第31話 残酷な真実
「……以上が、俺の過去になる。長い話になってすまなかった」
ディール城にある、医務室の一角で。
アルフレッド・ティンバーリアの過去を聞き終えた面々は、その波乱に満ちた激動の旅路に、呆然として言葉を失っていた。
「……ちょっとまだ、頭がついていかないのですが」
最初に言葉を発したのは、サウードだ。
「要約すると、あなたはミラさんとロバンさんの息子で、10年後の世界から、王女様と『暁光の杖』を守護しにやってきた……ということですか?」
サウードの言葉に、ベッドに腰掛けるアルフが「ああ」と頷く。
彼から少し離れた右のベッドには、未だ目を覚まさないリサ王女が静かに横たわっていた。
「大森林の魔石鉱で魔力爆発を起こした俺は、そこから発生した時空の『ゆらぎ』に入り、狙い通り過去の世界へ跳躍することができた。……ただ一つ、誤算があったんだ」
膝に置いた拳を握りしめながら、アルフは過去を回想する。
「『ゆらぎ』の中の重力は、想像を絶するものだった」
過去と未来を繋ぐ、時空の「ゆらぎ」。あの中にかかる重力は、龍の肉体を持つアルフですら「耐えられない」と感じるほどに強大だったのだ。
「なんとか過去のディール王国に辿り着くことができたものの。強大な重力に晒されたショックで、俺は『リサを守る』という任務も、自分が龍だということも、全て忘却してしまったんだ」
――そう。時を越えた代償として、アルフは運悪く、5歳までの記憶を失ってしまったのだ。
「……そうして大森林に倒れていたところを、たまたま通りかかった前国王陛下に保護されたのですね」
「そうだ。その当時、リサは1歳だった」
「ゆらぎ」の中の強烈な重力のせいで、アルフはひどく衰弱していた。もしもあの時、エリック王に助けてもらえなければ、アルフはあの場所で野垂れ死んでいたことだろう。
「俺のその後の人生は、皆も知っている通りだ。宰相の養子となり、リサ王女の幼馴染みとして城で過ごし、今は理化学省に勤めている」
アルフがその半生を語り終えると、部屋に重苦しい沈黙の時間が訪れた。その場にいる誰もが、何も言えずに閉口している。
それもそのはずだ。突然こんな話をされたって、きっと信じられるわけがない。
「ミラ、混乱させてすまない。いきなり息子だなんだと言われて、驚かせてしまっただろう」
黙って俯くミラに、アルフはおずおずと話しかける。
「……ううん。信じるよ」
予想外な答えが返ってきて、アルフは面食らう。ミラの声は震えていた。
未来の世界で、アルフを何度も抱いてくれた優しい細腕には、遺跡で夢魔につけられた火傷の跡が残っている。
「あたしが信じられないのは、未来のあたしだよ」
大きな声でそう言い、ミラはこちらを向く。その瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「だって、アルフは……。もし、魔神王を倒して、世界を救っても。あなたは……消えちゃうんでしょ!?」
茶色の瞳からとめどなく溢れる涙を見つめ、アルフは言葉に詰まる。
……やっぱり、気づかれていた。さすがは、ファロン魔法科学研究所で働く研究者だ。
ミラの切実な訴えに、隣に座るロバンが「僕も同じ気持ちだ」と同調する。
「未来の僕は、それを君に許したのかい? 実の息子に、こんな残酷な運命を背負わせたのかい!?」
ロバンの声は悲しみ、怒っていた。窓から差す早朝の光が、彼の潤んだ目元をつやりと照らす。
世界が悪魔に支配された未来でもずっと前を向き続けていた、明るい両親たち。そんな二人に、こんな表情をさせてしまっていることが、とても苦しい。
何も言うことができなくなって、アルフはそばに座るファロンをちらりと見た。ずっと黙ったままの博士も眉間に皺を寄せ、何かに耐えるような表情をしている。きっと彼女も、気づいてしまっているのだ。アルフの旅の終わりに待つ、残酷で非情な結末に。
