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巣音 マガタマ 第二部

 <8月3日 AM0:45 巣音 マガタマ>

 

 バックミュージックが軽妙なジャズから、雅楽による国歌『君が代』に変わる。


 F多田「では、再開いたしましょうか。みなさん、よろしいですか」


 有機酸「ほぉい」


 羊地蔵「はいはい」


 ほむら「はい、大丈夫です」


 F多田「えーと、放送もOKだね。それでは、非常に厳かな雰囲気で語っていきましょうか」


 有機酸「ええねぇー、この音色」


 F多田「いいでしょ~。マガタマで使ってくれって、友人が送ってくれたんですよ」


 羊地蔵「友人さんって、雅楽奏者の方なんですか」


 F多田「そうなんだよ、雅楽奏者の家系の人でね。子供の頃に色々と悪さもした幼なじみでさぁ、何度も怪奇体験も一緒にしてるんだけどね。そうそう、送られてきた曲はアルバム形式でね。君が代の流れを崩さぬままに、怪談に合う雅楽の曲がオリジナルで60分、その後15分ほど休憩用の曲が入っているらしい」


 羊地蔵「らしい、事前に聞いてないんですか」


 F多田「だって自信満々で送ってきてるしさぁ、どうしても、今日流して欲しいとメールにあったのでね。多分だけど、今頃は自慢気に「おれの曲なんだぜ」って酒飲み仲間に話してるんじゃないかなぁ」


 有機酸「なんや、番組を私物化しとるなぁー」


 ほむら「そうですね。それが可能なら、うちの店の宣伝音楽をお願いしたのに。うふふっ」


 F多田「いやいや、違うから。私物化したのは奴で、俺は強迫された被害者なのよ」


 羊地蔵「んー、フューリーさんを強迫するって何ですのん」


 F多田「う~ん、ほむらさんに怪談話をしてもらってからと思っていたけれど。よし、話してぬれぎぬを脱ぎ捨てるとしようか」


 有機酸「なんや、強迫言うのは怪談話の権利かいな」


 F多田「そう、そうです。自分の曲をかけている間なら話して良いって、限定条件を付けられた話でね。それに初公開の話でもあることだし、50回目の記念に内容的にも、最良かなっと」


 有機酸「おぉっ、えぇなぁー。隠し玉かいな」


 羊地蔵「その話って、友人から許可が取れなくて話せなかったんですか」


 F多田「それもある。あるんだけど、それだけではないかなぁー。とりあえず、話を聞いてもらって判断してもらいましょう」


 ほむら「なんか、謎解きみたいですね」


 F多田「カンが良いなぁ、ほむらさん。この話はねぇ、俺が小学校4年生の夏休みに体験した怪談なんだけどね……」


 時期としては、お盆の後で残り一週間ちょっとしたら夏休みも終わってしまう、そんな頃。

 その日は、お楽しみ会と呼ばれるイベントの日でした。お楽しみ会というのは、登下校時の班長の家に一泊するという、お泊り会のことで。内容としては、夏休み恒例の花火や肝試しを班ごとの子供達が企画して楽しむというイベントでした。

 その時の班長というのが、雅楽奏者の家系に生まれたI君の兄弟で2つ年上のJさんでした。 

 Jさんはスポーツ万能な少年で、全国小学生体育大会総合1位に輝いたI君の自慢のお兄さんでした。

 そんな学校の有名人の家に泊まれるということで、うちの班は同級生や下級生、果ては先生方からも羨ましがられました。

 ただ以前から俺とI君の両親が個人的に仲が良い関係で、I君宅に何度も泊まったことがある俺としては、本当なら何でも無いことのはずでしたが、その時だけは少しドキドキしていたのです。

 というのも、お泊りの場所というのがI君宅にある稽古室と呼ばれる部屋で、子供が普段入ることが出来ない場所だったからです。稽古室は呼び名の通り、雅楽の稽古用に作られた12畳ほどの体育館のような木床敷きの部屋で、当時でも珍しい防音性の高い建材で作られた部屋でした。

 I君が「うちには、防音室があるんだぜ」と自慢していたこともあって、I君さえも正月に親族が集まった時以外入る事の出来ない特別な部屋に泊まれることに、俺は少しだけ興奮していました。

 

「よろしく、お願いします」


 午後一時頃、I君宅の玄関前に班の全員が集合し横に並んで、声を揃えてお世話になるI君のお母さんとお姉さんに挨拶をしました。

 

「じゃあ、稽古室に荷物をおいてこようか」


 班長のJさんがそう言って、稽古室まで先導してくれました。Jさんの後ろを登下校時の並びと同じ一列になって付いて行くと、和風の装飾や建具の続く廊下に似つかわしくない、見るからに鉄製の引き戸がありました。

 

 「ここは、僕もほとんど入ったことがないんだよな。鍵を預けられたのなんて初めてだから、なんだか緊張してる。あははっ」


 Jさんそう言って笑いながら、フクロウのキーホルダーの付いた鍵で戸を解錠した。そして、引き戸をI君が左側、Jさんが右側の引き手に向かい合うように手を掛けた。


「それでは、ここが宿泊場所です。どうぞー」


 おそらく兄弟二人で何度も練習したのだろう。きっちりと、声と動きを合わせて引き戸が開かれた。


「おぉぉー、すげーえー」


 二人に乗せられたようで悔しいが、自然と感動の声が出た。

 視界に現れた部屋は、まるで体育館を小さくしたような様相で違いと言えば、奥にある舞台の壁に大きく枝振りの良い松が描かれている事と、部屋の上側面と天井に明かり取り用の和風の装飾が施された窓があることくらいだった。


「荷物を置いたら、プールに行くぞー」


「おぉー」


 こうして、お泊り会の最初のイベントとして、みんなでプールに行くことになった。

 この夏休み期間中、通っている小学校のプールが雨の日や気温が低い時を除いて無料開放されていた。

 水の中が好きだった俺は夏休み期間中、開場となる朝10時から閉場となる午後4時まで、あいだに一時間ごとに10分の強制休憩で監視委員にプールから出されながらも通っていた。

 もちろんこの日も、集合時間の午後1時の30分前までプールで遊んでから集合していた。今にして思えば、まともに泳ぐこともせずに水の中を漂っているだけ、まるで池に落ちた葉っぱのような状態の何が楽しかったのか不思議に思えてくる。

 午後2時少し前に小学校に着き、おのおの水泳の準備をして好き勝手に泳いだり、はしゃいだりの自由行動になった。

 

「Jさん、この後は何をやるの」


 プールに来て1時間くらい経過した頃に、俺は河童のように水面に頭だけを出して、プールサイドに座ってバタ足をしているJさんにそう聞いてみた。

 

