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残念英雄のサエナイ様!〜ゲームの世界ならチートで無双できると思った?〜  作者: 瀬野 或
一章 傾きだす天秤〝主島リストルジア、判決編〟
16/21

#16 荷車を求めて


 人生を劇に例えるなら、自分はどの役を演じているだろうか。

 主役? ……そう胸を張って言える者なんて高が知れている。むしろ、メインキャストだったらまだマシだろう。しかし、ほとんどの者達は舞台にすら上がれないのが常。そんな粗悪とも呼べる舞台で、物語が進んでいくのを見届けるだけの役。そんな劇、楽しいだろうか? 否、退屈だと確信を持って言える。

 自分が舞台にすら上がれないのなら、せめて演者には胸が熱くなる劇を演じて欲しいと望むのは当たり前のこと。そして、それは悲劇ではなく冒険譚ならなお良い。逆境に立たされても怯むことなく突き進んでいく主人公に心を踊らせて、劇の終わりは大団円。つまり、民衆の求める主人公は、困難を乗り越えて突き進んでいく勇者のような主人公だ。


「その勇者役を君に担って欲しいと私は考えているんだよ……レオ君」

「えっと……」


 突然劇がどうのといわれても、演劇に詳しくない俺にはチンプンカンプンだ。誰か、アデントン公が言っていたことを通訳してくれないか? ……そう思っているのはどうやら俺だけではないらしく、レイナードも小首を傾げて低く唸っていた。


「つまりなんだ……? これから演劇でも始めようってのか?」

「いや、演劇はあくまでも例えだよ。だがしかし……〝演じる〟という意味では(あなが)ち間違いではないかな」


 なるほど……少しだけアデントン公がなにを言いたかったのかわかってきた。

 アデントン公が言いたかったのは【形勢逆転劇】を仕込んだということだろう。

 現状は過激派が有利であり、保守派は圧倒的に不利だ。しかし、ピンチをチャンスにするべく、俺という主役を舞台に上げて、一発逆転ってことか。



 おい、俺の責任重大じゃねぇか……。



「レイティア様を救った無名の剣士……いや、もうレオ君は時のひとかもしれない。そんなひとが鬨の声を上げれば民衆は必ず動く……そう思わないかな?」

「でも、当初の目的はレイティアだったはず……その件はいいんですか?」


 ここにきて、初めてアデントン公の表情に影ができた。


「痛いところを突いてくるね。でも、それはもう私とレイティア様の間で決着(かた)がついたから気にしないでくれていいよ」

「そうですね。あれから何度かアデントン公と意見を交換して、私を使うよりも、今はレオ様のほうが影響力があると判断した次第です……レオ様、〝あなた〟になら魔族との交渉を託せると私は強く思っています。どうでしょうか……引き受けていただけますか?」



 そこまでお膳立てされたら、断りたくても断れないだろ……断る理由もないけど。



 俺は元来そのつもりでいたし、今さら感も否めないが、この場で首を縦に振る意味は、俺が考えているよりもずっと重たいんだろう。それに、俺には『魔族と対話する力』がある。力というと大袈裟に聞こえるけど、魔族の言葉を理解して、なおかつ、言葉を交わせる人間はそういないようだし、俺がやらなきゃ誰がやるって話だ。


「任せてくれ……って自信満々には言えないけど、やらせて下さい」

「ありがとう、レオ君っ!!」


 交渉成立っ!! と、言わんばかりの固い握手をアデントン公と交わす。だけど、ようやくスタートラインに立っただけで、これからが重要なんだ。いつ、どのタイミングで『魔族と対話ができる』ことをカミングアウトするべきか……。

 この事実を知っているのは魔王であるレイティア改め、ルネアリス。そして、そのメイドであるラッテとシュガーのみ。レイナードは……もしかしたら薄々感づいているかもしれない。

 ぶっちゃけてしまえば、この場に魔王がいる時点で交渉は成立しているのだが、レイティアが魔王であることは絶対に知られてはならない。そして、そんな単純な話でもないだろう。

 俺がこの世界にくるまで、きっと何度も議会を開いて討論を重ねてきている保守派と過激派の対立が、一番のネックなのだと俺は考える。どこで両者の折り合いをつけるのか、民衆にはどう説明するか……段取りを間違えれば終わりだ。



 政治って、こんなに面倒なのかよ……。



 国会で『私は頑張ってます』ってヤジを飛ばして、テレビの向こう側にいる視聴者にアピールだけしてればいいってわけじゃないんだな。てか俺、政治家に偏見持ち過ぎじゃね? 政治家に親でも殺されたの?



