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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第2章 茜色の約束
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第10話 あの星に誓って

 南に向かってエヴァンを駆るアルフは、ゴーグルを介した目で、左に広がる大地を見下ろした。

 延々と続くエネルモア山脈のふちが、じんわり赤く滲んでいる。日の出が近い証拠だ。


 黒い紙に赤い絵の具を一滴垂らしたような、美しい朝焼け。息を呑むような絶景だが、アルフにはひとつだけ気がかりなことがあった。彼の腰に両腕を回して掴まる、後部座席のリサのことだ。


「ロバンとミラ、いい人たちだったね」


 呑気なリサの言葉に、アルフは「ああ」とぶっきらぼうに頷く。

 確かに彼らは、よくできた人格者だ。あの男の子のこともきちんと家まで送り届けてくれるのだろう。

 だが、今の自分たちが気を回すべきなのは、そんなことではない気がする。


 アルフはもう一度、赤く染まる山脈に目をやった。


 このまま日が昇って朝が到来すれば、アルフとリサがいなくなったことは城中に知らされるだろう。


 城の人々が慌てふためく姿を想像すると、げんなりしてくる。特に、王女の専属護衛であるサウードだ。彼はあの通り、リサ王女に絶対の忠誠を誓っている。


 リサは、アルフにいかなる罰も課されないようにすると言ってくれた。だが、いつか城に帰った日には、アルフはサウードにこっぴどく叱られるんだろう。法的に罰されはしなくても、彼に個人的に半殺しにされる可能性は大いにある。


 細い眉を吊り上げてねちねちと説教をするサウードを想像し、アルフは重たいため息をついた。


 そんな彼の懸念を知る由もない背後のリサは、さらに言葉を続ける。


「……ねぇ、アルフ。気づいてるよね? あの二人の名前……」


 リサの言葉に、アルフははっと目を見開いた。一瞬だけ運転の集中を欠いてしまい、宙を駆けていたエヴァンの黒い車体が大きくぐらつく。慌てて二輪車のハンドルを握りなおした。


 やはり、リサも気づいていたのだろう。

 ロバンとミラ。彼らの名が、アルフのサーベルに刻まれている両親の名と同じであることに。


「あの二人、アルフのお父さまとお母さまなのかしら……?」


 それはまだ、わからない。

 アルフはさっき、彼らについて結論を出すのを急がないと決めた。何故ならロバンもミラも、アルフとは完全に初対面である様子だったからだ。


 それに、仮に彼らがアルフの両親であるとするならば、一つだけ矛盾が生じる。


 それは「年齢」だ。


 見たところ、どうやら彼らはまだ若い。ミラにいたっては耳にピアスをつけていないことから、おそらく未成年だと思われる。

 それに対して、アルフは現在20歳だ。もし彼らがアルフの両親であるならば、その年齢は少なくとも40歳近くでなければならない。


「よく分からないけれど、あなたとあの二人が出会えたのは、きっと龍神王さまのお導きね」

「……そうだな」


 認めたくないが、アルフは、彼らとの出会いに運命的なものを感じていた。

 自分は無神論者だが、あの二人との出会いには、世界の理屈や法則を超越した存在の介入があるように思われる。


「……ところで、リサ」


 エヴァンを運転しながら、アルフは、後ろのリサにずっと言いたかったことを口にした。


「君はやはり、魔法が上手だな。ロバンとミラにも褒められていたじゃないか」


 優しい言葉をかけられたリサは、「ありがとう」と言いながら、アルフの背中に顔を寄せる。その頬は僅かに紅潮していた。


「わたし、自分が他人に唯一誇れることがあるとしたら……魔法かな、って思う」


 小さな声で、しかしはっきりと紡がれたリサの言葉に、アルフは前を向いたまま頷いた。


「一緒に勉強してたころ、わたし、勉強も魔法も、なにもかもダメな子だったでしょう?」


 リサの言葉に、遠い昔となっていた過去の記憶が蘇ってくる。

 王女の言う通り、幼い頃のリサは、アルフより年下だったということもあるが、勉強面でも……魔法の面ですら、彼に勝るものは一つもなかった。


「自分とアルフを比べては泣くわたしを、お父さまがいつも励ましてくれていたの。『リサの魔法はダイヤの原石だ。いつかダイヤになるまで、きらきら光りだすまで、何度も何度も練習しなさい』って」


 リサの言葉を聞いて、アルフは、その琥珀の瞳をはっと輝かせた。


 ……そうだ、思い出した。

 リサは決して、小さい頃から魔法が得意というわけではなかったのだ。

 挫折を味わっても、へこたれても。彼女は何度も立ち上がり、努力して努力して……今の魔法の腕があるのだ。


 ……そうだ。ずっとそうだったのだ。

 疎遠になっていたから、アルフが忘れてしまっていただけで。

 本当のリサは。リサ・ディールは。

 頑張り屋で、負けず嫌いで、紛れもなく――エリック・ディールの娘なのだ。

 

 そのときアルフは、ようやく気付くことができた。

 「リサはエリック王になれない」だなんて、とてつもなく失礼な決めつけだったと。

 

 ……なれるかもしれない。いや、きっとなれる。

 リサなら、「女王」に。

 

 そう思い至ると、この国を覆う謎に、一筋の光が差した気がした。

 その光は、リサ王女を真っ直ぐに照らしている。その光をもって、王女はきっと、王家に秘められた真実を解き明かしてくれるだろう。


 ……ならば自分は、それを傍で見ているとしよう。

 彼女が折れてしまいそうな時があれば、そっとその背中を支えよう。

 いち国民として。そして、王女の旧い友人として。


「――なぁ、リサ。俺は『誘拐犯』らしく、君と一つ取引をしたい」


 前方に水上都市エネルモアの姿が見えてきて、アルフはエヴァンをさらに加速させた。向かい風が、彼の黒い髪をふわりと踊らせる。


「俺は望み通り、君を城から連れ出した。だから、その代わり――リサが女王になる姿を、いつか俺に見せてくれ」


 それは、取引という名の「約束」だった。


「ええ、取引しましょう。龍神王さまの星に誓って」


 腰に回されたリサの腕に、ぎゅっと力がこもる。


 茜色の空。

 背中に感じる温度。

 耳を撫でる、まだ少し冷たい春先の空気。

 

 暁の空の下、二人で約束を交わした。


 ――このときこの瞬間を、たぶん一生忘れない。


「……見て、アルフ。夜明けよ」 


 リサが東を指差し、アルフもそちらへ顔を向ける。地平線から、太陽がその姿を見せていた。


 ――いつか、必ず。この目で見届ける。

 女王となったリサが、あの太陽のように、民を照らす姿を。


 アルフの耳で揺れる月長石のピアスが、暁光を受けてきらりと輝いた。 

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