第9話 龍神王の星
「な、なんだい、この乗り物!?」
到着したミラたちの部下に魔獣を任せ、もといた泉のほとりへ戻ったアルフは、ロバンの大きな声に思わず肩を竦める。
彼が驚いているのは、泉のそばに停車してあった大型飛空二輪「エヴァン」に対してだ。
「こんなのを造っただなんて……。アルフレッドくん、君はいったい何者なんだい!?」
上ずったロバンの声に、アルフは小さくため息をつく。正確には「エヴァン」は、アルフひとりでなく、部下の研究員たちと力を合わせて完成させたものだ。
2年の歳月をかけた研究成果を褒められるのは素直に嬉しいことだが、あまりべらべらとこちらの素性を話したくないのも本音だった。森の奥からこちらへ移動する際、仕方なく自己紹介をしたが、できれば自分の名前も名乗りたくなかったくらいだ。
「ただの観光客だ」
「そういうことを聞いてるんじゃないよ。君、いったいどこの研究員だい!?」
食い気味にロバンが詰め寄ってくるが、当然答えられない質問である。
もし、この軟派な金髪男の前で「理化学省に勤めている」なんて口を滑らせたら、きっと大変なことになるだろう。
理化学省を職場にしているということはすなわち、ディール城を職場にしているということだ。女好きっぽいこの男はきっと、「城に勤めてるの!? リサ王女の姿を見たことある!? すっごい美人なんでしょ!?」と食いついてくるに違いない。
そして今、アルフの隣にはまさに、「リサ」と名乗る絶世の美女がいるのだ。
発想が飛躍しすぎている気もするが、このちゃらついた男なら、隣にいるリサが「リサ・ディール王女」だと気づいてもおかしくない。
何も話したくない、という意思表示のため、アルフはロバンの緑の瞳を見つめたまま無言を貫く。
「うーん、口を割りそうにないなぁ」
ロバンはもどかしげに頭を搔くが、二人の一部始終を見ていたミラが、しびれを切らしたようにロバンの腕を肘で突いた。
「あぁもう! うっさいわね、このアホは! たしかに凄い乗り物だけど、他人の事情にしつこく首を突っ込むのはやめなって」
おそらく年下であろうミラに正論で諭されたロバンは、しゅんと項垂れる。
「そうだね。ごめんよ、アルフレッドくん。つい興奮しちゃって」
「……いや、別に構わない」
素直に謝罪を述べてきたロバンに、アルフは少し面食らう。
現在のところアルフは、ミラとロバンに良い印象を抱いていた。それは、隣にいるリサもきっと同じだろう。
ペットが魔獣となりショックを受けていた男の子に跪いて優しい言葉をかけていた、先程の二人の姿を思い返す。この二人はきっと、優しい心の持ち主なのだ。
――ならば。優しいこの二人が、もしも本当にアルフの両親であるならば。
どうして、幼いアルフを大森林に捨てたのだろうか……?
「じゃああたしたち、この子を送ってくるから。あなたたちはこの乗り物で、先にエネルモアに行ってて!」
「わかりました」
ミラにそう返したリサは、その場にしゃがみ、男の子の手を両手でそっと包んだ。
「どうか安心していてね。あなたのノノはきっと助かるわ。一緒に龍神王さまの星にお祈りしましょう」
「うん!」
リサに微笑みかけられて、男の子はつられたように笑顔になる。既に涙は止まっており、少しずつ元気を取り戻しているようだ。
幼い頃に母を、2年前に父を亡くしたリサ王女。家族を失う悲しみを知っている彼女は、男の子がノノを失うことをなんとか阻止したいと願っているのだろう。
泉のほとりで、王女と男の子が目を閉じ、東の空にある星に向かって手印を結ぶのを、アルフは黙って見つめる。
「明けの明星……綺麗だね」
ロバンの呟きに、アルフは、東の空に浮かぶ、燃えるように輝く星を見上げた。
「明けの明星」と呼ばれるあの大きな星には、ディール王国の守り神「龍神王」が棲んでいるのだという。
数百年前の、悪魔族との大戦で。人間たちを守るため、龍族は自らを犠牲にして悪魔族を封印した。それ以来ディール人は、命を投げうち人間を救ってくれた龍族を神と崇め、明けの明星を彼らになぞらえて信仰しているのだ。
目で見たものしか信じない、という主義を持つアルフは、龍の存在にも古い歴史書にも懐疑的だ。だが、人々が宗教に縋る気持ちを否定するつもりはなかった。
「リサ、そろそろ出発しようか」
「ええ」
祈りを終えたリサが立ち上がり、こちらを見上げてくる。
その瞳が、なんだか以前よりも逞しく輝いているような気がした。