 さて、それじゃあ、第二ラウンドと参りますか──。



 次の議題は『どうやって国王陛下と過激派連中と民衆を納得させるか』だが、その前に俺の秘密は暴露しておくべきだろう。このカードは絶対に、これから話を進めるに当たって重要なファクターとなる。


 俺はレイティアにカミングアウトのタイミングをどうするかアイコンタクトを送った──。


「……?」



 いや、わかれよ……お前、魔界でも頭脳戦でのし上がってきたんだろ。だから、俺にウインクとか返さなくていいんだよ……妹じゃないけど、妹に似てるからこっちも複雑なんだよ。……可愛いけどさぁっ!?



 ……っというのは冗談らしく、レイティアは俺の意図を汲み取り、その話題を振ってきた。


「これから具体的な話に入りますが……レオ様。なにか思いついたことはありますか?」


 よし、いいタイミングだ。


「えっと──」

「──その前にひと息入れようぜ? 堅苦しい話ばかりで疲れちまった」

「確かにそうですね。気分転換でもして頭の中をスッキリさせてから、続きを話しましょう。ラッテさん、皆に紅茶(スリータ)を淹れてもらえますか?」

「かしこまりました」



 レイナード、空気読めッ!? 折角レイティアがいいバトンを渡してくれたのに、お前のせいで台無しだよッ!!



 レイティアは苦笑いを浮かべつつ、ラッテからカップを受け取ると、ひと口だけ口に紅茶を含んだ。


「美味しい……」

「ありがとうございます」

「ラッテさんよ、取り敢えず酒を──」

「ここは酒場ではありませんし、仮にあっても出しません!!」


 レイナードの言葉を遮るようにラッテが吠えると、レイナードは怯える子犬のように静かになった。


「どう考えても酒はなしじゃろ……お主は本当に場の空気を読まんなぁ」

「うるせっ」

「ここはそう考えても茶菓子じゃろ」

「……出しませんよ?」

「なんじゃとッ!?」


 そりゃそうだろ……って、なんでレイティアが残念そうな顔してるんだよ。こいつら、緊張なんて感じない体質なのか!?


「皆さん、仲がいいですね。羨ましいです」

「仲がいい……か。それもどうなんでしょうね。俺とシュガーはつい最近兄妹になったし、レイナードとは敵同士でしたし……レイティアとラッテのことも、実はそこまで深く知った仲ではないんで、仲がいいというのもなんだか違う気がします」



 現に、ラッテからは避けられてたりするしな……。だから、仮にこの中で本当に付き合いがあるのはレイティアかもしれないが、レイティアはレイティアで、色々と抱えている。

 俺みたいなやつは、結局ひとりだ──。

 こうして仲がいいように見える集まりでも、どこか遠くに感じる。

 手に入らないというよりも、手に入れてはいけないと自分を戒めているかのようだ。


「……若いな」

「え?」


 アデントン公は椅子から立ち上がると、グイッと背伸びをした。そして、俺の後ろ──背凭れに片手を置いて、中腰になり耳元でひっそりと囁いた。


「君が手を伸ばせば欲しいものは手に入る位置にある。他人と関わるということに臆病になってもいい、だけど、恐れてはいけない。彼らをよく見てみるんだ……彼らは君の敵なのかな? 私にはそう思えないんだけどね」

「そ、それは……」

「大事なことは受け入れることだ。相手を、そして自分自身を……そうすれば、レオ君の世界はもっと生きやすくなるはずだ。信じる信じないはそれからでも遅くはないだろう? ……なんて、少し説教臭くなってしまったかな? ははは……どうやら私も歳を取ったようだ」


 アデントン公はそう言って、再び自分の席へ戻っていった。



 受け入れる……か。そうだな、アデントン公の言う通りだ。俺はどこかでこの状況、いや、俺を取り巻く環境を受け入れたつもりで、受け入れていなかったのかもなしれない。俺はまだガキだ。今の話だって、全て理解できたなんて思はない。だけど俺の中で燻っている【変化を望む心】が、アデントン公の言葉で静かに動き出した気がした。


