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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第5章 新たな導き
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第20話 博士の仮説

 リサの正体を知った三人の反応は、三者三様だった。


 跪く博士はにやりと微笑み、ロバンは優しい表情で小さく頷く。この二人はおそらく、リサが王女だとうすうす気づいていたのだろう。

 一方ミラは、「え? え?」という混乱の声を短く発しながら、大きな茶色の瞳をぱちぱちと瞬かせていた。


「分かってたよ。あなたが王女さまだってことは」


 その場に立ち上がったファロン博士は、リサ王女と真っ直ぐに相対する。


「ちょ、ちょっと待ってください! リサが王女さまって……どういうこと!?」


 同じく立ち上がったミラは、訳の分からない状況に置いてけぼりにされまいと必死だ。その焦った声はやたら大きく、もし隣の客室に人がいたら筒抜けだろう。


「リサという名に、美しい顔立ちと銀髪。気づかないほうがおかしいよ」


 博士の言葉に、アルフは「もっともだ」と思う。


 王家の人間は成人するまで、城の外に姿を見せてはいけない。そのためディールの市井には、まだ見ぬリサ王女の外見や性格についてたくさんの噂が出回っている。

 「王女は父親譲りの銀髪で、王国始まって以来の美女」――というのは、そういった噂の中で最も有名な(たぐい)だろう。


「リ、リサ。ほんと、なの……?」


 ミラは小さな唇を震わせながら、隣に立つリサを伺うように見上げる。


「ええ。……隠していて、本当にごめんなさい」


 リサがしずしずと頭を下げると、ミラは慌てて友の頭を上げさせた。

 

「ちょ、ちょっとまだ、信じられないんだけど……。も、もしリサが、ほんとに王女さまなら……どうしてアルフと、二人でここにいるの?」


 緊張からなのか混乱からなのか、ミラの声は震えている。そんな友人を(なだ)めようと、リサは彼女の手を取ってぎゅっと握りしめると、静かな声で話し始めた。


「わたしは、女王になりたいと思っています」


 リサの落ち着いた声音は、ミラのそれとは対照的だった。


「王家にずっと、女子が生まれなかった謎。その謎には理由がある。父によれば、『わたしが女王になること』で、その謎が解けるそうなのです。だからわたしは、父の遺志を継ぐため、女王の器に相応しい人間になるべく城を出ました。……でも今は、その思いだけじゃない」


 真昼の陽光が、(みずがね)のようなリサの髪をいっそう輝かせる。


「この数日間、二人と一緒に過ごして。ミラやロバン……大好きなみんなのことを『この国ごと守りたい』と、強く思うようになりました。父やレオンさんが『永劫の輪廻』に乗って、再びこの世界に来てくださる前に。この地から悪魔という恐怖を根絶したい……そう願っています」


 質素な宿屋の一室には似合わない輝きを放つ王女に、その場にいる誰もが見惚れていた。


 きっと、リサのその言葉に最も胸を打たれたのは……ミラでもロバンでも、博士でもない。

 旅立ちの時から彼女を見守り続けた幼馴染み――アルフレッド・ティンバーリアだ。


 今、部屋の中心に立つのは、アルフが城で見ていたリサ王女とは全く別の人だ。自分の意見を言うのが苦手で、誰かの陰に隠れてばかりいた王女はもう、いないのだ。


「お会いできて光栄だよ、リサ王女。あたいの仮説を実証するためには、王女さまの存在が必要不可欠なんだ」


 博士は軽く微笑むと、改めてリサと握手を交わす。科学者リン・ファロンと、王女リサ・ディール。二人が真の意味で邂逅した瞬間であった。


「あたいの仮説の焦点は、王家の『神器』にある」


 そう言うと、博士は窓辺の椅子に座り直す。


「王家の神器――『暁光の杖』。あの杖にまつわる伝説は、この国の民なら誰でも知ってるだろう?」


 ファロン博士は頬杖をつき、隣に立つロバンを見上げる。ロバンは長い金髪を揺らしてこくりと頷くと、博士の話を引き継いだ。


「王家の祖先、リファ・ディール様が作った杖だね。黄金色をしていることから『暁光』という名がつけられた。杖には彼女の祈りが宿っていて、悪魔の呪いすら祓う力があるとか」