「そうだなぁー、4時までプールで良いとして。花火と肝試しは夜にならないとダメだから……。あ、そうだった。肝試し前に怪談やって温めるから、いつも通りよろしくな、多田」 


「えっ、肝試しやるんですか」


 実はこの頃の俺は、週に2回のペースで怪奇体験をしているフィーバー状態だった。

 それゆえに、俺は怪談語りを日頃から放課後の図書室で怪談好きな生徒を前にやっていた。

 誰かに話さないと恐怖心がつのるような感じがして、ガス抜き的な思いからしていた行動だったのだが、いつしか怪談好きな先生たちも聞きに来るようになって、学校公認の怪談係に任命されていた。

 怪談係とは何なのかって言えば、自主学習やレクレーションの時間になったクラスに行って怪談を語るというものだった。俺は本当に、良い先生方に恵まれたと当時も感謝していた。赤点時の居残りを除いては。


「多田ぁー、まさか肝試しが怖いなんて言わないよな~」


 Jさんがニヤッと悪戯っぽい笑顔を浮かべと、白い八重歯が顔を出して笑みのいやらしさを倍増させる。

 この八重歯が女子には好評だというのだから、全く意味がわからない。

 

「あれっ、だれか体育館にいるよー」


 俺がJさんのからかいに顔をしかめていると、プールサイドに腰掛けたJさんの後方にある低学年向けの

浅いプールから、そんな声が聞こえてきた。


 「むぅ、なんだぁー」


 声のした方に視線を向けると、そこには同じ班で2年生の女の子が背中を向けて、体育館の二階窓を指差していた。

 うちの小学校は少し変わった建ち方をしていて、グランドとプール施設が横並びになっていて、それよりも15mくらい高い位置の高台に校舎と体育館が建っている。

 位置関係としては、校舎から見下ろす位置にグランドがあり、体育館から見下ろせる位置にプールが配置されている。

 といっても体育館の一階部分は壁で囲まれており、窓は床近くにある空気入れ換え用の窓しかないために覗き込んでも位置の関係からプールは全く見えない。

 どうしても体育館からプールを眺めたいならば、二階に上がってプール側の明かり取りの大きな窓から見るしかないのだが、この体育館二階は二階と言っても階層状になっているのではなく、ベランダの手すりのような物が体育館の内側を見下ろすような形で付けられている1mほどの幅しか無いところで、遊んでいたボールが入り込まない限りは、生徒があまり近寄らない場所だった。  

なぜ俺が覗けることを知っているのかというと、6年生の頃に異性への興味を持ち始めてプールをよく眺めていたからだ。

 それはともかく2年生の女の子が指差す方向をよく見てみると、二階の大きな窓の端に人影が見える。

 

「ホントだ。ん、体操服……男の子……」



 目を凝らしてみると、水色の半ズボンに胸のあたりに名札が付いた白い体操服姿の男の子が窓辺に立ってこちらを見ていた。


「誰だろう……あれ……名札……」


 その男の子は小学校指定の体操服を着ているようだった。だけど、男の子の胸のあたりに付いている名札だけは見たことのない濃いみどり色の枠が付いたゼッケンくらいに大きい名札だった。


「Jさん、あんな大きいみどり色の枠の付いた名札って……」

  

 6年生のJさんなら知っているかもしれないと思って、問いかけてみた。


「あっ…………消えた……」


「……えっ」


 Jさんの消えたという言葉に慌てて、体操服姿の男の子が立っている窓へと視線を向けた。だけど、そこに男の子の姿は無かった。


「いなくなった。ちょっと、見てくる」


 俺は海水パンツ姿のままで靴を履いて、体育館への最短距離である芝の敷かれた斜面を駆け登った。

 体育館から出入りできる場所は、普段閉じられている非常口を除いて西側のエントランスがある1ヶ所だけ。南北に出入りできる二枚扉が付いてはいるが、エントランス部分はガラス張りなので見通しが良いので誰かが出てくれば必ず見える。

 軽く息を切らせながら体育館エントランス前に着く、周囲を見回すが人の姿は見えない、注意深く耳をすませて物音を探る。

 けれども、みんなのいるプール以外からは何の音も聞こえては来ない。

 

「あれ……セミの鳴き声が聞こえ……ない……」


 班のみんなとプールに着いた時には、確かにセミの鳴き声が五月蝿うるさいほどに響き渡っていた。

 なんだか気味の悪い嫌な感じが背筋を走ったが、ここに来た目的である体育館にいた男の子を確かめようと南側入り口の二枚扉へ周りを気にしながら近寄った。


ガ……チャン……


「あ、鍵かかってる。それじゃあ…………」


 俺は走って反対の北側入り口に行き、同じく二枚扉を引いてみる。


ガ……チャ……チャン……


「えー、こっちもかよぉ。一体、あの子はどうやって入ったんだ」


 体育館の二枚扉の作りは、鍵を開けるのにも、閉めるのにも鍵がいる特殊な仕掛けだった。

 まぁ、単に古い扉なだけの話なのだが、以前に先生から預けられた鍵を無くした生徒がいて、鍵屋さんを呼んだ事があるのだが「あのー、すいません。開けられませんでした」と涙目で職員室に鍵屋さんが報告に来た現場に俺は遭遇したことがある。

 結果として、全校生徒による鍵の大捜索が行われ、なんとか無事に発見されて一件落着となりました。無論この後に、生徒に鍵を預けないことの一文が、学校の規則の一つに加えられた事は言うまでもありません。

 そんな出来事があった体育館の鍵を、あの男の子が持っているとは考えづらい。


「……うぅ、戻ろう」


 海水パンツ姿のせいなのか、薄ら寒さを感じてみんなのいるプールに戻ることにした。


「…………ほんと、なんだってば」 


「それは、見間違いだよ…………」


 プールに戻ってみると、なにやらプールサイドでJさんを中心に揉めていた。


「なになに、どうしたん」


 揉めている連中の一番手前で首を傾げていたI君に、この状況について聞いてみると。

 

「それがさぁ、兄ちゃんが幽霊を見たって言い出して…………」


 どうやら、俺が確認に行った体育館の二階窓に立つ男の子のことで揉めているらしい。

 それもI君の説明によると、Jさんが二階窓に立つ男の子に気付いて見つめていると、その男の子がフワッと浮き上がり白い煙のようになって霧散むさんしたと皆に興奮気味に「いま、幽霊を見た」と語りだしたそうなのだ。

 それに対して幽霊否定派の生徒が「見間違いだ」と反論し、興味本位の生徒が「なになに、聞かせてよ」と集まってきて、プールサイドで討論会が行われているのが現在の状況だということらしい。


「あぁ~、そう……」

 