「さて、そろそろ議題に戻りましょう。よろしいですか? レイティア様」

「ええ。私は問題ありません。皆はどうでしょうか?」


 俺達は返事を頷きだけで返すと、アデントン公とレイティアも同じように頷いた。


「では……休憩に入る前に、なにか言いたげだったレオ君。君の意見を聞きたいのですが大丈夫かな?」

「はい。意見というか、案というかわかりませんが、ひとつ、〝俺の能力(スキル)〟について話させて下さい」

「能力……?」


 アデントン公は珍しい物に見入るように眉を潜める。どうやら。話の入り方は上々のようだ。

 俺はもう一度レイティアに目配せをすると、レイティアと目が合う。

 アデントン公は察しがいいひとだ、慎重に言葉を選ばなければ、レイティアが現・魔王だということに気づかれるかもしれない──だが、レイティアにも覚悟ができたようで、俺が口を開くのを固唾を飲んで見守っている。



 始めよう……。

 残念英雄冴えない様が持つ、残念な能力(ちから)の話を──。



「俺には珍しい能力があります、それは〝魔族の意思疎通〟ができる能力です」

「魔族と意思疎通ができる能力……? それは本当かい?」

「ええ。魔族なら誰とでも……最近だと〝レッドリザードマン〟〝トラップボックス〟〝ガーゴイル〟〝スケルトンナイト〟ですね。彼らと言葉を交わしました」

「ふむ……」


 俺が嘘を吐いているようには見えないけど、俄かに信じられない……そんな訝しむ表情で俺を見る。その表情は正しく『保守派代表』と呼ぶに相応わしい、真実を追求する眼だ。多分、普通の感覚だったら『そんな嘘、誰が信じるものか』と吐き捨てるだろう。だが、アデントン公は黙って続きの言葉を待っている。


「俺が話した魔族……モンスター達は友好的な連中で、彼らも〝和平〟を望んでいました」

「……それがもし本当だとしたら、願ってもないチャンスだが……さすがに話ができ過ぎていないかい?」


 まあ、そう思うのも頷ける。俺だってあいつらの話を聞くまで、モンスターは無慈悲な奴らであり、倒してなんぼだと思っていた。



 だけど、それは違ったんだ──。

 友が破れれば悲しみ、楽しいことがあれば笑い、恋にも落ちる。

 それはもう、ひとつの部族と捉えるべきなんだと俺は思った。

 そして、彼らは彼らの独自なコミュニティがあって、俺達、人間と同じく『旧・魔王派』と『現・魔王派』で対立している。

 旧・魔王派は侵略、武力での制圧を目的に動いていて、旧・魔王派は平和と共存を望んでいた。それは、今、過激派と対立している俺達人間と同じだ。


「──だから俺は、この能力を使って現・魔王に直談判して、共に生きれる世界を目指したいんです。そのためには保守派代表であるアデントン公のお力添えが必要で……」

「す、すまない……話が壮大過ぎて理解が追いつかない」


 アデントン公は一度瞼を閉じてしばらく黙考したあと、ゆっくりと瞼を開いた。


「そうか、なるほど……。君はどうやら最初からこの話を私に持ちかけるために、この場を設けたというわけだね? しかも、この場にはレイティア様がいて、この状況を察すると、話はすでに通っていると思える。……これは国を揺るがす大事件に勃発する案件だ。君の働き次第で、微動だにしなかった天秤が動くかもしれない。……もし、この場で私が君の申し出を断ったら、国家機密級の秘密を知ったことで、ラッテさんに消されるのかな?」


 ちらりとレイティアとラッテを横目で見遣る。


「……否定はできません。綺麗ごとで済むような内容ではないので」

「そうですね。もし私がレイティア様と同じ立場でしたら、同じことを言います……しかし、協力を願うのなら、先に〝真実の証明〟ではないかな? レオ君、もし君が本当に魔族と対話ができるとしたら、この場にモンスターを連れてきて、それを証明しなければならない。もし、君が真実を述べているのなら、そのモンスターは我々に危害を加えないはずだ……どうだい? 君は君自身の力を証明できるかな?」

「……わかりました」



 そんなの、どんな難関クエストよりも簡単(イージー)だぜッ!!



