#15 パツキンオールバック公、再び。
例えばの話──、だ。
自分のことを理解してくれるひとが傍にいた……とする。それはきっと素晴らしいとで、頼りになる存在になるだろう。でも、時としてそれが一概に『いい結果』をもたらすとは限らない。理解してくれるがゆえに、甘えが生じることも否定できないのだ。だから、阿吽の呼吸ができる間柄であったとしても、馴れ合うことはしてはならない。
馴れ合ってしまえばそこに隙ができる。いくら阿吽の呼吸といえど、隙まで同じなら意味がないのだ。つまり、互いが互いに同じ方向を向く必要はない。片方は右、片方は左、そして──最終局面で交わることで、互いが進んできた云々を発揮すればそれでいい。
つまり──。
俺のベッドにシュガーが紛れ込んでいたとしても、それは互いが違う道を経てふたつの道が収束した結果であるからして──
「──言いたいことはそれだけですか?」
「ま、待て、ラッテ。これは……そう、事故だ。だから俺は悪くない。それでも俺はやってないッ!!」
──朝、俺は自分の部屋のベッドで目を覚ました。
とても爽やかな晴れた空、青空に浮かぶ太陽の光が気持ちよくて、俺は微睡みの中へと再び誘われそうになった……のだが、どうもおかしい。枕を抱えて寝たはずはないし、まさか、切なさからフェレを抱えて眠るみたいなこともしていない……まあ、さすがに抱えて眠るには幾分大き過ぎる。
俺の脇腹から反対側の腹にまで伝わる違和感。丁度いい熱を俺の体に与え続けている物の正体を暴くべく、俺はゆっくりと布団を捲った。
──やはり、か。
そこにはまるで子猫が母親に甘えているような姿で眠るシュガーの姿があった。
(どうしてこうなってるんだ……? そうか、これが所謂〝お約束イベント〟ってやつだ……って、関心してる場合じゃねぇだろ!?)
こういう場合の『お約束』というものには大抵『オチ』が存在するものであり、ハーレム系物語には鉄板というべきツッコミキャラの登場だが、気づいた時には既に遅く、俺の部屋の扉は無慈悲にも開いたのだった。
そして、今に至る──。
今まで俺はラッテに勘違いをされまくってきたが、今日ほど『殺される』と思ったことはない。だって、既に戦闘態勢を取っているのだから……。
「ま、待て……話せばわかる……とまでは言わない。ただ、弁解の余地をくれないか……?」
こんな修羅場になっていても、シュガーは、俺に抱きついてスヤスヤと眠っている。しかも最悪なことに寝巻きが着崩れて、肩から下がかなり露出していた。現状、俺の敗訴は確定しているが、こうなることがわかっていたら、タンスにでも隠れる時間があれば幾分マシだったかもしれない──そんな時間はなかったけどな。
さあ、どうする……?
この現状は俺が黒であると物語っているが、それをひっくり返すことはできるだろうか……いや、生きたいと思うのなら抗うべきだ。弱肉強食の自然界で弱者が強者を倒す瞬間があるように、奇跡はいつだって俺の目の前に転がっているは──
「とりあえず……死んでください」
どうやら転がるのは奇跡ではなく、俺自身らしい──。
── ── ──
「お前らなぁ……朝っぱらから騒いでんじゃねぇよ……」
「す、すまん……」
一連の『お約束』を終えて、食事を取ろうと下の階に行くとレイナードがパンを頬張りながら文句を垂れた。……いや、当然のクレームだろう。きっと、俺の悲痛な叫びは宿全域に響いたに違いない。っていうか俺、絶対に悪くないよなぁ?
俺達がテーブルに着くと、モラが水を持ってきてくれた。
「お、おはようございます……その、大丈夫ですか……?」
「ああ……ごっそりと色々削られたが、問題ないよ」
「そうですか……あの、朝食をお持ちしていいですか?」
「よろしく頼む」
しかし解せない……。
俺には死ぬほどの痛みを与えたのに、どうしてシュガーにはお咎めなしなんだ?
