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カルテ【05】:ホビットの少女と搾取のブレスレット

挿絵(By みてみん)

【カルテ05:手首境界部魔力飽和による生体反応の記録画】

┌────────────────────┐

 名前:ロニヤ

 年齢:二十歳

 性別:女

 職業、身分:ホビット族

 呪いの装備:ブレスレット

 症状:血流の悪化、握力の低下

└────────────────────┘


「遠いところをよくいらっしゃいましたね、ロニヤさん。さあ、こちらの温かい席へどうぞ」


 威圧感を与えないよう、俺はできるだけ視線を下げて穏やかな声音で出迎えた。


 ちょこん、とソファーに腰を下ろしたのは、若葉のような緑のショートヘアが特徴的なホビット族の女性だった。

 年齢は二十歳とカルテにあるが、種族特有の小柄な体格とおとなしそうな風貌のせいで、ずいぶんと幼く見える。


 彼女は怯えた小動物のように肩をすくめ、力なく垂れ下がった右腕を左手で庇うように抱きしめていた。

 ふわりと、陽を浴びた森の草葉と、淡い野花を思わせる素朴な香りが鼻腔をくすぐる。


「……あの、おねがい、します。腕が……氷みたいに冷たくて、力も、入らなくて……」


 消え入りそうな声とともに差し出された右腕。

 半袖のチュニックから伸びる彼女の二の腕は、本来ならふっくらと愛らしい弾力を持っているはずだが、今はひどく青ざめ、不自然に痩せ細って見えた。


 手首には、彼女の細い骨格には不釣り合いなほど分厚い金属製のブレスレットが重々しく食い込んでいる。


 俺は術式メガネの右側のテンプルを、指先で二度弾いた。

 チリッ、と静電気が爆ぜるような微かな音が鳴り、視界に魔力の波長を可視化する緑色のソナーフィルターが展開される。


 ブレスレットを中心に、どす黒い瘴気が血管に沿って網の目のように広がり、彼女の生命力を貪欲にすすり上げているのが見えた。


「搾取型……ですね。この装飾品が、ロニヤさんの腕から魔力を絶え間なく吸い上げています。末端の血行が極端に阻害され、握力が低下しているのもそのためです」


「さく、しゅ……?」


「ええ。ですが安心してください。今から吸い上げられている以上の魔力を手先から強引に流し込み、逆流する圧力で呪いの核を破壊します」


 俺は対呪グローブをはめると、引き出しから滑らかな魔木でできた円柱形の器具——魔力誘導用のロッドを取り出した。


「手のひらから極めて重い波動を流し込むため、これをしっかりと握っていてください」


「は、はい……あ、あれ……?」


 ロニヤは小さな手でロッドを受け取ろうとしたが、握力が極端に落ちているせいで、ポロリと落としそうになった。


「失礼、私が外側から支えましょう」


 俺は彼女の手ごとロッドを包み込むように、グローブ越しにしっかりとホールドした。

 驚くほど冷え切った、華奢で小さな手のひら。

 手首のブレスレット周辺には、瘴気に吸い上げられまいと抵抗する細い静脈が青々と浮き出ている。


「では、強烈な質量が腕を駆け巡ります。我慢してくださいね」


「ひっ……!」


 俺はロッドを通じて、彼女の冷たい手のひらから直接、純度の高い魔力を一気に流し込んだ。

 無理やり吸い出されていた魔力の流れに、逆方向から圧倒的な波を叩き込む。


「あ、がっ……あぁっ……!」


 至近距離での干渉による強烈な反発力に、ロニヤの小さな体がビクンと大きく跳ねた。

 今まで冷え切っていた彼女の腕の内部を、魔力の濁流が無理やり押し広げながら進んでいく。


 押し流される波動に合わせて、彼女の二の腕の柔らかな肉が、内側から弾けるようにピクピクと波打って痙攣し始めた。


「っ、んんっ……!うで、が……あぁ……っ!」


 感覚が完全に塗り潰されているのだろう。

 彼女は抗えない生理的な震えに身を委ね、小さく悲鳴を上げながら奥歯を強く噛み締めた。

 小柄な種族の小さな肺が、急激な魔力酔いによる酸素不足を処理しきれず、喉の奥でヒューヒューと甲高い音を鳴らし続けている。


 自力では握れなかったはずの小さな手が、魔力中枢の過負荷に対する反射で、ギュッと過剰な力でロッドを握りしめる。

 短い指先が限界まで丸まり、白くなった爪が硬い魔木に食い込んで、ギギギと切実な音を立てた。


 ロニヤの顔は急速に紅潮し、焦点の合わなくなった瞳のハイライトが完全に散っている。


 手首のブレスレットの真下、限界まで圧縮され、どくどくと脈打つ血瘤のように膨れ上がった瘴気の中心——呪いの核が、行き場を失って蠢動していた。


 俺は無言のまま、彼女の細い肘の関節を反対の手でガッチリと固定し、ロッドを通じた魔力の注入量を暴力的なまでに跳ね上げた。


 逆流する波動の圧力を限界まで高め、逃げ場を失った核をブレスレットの直下で飽和させ、内部から強制的に破裂させる。


「あ、か……っ、ぁあぁっ!!」


 ロニヤは気道を確保するように首をのけぞらせ、声にならない掠れた叫びを上げた。

 直後、手首を締め付けていた重々しい金属が内部からの圧力に耐えきれず、カキンと甲高い音を立てて弾け飛び、床へと転がり落ちる。


 限界を迎えていた彼女の小さな手から、ふっと力が抜け落ちた。

 過酷な痛みに耐え抜いた証拠だろう。

 ギュッと握りしめられていた魔木製のロッドは、彼女の手のひらから滲み出た大量の汗でびっしょりと濡れ、ぬるりと俺のグローブの上へとこぼれ落ちた。


「……っ、きゅ、ぅっ……はぁっ……」


 強制的な弛緩が訪れ、ロニヤは小鳥のように胸を小刻みに震わせながら、引きつった短い呼吸を繰り返している。


 俺はグローブを外し、ワゴンから冷え切った末端の血行を促進する温熱性の魔力膏を取り出した。

 そして、青ざめたままの彼女の指先から手首、二の腕にかけて、マッサージするように丁寧に擦り込んでいった。


「……終わりましたよ。もう、氷のようには冷えません」


 血の巡りを促す柔らかな刺激に身をよじらせたのち、彼女はゆっくりと瞬きを繰り返し、自分の右手を見つめた。

 呪いから解放された彼女の腕は、指先から二の腕に至るまで、健康で柔らかな桜色に染まっている。


「あ……はい。すごく、ぽかぽか……してます」


 俺は彼女の回復を確かめると、生姜の香りが際立つ温かいハーブティーが入ったマグカップを差し出した。


 彼女はそれを両手でしっかりと受け取り、その温もりを確かめるようにギュッと指先に力を込めた。

 少し幼さの残る顔に先ほどまでの怯えや魔力酔いの混濁はなく、花が綻ぶような、種族特有の無垢な笑顔が咲いていた。


「……ありがとうございました。あの……少し、変な声、出しちゃって……ごめんなさい」


「気になさらないでください。魔力中枢へ直接干渉すれば、どなたも身体の制御を失いますから」


 カップを両手で持ちながら照れくさそうに笑う彼女の髪を、窓の隙間から吹き込んだ風が優しく揺らす。

 静かになった診療室には、森の草葉の微かな香りと、穏やかな日だまりのような温もりだけが残っていた。

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