「少し時間をください。〝トラップボックス〟を連れてきます」

「トラップ……ボックス……だとッ!? 正気かッ!? 触れた瞬間に魂を喰われるぞッ!?」


 まあ、それが一般常識だよな。あのラッテでさえ、可愛い悲鳴を上げたほどのモンスターだ。


「よ、よろしいんですか、レイティア様。モンスターが城に侵入するということは、この城……いえ、国王陛下に危険が及ぶ可能性もあり得ますよ……?」

「俺様も反対だぞ!? お前……馬鹿かッ!? トラップボックスがどんなモンスターか知らねぇだろ!? 危険にもほどがあるぞ!? 俺様は職業柄、ダンジョンに行くことが多いがトラップボックスの被害は深刻だ。どれだけの冒険者が命を奪われたと思ってやがる!!」


 そう思われても仕方がない。確かにダンジョンで宝箱と思ってトラップボックスに遭遇したら、ある程度レベリングをしてなければパーティが壊滅する可能性もある。だけど、俺の話し相手であるトラップボックスは絶対にそんなことはしないと確信できる。あんなに優しいやつだ、そんなことは絶対にしない。それは、レイティアもわかっているはずだ。レイティア……現・魔王であるルネが、トラップボックスの『フィレ』を保護したんだから。


「私は信じています。レオ様……〝あなた〟と、あなたが連れてくるモンスターのことも」

「レイティア様がそう仰るのなら……しかし、いざとなったらこの場で討伐もやむを得ない……レオ、それでいいですね」

「ああ……心配するな。そんな事態には絶対にならないから」

「儂は信じておるけどな。お主ら、兄様をもっと信頼するべきじゃ。兄様は優しい。そんな兄様が〝紹介したい〟と言っている相手じゃぞ? 万が一にも危険が及ぶことはないっ!!」

「シュガー……」



 ありがとう、シュガー。俺は、お前を妹にしたことを誇りに思うぞ。

 俺はロリコンではない……これは、兄妹愛だッ!!

 そもそもシュガーは見た目だけロリっぽいだけで、本来は年上ッ!!

 つまり、これは【ロリコン】に該当しない──ッ!!



 ……ってことはシスコンですかね?



 



 ── ── ──





『それで……私ですか……?』


 皆をレイティアの部屋に待たせて、俺はひとりで招き猫の部屋へ戻ってきた。


「そうなんだ。頼む……俺のためにひと肌脱いでくれッ!!」

『えっ!? 脱ぐんですか……? ごめんなさい……私、脱皮とかしないんですけど……』

「その脱ぐじゃねぇ……」


 そもそもトラップボックスのサービスシーンとか、どの層に需要あるんだよ……。外見は宝箱だぞ? 誰も欲情なんてしな──あ、俺、魅了(チャーム)かけられた時にしたわ……。まさか俺は、そっちも大丈夫な感じなのかッ!? ……って、今はそんなくだらないことを考えている場合ではないだろッ!?


「フィレ。俺はお前を信用しているからこうして俺の部屋にいる。だから、お前に危険が及ぶようなことはしない……俺を信じろ」

『私が魔界からこの部屋にくることにしたのは私の意思です……レオさんを疑うなんてことは絶対にありません……』

「フィレ……」

『レオさん……』

「……はっ!?」


 なんだ今のいい感じな雰囲気はッ!? いい感じ過ぎてフィレルートに突入するところだったぞ……なるほど、確かに危険だ、トラップボックスだけに甘い罠が箱の中に仕込まれてるんだな。ヤバい、全然上手いこと言えてねぇ。

 さて、この部屋からどうやってフィレを運ぶかだが、街の中を担いでいくという案だけは却下だ。宝目当てで襲われたら大変なことになる……主に盗賊が。街の中で大立ち回りを演じるわけにもいかないし荷車みたいな物がないか、アリアージュさんかアーマンさんに聞いてみよう。