──そんな冤罪の怖さを痛感しながら、モラが持ってきてくれた朝食を頬張った。
あの事件以来、ラッテとレイナードは知り合いになったらしい。まあ、そりゃそうだろう。そうじゃなければこの宿屋に宿泊する……なんて選択肢はないはずだ。狂言誘拐だったとしても、それを知ったのは事件が終わってからだろうし、レイティアがなんらかの手回しをして、無罪……いや、バレないようにしたに違いない。
「ラッテさん……あんたもだぜ? この宿はあんたら以外にも利用してんだから、こいつを折檻するなら他所でやってくれや」
おい、レイナード。それが友人に向ける言葉か?
「すみません。以後、気をつけます」
このやり取りを、まるで、他人ごとのように傍観しながら食事をしていたシュガーは、早々に朝食を終えて、モラと雑談を楽しんでいた。
「お主はレオのことをどう思っておるのじゃ?」
「え……? いいひとだと思いますよ?」
「ほほう……レオ、どうやら〝いいひと止まり〟らしいぞ? 残念じゃったな」
「おい、これ以上トラブルを招くようなことすんな」
意外にもレイナードがシュガーを制止した。
「なんじゃ、レイナード。お主はモテないから僻んでおるのか? ふふっ……案外可愛いところもあるんじゃなぁ?」
「違ぇよ!! ……ったく、お前らがいると静かに朝食も取れやしねぇ」
レイナードの意に沿わない騒々しい朝食が終わる頃には、この場にいるのも俺達だけとなっていた。
「……レオ。そろそろ時間なのですが」
「あ、もうそんな時間か……レイナード。お前にも一緒に城に来て欲しいんだけど、いいか?」
「構わねぇけど……俺様が行っても役に立てねぇぞ」
「いいえ。レイティア様はレイナードさんもご一緒にと申しておりましたので、無理強いはしませんが、できればご協力していただきたいのです」
「ふぅん……まあ、俺様の力が必要ってんなら仕方ねぇな」
ふと思ったが、レイナードは確か【過激派】じゃなかったか?
レイナードと対峙した時、こいつは過激派として意見していた。それは演技だったのか……? いや、レイナードに限って演技なんて細かい芸当はできないだろう。
「レイナード。お前は過激派だったよな?」
「ん? ああ……まあな。城の兵士連中は知らんが、俺達のようなやつらは剣を振るうのが商売だから、戦争が始まれば稼げると思って過激派に賛同してるやつが多い。つまり、生活が安定さえすりゃ、俺様のように〝どっちでもいい〟ってなるわけだ」
「お前、今、生活が安定してるのか?」
「どっかのお姫様が迷惑料ってのをくれたからな」
迷惑料……つまり【口止め料】ってことか。
「おい、レイナード……儂は貰っておらんぞ」
「あ……」
「お前、まさかふたり分ちょろまかしたのか?」
「レオ!! テメェ……ラッテさんがいる前でッ!!」
「レイナードさん、あなたというひとは……」
ラッテがレイナードを叱りつけている間、俺は一度部屋に戻った。
着の身着のままでは、さすがに城へは入れない。ある程度……格好がつく服を着なければ。
「……ふむ、こんなもんか」
『似合ってますよ……? 素敵です……』
「ありがとう、フィレ」
俺の味方って、実はフィレだけなんじゃないか?