 ややこしい話に巻き込まれたくない俺は、静かに揉めてる連中から離れて、討論会で人が薄くなってのびのび出来るプールに逃げ込んだ。

 そして、河童のように首だけを水面に出して、ネッシーみたいにプールの中を心地よく漂流する。  


「……だってなぁ、多田、お前も見たよな」


「……うっ、ゲホゲホッ。えぇっと、俺は…………」


 絶妙なタイミングでJさんに話しかけられたことで、プールの水を鼻から飲んでしまってむせる俺。

 たぶん矛先が俺のところに来るのだろうなと、思ってはいたけれど本当にJさんに話しかけられると慌ててしまう。つくづく、当時から小心者な自分が恥ずかしい。 

 

「見てたよな、多田。な、なぁ」


「その、男の子は見たけどさ。消えるところは見……」


「ほらぁ~、多田も見たって言ってるだろぉー。本当なんだって」


 俺に最後まで話をさせずに、Jさんは再び興奮気味に周囲の生徒に語りかけ始めた。Jさんて、意外と自分勝手な人なんだなと思った。

 とりあえず、これで俺に注目は向かなくなったから良しとしようと、俺は再び安心してプールの中を漂流することにした。


「ねぇ、お兄ちゃんも見たの」


 問いかけられた声の方向を見ると、プールの飛び込み台に腰をかけた最初に男の子に気が付いた班の女の子がいた。

 女の子の真っ直ぐな瞳が、俺を見つめていた。


「……う、うん。いなくなったところまでは、見ていないけど」


「そうなんだぁ…………わたしもね、おねえちゃんを見てたから知らないの」


「おねえちゃん……えっと。おねえちゃんって、どのおねえちゃん」


 周りを見回して、彼女が言うおねえちゃんを探しながら聞いてみる。


「もういないよ。群青色のワンピースを着たおねえちゃんで、体育館の前に立っていたけど。お兄ちゃんが走って行った頃に、体育館の入り口の方に歩いてったよ。出会わなかったの」

 

「えっ……わ、ワンピース…………」


 どんなに思い返してみても、ワンピースのおねえちゃん、なんて見かけていない。というか、人影すら体育館周辺に無かったのを確認している。

 一体、どういうことなんだろう。真っ昼間に、体操服姿の男の子と群青色のワンピースを着た女性の幽霊が出たというのだろうか。心の底から「勘弁してくれよう」と叫びたい気分になった。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。プールの後にお楽しみ会って、なにがあるの」


「……あ、そうだった。Jさ~ん、今後の予定はー」


 いまだに幽霊討論会をしていたJさんを当初の目的に復帰させて、ひとまず幽霊騒動は沈静化した。

 いまにして思えば、この出来事がある意味での予兆だったと分かるのだが、当時の俺は気味の悪い体験をしたと思っただけで、さして深く考えもしなかった。

 

「それじゃあ、みんな着替えが終わったら家に帰っておやつにしよう」


 結局プール開放終了時間の午後4時まで過ごしてしまい、班の皆が一様に心地良い気だるさを抱えたまま稽古室へと戻ってきた。

 Jさんは帰路の最中も、興奮気味に「幽霊見ちゃったよう、おれ」と繰り返し言っていました。

 小さい頃から怪奇体験に悩まされ続けている自分には、Jさんのリアクションがうらやましく思えた。

 そんなこんなで稽古室に戻った俺達は、Jさんのお母さんとお姉さんが用意してくれた晩ごはんを頂いた後、稽古室でお菓子やジュースをつまみながら、次のイベントである花火や肝試しに合った時間帯まで時間をつぶすことにした。

 

「さて、そろそろ暗くなってきたし良いかな。じゃ、I準備してくれ」


「オーケー、ロウーソクもらってくる」


 午後7時を過ぎた頃、I君が持ってきたロウソクを部屋の中心で六芒星の形に並べて火を灯して、部屋の明かりを消した。


「それでは、肝試し前の雰囲気づくりに怪談会を始めよう。まず、俺から…………」


 お決まりの懐中電灯の明かりを顔に当てたJさんの開幕宣言で、怪談会が開始した。

 怪談会といっても、所詮は小学生が話す怪談話なので、どこかで聞いたような話や今で言うところの都市伝説のような話などが大半で、当時の俺でさえ恐怖を感じないものばかりだった。

 典型例で言うならば、話に出てくる登場人物の全員が死んでしまう話だったり、ひどいものでは、登場人物の性別や名前が滅茶苦茶だったりしていた。


「よし、トリは多田に話してもらおうか」


「えっ、う~ん。何の話にしようかなぁ…………」


 小学校低学年生も聞いている状況で、しかも肝試しに今から出かけることを考えると、慎重に話を選ばないといけない。

 なぜなら、俺自身が怖いからだ。

 というわけで、俺自身が体験した怪奇話の内で無難な金縛り体験を話すことにした。

 

「これは、小学生2年生のある夜のこと。いつものように布団で寝ていると、急に冷たい風が顔に当った感覚に襲われて目が冷めてしまったんだ。なんだろうと思って目を開けると、常夜灯がかすかに照らす暗い部屋の中で、何かが動いているような気配がするんです」


「……ゴクッ……」


 静まりかえった稽古室に周囲の皆が息を呑む音が響く。


 集中して周りを耳を澄まして探ってみると、畳の上を何かが擦っているような音が聞こえて来る。それはスッ……スッ……と、一定のリズムで部屋の中を移動しているようだった。

 それもどうやら、部屋の中央で寝ている俺の周りをゆっくりと反時計回りに動いているらしい。それが理解できた時には、その音がもうすぐ目で確認できる位置に近づいて来ようとしていた。

 もしかしたら泥棒かもしれないと思った俺は、身体と頭を出来るだけ動かさないで視線だけを音の方へと向ける。

 すると、その限られた視界の端にある掛け布団の影からゆっくりと白い影が姿をあらわした。


「……っ……ぅ……」


 次の瞬間、俺は息が詰まるような感覚と共に指先ひとつ動かせない状態になった。金縛りだと理解したと同時に、先程までの近くに泥棒がいるかもしれない恐怖とは、あきらかに性質の違う恐怖が動くことのできない俺を襲いはじめた。

 しかも、恐怖の対象そのモノがゆっくりと視界の中へと姿をあらわすのを、まばたき一つ出来ずに見つめていなくてはならないのだ。


「…………ぁっ……ぅ……」


 あまりの恐怖に叫び声を上げたくとも、出るのは不自然な呼吸音だけ。

 そうしている間にも、白い影は視界の中へとゆっくりと進んでくる…………白く骨のように細い手、白い着物の袖…………。

  