 階段を下りて、食堂を兼ねたエントランスに向かうと、そこではモラが、一生懸命にテーブルを磨いていた。


「精が出るな、モラ」

「えへへ、ありがとうございます」


 付近をエプロンのポッケに引っ掛けるようにしまって、モラは俺の前に歩いてきた。その歩き姿はまるで、『テクテク』みたいな効果音がしそうだ。


「レオさんは確か、皆さんとお城に行ったのでは……?」

「ちょっと忘れ物を取りにね……そうだ」

「はい?」


 モラがいるならモラに訊ねてもいいだろう。彼女もこの宿屋の従業員のひとりだし、荷車があるか知っているはずだ。


「大きい荷物だから荷車みたいな物があれば借りたいんだけど、仕入れかなにかで使ってるやつとかないかな? もしあれば借りたいんだけど……」

「いいですよ? 店の裏にあると思うので使って下さい……あ」

「ん……?」

「そういえばこのあと、仕入れ先から野菜を受け取りにいこうと思ってて……どうしよう……」


 俺も皆を待たせている身だし、モラの用事を終えてから……なんて流暢なことを言っていられない。



(仕方ない……他を当たるか)



 そう思い、無理を言ってしまったと謝罪しようと声をかけたが、モラはなにか閃いたようで、ニッコリと笑った。


「じゃあ、先にレオさんの荷物を運んでから、私はその足で仕入れ先に向かいます!! これなら問題ないですね!!」

「俺は助かるけど、モラはそれでいいのか? わざわざ遠回りすることになるぞ?」

「困ってる時はお互い様だってパパがよく言ってますし、仕入先とは長い付き合いですから、少しくらい遅れても大丈夫です!!」


 本当にそれでいいのだろうか? 俺にはまだビジネスんのノウハウなんてないし、偉そうなことは言えないが、仕入先というのは商売相手だろう。遅刻なんてしたら信用を失うことになり兼ねないんじゃないだろうか?

 このままモラの言葉に甘えて俺の用事を優先させれば、俺はとても助かる……しかし、そのせいでこの宿屋の信用が失われて、最悪の場合、今後の取引はしない──なんてことになれば、その損害は大きな痛手になる。この店をたたまなければならなくなった──と、いう場合もあり得るだろう。まあ、そこまで大袈裟にはならないけど、このせいでモラがアーマンさんやアリアージュさんに怒られる……なんて未来も想像に容易い。


「……いや、折角の申し出なんだけど、やっぱり他を当たるよ」

「え? そうですか……」

「もし、またなにかあったらモラに相談するから、その時はよろしくな?」

「……はいっ!!」


 モラとその場で別れて、俺は一度部屋に戻った。





「──というわけで、フィレ、都合よく人型になったり足が生えたりとかしないか?」

『……あ、あの、さすがに無理……というか、この姿に足が生えたら悪目立ちしますよぉ……』

「だよなぁ……、それじゃあ本末転倒だもんなぁ」


 アデントン公にあんな啖呵を切ったのに、運ぶということの難しさを考慮していなかった。これなら、アデントン公がこっちにきたほうが何一〇倍早くことを終えることができる。効率を考えるならそれが一番手っ取り早い、しかし、アデントン公は【あえて非効率な方法】を選んだに違いない──フィレの安全性を確かめるテストは、もう始まっているのだろう。

 道中でもし戦闘になったら、フィレの安全性を立証できない。だからといって時間をかけ過ぎれば『なにか問題があった』と思われてテスト終了(ゲームオーバー)だ。格好つけずにモラから荷車を借りるべきだったのかもしれないと後悔し始めた頃──


『あの……ここで悩んでいても始まらないので、他に借りれそうな方を探したほうがいいんじゃないでしょうか……?』


 と、フィレに窘められてしまった。


「そうだな……。頼れるひとはあと……親方くらいか」


 親方のアトリエまでは距離があるが、走ればそれなりに時間は短縮できる。親方は鍛治職人だし、荷車くらい持っているだろうけど……ええいッ!! グダグダ悩んでるくらいなら体を動かせよ、俺ッ!!


「親方の店に行ってくるッ!!」

『親方……? はい、いってらっしゃい……』


 そうか、フィレは親方のことを知らないのか。アスカロンを鍛えた鍛治職人だって紹介したら、目玉が飛び出すくらい吃驚するんだろうな……フィレに目玉なくね?


