第二章 灰色の王子②
西セルディア王国で最も次期国王に近いと見なされていた王子、それが亡き王弟の遺児ヘリオス・ユスティヌス・セルディウス――今年十二歳になったばかりの少年であった。
直系の王子王女がすべて三年前の疫病により失われたことにより、突如として最も王太子に近い存在となったが、彼を推す声はその前から少なからず上がっていた。
それは王より人気の高い王弟の子だからというだけではない。
まばゆい金色の髪に澄んだ碧い瞳、そして一目見た者の心を奪うほどの、彫刻のように整った顔立ちのためである。
もともとセルディアでは金色の髪は神の徴として崇められている上に、人智を越えたかのような美貌まで備わっていれば、王の座につけるべきと思う者たちが増えるのは当然だった。さらに、子供らしくあどけない笑みと、どこかいたずらっぽい口ぶりは、ますます大人の心を虜にする。中には「神の寵児」と呼ぶ者さえいたほどである。
だが、そんな神にも人にも愛された少年は、今やすべてを失っていた。
西セルディア滅亡により唯一残った王族のヘリオス王子は捕虜となった。侵攻軍総司令であるレックスは戦後処理でセラーナに残る必要があるため、取り急ぎヘリオスを先に東の王都ヴァルディスへ送ることとなった。
貴人とはいえあまり豪奢な馬車では目立ってしまう。西王国の残党に捕虜の存在を喧伝するような真似もできないため、よくある隊商の馬車に偽装しつつ、兵士の警護は厳重に固めてヘリオスは護送されていた。
中央街道の各地に設けられた休憩地の一つで馬車を止めたところで、警備兵の一人がそっと離れようとするのを隊長は見咎めた。
「何をしている、重要な捕虜だぞ。見張りを怠るな」
「わかっております。ですが……」
兵士の顔はすっかり青ざめている。その理由は隊長にもわかっていたが、注意しないわけにはいかなかった。だが、持ち場に戻そうとしたところで、再び「あの声」が聞こえてきた。
「ああ、また……俺、あのくらいの年頃の弟がいるんです。とても聞いていられなくて……」
兵士は両手で耳を押さえてうずくまった。
隊長も同じことをしたくなるのをぐっとこらえ、彼はその声の主に向き合うことにした。
「ヘリオス王子、大丈夫ですか」
馬車の荷台は格子が嵌められ、さらに厚い布が被せられている。その布をめくって隊長が中の捕虜に呼びかけると、中からは弱々しい少年の声が聞こえてきた。
「あ……ご、ごめんない……お願いだから、殺さないで……!」
中は薄暗くてもかすかな光を反射して、少年の瞳が濡れているのが見て取れる。なるべく目を合わさないようにしていても、その姿は嫌でも視界に入ってしまう。
「我々はあなたに危害を加えたりいたしません、どうか落ち着いて――」
「嫌だぁ! 殺さないでぇー!!!」
隊長の言葉など聞こえていないかのように、少年はさらに泣き叫んだ。もはやこれ以上は聞いていられない。絶叫に耐えきれず、隊長は馬車から逃げるように離れた。
まだ護送を始めてから数日しか経っていないというのに、随伴する警備兵たちの精神力はもはや限界に近かった。どれだけ屈強な敵相手でも怯まず果敢に戦ってきた彼らも、毎日泣きわめく子供を見続けるのは耐えがたかったのである。
ヘリオス王子はまだ十二歳。この幼さで、彼は両親も一族も国もすべてを失った。しかも彼を擁した一族は、侵略者の手によって全員斬首されたのである。現場にはいなかったとはいえ、族滅の事実はすでに聞かされていたのだろう。連座により処刑された者の中にはヘリオスより幼い男子まで含まれていた。それを知れば正気を失っても当然である。特に兵士の姿を見るとひときわ激しい発作を起こすため、彼らは完全に途方に暮れていた。
「おい、馬車をもっと急がせられないのか!」
「しかし揺れが激しくなりますが……」
「構わん、急げ。少しでも移動時間を短縮しろ」
隊長にもヘリオスと同年代の息子がいる。もし我が子がこんな目に遭わされたらと思うと、一兵士である以前に父親としてとても我慢しきれなかった。
「これはもう俺たちの手には負えん。あとは補佐官殿に託すしかない」
今はただ無心で任務をこなし、あとは適任者にすべてを委ねようと彼は心に誓った。