「ぅっ………ぁぁっ………」


 その存在の全身が視界に入りきった時、さらなる恐怖が襲ってきた。

 その白い着物を着た幽霊には頭部がなかったのだ。首なしの幽霊が、動けない俺の周りをゆっくりと歩いて行く。

 その恐ろしい光景から目が離せないまま、視界の外れへ見えなくなるまで見送るしかできなかった。

 どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、白い影が視界から外れてからしばらくすると、金縛りが解けた。


「……はぁはぁ……んっ……」


 金縛りが解けて恐怖が去ったのだと俺が安堵した次の瞬間、顔に冷たい風が吹き付けた。風が吹いてきた方向、胸のあたりに視線を向けた。

 

「……うわぁぁあーーー……」 


 そこには、真っ白い顔の女性の生首があった。黒い穴が空いたような瞳、削げ落ちた鼻、鮮血のように赤い唇、長い髪は蛇の群れのように、うねうねとうごめいていた。


「キャーーキャーー、もうやだーーーー」

 

 班の女の子達が、ものすごい悲鳴をあげた。男子達も、いつの間にやら互いに身体が触れ合う位置に寄せ集まっていた。

 みんなの上々な反応に、自然と笑みがこぼれてしまう。


「みんな落ち着いて、もう終わりだから。次に気が付いた時には、部屋に日が指して朝になっていました。俺は起きて部屋を見渡してみましたが、白い顔の生首も白い着物の幽霊もいなくなっていました。これが、俺が2年生の時に体験した話です」 


パチパチパチ…………


 稽古室に、みんなの安堵の拍手が響いた。


「おぉー、相変わらず飛んでもない話持ってるよな。多田、小さい子もいるんだから手加減しろよ」


 Jさんが肘で俺を突きながら、笑顔でそう言う。


「あぁ、はい」


 体験した中では、軽い方の話なんだけどなぁと思いながらJさんに返事をする。


「よし、じゃあ。そろそろ出発しようか」


 こうして、いよいよ肝試しに出かけることのなった。

 場所は近くの墓地。あらかじめJさんが、墓地の奥にある枯れた湧水場にノートとボールペンを置いてきたので、それに名前を書いてくることが肝試しのルールだと行きすがら説明を受けた。


「それじゃあ、1年生と2年生はペアで他は一人で行ってもらうぞ」


 墓地の入り口に着き、みんなに懐中電灯が手渡された。


「良いかぁー、ここから出発してだな。あの向こうに……ある……えっ」


 Jさんが懐中電灯で足元から墓地の奥へと道筋を照らすと動きを止めた。

 なんだろうと思って、みんなでJさんが照らしている辺りに懐中電灯を向けてみると……。


「う、うわぁぁぁー」 

 

「キャ~~~~」


 みんなが一斉に悲鳴をあげた。

 懐中電灯に照らされ姿をあらわしたのは、本来あるはずの墓石群ではなく、3mはある大きなお地蔵さんだった。 


「に、にげろぉー」


 I君の悲鳴に近いその声をきっかけにして全員で、Jさん宅の前まで全力疾走した。

 それから後は、ほとんど無言のままで花火大会を始めた。まるで、お通夜のように静かだった。

 それも花火大会の中頃に、I君が巨大プロペラ花火に追いかけられるという出来事で皆から笑いが起こり、それからは何事もなかったように笑い合いながら過ごせた。

 特に盛り上がったのが、お風呂だった。Jさんの家のお風呂は旅館の大風呂と見まがうほど大きく、本当に泳ぐことが出来るほどだった。

 俺自身も、あまりにもはしゃぎ過ぎて長風呂になり、人生で初めてのぼせて目を回した。

 楽しい風呂からあがると、Jさんのお母さんが西瓜を用意してくれていた。

 みんなで西瓜を頬張りながら、夏休みの宿題の進み具合など雑談を1時間ほどしたのちに就寝となった。

 さすがに遊び疲れたようで、俺を含めてみんな布団に入ると直ぐに寝息をたてはじめ眠ってしまった。


「……っ……ん……」


 どれくらいの時間が経ったのかわからないが、寝苦しさを感じて起きてしまった。

 周りを見渡すと、常夜灯に照らされる中で気持ちよさそうにみんな眠りに就いていた。


「……ん……トイレ行くか……」


 眠い目をこすりながら立ち上がり、目が冷めてしまったことだしトイレ用で足そうと考えた。

 恥ずかしい話だが、小学4年生だったが寝小便をするくせが時々あった。なので、予防策として夜中に目が覚めたらトイレに行く習慣を身につけていた。

 普段は消されているのだろうトイレへと続く廊下の明かりが、Jさんのお母さんの気づかいで点けっぱなしになっている。おかげで、慣れない人様の家だが迷うこと無くトイレへとたどり着いて、用を足すことが出来た。

 すっきりとした気分で稽古室の扉の前に着き、引き戸の右側を引き開こうとした…………。


ガッ、ガチャンッ…………


「んんっ、あれぇー。鍵がかかってる」


 先程まで鉄製の引き戸でありながら、指一本でも動いていた扉がピクリとも動かない。

 I君か班の誰かが俺が部屋を出たのを知って、いたずらで閉めてしまったのだろうと思った。


トン、トンットンッ…………


「おーい、開けてくれようぉー」


 何度か扉をノックをして、呼びかけてみるが部屋の中から反応がない。


「多田、どうかしたのか」


 どうしようかと扉の前で思案していると、パジャマ姿のJさんが廊下の奥から目をこすりながら声をかけてきた。

 稽古室に敷ける布団の数にかぎりがあって、Jさんは6年生で体が大きいこともあり一人だけ自室で寝ることになっていた。


「良かった、Jさんが来てくれて。なんだか、閉めだされちゃったみたいなんですよ」


「んん、閉めだされたって。おーいI、何を遊んでるんだよ。まったく」


 Jさんはパジャマのポケットから、かえるのキーホルダーの付いた鍵を取り出して扉を解錠した。


「あ、やっぱり鍵が閉められてたんだ。I君だな」


「ふぁあー、おしおきを明日にしろよ。俺は部屋に戻って寝るからな、多田」


「はい、Jさん助かりましたよ。ありがとうございました」


 Jさんは大あくびをしながら手を振り、廊下の奥へと去っていった。

 その姿を見送って、自分も眠りにつこうと扉の引き手を引いて部屋に入った。


「あれ……みんな寝てるのかよ」


 入ってみると常夜灯に照らされた稽古室の中は静かで、第一容疑者だったI君も布団の中で静かに寝息をたてて眠っていた。

 もしかして、俺を閉め出すいたずらを仕掛けておいて待ちきれなくて眠ってしまったのだろうか。なんだか肩透かしを食らったもやもやした感じだが、仕方なく俺もおとなしく布団に戻って目を閉じた。

 

