第18話 永劫の輪廻
遺跡で悪魔と対峙した日の、翌日。
土砂降りの雨が降るその日、エネルモアの教会で行われたレオンの葬儀に、アルフたち四人は参列した。
◇ ◇ ◇
水上都市には暗雲が立ちこめ、昼間だというのにまるで夜のように暗い。
レオンの埋葬が終わり、街のはずれにある墓地で彼の母親と対面したロバンは、改めて追悼と謝罪の意を述べた。
「ご子息の死は、私の不注意が招いたも同然です」
レオンの墓のそばで、ロバンは長い金髪を揺らし深く頭を下げる。その様子を、アルフたち三人も雨に打たれながら見守っていた。
「これから私の人生のすべてをかけて、ご遺族の方に償いをさせていただく覚悟です」
「やめてください。息子は自分の仕事を果たしたまでです。今回のことは、不幸な事故ですよ。あなた方が気に病む必要なんてありません」
レオンの母は必死に首を振り、ロバンの顔をそっと上げさせる。
「永劫の輪廻に乗って、この子はきっと、再びこの世界に生まれてくるはずです」
息子の眠る墓を見つめ、涙ながらに発された言葉に、ロバンは深く頷いて唇を噛んだ。
「永劫の輪廻」――ずっと昔からある、この国の古い言い伝えだ。
生きとし生ける者の命も、大地を潤す水も、魔法の源も。この世界のあらゆるものは循環していて、終わることのない旅をしている。
一度は散った命も、永い時を経て再びこの世界に戻ってくる。――つまるところ、「生まれ変わる」と。
「あなた方もどうか、息子のために祈ってやってくれませんか」
三人は頷くと、ぬかるんだ地面の上を歩き、レオンの墓のそばに跪いた。リサは龍神教の手印を結び、ミラは目を閉じて祈る。その右腕には大きな火傷の跡があった。
雨に濡れる墓石に刻まれた文字を、アルフは目でなぞる。「レオン・ライオネル 享年18歳」――若い。アルフより年下だ。未来ある若者の命が、あの夢魔によって理不尽に奪われたのだ。
震える拳をぎゅっと握りしめ、彼は目を閉じる。誰かの葬儀に参列したのは、これが二度目だ。
一度目は、エリック王が亡くなったとき。彼の葬儀の日も、土砂降りの雨が降っていた。
そしてアルフは、あのときも今日と同じことを思ったのだ。「人々はべつに、『永劫の輪廻』を心から信じているわけではない」と。
それでも人々は、輪廻に縋らないと救われないのだ。輪廻だけが、大切な人を失った者の心の拠り所なのだから。
人の死と、その悲しみの救済。それが「永劫の輪廻」という考え方なのだと――アルフは身をもって感じていた。
◇ ◇ ◇
墓地を後にしたアルフとリサは、口数少なく宿屋への道のりを歩く。
街には未だに、滝のような雨が降り続けていた。
「きっと、龍神王さまがお泣きになってるんだわ」
大通りへと続く道の往来で、ずぶ濡れになったリサが天を仰ぐ。
龍族の長――龍神王。もしも彼が、今なお生きていれば、悪魔を討つことができるのだろうか。
人間では決して敵いそうにないあの悪夢のような生物を、滅ぼすことができるのだろうか。
アルフは、昨日遺跡で対峙した、赤い目をした悪魔の姿を思い返す。
夢魔サキュイラ――あの女は、レオンの命をいとも簡単に奪い、呪いでロバンを眠らせ、ミラに大やけどを負わせた。
サキュイラが遺跡を去ったあと、アルフは左脚の傷をかばいながら、ロバンとレオンをなんとか街まで運んだ。ロバンが呪いから目を覚ましたのは、今日の明け方になってからのことだ。
「アルフ、足の具合はどう?」
隣を歩くリサが、心配そうにこちらを見上げてくる。アルフはそんなリサを宥めようと、着ていた衣服の裾を引っ張ってたくし上げ、ほどよく筋肉のついた左脚の脛を見せた。
「もう、この通り。心配無用だ」
サキュイラの羽根に貫かれたはずの肌は、すっかり元通りになっている。あんなに痛かった傷が、ひと眠りして起きると跡形もなく消えていたのだ。
自分でもつくづく不思議だが、アルフは昔から、傷の治りが異常に速い。それはリサもよく知っていた。