 「呪い」という単語に、リサがぴくりと反応する。


「暁光の杖を手にすれば、サキュイラのあの『呪い』に対抗できるということ……?」


 あの「呪い」。ロバンを問答無用で眠らせた恐ろしい力だ。……アルフには、なぜか効かなかったが。


 博士は「あくまで予想だけどね」と前置きしつつ、希望に満ちるリサの瞳を見つめて言葉を続ける。


「王家の人間は、王位継承の儀式にあの杖を使うんだよね?」

「はい。暁光の杖は、ディール山にあるリファ様のお墓に祀られています。王位継承者は杖を手にし、リファ様の墓前で国の安寧を誓います。父もこの儀式を行い、国王に即位しました」


 そこまで言うとリサは、何かに思い至ったかのように口元に手をやった。その様子を、室内にいる誰もが真剣な眼差しで見つめる。


「女王になるということは、杖を手にするということ。……お父様はもしかして、わたしに暁光の杖を手にしてほしかったのかしら……」


 独り言のようなリサの呟きに、アルフははっとした。

 先日リサが教えてくれた、エリック王の遺言。あの聡明な王は、最愛の娘にこう遺したのだ。「女王となり、王家の真実を解き明かせ」と。


 リサが女王になることは、彼女が「暁光の杖」を手にすることと等しい。

 ――「王家の真実」。もしかするとそれは、リファ・ディールの墓に、暁光の杖に、隠されているのかもしれない。


 まだ、確信は持てない。けれど、点と点が確かに繋がりつつある。

 

 ファロン博士は姿勢を正すと、王女の瞳を真っ直ぐに見上げた。


「リサ王女。あたいは、王女がディール山に入り、暁光の杖と接触することを進言します」


 低くどっしりとした声音で発された博士の言葉に、リサはゆっくりと首を縦に振る。


「はい。わたしはこれから城に戻り、軍を従えて山に入ろうと思います」


 こちらを見るリサの瞳に、アルフはこくりと頷いて返事をした。


 ――いよいよ、城に帰るのか。


 そう思うアルフの頭に()ぎったのは、やはりサウードの顔だ。

 王女の専属護衛で、生真面目な軍人。リサを城から連れ出した罪で、アルフが彼に半殺しにされる日もとうとう近い。


「ミラ、それにロバン。あんたたちは、責任持って王女さまを城まで護衛するんだ。いつまたサキュイラに出くわすか、分からないからね」


 上司の命令に、やっと落ち着きを取り戻してきたミラは「はい!」と返事をした。

 アルフとしても、飛び道具を扱えるミラと、医術の心得があるロバンがついてきてくれるのは、非常に心強い。


 ミラは隣に立つリサに向き直ると、王女の顔を恐る恐る見上げる。


「リサ……さま。あたし、あなたのこと、絶対に……守り、ます」


 友の口から出てきたたどたどしい敬語に、リサは悲しげに眉根を寄せた。


「そんなに気負わないで。ミラにはもう怪我をしてほしくない。それに、話し方も普通でいいの」

「でも……」

「いいの。わたしたち、友達として出会ったんだから。アルフみたいに、普通に話して。……ね?」


 窓から差すぽかぽかとした春の光が、二人の絆を明るく照らす。


 リサに抱きしめられ、ミラが「うん」と顔を綻ばせた――その時、だった。廊下と客室を隔てる木製の扉が、外側からコンコンと叩かれる。


 一体誰だろう。宿屋の従業員だろうか?


 アルフは不思議に思いながら扉のそばまで移動し、ドアを開け――そして、そこに立っていた人物を認識するなり、ひゅっと息を呑んだ。


「サ、サウード……!?」


 固まるアルフの背後から、リサの驚いた声が飛んでくる。


 銀縁眼鏡に、灰色の髪。白い軍服に包まれた身体は逞しく鍛え上げられており、腰にはレイピアを提げている。


「王女様。……お迎えにあがりました」


 険しい顔をしてそこに立っていたのは、王女の専属護衛である軍人、サウードだった。

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