 飛び出すように部屋から出て階段を駆け下りると、玄関先でモラが待っていた。


「レオさん、荷物はどうすることにしたんですか?」

「親方……ローグさんから借りることにしたよ」

「あ、それなら私も通り道なので、ローグさんの店まで荷物を運んで、そこからローグさんの荷車に乗せ替えれば、多少の時短になりませんかね?」

「そうだな……」



 それをもっと早く教えてくれれば、もっと時短になったんだけどな──なんて

ひとの好意に文句を言ってはいけないか。



 それからは時間との勝負になった。



 もう一度部屋に戻り、何事かと問うフィレを担いで階段を下りて玄関先に用意してもらっていた荷車にフィレとモラを乗せて、親方の店までダッシュ。親方の店に到着したらと別れて、今度は親方に事情を説明して親方の荷車を借りて──今に至る。






 ── ── ──






 城の門に到着する頃には、さすがに俺の体力も限界になり、膝がガクガクと笑っていた。両手を両膝に置いて、屈むように息を整えている時、カシャ、カシャ……と鉄が擦れるような音が俺のほうに近づいてきた。


「なんの騒ぎだ……って、またお前か。……ん? それはなんだ」


 門番をしている顎髭の兵士、こいつとはどうもウマが合わないけど、厄介ごとになるのは御免だから、適当にやり過ごそう。波風立てずにしていれば、特に問題視されることもないはずだ。


「なにってトラッ……」

「とら?」



 し、しまった……。

 つい疲れから集中力が途切れて、『トラップボックス』って言いそうになってしまった。



 もしフィレの能力【魅了(チャーム)】が発動してしまったら、それこそ大問題だ。トラップボックスの性なのかもしれないが、これを持ち運ぶのは神経を要する。なるべくひとを近づけないようにすることは当然、目に触れないようにも注意しなければならない。今は俺の部屋のベッドに敷いてあったシーツを使っているが、この門番なら『そのシーツを剥がせ』と言ってきそうだ。


(どうやって誤魔化せば……って)



 ──もう、これしかねぇッ!!



「こ、これはレイティア様の献上品トラッ!! だから通して欲しいトラッ!!」

「お前……そういうやつだったか……?」


 荷車に近づこうとしていた足が止まる。よし、このまま『痛いやつ』を演じてこの場を切り抜けてやる……っ!!


「そうトラッ!! 時間がないから通して欲しいトラッ!!」

「わ、わかった……気の毒に」



 精神的な病気じゃねぇよ!! 哀れんでんじゃねぇッ!!

 畜生……いっそ殺してくれ……とら……。



「荷車はここに置いていけ。人力で運べるだろ」

「わかったトラ……」


 門番が離れたのを見計らって、荷車に被せていた布を一度剥がしてフィレを持ち上げる。


『レオさん……その……お疲れ様でした……』

「今起きたことは忘れろ……お前はなにも見てないし、聞いてない。いいな?」

『はい……でも、私は可愛いと思いましたよ……?』

「そんな慰めは要らん……」


 

 俺の歴史に新たな一ページが加わった……そう、『黒歴史』という歴史に。

 この際、『暗黒微笑』とか使ってみるか? それだけは駄目だ、もう色々と駄目だ。

 厨二病はとっくに卒業したからな──って、この状況で自分の眼を見て言えない自分が辛い。



 フィレをシーツでグルグル巻きにして、荷車を城門付近にある小屋に移動させて、ようやく城の中へ入ることができた。まだ陽は落ちていないので、多少、遠回りしたがギリギリセーフというところだろう。


『レオさんの匂いがする……なんだか落ち着きます……』

「俺は落ち着ける状況じゃないんだがな……って、あまり嗅ぐなよ? ……恥ずかしいだろうが」


 早いところレイティアの部屋にいかないとな……なんだか嫌な予感がする。こういう時に限って絶対に会いたくない人物と出くわすんだ──って、フラグ回収早過ぎじゃないか?