「あの……『アルフが消える』って、どういうことですか?」
唯一気づいていないサウードが、思い切ってその場に問いかける。答えを口にしたくないのか、ミラたち三人は俯いたまま微動だにしなかった。
それでも、語らねばなるまい。
この旅路の果てを。
10年先の未来で背負った、残酷なほどに切ない覚悟を。
アルフは息を吸うと、友の目を見て滔々と話し始めた。
「――俺は、悪魔に殺されてしまったリサを救おうと考え、未来からこの時代にやってきた。そんな俺が、もしこの時代のリサを救えば――因果関係に矛盾が生じるんだ」
やや科学的で難しい話を、サウードはゆっくりと噛み砕き、やがて納得する。
「ああ、確かに……。『王女様がお亡くなりになった』という事実が、未来のあなたに時間旅行を決意させたわけですから。この時代にやってきたあなたが王女様のお命を救えば、未来のあなたは時間旅行を決意しなくなってしまいますね」
理解の早いサウードに、アルフは「その通りだ」と頷いた。
「そのことと『アルフが消えること』に、一体どういう関係があるのですか?」
サウードに問いかけられ、アルフは、握りしめていた拳にぎゅっと力をこめる。
「……あくまで、科学者たちの推論だが。『因果の歪みを発生させた張本人は、時空から消滅してしまう』と言われている」
「えっ……」
サウードは絶句し、三人の科学者たちは悔しげに唇を噛んで俯いた。
――魔神王を倒すと、時空の因果が歪み、世界からアルフが消える。
彼らに降りかかったのは、まるで呪いのように重く、残酷な真実だった。
「それでも俺は、魔神王を倒さなければいけない。この国のため、そして、リサ王女の未来のために」
アルフの言葉を、その場にいる誰も「そうだ」と肯定することができなかった。
魔神王を討たねばならない。それは重々承知しているはずなのに、アルフに待ち受ける最期を思うと、軽々しく「一緒に頑張ろう」だなんて言えなくなる。
何百万もの民の生命と、アルフ一人の生命。どちらが重いかなんて分かりきっているけれど、天秤にかけたくない。
「『消滅』って……『死ぬ』とは、また別なのですか?」
ここ数日の激務で疲れきっているサウードの顔に、さらなる悲愴が滲む。アルフはもうこれ以上、友の辛い表情を見たくなかった。
「そうだ。俺は決して、死ぬわけじゃない。だからそんなに悲観しないでくれ」
哀しみに暮れる仲間たちに、アルフは優しく笑いかける。だが誰一人として、つられて笑う者はいなかった。
「それに……科学者の端くれとして、とても興味があるんだ。時間矛盾を引き起こし、世界から消滅した俺が、その後どこへ行くのか」
気丈に言ってのけるアルフに、ロバンは両手を小刻みに震わす。
「どうして君は……そんなに強いんだい?」
強いわけじゃない。ただ、覚悟があるのだ。
大好きな研究所の人々、そして愛する家族に見送られ、大森林に向かったあの日。アルフは決意していた。この身がどうなろうとも、必ず王女を悪魔から救い出すと。
アルフは立ち上がると、近くの壁に立てかけてあった銀のサーベルを手に取る。
「『アルカナを宿す者』として、俺は自分の使命を果たす。リサ王女と杖を守り、この国から悪魔を滅する。――たとえ時の因果を歪めようとも」
そう宣言するとアルフは、手に持った銀のサーベルで、左手の甲をすぱりと切った。そしてベッドに横たわるリサのもとへ歩き、彼女の身体に、切った手の甲を下にして翳す。
糸のような傷口から、鮮血がたらりと零れる。そのうちのひとしずくが王女の腹部に落ち――辺りは、まるで暁光のような、温かい光に包まれた。
「……リサ」
傷が塞がり、ゆっくりと目を開けて起き上がった王女の名を、アルフは静かに呼ぶ。
10年先の未来から想い続けた、いとしい王女の名を。