パリンッ、カシャンッ…………


 突然、ガラス製の何かがはじき割れる音が部屋に響いた。


「……えっ、なんだっ……」


 響き渡った音に驚き半身を起こして周囲を見渡し確認する。

 しかし、周囲にガラス製の物が壊れた様子も、部屋にいる班の仲間にも慌てた様子や異常はなく……。 


「えっ、み、みんなは…………」


 見渡した周囲の布団には、いるはずの人影もタオルケットの膨らみもまったく無かった。

 しかも、付いていたはずの常夜灯の明かりが消えて、あるのは天井にある明かり取りの窓から指す月明かりだけになっている。いつの間にやら、稽古室でひとりぼっちになっていた。

 

パリンッ、カシャンッ、パリンッ、カシャンッ…………


「う、うわぁー……」


 再び、部屋の中でガラス製の何かが激しく壊れる音が連続して響き続けた。

 あまりにも異常な事態に俺は心底怖くなって、タオルケットを頭から被って震えながら丸くなった。

 どれくらいの時間が経ち、何度あの音が響いたのかは分からないが、音が止み部屋に静けさが戻ったことに気が付いた。


「……お……おわった……はぁー……」 

 

 念の為、部屋の中を見回し異常がないかを確認する。班のみんなが布団にいないことを除けば、部屋に異常はなく、何かが潜んでいる様子もなかった。

 俺は安堵感から脱力して、布団の上で仰向けに倒れるように寝転んだ。


「はぁー…………怖かったぁー……うん……あれっ」


 仰向けに寝転んでいる俺の視線の先、明かり取りの天窓に不自然な影が見えた。

 この稽古室に来た時、俺の家には無い天窓というものに興味を持って、よく観察していたのだが、明かり取りの窓には木製の飾りぼりで松や鶴などが飾り付けられていた。

 なので影に気付いた瞬間的は、あの木製の飾りが影として見えているのかなと思ったのだが、直後明らかにおかしい事実に気付いた。

 あの木製の飾りは、あくまでも明かり取りの天窓の飾りとして付けられている。ならば、明かり取りを邪魔する位置に付けたりしないはずだ。

 しかし、俺の視線の先にある天窓の影は、窓のほとんどをおおってしまうような位置にあった。その違和感は、急速に俺の思考を回転させて天窓にある影が何なのかを導き出そうとさせた。

 

「……あっ…………うっあぁぁぁー…………」


 そして、考えられる一つの答えが出た時、俺には絶望して悲鳴をあげる以外の選択肢が残されていない事実に気が付いた。

 その影が少しだけ後方へと下がった時、月明かりが影の姿を照らしだした。それは青白い顔の小さな女の子で、両目の眼球が飛び出してそうになっていて、左目や口の端から血が垂れ流れ、口元が大きく開かれ笑っていた。

 

「……ぁぁうぁ………ぁうーあぁ………」  


 悲鳴にならない叫び声をあげ続ける事しかできず、恐怖で目を閉じることもできない俺。

 そんな状態の俺を見下ろしながら、その小さな女の子は右手を振り上げて天窓へと振り下ろした。


パリンッ、カシャンッ………… 

 

 あの音が部屋に鳴り響いた。

 

(そうか、あの音はこの小さな女の子が天窓を殴っていた音だったのか……あれ、でも……天窓のガラスは割れていない)

 

 確かに部屋の中でガラスが割れたような音が鳴り響いた。でも、視線を外せずに見ている小さな女の子が叩く天窓には割れた様子も、ひびが入った様子もない。



(いったい、何なんだ。何が起こってるんだ)


 ただでさえパニック状態なのに、目に映るものと耳に聞こえるものの違いに、いっそう混乱してきた。

 そんな俺に構うことなく、小さな女の子は右手を振り上げては振り下ろすを繰り返し行いだした。


パリンッ、カシャンッ、パリンッ、カシャンッ…………


 またしても、あの連続してガラスを破壊するような激しい音が響き始めた。

 もう一度タオルケットを頭から被りたい気持ちだったが、タオルケットは現在俺のお尻の下にあり引っ張ってみたが取れそうもない。

 とにかく離れたいという思いから、目は天窓から外さぬままに後方へと少しずつ尻をついたままであとずさった。


パリンッ、ガシャンッ、パリンッ、ガシャンッ…………


 そうこうしている間にも鳴り響く音が激しさを増し続け、天窓に変化は無いが叩き続けている女の子が少しずつ近づいて来ているような感じがした。


(う、うわぁー……部屋に入ってくる……)


ガジャリンッ……ボトッ…………

 

 女の子が入ってくると思った次の瞬間、ひときわ大きい破砕音が部屋の中で鳴り響き、女の子が天窓をすり抜けてつい先程まで、俺がいた布団の上に落ちてきた。

 その様子は、明らかに人ではない例えるなら粘度の固めなスライムが落ちてきたかのようで、布団の上に落ちた瞬間に女の子の体がゼリーのようにブルンッと震えた。

 

「……みっ……みつけたぁーー」

 

 その女の子は俺の目を見つめた状態で手を伸ばし、のどが潰れているような地に響く声でそう言って這いずってきた。


「……いーっ……うわぁーーーーーーー」


 俺は両手を前に突き出して、両まぶたを固く閉じて、自分の最後を覚悟して悲鳴をあげた。左手の手首に女の子の細い指に掴まれる感触がした。


「おい、多田。両手を前に出して、何やってるんだ」


 そう呼びかける、Jさんの声が聞こえてきた


「えっ…………おっ。Jさん……」


 固く閉じていた両まぶたを開けると、そこには水着姿でプールサイドに腰掛けるJさんがいた。


「えっ、えっ、えっ…………」


 軽いパニックを起こしながら、俺は周囲の状況を確認した。

 時間は、小学校校舎に付けられているの大時計が3時5分を指している。

 場所は、俺自身が塩素臭のする水に浸かっている状況から、ここは間違いなく学校のプールだ。

 つまり…………さっきまでのは全て、白昼夢だったのか。


「おーい、た~だ。聞こえてるかー、見えてるかー」


 Jさんがプールに入って、にやけながら俺の顔の前で手を振っている。相変わらず、いやらしい八重歯が顔を覗かせている。


「えーと、大丈夫です」


 きっぱりとポーカーフェイスで、目の前のJさんにそう答えた。


「はぁ~、大丈夫ってなんだよそれー」


バシャ…………


 Jさんが俺の顔面目がけて、手で水を弾いてかけてきた。


「うわっ、このー倍返しだぁー」


 負けずに俺もやり返して、Jさんとの水かけ合戦に突入した。

 途中から流れ弾(流れ水)に当たった連中も加わり、誰が敵か、味方か判別不能なグダグダな状態になってよくわからないが楽しく時間が過ぎていった。

 それから後は、何事もなくJさんの予定通りに一日を過ごして、翌朝もJさんのお母さんとおねえさんが作ってくれたおいしい朝ごはんを食べて無事解散となった。

 一つだけJさんの予定通りにいかなかった事があるとすれば、肝試しで奥に着いた証拠として名前を書くのに使うボールペンが、インク切れしていて書けなかった事くらいだろう。