こっちに戻ってから、ラッテには怒られてばかりだし、踏んだり蹴ったりだ。
魔界に行く前は、結構いい感じだったはずなんだけどな……女心って、本当にわかんねぇ……。
二本の剣を従えて、俺は部屋出る。すると、部屋の前にはラッテが待機していた。
「身嗜みを整えること、忘れていなかったみたいですね」
「どうせ、冴えないって言いたいんだろ」
「そんなこと……あの……」
「なんだよ」
「……いえ、行きましょう」
なんなんだよ、ったく……。
── ── ──
戦士、剣士、アサシン、魔法帝──パーティでいうなら前衛がひとり、中衛がふたり、後衛がひとり……こうして見るとなかなか安定した構成だが、実際に並ぶと悪目立ちする。
すれ違う人々が、先ほどから好奇な視線を向けてくるのはそれもそのはずで、このパーティを従えているのがメイドなのだ。これほど変なパーティもないだろう。だが、このパーティのリーダーであるラッテは、差して気にも留めていない。いや、俺以外の全員が、まるで動じていないのだから驚きだ。俺はレイナードを先頭に変えたいという気持ちでいっぱいだが、それを申し出る気にもなれない。なんとなく、あれからラッテとは会話してないので気まずい。
しかし、気まずいという点についてはレイナードも同意らしい。
居心地の悪いそうな浮かない表情をしながら、眉間に皺を寄せている。たまにシュガーと言葉を交わしているが、上の空といった感じだ。もしかして、緊張しているのかもしれない。その点、シュガーは我関せずと自分の世界に入り込んで、鼻歌さえ口ずさんでいた。
(なんなんだ、この……一体感皆無のパーティは……)
各々がまるで別の方向を向いているようで、はっきり言って気持ち悪い。俺が想像していたパーティ像とは全く異なる別物のなにか。他人アンド他人が生み出す不協和音とでもいえばまだマシだろう……つまり、それ以下であるこの一行は、側から見ても歪に見えるのだ。
会話と呼べる会話もないこの一行が目指すのは、この国を統治するエルダイル国王陛下がいるハルデロト城。もし、ラッテがこの場にいなかったら門前払いをくらいそうだ。……あれ? そういえば、どうしてラッテは俺達を迎えに来たんだろうか? 確か、待ち合わせはレイティアの部屋という約束で、門番にも話を通す……というのが今日の流れだったはずだ。気が変わったのか……? そんな単純なことではないのだろうけど、他に理由も見当たらない。
(気にし過ぎか……)
やがて、眼前に立派な門が現れた。立派──なんて月並みな感想だが、この門を突破した者は未だにいないというのだから、鉄壁といっても過言ではない。
ゲームでは、兵士のレベルも高かったし、個々の力もあるのだろう。それが軍となるのだから、この城を墜とすのは至難の技だ。
難攻不落の城、ハルデロト城。この国の誇りであり、偉大な王の住む城である。
その第一王女レイティアが魔王だと知れたら、国がパニックになること間違いない。それどころか、王を欺いた罪で死罪──魔界侵略は確定する。この事実だけはなんとしても隠し通さなければならない……のだが、この城にいる妙に感が鋭い兵士、ダリル=スコランダーの存在。こいつが一番危険なのは目に見えている。
俺はこいつに剣術指南という名目で、サンドバッグ状態にされていた。だけど、それがあって今があると言っても過言じゃないが、警戒しないに越したことのない相手だ。気を許せる相手でもないし、いざとなって裏切る可能性だって充分にあり得る。むしろ、ゲームではそれで何度も痛い目に合わされたのだから、今さら警戒しないってほうが無理だ。
これからレイティアと、保守派代表のアデントン公と会談する。
アデントン公とは一度だけ言葉を交わしたが挨拶程度で終わっている。悪い印象はなかったけど、ダリルはどこか警戒していた。あのダリルが警戒するほどの相手だ、一筋縄にはいかなだろう。
しかし──、別に言い争う必要もない。
俺としてはアデントン公がなにを思って『和平』という目標を掲げたのか、それが知りたいだけだ。
討論をするつもりもないのだから、身構える必要もない──んだけど、自分よりも目上のひとに話を伺うという行為自体が初体験で、失礼がないかと不安が心を覆う。こんなことになるのなら、バイトのひとつやふたつしておくべきだったと後悔するが、後悔先に立たず……という言葉の通り、『やっておくべきだった』ということが明るみに出るのはいつだって事後だ。これをチャンスと捉えられるほど、俺は人間ができてない。
