ。はい、ヘタレです。縛りでまだ【実体化】も出来ないしね。
結局そこに居た“ケルベロスの爪”の連中は1人残らず食べ尽くし、遺体を一旦アイテムボックスに保管してから最後に【舞い喰らう闇の盾】へ吐き出しておいた。悪食だからなんでも完食だ。それぞれ持ってた武器が散乱してるから縄を斬って逃げることも出来るだろう。
何とも後味の悪い処理だけど、これだけの移動を彼女たちに強いるわけにいかず、ここに居る者たちも自分たちの正体をバラしたくはないだろうから敢えて放おって置くことにしたんだ。傷はこっそり治しておいたよ? それくらいはね。障壁は消えるまで眼を覚ますことはないだろうから、障壁もそのまましにして壁を抜ける。足元の光に気が付きふと見上げると月光が優しく降り注いでいたーー。
「三日月が綺麗だな……」
◇
「三日月が綺麗……」
あるお城のバルコニーの手摺にお腹を預けながら美しいドレスを身にまとった幼い姫が思いを零す。頭頂部に乗せられた美しい宝冠は彼女が王族であることを静かに物語っていた。見た処6歳前後であろうか。得てして王族は早熟だ。早くから教師をあてがわれ英才教育を施されるのが常だ。大人びた言葉が紡ぎだされても不思議ではあるまい。しかしその面持ちは憂いに彩られていた。
「一体何処においでなのですか?」
ポツリと呟くが背後に気配を感じて振り返る。侍女が蝋燭を灯した燭台を片手に自分を呼びに来ていることに気付いたのだ。その後ろにあの男が居る、と彼女は眉を小さく顰めるのだった。
「クリスティアーネ様、オーケシュトレーム様がお越しでございます」
「今宵も月が美しゅうございますな、殿下」
「そなたが来なければな」
この男さえここに来なければーー。彼女の忸怩たる思いを察してか月が陰る。それも一瞬で3人の姿は再び月光に照らされ暫くバルコニーの上で談笑を続けていたようであった。3者3様に仮面を心に付けて。時折吹き抜ける冷やされた風が砂塵をバルコニーへ密かに送り届けていたーー。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
これで第二幕は終わりです。次回から第三幕砂の王国をお楽しみください。
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