 そのため仕方なく、ボールペンの筆圧で名前を書いておいて、あとで鉛筆を使って名前を浮かび上がらせるというルールに変わった。

 結果として、暗い闇の中で目視確認できない状態では。自分の名前さえもまともに書けないという事が証明されただけだった。

 一例としては、俺の苗字の多田が、タ田タと俺の直筆で書かれていた。

I君が「どこのインド人だよー」と言って床をゴロゴロと笑い転げ回っていたのが、とても印象に残っておりいまだに鮮明に思い浮かべることができる。

 そんなお楽しみ会の日から4日後の夏休み登校の日の放課後、班のみんなが集まっていた時にどうしても気になっている事を聞いてみることにした。

 

「なのさぁ、お楽しみ会の日のことだけど…………」


 みんなに自分が体験した白昼夢について、くわしくを説明した。


「……マジかよー」 


 話を聞いた班のみんなは予想していた通り、顔をしかめたり、ひどく怖がったりしていた。

 ただ、どうやら単に気持ちの悪い話を聞いたリアクションだけではなかったらしい。


「……多田、その体操着の男の子だけどさぁ。実は、あの日に見かけたんだよ…………」  


 Jさんがそう話し始めたのを皮切りに、班の全員があの日プールから体育館二階窓に立つ体操着の男の子を目撃していたのだと語り出した。

 その話をまとめると、なぜか全員が男の子が体育館二階窓にいたのを目撃していて、なんで男の子が体育館にいるのだろうと疑問に思ったが、はっきりと男の子の姿が見えているので幽霊だとかは考えず「まぁ、いいか」と一様に深く考えるのすぐに止めたそうだ。

 まさか、班のみんなが男の子を目撃していたとは予想外の事態だった。

 それとJさんの話では、俺はお楽しみ会の今後の予定をJさんに問いかけて、まもなく急に両手を前に出した格好になったというのだ。

 つまりは、白昼夢を除けば俺だけが、体操着の男の子を肉眼で目撃していない事になる。それでも、男の子の姿はみんなの目撃情報と完全に一致しているのだから、背筋に寒気を感じずにはいられない。

 もっとも、俺を含めた班の全員が言葉を失くすほどの恐怖を感じたのは、始業式のために体育館に入ったその時だった。


「……っ……な……いっ……」 


 体育館に足を踏み入れた時、自然と視線がプール側の二階窓、あの体操着の男の子が立っていた場所へと向いた。

 もちろん、そこに体操着の男の子など立っていなかった。だけど、男の子が立っているのと同じくらいに驚愕の光景が視界に映し出された。

 その二階窓には、手すりだけが残されており、男の子が立っていたと思われる床部分がそんざいしていなかった。ぐるりと、二階窓の高さを体育館の内側に沿って見回すが、手すり部分が残されてあるはずの床が全て無くなっていた。

 始業式のあと、俺は担任に床がなくなっている理由を聞いてみることにした。

 すると、床部分が老朽化により危険なので夏休みに入って直ぐに、専門の業者が来て取り除いたのだと教えられた。

 そう言われてみれば、俺にも確かに床部分にひびが入っている所を見た覚えがいくつもあった。

 それにしても、手すりだけを残さなくてもと担任言うと、小声で「予算がなぁ~」と言って学校には年間で使える予算が決められているので、手すりまで新品には出来無いのだと教えてくれた。 

 そして予定では、来月の終わりまでには新しく二階窓の通路が新設されるらしい。

 それは置いといて、これで班のみんなが目撃した体操着の男の子が二階窓付近で立っていた事象が、常識では考えられない事だということが、明確に確認できてしまったわけだ。

 この日から翌年の冬休み明けまで、学校中がこの体操着の男の子の話題で持ちきりになった。

 それもそのはずで、男の子の話が広まるにしたがって、俺も見た、私も見たと目撃者が続々と現れだして大変な騒ぎになってしまった。

 結局のところ、この男の子について何一つわからないまま、その後の目撃も無いままで俺は卒業を迎えて現在にいたっている。 


 F多田「ちなみ、例の落ちてきた女の子についても、何一つ分からずじまいのままです」


 羊地蔵「……こっ……怖ぁー」


 有機酸「なんちゅう話を、夜中にすんねん」


 ほむら「ふふっ、そういう番組じゃないですか」


 F多田「あははっ、そうですよう。今日までに50回以上、こんな話をしていますよう」


 羊地蔵「なんだか、色んな怪異が混ざった話ですね」


 F多田「でしょう。俺としては、本当はもっと早くみんなに聞かせたかったんだけどねー」


 羊地蔵「Iさんにとっては、自分の家が出てくるから仕方ないですよね」


 F多田「いやいや、IさんとJさんの兄弟からの許可は小学校の時にもらってあるんだよ」


 有機酸「ふぅ~ん、ほな何が問題やったん」


 F多田「二人のお母さんが電波にのせるのを嫌ってねぇ……」


 ほむら「お母さんですか。でも、白昼夢にも出てきていませんよね」


 F多田「うん……それがねぇ、いまの話に稽古室の鍵が2種類出てきていたの分かったかな」


 ほむら「えっ、2種類ですか。えーと」


 羊地蔵「ひょっとして、ふくろうのキーホルダーとかえるのキーホルダーですか。2つは違う鍵なんですか」


 有機酸「どっちも稽古室を開けるのに使ったんやし、同じ物やないの」


 F多田「それがさぁ、二人がお母さんに俺の体験を話したところ。どうやら、かえるのキーホルダーに見覚えがあるって話になってね」


 ほむら「へぇー、見覚えですか」


 F多田「俺が怪談を仕事としてやると決めた時に、この話は持ちネタとして語りたいので直接許可を取りに行ったのさ。その時にお母さんのSさんが、小学生2年生の頃の出来事を教えてくれたんだよ。この話もちゃんと話すと長い話なんで、かいつまんで話すけどね」


 羊地蔵「え、その話も怪談のような感じなんですか」


 F多田「う~ん、そう言えなくもない話だね~。Sさんが小学2年生の頃には、稽古場所が近くの馬頭観音寺の敷地内にあった元剣術道場を借りていたそうなんだ。当時はSさんのおじいさんが師範で、Sさんも何度か稽古場に遊びに来たことがあってさ。その時に稽古場の解錠におじいさんが、木彫のカエルがひもで付けられた鍵を使っていたの見ていてね。俺が話したかえるのキーホルダーが、まさに当時見た木彫のかえると同じそうなのさ」


