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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第4章 悪魔の呼び声
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第15話 エネルモア遺跡

 日の出前に水上都市を出発したアルフ達は、ちょうど日が昇るころ、エネルモア遺跡に入ることができた。


「この場所はかつて、悪魔族の神殿だったそうです」


 ロバンが雇った、遺跡の案内を生業とする若い男性「レオン」に続き、アルフ一行は入り組んだ神殿の内部をゆっくりと探索する。


 水上都市から南西の地下にある、石造りのこの遺跡。日が差し込まないせいで薄暗く、頼りになる明かりは、レオンが持つランプと等間隔に並ぶ松明だけだ。


 硬い石でできた地面を歩く、五人の足音が木霊する。

 遺跡の内部には趣味の悪い石像が立ち、空気は冷たく湿っている。あたりは(かび)臭く、蝙蝠(こうもり)や蜘蛛がそこかしこに蔓延っていた。


 レオンによると、日中になればぽつぽつと観光客もやってくるらしいが、「こんな所を好きこのんで訪れる人の気が知れないな」とアルフはこっそり思った。


「夜以外、自由に出入りできる。エネルモアからそう遠くない。あの子の猫がふらっとここを訪れていても、おかしくないか……」


 前方を歩くロバンの言葉に、アルフは、昨日近くの森で出会った、魔獣に変化したノノの姿を思い出す。未だに信じられないが、あの獣はもともと男の子のペットだったそうなのだ。


 「数百年前の大戦で滅んだはずの魔獣が蘇り、ディールの大地を闊歩している」――この衝撃的な現象の手がかりを掴むために遺跡に入ったが、今のところ特に変わった点はない。


「この神殿で、龍族と悪魔族が激しく争い、悪魔族の重鎮であった『夢魔サキュイラ』が討ち滅ぼされました」


 右手に持ったランプで行く先を照らすレオンの言葉に、アルフの隣を歩くリサがうんうんと頷く。王女のつとめとして、国の歴史を事細かに勉強している彼女は、さっきから周囲を興味深げに見回していた。


 夢魔サキュイラ――歴史や伝承に疎いアルフですら、耳にしたことのある名だ。

 魔神王の側近中の側近で、女型の悪魔。その力は強大で、人間の男を問答無用で眠らせる特殊な「呪い」を使うという。


「そもそも悪魔族って、どういう存在だったんですか? 龍族と争っていたのはなぜ?」


 ミラの問いかけに、レオンは茶色い髭の生えた顎にううむと手をやった。


「古い記述によれば、悪魔族は人間を好んで殺し、殺した相手から魔力を吸い取っていたそうです。まるで食事をするかのように」

「そのことに怒った龍族が、命を賭して悪魔族の王を封じ、人間を守ってくれた……ってことですか?」

「その通りです。それが、私達が龍族を神と崇める理由なのです」


 二人の会話を聞いていたロバンが、天井の低くなっている通路を「よいしょ」とくぐり抜けながら、口を開く。


「悪魔族の力が、動物に及ぶこともあったんだよね?」

「はい。悪魔は動物の心を乗っ取り、破壊や殺戮を好むよう変えてしまうそうです。そうして操られた動物たちのことを『魔獣』と呼びます」


 「魔獣」という単語を聞いて、その場にいた四人は顔を見合わせる。誰もが険しい顔つきをしていた。

 地上から流れ込んできた冷たい風が、四人の耳をざわりと撫でる。


 この遺跡にはやはり、悪魔族に関する何かがあるのかもしれない。

 一気に緊張感が高まったアルフは、腰に提げたサーベルの柄をぎゅっと掴んだ。


◇ ◇ ◇


 しばらくしないうちに、一行は大広間のような場所に到着した。ここが遺跡の最深部だ。


 悪魔がどういう用途で使用していたのか疑問になるほどの、広い空間。天井は見上げるほどに高く、石でできた床には無数の黒い木の根が張り巡らされている。

 そして何よりも目を引くのは、大広間の四方を囲む壁に描かれた黒い壁画だ。


「この壁画は……!?」


 リサの怯えた声が、石造りの空間でぼわんと反響する。


 巨大な壁に黒々と描かれている、不気味な壁画。ところどころ剥がれ落ちて壁の石がむき出しになっている部分もあるが、ほとんどが描かれた当時のまま残っているようだった。


 悪魔たちによって描かれた壁の絵を見上げ、アルフは思わず、ごくりとする。


 赤い眼をした悪魔や魔獣が、龍たちを槍で串刺しにしている、不穏な絵。

 「目で見たものしか信じない」という主義を持つアルフは、歴史の教科書でお勉強をするのが大の苦手だったが、悪魔が存在していた痕跡をこうして直接目の当たりにすると、言いようのない気味の悪さを感じた。


「この女性は?」


 ロバンが、壁画の中央に描かれた女性を指差し、レオンに問いかける。その女性については、アルフもずっと気になっていた。

 悪魔族の王である「魔神王」らしき人物が手に持つ盃の中に、悲痛な表情をした人間の女性が閉じ込められているのだ。


「その人は――銀髪の女性であることから、おそらく、リファ・ディール様ではないかと言われています」


 突然レオンの口から家名が出てきて動揺したのか、リサが足元にある木の根にがくっと躓く。転びそうになるのをアルフが咄嗟に支えて、事なきを得た。


「非常に強い魔力を持ち、龍神王とも親交の深かった女性です。悪魔族にとって最も目障りな人間だったのではないでしょうか」


 リファ・ディール。この国で、その名を知らない人物はいないだろう。

 数百年前、民衆を悪魔族から守るために奔走した、偉大な魔女。人々は彼女の活躍に感謝し、いつしかリファの子孫を王家と崇めるようになった。


 建国の魔女リファと、いまアルフの隣にいるリサ。この二人が、ディール一族に生まれた、たった二名の「女性」だ。


 アルフはリファの絵をじっと見上げる。悪魔によって描かれた、彼女の悲痛な面持ちが痛々しい。こんな描かれ方をするなんて、悪魔たちに相当恨まれていたのだろう。


 それにしても……変だな。


 リファ・ディールの絵を見ていると、アルフはなぜか、胸の奥がざわざわした。思わず月長石の耳飾りに触れる。


 ――彼女の、天の川のような銀の髪も、緑柱石のような青緑の瞳も。どこか懐かしく思えるのは、何故なのだろうか――


「遺跡に入って色々学べたのは良かったけど、魔獣発生についての収穫は無かったね。そろそろ地上に戻ろうか」


 ロバンの声に、アルフははっと我に返る。


「さんせーい。正直ここ、怖いからさっさとおいとましたいし……」


 四方の壁画から身を守るかのように、両腕を胸の前で交差させるミラ。彼女の意見に、その場にいる誰もが同意した。


「では、地上までご案内しますね」


 レオンが右手のランプを高く掲げ歩き出すのに続き、踵を返そうとした――そのとき。


 ――待ちなさい……。


 腹の底に響くような、不気味な女の声が木霊したかと思うと――次の瞬間、石床を這っていた数本の黒い木の根がにゅっと伸び、そのうちの一つがレオンの胸を貫いた。

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