少しづつ近づいている今日のビッグイベント会場。
重苦しい足取りで、まるで床に餅がくっついてるように、俺の足を立ち止まらせようとする。
それでも踏み出さなければならないんだ。
俺がこの世界での役目を果たすために踏み出す一歩が、俺自身を成長させるんだろう──なんて、わかった振りをして、必死に『英雄』を気取った。
もうすぐ、レイティアの部屋に到着する。
跳ね上がる鼓動……、焦燥感から脂汗が頬を伝う──喉が締まって息苦しい。
緊張しているのは俺だけじゃないようで、あれだけ大見得を切っていたレイナードも、唇が青くなっているように見える。ただひとり、シュガーだけは平然としているのが驚きだ。
ラッテはいつも通り、扉をノックしようとする──待ってくれ、まだ心の準備が……なんていう俺の心の声が届くはずもなく、コンコンコン……と軽快に扉をノックする。
「レイティア様、レオ様御一行をお連れいたしました」
『どうぞ』
「失礼致します」
観音開きの扉が開かれると、部屋の奥に白いドレスを身に纏った王女の姿があった。
そこには魔王として会った時のだらしなさは一切ない。
それどころか、今まで見てきたレイティアとは、まるで別人のようで──綺麗、だった。
自分の妹そっくりな相手にこんなに心をざわつかせられるなんて、どうにかなっちまったんだろうか……。
「皆様、ようこそ。まだアデントン公が到着していないので、それまでごゆっくりお寛ぎ下さい」
「え、えっと……レイティア……だよな?」
思わず声をかけてしまった。──すると、レイティアはゆっくりと近づいて、耳元で囁いた。
「会いたかったです……あなた」
「……っ!?」
その一言だけを残して、レイティアは再び王女の顔に戻った。
「〝あの件〟以来ですね。レイナードさん、魔法帝様……いえ、今はシュガーさんと呼ぶべきですね。お元気そうでなによりです」
「い、いいえっ!! お姫様こそ、ご機嫌よろしゅうで、ようございました!!」
「レイナード……お主、緊張し過ぎではないか? それに、慣れない言葉を使うと余計にボロが出るぞ?」
「うるせぇ!! ……っつか、お前が緊張感なさ過ぎんだよッ!!」
すげぇなこいつら……こんなところでも漫才できるのかよ。
漫才師にでもなったほうがいいんじゃないか?
いつもならラッテがツッコミそうな場面なのに、ラッテ無言でレイティアを見つめている。
(なにを考えてんだ……?)
どういう表情なんだろうか……怒りでもなく笑いでもない。あの表情を強いて例えるのなら『無関心』だろう。ラッテがレイティアに向けてこんな表情をするとは思わなくて、俺はジッと見つめてしまった。それに気づいたのか、それとも、俺からの熱い視線に耐えられなくなったのか……パッと目が合った。
「なにか?」
「いや、別に……」
「そうですか」
「……」
「……」
──倦怠期のカップルかッ!!
ここ最近、ラッテがなにを考えているのかわからない。多分、俺が色々とやらかしてるんだろうというのはわかるけど、謝るにしてもなにをどう謝ればいいんだ? 逆に理由があり過ぎて、どのことについて謝ればいいんだ……って、今はそんなことを考えている場合じゃない。
考えるべきことは、今後の方針と指針──。
コンパスを積まずに船に乗れば、大海原で遭難することは当然。そうならないためには、予め準備をしなければならない……んだけど、いざ、こうなってみるとどうしていいものか悩む。
ただの会談──そう割り切れるものでもない。
相手は、言ってみれば国会議員と同じ。いや、下手すればそれ以上の相手。礼儀もそうだが、自分の意見を述べる必要がある。
あれ……俺の意見って、なんだ……?
『和平』というのはレイティア、そして魔界の屋敷にいた数名と、アデントン公が求めるもので、それについては俺も賛同している。でも、それとこれとは別だ。自分の意見とは、自分がこの件について疑問やどう思うのかということ……だけど、俺が和平の使者になる──なんて大それたことを本当に意見していいのだろうか?
いや、ここで心が折れたら、俺がここにいる意味がない……っ!!
覚悟を決めろ……俺は、英雄になるんだろ……っ!!