 ほむら「それって、たまたま形が似てるとかじゃないんですか」


 F多田「うん、俺は鍵に付けられてるのは全部キーホルダーだと思っていたんだけど、Sさんに鍵と木彫のかえるをつないでいたのは、赤茶色の編み紐じゃなかったですかって問いかけられてさ。あぁ、あれは根付だったんだと気が付いたんだよ」


 羊地蔵「根付って、着物の帯に引っ掛けるためのものですよね。見方によっては、和風のキーホルダー」


 F多田「そうそう、時代劇で煙草入れや財布に付けられてる物。Sさんと木彫のかえるがどんな形なのか話し合っていくうちに、どんぴしゃで同じ根付だって確信を持ったんだよ」


 有機酸「しかし、よう覚えとったもんやなぁー」


 ほむら「ですよね、鍵を開ける時間なんて長くはないでしょうし」


 F多田「それなんだけどさぁ、最近になって思うことだけどね。ああいう時に気になって見ていたり、鮮明に覚えているのは、意図的に見せられているんじゃないのかなと考えるにいたってね。そう考えると、これまでの怪奇体験のほとんどが明示的めいじてきなものが多かった気がするんだよ」


 羊地蔵「幽霊側がわざと見せているってことですか。えぇ~、そんなの怖すぎますよう。つまりは、怪奇体験者の身体や意識を操作されてるってことじゃないですか~」


 F多田「俺もそう考えて鳥肌が立ったけど、間違いないと思えるんだよねー。そうじゃなけりゃ、キーホルダーが2種類ふくろうと木彫のかえるあったなんて覚えてないよ。自分で言うのもなんだけど、俺って物覚え悪いほうだもん」


 有機酸「なるほどなぁ~。そう言われて見れば、わしが体験するときも不自然な行動があるなぁー。普段目を向けた事のない場所を見たり、寝たらなかなか起きへんのが目覚めたりしてなぁ」


 ほむら「あぁ~、それは確かにそうですね~。第一部で私が話したあの時も、すべてがお膳立てされた物語の一部のように感じましたもの」


 F多田「実際に100%偶然は存在しないと思うよ。少なからず出来事ってのは関連性を持っているものさ。Sさんも20年以上経って覚えていること事態が不思議な出来事を、まさか自分の息子の同級生から聞かされるなんて思ってもみなかったことだろうに、Sさんの心の中ではいつか誰かに話す時が来る予感があったらしいんだ」


 羊地蔵「予感ですか……そう感じるくらいにSさん自身に関係性が生まれていたって事でしょうかね」


 F多田「そうなんだろうね。話を続けるとわかるけど、Sさんは関連性が薄い感じなんだけどね。小学生のSさんが、木彫のカエルの根付を実際に見た回数なんてそう多くなかったはずなのにね」


 有機酸「覚えてること事態が、そういう意味では怪談やな~」


 F多田「でね。さすがに、鍵の一致だけで許可が出来ない理由にはならなくて、その当時にある事件があったそうなんだよ」


 ほむら「えっ、事件ですか」


 F多田「その頃のお弟子さんで、Sさんとよく遊んでくれたUさんという人がいてね。そのUさんがある日をさかいに、寝不足を原因とした失敗で、師範に怒られる事が増えたそうなんだ」


 羊地蔵「寝不足ですか、なんか嫌な予感がしますね」


 F多田「でしょ。それでSさんを含めたお弟子さん達がUさんに、どうしたのか問いつめたそうなんだ」


 有機酸「なんや、背中がぞわぞわすんなぁー」


 F多田「そうしたら、最初は話づらそうにしていたUさんが「毎晩、悪夢を見るんだよ」と、ぽつりぽつりと語りだした話がね。夢の中で、真っ白な顔した女の子が寝ているUさんの首を締めるらしいんだよ」


 ほむら「……うわぁー……」


 F多田「俺が白昼夢の最後に出会った女の子と、同じ女の子かも知れないので、話すのはひかえて欲しいと言うのさ。というのもね、その話をして2ヶ月後にUさんが、弟子を止めるという旨の手紙を残して居なくなってしまったんだってさ」


 有機酸「ほぉー、それは悪夢のせいでなんかなぁ~」


 F多田「手紙には、悪夢について書かれてはなかったらしいんだけれども。Uさんが居なくなって数ヶ月後に、お弟子さんの何人かがUさんと同じような悪夢を見ると言い出したそうなのさ」


 羊地蔵「悪夢が感染したってことですかぁー、怖えー」


 F多田「いや、それがUさんが居なくなった後に入ったお弟子さんで、同じ悪夢を見たという人もいたそうだから感染とは言い切れないかなぁ」


 ほむら「それじゃあ、Uさんの悪夢話を聞いて感化されたとかですかね」


 F多田「そもそも、お弟子さんの間では、Uさんのことを話題にするのも避けていたそうだよ。師範であるSさんのおじいさんという人が、かなり厳しい稽古をする人で途中で逃げ出すお弟子さんは珍しくなかったそうだから。厳しさに負けて、その言い訳に悪夢を見ると言ってたんじゃないかって、話を本気にして無かったらしいから」


 有機酸「なるほどなぁ、そりゃわからんでもないなぁー。どんな業界でも、逃げた人間は忘れられるもんやしなぁ。むしろ、変に覚えられているほうが生き地獄やわ」


 F多田「だよねぇ。そんな存在のUさんと同じことを接点のないはずの人間が急に言い出したら、何かあると誰でも思うものでしょう。Sさんのお父さんも気になって調べてみたら、時期と女の子から広域で起きていた連続児童行方不明事件に当たったそうなのさ」


 羊地蔵「もしかして、例の未解決事件ですか」


 有機酸「あー、あったなぁ~、そんな事件が」


 ほむら「えっと、すいません。わたし勉強不足なもので」


 F多田「いやいや、ほむらさんは、知らなくて当然なくらい昔の話だよ。しかも、連続児童行方不明事件ってのも正式に刑事事件化していない。ある種、怪談として有名な話ってだけだからね」


 羊地蔵「そうそう、僕もサブカルチャーに広く浅く関わってるから、知識として覚えているだけだもん」


 ほむら「へぇー、怪談なんですか。それじゃあ、紅水城くみしろさんは知ってるかもしれませんね」


 F多田「あぁ、休憩中の話に出た怪談専門の事象探偵さんかぁ。きっと、知ってると思うよ。昔のテレビ関係でもいくつか特別番組になって、なかにはヤバイ物を発見をしてお蔵入りになったという話があるくらい有名だから」


