第14話 水上都市の宿屋にて<2>
「リサ、アルフと同じ部屋じゃなくてよかったの?」
茶色い床の上に座り、明日に備え銃の手入れをするミラ・エルレンシャインは、バスルームから出てきたリサにそう問いかけた。
「えっ……、な、なんで!?」
いきなりの質問に、宿屋に備え付けてあった質素な部屋着を身にまとったリサは、焦ったように青緑の目を見開く。
「だって恋人同士なんでしょ? 二人水入らずで旅行してたのに、あたしたち邪魔しちゃったかなって」
「ちょ、ちょっと待って、ミラ。違うの」
とんでもない勘違いをしているミラに、リサはぶんぶんと首を振った。その拍子に、肩まである濡れた銀髪から、小さな雫がぽたぽたと零れ落ちる。
「わたしたち、恋人同士でもなんでもないの」
「えぇっ!? そうだったの!?」
ふかふかのベッドに腰かけたリサは、手に持っていた白い綿のタオルで髪を乾かし始めた。
「ちょっと事情があって、わたしが家を出なくてはいけなくなって。無理を言って、幼なじみのアルフについてきてもらったの」
「リサの『家』って、どこにあるの?」
「えっと……エネルモアからは、かなり離れてるかな」
リサは今日一日で、ミラとロバンのことが大好きになっていた。特に、ミラは同い年で話しやすく、今まで身の回りに同世代の同性がいなかったリサにとって、とても貴重な存在だ。
それでもこの子の前で、自分が城に住む「王女」だと明かすわけにはいかない。
「なんだか、わけありっぽいんだね」
「うん……。こんなわたしについてきてくれて、アルフには頭が上がらないよ」
リサは俯き、白い部屋着の胸元を握りしめながら、隣の部屋にいる幼馴染みに思いを馳せた。
リサが、アルフに抱いている感情。幼い頃から――机を並べて一緒に勉強していたあの頃から抱いている、この気持ち。
他のどんな人にも、感じたことのない気持ち。
だからリサは、アルフに願ったのだ。「わたしを誘拐して」と。
――アルフにとってわたしは、きっと「妹」みたいな存在なんだろうな。
リサにとって、アルフは「兄」なんかじゃない。でもリサは、そのことを彼に伝えられない。伝えるつもりもない。
この旅についてきてくれた。手を繋いで、一緒に街を見回った。――それだけでもう、十分だ。
「父の遺志を継ぎ、女王になる姿をアルフに見せる」――この約束を果たすことが、これからのリサの、やるべきことなのだから。
髪を乾かし終えたリサはベッドに横になり、床で作業するミラの手元を見つめた。日中は赤いくせ毛を二つ結びにしていたミラだが、髪を下ろしている今はやや大人びて見える。
家族やアルフ以外の誰かと一緒に夜を明かすのは、これが初めてだ。
「ミラは、狙撃が得意なの?」
「うん。実家が山奥で狩猟をやっててね。あたしにもその血が流れてるみたい」
ミラは、弾薬盒から小指半ほどの銃弾を取り出すと、手に持っていた布で丁重に磨き始めた。
「これ、人工魔石でできた銃弾。あたしが作ったんだー」
「すごい! こんなものも作れるの!?」
「魔石」とはその名の通り、魔力を帯びた石のことをいう。
その中でも、ただの石や固形物に人為的に魔力を注入したものは「人工魔石」と呼ばれ、近年研究開発が進んでいる。アルフが造った「エヴァン」の動力も人工魔石だと聞いた。
「この石には、許容量の限界ぎりぎりまで魔力が詰まってる。これを銃で撃って標的に当てると、その衝撃で中の魔力がパーンと弾けて、おっきい爆発みたいになるんだ」
自分にはとても思いつかないような発明をやってのけるミラに、リサは感心しっぱなしだ。とても同い年とは思えない。ディールの民に、こんな16歳がいることが誇らしい。
この子とアルフがいれば、この国の科学はますます発展するだろう。
「ミラは、どうして魔法科学研究所で働いているの? なにか叶えたい夢があるの?」
リサの問いに、赤毛の少女は手を止め「ふっふっふ」と不敵に笑う。「よくぞ聞いてくれた」とでも言いたげな表情だ。
「ディールの色んな場所を調査して、龍族のお宝を見つけるため!」
あまりに予想外な答えが返ってきて、リサはベッドに寝そべったまま、「ええっ!?」と声を上げた。
「リサは、『龍神王の秘宝』って聞いたことある?」
「えぇ、あるわ」
リサがまだ小さかった頃、病床の母がよくおとぎ話を語ってくれた。この世界のどこかに、龍神王が遺した財宝「アルカナ」があって、手にした人にどんな不可能も可能にする力を与えるのだという。
「アルカナの力で、世界中の困ってる人を助けてあげたいんだ」
茶色い瞳をきらきらさせ、両手を胸の前で握りしめるミラは、まるで無邪気な少女のようだ。
権威ある研究所でお仕事をする科学者でありながら、科学とはまるで裏腹のおとぎ話を信じる一面も持つ彼女を、リサはとても魅力的に感じた。
「どれだけ時間がかかっても、あたしがおばさんになっても。絶対に、アルカナを見つけてやるんだから」
ミラの真っ直ぐな表情に、リサは微笑みながら頷く。
きっとミラなら、おとぎ話すら現実にしてしまうのだろう。