──ってな具合に燃えられたら、主人公っぽいんだけどなぁ。
── ── ──
集合時間から三〇分遅れてアデントン公がやってきた。
スラッとした体躯、高身長、甘いマスク……どこからどう見ても平民出身には見えないが、彼は民衆代表とてし議会に入り貴族となった成り上がりの男。戦闘経験はないはずなのに、どこか隙がない。
「レイティア様、皆様、遅れてしまいまして申し訳ございません」
「あなたが時間に遅れるのは珍しいですね……なにかあったのですか?」
レイティアが訊ねると、アデントン公は首を振った。
「いえ、ご心配なく。……少しトラブルがありましたが、片ずけてきました」
その時のアデントン公の眼は、まるで『ひとを殺した』ような冷めた目つきで、俺は背筋がゾクッとした。
「君は確かレオ君……だったね。こうして会うのは二回目かな? 今日はよろしく頼むよ」
差し出された右手を握る。
(……ッ!?)
俺は大した剣士ではないが、この手を握った瞬間、俺でもわかってしまった。
この男……強い。
戦闘経験がない──なんて、俺の思い過ごしだ。この手の厚みからして、相当な手練れ。
「よ、よろしくお願いします……」
そうか……さっき感じた冷めた眼は『殺気の宿る眼』だ──。
それだけこの会談に本気ということだろう。
「そちらにいるのはどなたかな?」
「えっと……妹のシュガー、友人のレイナードです」
「そうか……〝面白い交友関係〟を持っているようだね」
(なんなんだ、このひとは……)
俺は、こんなひとと会談の約束をしたのか……。このひとに嘘やハッタリは効かない、と、瞬時に理解する。
レイティアは、まるで円卓のようなテーブルに着席すると、俺達もそれに倣って着席する。
「それでは、会談を始めましょうか」
レイティアが開始の言葉を告げると、静かだった部屋が余計に静かになった気がする。そして、沈黙を破ったのは、以外にもレイナードだった。
「俺様はこういうのは柄じゃねぇ……もう、礼儀だのなんだのはこの際抜きにして、お互い本気で語り合おうじゃねぇか。アデントン公、あんたも元々は平民だ。……俺様が言ってる意味、わからねぇわけじゃねぇよな?」
「レイナードさんッ!! ここにはレイティア様もいるのですから、そのような言葉使いは──」
それをレイティアは片手で制した。
「構いませんよ。この会談はレイナードさんの言うように〝本音〟で語り合う場ですから……アデントン公、よろしいですか?」
「勿論、私も構いません。レイナード君が言う通り、私は元・平民だ。気を使う必要はないよ。レオ君、シュガーさん、君達も気軽に発言してくれていい」
「ほう……。お主、なかなか器の大きい男じゃな」
「ありがとう。それでは、気を取り直して雑談を始めようか……この国の未来を決める雑談を……ね」
この国の未来を決める雑談か──。
アデントン公にとって、この会談を雑談レベルってことかよ。
はははっ……笑っちゃうぜ、俺は今でもこんなにビビってんのにさ。
「では、レイナード君。君の意見を聞かせてくれるかい? 疑問でもいい。なんでもぶつけてくれていいよ」
「んじゃあ、単刀直入に聞かせてもらうが……ディラン公に勝てると思ってるか? いや、勝つ気はあんのか?」
アデントン公は失礼極まりない質問に、顔色ひとつ変えずただ頷く。
「……続けてくれ」
「保守派の演説も何度か聞いたが……あんたが街頭で演説している姿を見たことがねぇ。俺らとしちゃあ、誠意ってもんが感じられねぇんだよ。その点、デュラン公は毎回自分で演説をしてる。内容は有ってないようなもんだが、誠意は感じられるぜ?」
「なるほど……痛いところを突いてくるね。だが、果たして街頭演説を本人がする必要が本当にあるのかな? レイナード君の言うように〝誠意〟というものは感じられるかもしれない。しかし、それだけが正解ではないんだよ。今、ハッキリ言えば保守派は不利だ。だけど、私はこれで良しと思っている。実は、この不利な状況は敢えて作り出したんだよ」
アデントン公は語り出す。
それは、一発逆転の起死回生という、無謀とも取れる案だった──。