 有機酸「それって確か、血の付いた上着を見つけたヤツやろ」


 羊地蔵「有機酸さん、まずいですってば。国家権力にマークされますよ」


 F多田「うんうん、あぶないねぇー。陰謀論のきな臭い話だから、俺も関わるの避けてるんだけどさ。この怪談ではかすめるくらいは話さないと意味不明だからね。とにかく、その事件と関連があるんじゃないかとSさんのお父さんは考えて、知り合いの警察関係者に聞いてみたりしたそうなんだ」


 羊地蔵「警察関係に知り合いがいるお父さんが、すごいなぁ~」


 F多田「案外多いよ、伝統芸能と公的機関はレセプションなどのイベントで出会う機会があるから。その関係者の人が2年くらい後に語った話では、行方不明児童の一人が遺体で見つかって司法解剖の結果によるとね。首を締められて殺された形跡があるそうなんだ」


 ほむら「そ、それって…………」


 F多田「それでね。悪夢を見たお弟子さん達に出てきた女の子の顔を、似顔絵描き専門の署員が来て描いてみるとほとんど行方不明の児童の一人と一致したそうなんだ」


 羊地蔵「完全に心霊事件簿じゃないですか」


 F多田「いやいや、早まらないように。あくまでも、行方不明児童の一人との一致であって発見された遺体の児童とは一致しなかったんだよ。だから、警察の結論としては悪夢を見た人達はどこかで行方不明児童の写真を見ていて、想像で悪夢を創りだしたということになったのさ。首を締められるのはテレビや本でもよくあるシーンだからね」


 羊地蔵「えぇー、だけど出来過ぎな感じがするじゃないですかぁー」


 有機酸「そうやでぇー、事件の手がかりになりそうやないのー」


 F多田「俺に詰め寄られても困るから、事件関係者じゃないので。それに、裁判で証拠採用されないものを警察が信じるわけにいかない事情もあるからさ。海外の警察では霊能力者や超能力者に捜査依頼する事があるけれども、それだって明確な物証などが出れば採用って話が前提にあるからね。第三者が観測できない夢で見ただけでは相手にされなくて当然なのさ」


 ほむら「う~ん、わかりますけど…………」


 F多田「モヤモヤするから、話を戻すよ。その話をSさんのお父さんが聞いた頃には、お弟子さん達の悪夢話が沈静化した後でね。下手に関わらないほうが良いという判断をお父さんが下して、悪夢話を封印したそうなんだよ。しかも、お父さんには悪夢をこれ以上誰も見ないだろうという確信があったそうなんだ」


 羊地蔵「確信ですか。なんで、そう思ったんですかね」


 F多田「それがね。九州の方に長期公演をする機会があって、その期間に悪夢をお弟子さん達が一度も見なかったそうなんだ。それで安心して帰ってきたら、再びお弟子さん達が悪夢を見始めた。そのきっかけが、稽古場じゃないかと考えたお父さんは、試しに隣町の総合体育館を借りて稽古を行ったところ、ピタッと悪夢が止んだことで確信したそうだよ。あの稽古場に触らなければ大丈夫だってね」


 羊地蔵「へぇ~、面白いなぁー。つまり、稽古場が原因だったんですね」


 F多田「うん、Sさんのお父さんは、そう結論づけて悪夢騒動を収めたんだ。めでたし、めでたし。ところが、20年以上経過したある日に、俺が封印された事柄を口にしたからSさんは触れないで欲しいと頼んできたわけさ」


 有機酸「ふむ、それは正論やね。せやけど、それがなんで話す許可がおりたんや」


 F多田「うん、理由は三つあるんだ。許可がおりた一つ目の理由は、I君が師範を継いで全権を持ったこと。二つ目は、I君がマガタマの大ファンで50回目には自分の関わった話をして欲しいと要望があったこと。三つ目最後は、この話が完全に完結してない可能性が高いこと」


 羊地蔵「んんっ、どういうことですか。可能性が高いって、ざっくりとした言い回しですけど」


 F多田「正直、俺も確信はないんだけどね。I君がおじいさん、つまり話の中で悪夢騒動を収めたSさんのお父さんが、I君が師範になる前夜に呼び出して話した内容によると、騒動は完全に収まってはいないと言うらしいのさ。その理由としては、悪夢騒動の発端であるUさんは例の稽古場で10年以上稽古をしていて、ある日突然に悪夢を見ると言い出した。当時も時期的には、稽古場が原因とは思えないが気分転換で何か良い方向になるのではと、気休めで隣町の総合体育館に稽古場を移した。そしたら、なぜかうまくいったのでお弟子さん達には、全部の原因は例の稽古場だと暗示かけたんだと語ったそうなんだ」


 ほむら「あくまでも、気休めが成功しただけだったわけですか」


 有機酸「それを確実に大丈夫やと、思い込ませたわけやな」


 羊地蔵「だけど、それが成功したんだから良いじゃないですか。それなのに、孫のI君に終わった話をしたのはどうしてなんですか」

 

 F多田「それは…………現在I君のお母さんであるSさんが入院中でね、見舞いに来たI君に言うそうなんだよ…………」


ゴクッリ…………

 

 マイクで拾える音量で、つばを飲む音が入った。


 F多田「……悪夢を見るんだと、Uさんやお弟子さん達が話していたような、例の女の子が出てくる悪夢を見るようになったんだって。悪夢が終わっていないようだから、俺が話すことで消化されるかもしれないし、または解決の糸口が情報として寄せられるかもしれない。そういった思いから、怪談を語るのを許可してくれたんだ」


 羊地蔵「…………重い話ですね」


 有機酸「重いなぁー、願いが込められているからなー」


 ほむら「……なんて感想言ったらいいのか、分かりませんよ」


 F多田「さて、え~予想していたよりも、やはり時間がかかりましたね。I君の曲も途中で終わってしまったので、怪談オルゴール曲に変えましたから。ごめんなさいね、リスナーの皆さん。掲示板書き込みに、お腹がすいた、トイレ休憩を、とあったのは気付いていたんですけど。下手に休憩を入れると、話が理解しづらくなってしまうので一気に話してしまいました」


 羊地蔵「そうですねー。休憩を間に挟むと、あらすじを説明しないといけない話だと感じましたよ。怪談としても面白いので、僕も必死にトイレ我慢して聞いていました。実は限界近いです、歳なんでね。あははっ」


 F多田「ははっ、分かりました。それでは長めに、休憩45分取ります。それだけあれば、羊地蔵さんの着替えも終わるでしょうからね」


 羊地蔵「ちょっ、僕は漏らしていません、漏らしていませんからね。大事なので二度言っておきます。では、本当に限界なので行ってきまーす」


 F多田「あははっ、ではでは、45分休憩です。それでは、また第三部で」


 音楽が、オルゴール曲からアコースティックギターの調べに変わった。


                                           <つづく>

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