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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第3章 市井と王女
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第13話 水上都市の宿屋にて<1>

 酒場で思う存分飲み食いした四人は、併設されている宿屋へ移動した。


 アルフとロバン、そしてリサとミラ。

 男女で二部屋に分かれ、それぞれで夜を過ごすことになった。


◇ ◇ ◇


 すっかり日も落ち、エネルモアは夜を迎える。


 しかし、この街は眠らない。

 街中に異国の言葉や音楽が飛び交い、酒と食べ物の匂いが満ちる。それが朝まで続くのだ。

 同じ国にあっても、ディールの城下町とは大違いだ。


 宿屋の裏庭に停めてあるエヴァンの整備を終えたアルフは、パイプ煙草を吸いながら、賑わう街並みを三階の窓辺から眺めていた。


 そんな彼に、入浴を終え浴室から出てきたばかりのロバンが、にやにやしながら話しかけてくる。


「僕、君の正体に気づいてるよ」


 ……いったい何を言っているんだ、この男は。

 アルフはパイプを吸う手を止め、バスローブに身を包んだ金髪男の楽しげな顔をじろりと見やった。


 だが、アルフはすぐに、その余裕を崩されてしまうこととなる。


「君、理化学省のアルフレッド・ティンバーリアでしょ」


 ――なぜ知っている……!?


 本日出会ったばかりのロバンに素性を当てられ、流石のアルフも動揺した。手の中のパイプは彼に吸われることなく、ゆらゆらと紫煙を(くゆ)らせ続けている。


「今朝、森で君の名前を聞いたとき。どこかで聞いたことのある名前だなって、引っかかったんだ。そしたらすぐに……思い出した。昔、君の論文を読んだことがあるって」


 「論文」とはおそらく、アルフが大学最終年に書いた、「卒業論文」のことだ。あの論文の内容はまさに、「空飛ぶ二輪車」について――すなわち、エヴァンの作成方法と実現可能性について、だった。


 こうなってしまってはもう、どんな誤魔化しも言い逃れもできそうにない。金でできたパイプから立ち上る煙が窓から飛び出し、外の賑わいへ消えていくのを、アルフはぼんやりと見つめる。


 ……やっぱり、自分の名前なんて名乗るんじゃなかった。偽名を使うべきだった。幸か不幸か、アルフは、科学界ではそれなりに名が通っているのだ。


 黙ったままのアルフを見て、ロバンは、目の前の窓辺に立つ男が「理化学省のティンバーリアである」と確信を得たようだ。


「アルフレッド君の噂、よく聞くよ。ディール大学を首席で卒業して、若くして自分の研究室を持ってるんでしょ? 君みたいな逸材、博士が欲しがらないはずないよ。うちの研究所においでよ」

「……ファロン博士に弟子入りして、時間旅行理論を学んでみたいとは思っている。だが俺は、城を辞めるつもりはない」


 きっぱりと言い切ったアルフに、ロバンが「なんで?」と問い返してくる。


「この国の科学の発展に貢献することで、エリック前王に報いるためだ。あの方には、とても良くしてもらった」


 大森林に捨てられていた5歳のアルフを救ってくれた、エリック前王。アルフが前王に感じているのは、「命を助けてもらった」という恩義だけじゃない。


 剣の腕が良く、周囲から兵士になることを期待されていたアルフ。そんな彼に、「ディール大学に入って自分の好きなものを究めろ」と助言してくれたのもエリック王だ。

 もし彼がいなかったら、アルフは今、ここに存在していないだろう。

 

「へぇ! 君、エリック王と親交があったんだ。確かに彼は良い王様だったね。保守と革新、二つの調和がとっても上手だった」


 アルフの恩人であるエリック王は、この国を良くしようと常に奔走していた。きっと彼は、他の誰よりもこの国を想っていた。

 アルフはそんな王を、「科学」という方面から支えたいと思っていた。その志は、エリック・ディールが没した今も変わってはいない。


「でも、今後はどうなるんだろうね。エリック王の子供は、リサ王女ひとりだけ。噂によれば王女様は、帝国の皇太子と結婚するつもりらしいじゃないか」


 ロバンの言葉に、アルフは窓戸を閉めながら「そうらしいな」と呟く。


「マエル皇太子がどんな人か知らないけど、うちの国で好き放題されないよう、リサ王女には頑張ってほし……んっ?」


 言いかけたロバンだが、途中ではっとしたように言葉を止め、深林のような色をした目を丸くした。


「……ねぇ、アルフレッド君。噂によるとリサ王女って、類稀(たぐいまれ)なる銀髪の美女らしいね?」


 ――ま、まずい!

 この男、何か勘づいてる!


 そう悟ったアルフはパイプを灰皿に置き、なにか話を逸らせる手段はないかと周りを見回した。すると、壁に立てかけてある銀のサーベルが目に入る。

 ……ちょうどいい。ずっとロバンに問いたかったことだし、話を逸らすのにも持ってこいだ。


 アルフはサーベルを手に取って鞘から抜くと、ううむと唸るロバンの眼前に突き出した。


「ロバン。ここに書いてある文字を読んでほしい。見覚えはないか?」

「な、なんだい? いきなり?」


 「人が考えてる最中なのに……」と口を尖らせながら、不服そうに剣を受け取るロバン。しかし、その刀身に刻まれた文字を読むなり、彼は切れ長の瞳をかっと見開いた。


「『最愛の息子、アルフレッドに捧ぐ。父 ロバン・ロノワール 母 ミラより』――なんだい、これ!?」


 信じられないという表情をしたロバンは、焦ったように一歩後ずさる。その拍子に、無垢材でできた宿屋の床がぎしりと音を立てた。


「俺は孤児で、5歳までの記憶が無い。だがこの文章を読むかぎり、俺の両親はお前とミラということになる」

「あ、ありえない! 僕とミラはそんな仲じゃない! ……ていうかそもそも、仮に君が僕らの息子だとしても、年齢が合わないはずだよ。君、いま何歳だい?」

「20歳だ」


 アルフが冷静に答えると、ロバンは「ほらみろ!」という顔つきになった。


「僕はいま25歳だし、ミラは16歳だ。もし君が僕らの息子であるなら、僕は5歳のときに君を授かったことになる。ミラなんて、君が生まれた時はまだこの世に存在してもいないよ」


 さすがは、ファロン魔法科学研究所で働いているだけある。アルフが懸念していた「年齢の矛盾」を、ロバンはこの一瞬で見抜いた。

 それに、もしアルフが彼らの息子だとするのなら、顔や髪色が二人に全く似ていないことも矛盾の一つだろう。


「……でも、僕たちにまったく無関係な話ではなさそうだね」

「ああ。ここに書かれている名が、お前たちと同姓同名の誰かに刻まれたものとは思えない」


 アルフとロバンたちには、きっと何らかの繋がりがあるはずだ。


「そうだね。僕らとアルフレッド君が出会えたのは、きっと龍神王さまのお導きだよ」

「『アルフ』でいい。俺たちはきっと、長い付き合いになるだろう。よろしく頼む」


 静かに握手を交わす二人の間に、確かな絆が芽生えはじめていた。

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