二人がまだ幼いころの話だ。城の庭園で、王女と一緒に木登りをしたことがあった。
そのとき、足を滑らせて木から落ちたリサをかばい、アルフは腕の骨を折ってしまったのだ。
医者からは「全治二か月」と言われた大怪我だったが……、三日もしないうちに彼の怪我は完治してしまった、という過去がある。
それでもリサは、アルフが昔と同じように、彼女を庇って傷を負ってしまったという事実に耐えられないようだった。
「わたしにもっと力があれば、あなたを守れたのに……」
こちらを見上げる瞳を縁取る、長い睫毛が濡れている。涙のせいなのか雨のせいなのかは分からない。
「『あなたを守る』なんて言って、城から連れ出したのに。わたし……ほんとだめね。ミラにもあんな火傷が残ってしまって、レオンさんは……」
「そんなことを言わないでくれ。リサが責任を感じる必要なんて、一つも無いんだ。君の雷魔法がなければ、俺たちは全滅しててもおかしくなかった。俺もミラも、リサのことを誇りに思っている」
遺跡で悪魔と対峙したとき。恐れ、動揺するアルフとは裏腹に、リサの声は毅然としていた。彼女のその「強さ」は、城を出て突然得たものではない。
リサはもともと、強い娘だったのだ。城を出たことがきっかけで、抑圧していた彼女自身を解放することができたのだ。
アルフはそんなリサの背中を見つめ、彼女が「女王」になるのを支えたいと思っていた。そして王女の旅に同行することで、自身の出生の秘密も得たいと思っていたが……悪魔がディールの野に放たれた以上、今は話が別だ。
「リサ。いったん城に戻って、サキュイラの復活を国に報せないか。これは国家をも巻き込む問題だと思う」
いつ悪魔と出くわすか分からないのに、このまま旅を続けるのは危険すぎる。いったんリサを城に返し、国をあげてサキュイラの捕殺にあたった方が得策だと思ったのだ。
「そうね。こうしている間にも、サキュイラが民に害をなすかもしれないし」
「ああ。とりあえず、宿屋に戻って荷物をまとめよう」
「ミラとロバンにも、ちゃんと謝らないとね。わたしの正体を隠してたこと……」
小さく呟かれたリサの言葉に、アルフは隣を歩きながら「そうだな」と返す。
王女にはきっと、申し訳ない気持ちがあるのだろう。ここ数日行動を共にしていた仲間に、嘘をつく形になっているのが。
……とはいえロバンは、リサの正体にうすうす気づいているとは思うが……。
大通りを歩き宿屋が近づいてくると、入り口にミラが立っているのが見えた。
ミラはアルフたちの帰りを待っていたのか、二人の姿を見つけると、手招きしながらぴょんぴょん跳ねる。
小柄な赤毛の少女に駆け寄って、リサは「腕の具合はどう?」と尋ねた。
「平気だよ! ロバンお手製の塗り薬もあるしね!」
ミラは朗らかに笑い、火傷を負った手をぶんぶん振る。痛々しい傷の残る腕を、隠そうとする素振りすら見せない。
「それより、アルフにお客様だよ!」
ミラに手を引かれ、アルフとリサは宿屋の裏手に連れていかれる。「客」という言葉に心当たりのないアルフは、一体誰だろうと首を捻った。
湿った砂利石の上を歩き、宿屋の裏手に到着すると――そこで待っていたのは、ロバンと、とある女性だった。
肩の上で切り揃えられた青い髪が特徴的なその女性は、異国の服に身を包み、おとぎ話に出てくる魔女のようなとんがり帽子を頭に乗せている。目元も口元も色のきつい化粧が施されていて、年齢が測りにくい。おそらく、三十代後半くらいだろうか。
アルフが造ったエヴァンをしげしげと眺めるその女性に、ミラが勢いよく「ファロン博士!」と呼びかける。
「博士! アルフレッド・ティンバーリアが帰ってきました!」
ミラの呼びかけに、「博士」と呼ばれたその人物は、ゆっくりとこちらを見る。
彼女はアルフの姿を認識すると、黒真珠のような瞳に、ゆらりと揺らめく火を灯した。




