第三章 漂泊の騎士②
その少女は、黄金の聖女と呼ばれていた。
教会の壁画や絵物語、神話の中でしか見聞きしたことのない神の使い――その生ける伝説とユリウスが出会ったのは、彼がまだ八歳の時である。
マクシムが自身の職場である聖女離宮に息子を連れて行き、当時五歳の主に目通りさせたのだった。
「あなたがマクシムの子なの? 初めまして。私はアウレリアって言うんだって」
その言葉の意味を、幼い彼は知らなかった。当時、王宮に召し上げられた少女が新たな名を与えられたばかりだったのだと、後になって理解した。
少女は何も持たされなかった。
家も、親も、名前さえも失い、ただ黄金という色だけを崇められ、寂れた離宮に囚われていた。
そんな彼女を不憫に思ったのだろう。マクシムは護衛騎士の本分からだいぶ逸脱し、彼女の気まぐれや暇つぶしにできるだけ付き合ってあげるようになっていた。そして、その役目を自分の息子にも共有したのである。
弟妹のいないユリウスは、幼い子供にどう接すれば良いか戸惑ったが、父の主であり王族である彼女に逆らうことなどできず、本を読み聞かせたり、外の花を摘んできたり、淹れてくれた甘すぎる果実水を飲んであげたりと、根気強く要求に応え続けた。ただし、果物の搾り汁と蜂蜜を限界まで混ぜ込んだ果実水については、「おいしい?」と聞かれてうなずくと、神の瞳で「嘘つき」と瞬時になじられてしまったが。
本来、王族の子供の世話は、護衛騎士の息子ではなく専属の養育係の職務である。しかし、保護者たる王家がおろそかにしていたため、なぜか本人もまだ幼いユリウスに降りかかってきたのだった。
そんなゆるやかな日々も、彼が十二歳の年に終わりを迎えた。成人前に実務経験を積むため、見習い騎士として警備兵団に配属されたのである。四年間は王都を離れ、実地訓練や辺境警備などの任務に就かねばならない。
「ユリウス、次はいつ会えるの?」
「見習い期間が終われば王都に戻ってまいります」
「本当に会えるんだよね?」
「はい、必ず」
不安げに尋ねる彼女にユリウスはうなずいた。その黒い瞳をじっと覗き込むと、彼女は表情をほころばせた。
「うん……嘘じゃなくて良かった」
その笑顔に、ユリウスは頬がこわばるのを懸命に押し隠した。
彼は確かに嘘はついていない。見習い期間を終え、正式に騎士として叙任されるには必ず王都に戻ってくる。それは事実だが、以前のように彼女と接することはほぼ不可能なはずなのだ。
黄金の聖女は王家のもの。彼女は成人と同時に第一王子に嫁ぎ、神の子を産む定め。王子の妻妃となればマクシムも聖女護衛の任を解かれ、息子である彼も二度と関わることはなくなってしまう。たとえ四年後に束の間の再会を果たしたとしても、以前のような気安い関係には決して戻れない。
だが、そんな事情はあえて伏せ、彼は王都を旅立った。そしてもう聖女と関わることなどないはずだった。――かの災厄が訪れるまでは。
今より三年前、王国全土を覆った疫病の災禍は王族をも飲み込んだ。王妃、王子、王女、王弟、王弟妃。そのすべてが瞬く間に命を落としたのである。
これにより聖女は嫁ぐべき未来の夫を失い、護衛騎士のマクシムも人手不足を理由に本宮勤務へ異動することとなった。その結果――
「本当に戻ってきたのね、ユリウス」
黄金の瞳がまっすぐに彼を射貫く。もはや逃れられない運命なのだと彼はこの時悟った。
ユリウスは十六歳の成人と同時に、父の後を継いで正式に聖女アウレリアの護衛騎士を拝命したのだった。
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