第四章 灼熱の魔女④
本人のもともとの頑強さゆえに、ユリウスはすぐに回復した。少なくとも表面上は今まで通りに動けるようになっていた。「化け物か」というミリアのつぶやきを彼は聞こえないことにした。
「あんたたち、本当の兄妹じゃないんでしょ?」
唐突に投げ込まれた質問に、ユリウスは一瞬で表情を強張らせた。
「……それを聞いてどうする」
警戒心を剥き出しにされても、ミリアは全く気にも留めない。
「そっちのお兄さんはすぐに殺気を出しすぎ! そんなんで普通の旅人に偽装できるとでも思ってるわけ?」
ミリアは盛大な溜息をつく。
「だいたい、お嬢さんの方は明らかに世間慣れしてないし、お兄さんの方は妹に敬語が出ちゃってるし、どう考えてもお嬢様と従者にしか見えないでしょうが。真面目に演技するつもりあるの?」
「…………」
正論で殴り倒され、ユリウスは返す言葉もない。
「私だって追われてる身だから、あんたたちを詮索するつもりも、ましてや情報を売ろうだなんて気も全くないよ。あまりに危なっかしいから見てられないだけ」
「……ごめんね、ミリア。私は――」
アウレリアが全てを明かそうとするのを察し、ユリウスは慌てて止めようとした。
「ア、いや、レーナ」
しかしアウレリアは首を振ってユリウスを制する。
「いいの、ユリウス。ミリアは命の恩人でしょう? ここは正直に話したいの」
そして彼女は黄金の瞳をまっすぐに向けてミリアに告げた。
「私はアウレリアって言うの。こちらは護衛のユリウス。私たちは東の軍に追われて逃げているところなの」
「そう。よろしくね、アウレリア。でも人前ではちゃんとレーナって呼ぶから」
ミリアの反応は簡潔だった。それ以上は何も聞こうとしない。だからこそユリウスは疑問を持った。
「……驚かないんだな」
「そりゃセルディア人じゃなくても、世界にただ一人の黄金の聖女伝説はさすがに聞いてるからね。こっちも逃亡中だけど、それでも西の聖女が追われてるって噂は知ってたし」
いくら髪は染められても、聖女の証たる黄金の瞳は偽装のしようがない。だからこそミリアはとっくにアウレリアの正体に気づいていたのだ。
「そんな状況で、あんたたちはこの先どこへ行くつもりなの? 途中で見かけた砦はどこも東の旗が立ってたみたいだけど」
「北へ行けば……まだ東に呑まれていない勢力があるかもしれない。ひとまずは山を抜けて北方を目指すつもりだ」
観念して、ユリウスはついにミリアの質問に答えた。だが、その内容に彼女はさらなる疑問を投げかけた。
「……いや、待って。山を抜けるって言った? ここから? つまりアルティス越えるって言ってる?」
「そうしないと北へは行けないだろう?」
「いやいやいや何言ってるの!? あんた正気!? お姫様連れて? その軽装で? アルティスを!?」
「俺は十二の見習い時代から訓練で何度もアルティスは越えている。それにアウレリア様が動けなくなっても俺が抱えていけば通れるだろう」
「馬鹿か!? 何で自分を基準にした!? いくらアウレリアが軽くても、人を抱えてアルティスとか共倒れ滑落の未来しかないわ! 四月なんてまだ雪も溶けてないだろ! だいたい問題は歩けるかどうかじゃない! 慣れない人間が高山なんか登ったら息できずに意識飛んでぶっ倒れるわ! その子はろくに外すら出たことないんでしょうが!」
ユリウスが想定していたアルティス越えの経路は、峠道の標高だけでも2000レント(約2000m)をゆうに超える。山に慣れていても危険が伴うのに、離宮から初めて出たばかりの聖女を連れていくのは自殺行為以外の何物でもない。
そもそもアルティス山脈は最高峰が4800レント超えの化け物なのである。比較的低めの経路だろうと簡単に通行できるものではない。
「あの……ミリア、アルティスってそんなに大変なの……? 山なら越えたことあるんだけど……」
「トルーノあたりとアルティスを一緒にしちゃ駄目! そこの護衛は何考えてんの!?」
アウレリアが越えたトルーノ山脈の経路はせいぜい標高1000レント程度。それはもはや比較の対象外である。
「だいたい、北へ行っても味方がいる保証はないんでしょ? 行き当たりばったりで命がけのアルティス越えとか正気の沙汰じゃないよ」
「いや、でも」
「却下」
ユリウスの反論をミリアは言わせずに両断した。
「じゃあ、この先どうするの……?」
不安げなアウレリアの言葉に、ミリアは溜息をつく。
「北も西もアルティスに阻まれてる、東は論外。だとしたらもう海に出るしかないだろうね」
「でもユリウスが海は危険だって……」
アウレリアはユリウスの方を向く。
「確かにあの時点でセラーナから直接港に向かうのは危険でしたが、今はまた状況が違います。アウレリア様の髪も目立たなくなりましたし、それに――マルナ島なら目指す意味もあるかもしれません」
「マルナ島?」
「ええ、セルディアから独立した中立の島国です。政治的には不介入なので助けを求めることはできないでしょうが、避難先にはなりえるかと」
マルナ島はウィタリカ半島の先端付近に位置する島である。長年独立を貫いてきた歴史を持つため、元王族が保護を求めても拒絶されるのは明らかだが、それゆえにヴァルクレウス王国も簡単には手出しができない。身を隠すにはちょうど良い土地と言えよう。
「聖女ではなくレーナとしてなら滞在することは可能かもね。それにもう一人民間人がいれば怪しまれる可能性も減るかもよ」
ミリアの言葉にユリウスはぎょっとした。
「もう一人って……おまえも来るつもりなのか?」
「何よ、私をここに置いていくつもりだったわけ!?」
「そうは言っても……」
ユリウスは別にミリアを忌避しているわけではない。敵から追われている聖女の逃避行に民間人を巻き込むなど考えてもいなかったのだ。
ミリアを火炙りから救ったのはただのなりゆきで、あとは安全な村かどこかに送り届ければ充分と思っていた。それなのに、
「ミリアも一緒に来てくれるの!?」
アウレリアはユリウスの危惧などおかまいなく、ミリアが来てくれることを純粋に喜んだ。
「あんたたち二人だけじゃ危なっかしいからね。私も一人じゃ危険だし、同行した方がお互いのためでしょ」
「ねえユリウス! ミリアも一緒に行こう!? ユリウスの命の恩人だし、一緒なら心強いでしょ?」
「……わかりました」
主にここまで嬉しそうに言われてはユリウスも断ることなどできなかった。
こうして彼らはいったんセノヴァの港まで降り、そこから海を南下してマルナ島を目指すことになった。
見習い時代にアルティス(アルプス)平然と越えてるユリウスくん(12)は化け物です。




