スニーカー
「毎日退屈だろう。身元を明かして帰ったらどうだ」
留置人は、へへへと細い顎で笑った。
「帰れというなら帰るが、名前はいえないし、尾行もご免だよ」
また耳のうしろを掻き、掻いた指先をちらりとみた。
「逃げた男みつかったですか」
「いや」
「名前はわかったらしいね。係さんから聞いたけど。時田ナントカ」
「今四朗、29才」
「でも、まだみつからない」
「全国に手配したから時間の問題だ」
「でも、もう三日目だよね」
「まだ三日目だ」
しかし、未だに有力な情報はなく畑中は少々焦っていた。
「ちょっと聞いていい?」
「なんだね」
「前科があったってこと?」
「時田が? いや」
「随分早くわかったね」
「学生運動家で公安が知っていた。似顔絵がよく出来てたからだ」
「タレントに似てたのが時田の不運だな」
「いや、あんたの眼力だよ。これからは似顔絵作りは似ている有名人がいないか、というところから入ることを検討するよ」
「包丁から指紋は」
「あんたのだけだ」
「拭いたんだな。靴あとは室内には」
「時田の? 室内に? なかったよ。脱いで上がったんだろう」
留置人は物憂げに首をかしげた。
「そうかなあというか、やっぱりだな」
「?・・・なにがだ」
「スニーカーさ」
「やつの履いてた靴か」
「ああ、ドアが開いた勢いとあの男が飛び出てきた勢いを思うとね、どうしてあの靴が履けたのかなあと」
「ほう」
畑中は後ろに立っている斎木の顔を見た。
「あれ、いっぺん脱ぐと、俺のこんな広がった靴と違って、簡単につっかけるわけにはいかないのじゃないか」
留置人はベッドの上であぐらを組んでいたが、片脚をおろすとすぐにひょいと持ち上げてみせた。脚にはもう靴があった。
「なるほど」
畑中の眉間にしわが寄った。
「悪いがやってみせてくれないかな」
「実演かい?」
「ああ。たのむ」
「えええー。でもまあ、日当もらってるからな・・・だったら、ここを出たとこの廊下がいいな。資料室だっけ。扉の開く向きが同じだから」
畑中はうなずいた。
「斎木。坂崎さんや兵藤などがいたら来て貰ってくれ」




