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女王の龍は暁光に舞う  作者: 瀬尾ゆすら
第3章 市井と王女
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第12話 水上都市の酒場にて

「リサとアルフ、やっと来た! おっそーい!」


 すっかり昼を迎えた、エネルモアの街。


 待ち合わせ場所であるレンガ造りの酒場の前で、ミラ・エルレンシャインは頬をぷっくり膨らませていた。


「すまない。つい、観光に夢中になっていた」


 石畳の上を小走りになりながら詫びを入れるアルフに、ロバン・ロノワールが「いいよいいよ」と片手を振る。


「エネルモア、大きくて面白い街でしょ。僕も、故郷を出て初めてここに来たときは、もれなく『おのぼりさん』になったよ」


 大通りに面した酒場の入口をくぐりながら、ロバンが笑う。

 彼に続き酒場に入店すると、さまざまな種類の酒が混ざったような独特な匂いが、アルフの嗅覚を撫でた。


 生まれて初めて酒場を訪れたリサは、がやがやと騒がしい店内をぐるりと見回している。まだ真っ昼間だというのにそれなりに先客がいるが、おそらくほとんどが漁師だろう。


 エネルモアはその地理的性質ゆえ、漁師が多数居住している。彼らの労働時間は真夜中から朝にかけてだ。

 仕事終わりの漁師たちのため、エネルモアの酒場は昼から開店していることが多いのだ。


「ところで、あの坊やは無事にお家に帰れましたか?」


 黒樫でできた円卓の椅子に、四人で向かい合って腰掛けながら、リサがロバンに問いかける。


「もちろんだよ。リサちゃんにも、とっても感謝してたよ」


 ロバンが頷くと、リサは嬉しそうに顔を綻ばせた。おそらくずっと、あの男の子のことが気にかかっていたのだろう。

 あの男の子……半日前に森で出会った彼は、こう言っていた。「飼っていた猫が、突然『魔獣』に変化した」と。


 アルフは、数時間前に対峙した獣の、不気味に光る赤い瞳を思い返す。

 何百年も昔に絶滅したはずの「魔獣」が、ディールの大地を再び蹂躙している。信じたくないけれど――紛れもない事実なのだ。

 

「ところでアルフレッド君。君はお酒、いけるほうかい?」


 呼びかけられたアルフが目の前のロバンを見やると、彼は緑の瞳を輝かせながら、グラスを傾ける仕草をした。おそらく「一杯、一緒にどうだい?」という誘いだ。


 歳を明かしていないのに、なぜアルフが飲酒可能な年齢だとばれたのか。

 その答えは簡単だ。アルフの両耳に揺れる、青白く輝くピアスのせいだろう。


 ディールの民は18歳になると、成人の通過儀礼として、両耳にピアスの穴を開ける風習がある。家族や大切な人から成人祝いとして石や宝石を受け取り、それらをピアスに加工して身につけるのだ。

 アルフの耳で揺れているのは、小さく丸い月長石。育ての父であるルイ宰相から贈られたものだ。


「酒は……まあまあだな」


 アルフは蜂蜜色の瞳を伏せながら、そう返した。

 ……我ながら、控えめな表現をしてしまったな。


 アルフはいわゆる「ざる」だ。いくら飲んでも、酔っ払うという経験をしたことがない。彼にとって、酒も水もあまり変わりはない。


「いいね。エネルモアはぶどう酒が最高なんだ。付き合ってよ」

「わかった」


 男二人の大人な会話を目の当たりにして、ロバンの隣に座るミラは、ふくれっ面でお品書きを眺める。


「あたしもあと2年したら、お酒飲めるもんねー」


 ミラの耳にはまだ、ピアスは揺れていない。リサも同じだ。


「お子様はぶどうジュースでも飲んでなよ」

「うっさいな!」


 ロバンとミラによる、息ぴったりのかけあい。はたから見ればただの夫婦(めおと)漫才だが、アルフはそれを口に出さず黙っておくことにした。


◇ ◇ ◇


 店員に注文を取ってもらい、ほっと一息ついた頃。


「……よし。それじゃあ、僕たちの今後の見通しについて、話しておくね」


 それまでおちゃらけていたロバンの表情がまるで別人のように引き締まり、アルフとリサは居住まいを正した。


「君たちがここに来るのを待ってる間、僕たちは独自に聞き込み調査を行ってたんだ。そしたら『魔獣』について、かなり有用な情報を手に入れることができた」


 「有用な情報」。ロバンが発したその単語に、アルフもリサもごくりとする。


「『このあたりで魔獣の発生が頻発している』って話は、既にしたよね」


 ロバンの問いかけに、膝の上に手を乗せた姿勢で、リサがこくこくと頷いた。


「エネルモア市民の情報によると、魔獣と化した動物はみな、直近三日以内に『エネルモア遺跡』を訪れていたそうなんだ」


 「エネルモア遺跡」……。

 思っていたよりも核心めいた情報が判明して、アルフは驚く。

 リサと二人、観光客気分で街を見回っていた間に、ロバンとミラはきちんと研究員としての仕事を果たしていたのだ。


「では、その遺跡に、動物を魔獣に変える何かがあるということですか?」


 リサの問いかけを、ロバンは長い金髪を揺らして首肯する。


「僕たちは明日から、遺跡の調査に乗り出そうと思ってる。ファロン魔法科学研究所として、調査の許可はすでに取ってあるし、遺跡を案内してくれる人も雇ったよ」

「リサとアルフも、一緒にどう? この件に興味があるみたいだったし、それにあたしたちとしても、腕の立つ人が一緒にいてくれると心強いな」

「もし一緒に来てくれるなら、博士にかけあって、二人に給金を出してもらえるようにするよ」


 願ってもない申し出に、アルフの隣に座るリサが目を輝かせる。おそらく彼女の心はもう決まっているのだ。


 半日、エネルモアの街を見て回って。王女はきっと、心から学んだのだろう。この街の美しさと、温かさを。

 海沿いの街の、何気ない日常。それがどれだけ尊いものかを。


 この素晴らしい水上都市が魔獣に侵されるなど、決してあってはならない。

 この街を守るため、遺跡の真実を調べる――王女の願いはおそらく、そんなところか。


「わたしでよければ、ぜひ。……アルフは、どう?」


 こちらを伺うコバルトブルーの瞳を見ながら、アルフはしばし考える。


 まず最初に心に浮かんだのは、「リサの傍で、彼女が為すことを見守っていたい」ということだった。


 半日前に二人で交わした、茜色の約束。それが果たされる時まで、リサの手を離さないと心に誓ったのだ。


 それに、リン・ファロン博士と個人的な繋がりが持てるのも、アルフにとって悪い話ではない。

 もともとアルフは、ファロン博士に弟子入りするために城を出ようとしていたのだ。……まぁ、リサのせいでだいぶ予定が狂ってしまったが。


「俺も、同行願いたい」


 アルフが静かに頷くと、その場にいる三人がにっこりと微笑んだ。


「ありがとう! そしたら、明日は日の出前に出発だから。しっかり食べて明日に備えてね!」


 ミラのその言葉を合図にしたかのように、テーブルに酒と料理が運ばれる。


 四人は時間を忘れ、食事と会話に夢中になった。

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