「あれー? 誰かと思えば誰かじゃーん」

「おい……忘れてんじゃねぇ」

「あははは。冗談だよ、じょーだん。なんだか楽しそうだったから声かけちゃったよー」

「……」


 ダリル=スコランダー、俺はダリルが『すこ』じゃないだがー。

 【狂乱】の異名を持つこの男は、以前、俺に剣を教えてくれたんだが、どうもこいつだけは信用できない。しかし、その実力は他の兵士と一線を超えた力を持っていて、その腕を認められて【騎士(ナイト)】の職についている。

 イスタの世界での騎士は、剣士と戦士の先にある(ジョブ)であり、最強職と言われている【勇者】の【通り道】だ。こいつが騎士で、なおかつ【双剣使い】というのも皮肉なものだ。ダリルの背にあるステンドグラスに描かれている【双剣の勇者像】を見ながら、そんなことを思った。


「それで、どこから見てたんだ?」

「えー? 偶然通りかかっただけトラー」

「最初からじゃねぇか……」



 一番見られたくないタイミングをバッチリ見てんじゃねぇよ、クソが。



 ダリルはいつものにやけ顔をしながら、俺が抱えているフィレに目をやった。


「そんでさ、それなに?」

「こ、これは……」


 ダリルに嘘は通じない。だが、真実を話していい相手なのか判断つかない……。


「言ってをくけど、嘘や偽りを語ったら……わかるよね?」

「……わかってる。でも、これは俺だけの判断で話していい物じゃない」

「へぇ……興味あるなぁ」

「なら、ついてこいよ。だけど、〝これ〟を知ったら後戻りできないぞ」

「レオくんが僕を脅す、か……あはっ!! ますます興味が湧いたよ!! いいよ、ついていってあげるー」


 引き返せよ──っと、喉まで出かかったが、それを固唾と共に飲み込んで、ダリルに確認することなく俺は進み出した。ダリルは俺のうしろで鼻歌を交えながらついてくる。なにがそんなにたのしいのかわからないが、どうやらご機嫌の様子だ。純粋なトラブルメーカーってやつは皆、こんな感じなんだろうかと、ダリルを見て偏見を抱くには充分過ぎる。


 モンスターを運ぶのって、こんなに神経を集中しなければならないのか……それに、思わぬトラブルも多い。

 城の中を進むのも徘徊している兵士の目を引くが、背後にダリルがいるせいだろう。レイティアのp部屋に辿りつくのは案外簡単だった……重かったけど。



「レオくん、僕がノックしよっかー?」

「あ、ああ……頼む」

「はい……よっとッ!!」


 

 俺は油断していた……そうだ、こいつはこういうやつだった……。



 扉をノックすると見せかけて、俺の両手が塞がっていることをいいことに、フィレを巻いていたシーツを勢いよく剥がされた。



(クソッ!! あと一歩だったのに……なに油断してるんだ、俺ッ!!)



 フィレと向かい合うダリルはその目を丸くして、声も出ないほど驚いているようだった。それもそうだ、兵士にとってモンスターは討伐対象。この城にモンスターが侵入したと知られれば、確実にフィレを殺しにかかるだろう……。


「な、なんだよ、それ……」

「え、えっと……お、落ち着け、話せばわかる!!」

「答えろ……レオ……その箱はなんだ……」

「……っ!!」

「その〝妖艶で美しい箱〟はなんだッ!!」



 あ……。

 ま、まさか……かかったのか……魅了(チャーム)に。



『ごめんなさい……この能力は私自身も制御できなくて……』

「……気にしなくていい。すげー面白いから」

『面白い……?』


 狂乱の双剣使いが、トラップボックスに魅了されている光景というものはかなり滑稽に見えた。あのダリル=スコランダーが宝箱をすこらんだーしている姿は、後のも先にもこれが最後だ。しかと目に焼きつけさせてもらうぜ……?


「れ、レオくん……ち、ちょっとでいいから、僕にも抱かせてもらえないかなぁ……」

『ヒェッ……』

「無理だなぁ……」

「そこをなんとか頼むよー。僕とレオくんの仲じゃないかぁ!!」


 ダリルが声を荒げると、俺のうしろにある扉がゆっくりと開いた。そして、冷酷とも言える一言を、ハルデロト城メイド総括、ラッテ=イクシールはダリルに告げる。その目はまさに死神のソレで、ダリルの首には死神の大鎌が突きつけられているかのようだ。



「気持ち悪いです……本当に。ダリル様、なにをしているのですか」



 悪く思うなよ……俺は最初に言ったからな?



 『引き返せなくなる』って──。



 どうか、ダリルの女性の好みが『トラップボックス』にならないように──っと、俺は心の中で祈りを捧げた。

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