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【第一部終了】黄金のアウレリア  作者: 北峰
第二部 黄金の雛鳥

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第五章 黄金の雛鳥⑤

 聖女が皇后から招待されたのは、本宮奥の小さな中庭だった。

 レックスの指示により、先に兵士を派遣して庭園内の伏兵や仕掛け罠がないことを確認してから、アウレリアはそこへ入った。


 彼女が国を追われた春先からすでに二か月近くが経ち、季節は初夏に入りかけている。ヴァルディス王宮内は国花でもある薔薇の最盛期。色とりどりの薔薇の花が、庭園を埋め尽くすように咲き誇っていた。


 強い香りに戸惑いながら、アウレリアは庭園を散策する。皇后からの指示である以上、ユリウスを含め護衛兵をすぐそばには置いておけない。複数の護衛は少し離れて待機し、聖女周辺に異変がないか常に目を配っていた。


 もともと王宮内の中庭は、不審者が身を隠せないよう見通しがよく造られているのは幸いであった。低く切り揃えられた薔薇の木を眺めながら、アウレリアはゆっくりと進む。

 ひとまず何事もなさそうだと彼女が安心しかけたその時、背後からよく響く明るい声が上がった。


「やあ、アウレリア」


 親しげに呼びかけるその声の主に、アウレリアは大いに驚いた。


「……ヘリオス!? 無事だったのね!?」


 彼女はいまだ情報を制限されており、ヘリオスは一族を処刑された後に東へ移送されたという断片的なことしか知らされていなかった。自身のことで精一杯で、ヘリオスにまで気を回せていなかったのだが、目の前の幼い従弟はとても健康そうでとても虐待など受けているようには見えず、アウレリアはひとまず安堵した。

 だが、再会の喜びは長くは続かなかった。


「もちろんだよ。皇后様の元で結構自由にさせてもらってるからね」

「……皇后?」


 ヘリオスの笑顔は故国にいた頃と何一つ変わらない。金色の髪の下、輝くようなあどけない微笑み。彼女が愛しく思っていたあの少年のままなのに、今はなぜか不穏な空気を漂わせていた。


「そうだよ。今日も皇后様にお願いしてアウレリアに会わせてもらったんだ」


 この時、彼女はようやく気づいた。これまでずっと「アウレリア姉様」と弟のように慕ってきていたはずのヘリオスが、今ははっきりと自分の名を呼び捨てていることに。

 そして、これは感動の再会などではなく、皇后とこの少年によって仕組まれたものだということに。


「あれ? アウレリアはまだ聞いてないの? アレクシス王子も冷たいね。僕はルシア王女の婚約者候補だっていうのに」

「ルシア…王女……?」

「そう、皇后様の娘。だからアレクシス王子とは義理の兄弟になるんだよ」


 嬉しげに政略結婚を口にするヘリオスに、アウレリアは思わず声を震わせた。


「ヘリオス……どうしてそんな……」

「ごめんね。前は君と結婚するはずだったのに、実現しなくて残念だったよね」


 ヘリオスは昔と変わらぬあどけない表情で微笑み続ける。だからこそアウレリアは全身が凍りつくほどの恐怖を感じた。


「そんな……そんなことじゃない! あなた、何言ってるの!? 敵の娘と結婚するつもりなの!?」

「嫌だなあ、アウレリアだってアレクシス王子の仲間なんでしょ? それとももう正式に婚約したの?」

「――違う! 違う、私は……!!」


 アウレリアはそれ以上言葉を出せなかった。確かに自分も本来の敵である王子と手を結んでいる。だが、それはあくまで表面上のものだ。ヘリオスのように簡単に笑って結婚などと口にするような関係ではない。それでも、完全に否定するだけの言葉を紡ぎ出すことはできなかった。


「まあ別に僕はどっちでもいいけどね。本当に残念だよ、アウレリア。君のことは結構気に入ってたのに、あの王子と手を結ぶなんて。こうなったら君も排除しなくちゃいけなくなるからね」

「ヘリオス……?」

「さよなら、アウレリア姉様。せめて処刑だけは止めてあげるから心配しないでね」


 最後に一度だけ姉様と呼びかけて、ヘリオスは軽やかな足取りで立ち去る。

 体の芯まで届く薔薇の香りに息苦しさを感じながら、アウレリアは一言も声を出せずにその背を見送ることしかできなかった。




 薔薇の香と少年の毒に心身を侵食され、ふらふらとした足取りでアウレリアを迎えたのは、出入り口を警護していたはずの護衛兵ではなかった。


「ヘリオスと何を話していた?」


 相変わらず眉間に皺を寄せたまま冷たく問いただすのは、たった今ヘリオスが敵対宣言をしたアレクシス王子その人だった。


「な、何であなたがここにいるのよ!?」


 アウレリアとしてはできることなら真っ先にユリウスに会って安心したかった。それなのに、なぜかここにはユリウスや他の護衛兵を押しのけて、偽装婚約者のレックスが待ち構えていたのである。失望と理不尽さに彼女はつい反発してしまったのだが、レックスは平然と返した。


「何か問題があるのか」

「そういうわけじゃ……」


 そう問われては否定のしようがない。言葉に窮するアウレリアに、レックスは再び問う。


「それで、ヘリオスに何を話した?」


 レックスの声音には疑念の色が籠もっていた。

 彼は本来、聖女の警護に自ら出るつもりなどなかったが、庭園にヘリオスが現れたという報告を聞いてまっすぐ現場に向かったのだ。


 ヘリオスは旧西の王族であり、今は皇后の賓客扱いである。その彼が何かしようとしても、身分の低い兵士たちでは簡単に止められないため、レックスが出るしかなかったのである。


 しかもヘリオスはたった一夜で侍女たちを次々に篭絡していったという。ならば聖女にも同じ手を使う可能性は充分高い。ただの侍女ならまだしも、重要な駒である聖女を奪われるわけにはいかない以上、これは彼にとって最も合理的な行動であった。


「別に、勘繰(かんぐ)られるようなことは何も話してないわよ! あの子がルシア王女とかいう人と婚約するって言ってきただけ!」


 いくら政局に疎いアウレリアでも、その灰色の目が疑念を向けていることくらいわかる。思わず反射的に言い返すと、その内容にレックスの表情が強張った。


 ヘリオスとルシアの婚約はまだ彼にとっても予測の範囲だったのだが、ここでわざわざ明かしてきたということは、それはもはや宣戦布告に近い。一刻の予断も許さない事態であることを彼は察したのだが、アウレリアにとってそんな水面下の争いなど関係ない。こみ上げてきた怒りを彼女はついぶちまけた。


「あなたと義理の兄弟になるんだって! 冷血で似た者同士じゃないの? あんな子だなんて思わなかったけどね!」


 それがただの八つ当たりであることは、アウレリア自身も気づいていた。それでも言わずにはいられなかったのだ。弟のように思っていた少年の豹変、無慈悲な宣戦布告、そして自分もまた敵と手を結んでいるという矛盾した境遇。それらに対する積み重なった感情が膨れ上がり、すべての元凶たる王子に向けて発露したのだ。


 激情をぶつけ終えると、アウレリアは庭園から駆け出した。聖女を追って護衛たちも慌ててその後に続く。

 中庭における西の王族の再会は、滅多なことで動じない東の王子を硬直させるという偉業を達成して幕を閉じた。

ヘリオス、第二章以来の再登場ですが、覚えていてくれましたか?

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