捜査本部
「害者の身元」
畑中の主導で捜査会議が始まった。初回とあって立花部長、仙道捜査一課長が中央にいる。最前列から斎木が立ち上がった。
「猪俣路子、F市柵来町五ー二ー一富木コーポ十号室、1年10ヶ月前から居住。同馬場町三ー六、スナック「カタシナ」のママで経営者です。本籍および出生地、群馬県利根郡片品村三番地二ー六。昭和三十九年、1964年生まれ、当年41才。地元の高校を卒業。在校時代から美人として目立つ存在でしたが上京してOLを2年。アルバイトでやっていたコンパニオンで見そめられて、2年半ほど前に急死した元国土交通大臣飛島達治代議士の愛人となった。すなわち亡くなった時に週刊誌などが報道したIさんです」
どよめきが起きた。死後、息子の健一が故人の遺志として多額の慰労金を父親の愛人Iに送ったという記事が、美談風に目隠し入りの顔写真と共に週刊誌に出たことがあった。
「静粛に。逃亡した男について」
やはり最前列にいた兵藤が立った。
「身元が割れました。時田今四朗、28才、元学生運動家、住所不明。写真を出しますが本日、直ちに重要参考人として全国に手配を回します」
プロジェクターに時田の顔写真が出た。今度のどよめきは似顔絵の出来に対する賞賛が半分はある。
「事件前後の時間の確認」
はい、と返事をして田代が立ち上がった。プロジェクターにデータが流れた。
☆三時四十五分ー自称立花がスーパーJJ脇で財布を拾う。
☆三時四十六分ー害者が財布を落としたことに気がつき、自宅から入間南署に電話。受信記録を確認。従い、殺傷事件は少なくともこの時刻以降に起きたということになる。
☆四時〇〇分(推定)ー時田が害者の部屋を訪れる。服装からみて宅配便の配送を装って扉を開けさせたとみられる。一方扉にピッキングの跡があったが、鑑識の精査によれば少なくても二十四時間は経過したものだった。ただし猪俣路子からの盗難届は出ておらず隣人たちも被害があったなどを聞いてないという。あるいは本人も知らないうちに巧みに家捜しをされたのかもしれない。仮にそうだとして目下、その狙いなどは不明。
☆四時〇五分ー自称立花が害者の財布を手にして害者の部屋の前に到着。時田が出てきて鉢合わせ。東側の手すりを越えて畑に飛び下り、畑の中を東側の道路に向かって逃亡。
☆四時〇六分からー自称立花、部屋を覗いて倒れている猪俣路子を見、隣室の主婦住田陽子に救急手配を依頼し、自分は害者の血止めを行う。
☆四時〇九分ー住田陽子119番する。
☆四時十八分ー救急隊および交番巡査到着。
☆四時二十一分ー入間南署、刑事課員到着。
☆四時二十三分ー救急車、害者を乗せて病院に出発。
☆四時二十八分ー財布の中にカードがないことから捜査員が銀行に口座の凍結を要請。
☆四時二十九分ー畑中調査官と本部鑑識が到着。
☆四時三十分ー猪俣路子の死亡が確認。死因は腹部の刺傷による出血死。凶器は害者所有の西洋包丁。
☆四時三十三分ー四時二十三分に何者かが浦和駅前支店においてカードで口座から現金二百万円を引き出したことが判明。
☆四時四十五分ー現場で記者会見を行う。
☆五時十五分――病院で害者の死亡を確認した害者の実弟、猪俣徹三十五才、台東区在住が現場に到着。室内の検分を行う。以上。
「遺留品について」
斎木が再び立ち上がった。
「時田が被っていたとみられる帽子が手すりのほぼ真下、ここに落ちてました。ネームはなし。鑑識が血液などを鑑定中です。自称立花が拾ったという財布は害者が倒れているそばに置いてあり、現金2万3000円と小銭、スーパーJJで和菓子を買ったレシートが入っていました。レシートの日付は同日、1415。和菓子は飛島健一らを接待するために用意したものとみられます。なお害者は3日前から弟とともに自分らが生まれ育った群馬県片品村の親戚宅に滞在しており、当日正午ころに帰宅しました。帰宅したとき隣室の住田充一、住田陽子夫妻と廊下で会ってます。カードは弟の証言によれば、財布とは別の専用の黒革のケースに入れていたということで逃亡者がケースごと持ち去ったとみられます。暗証番号がなぜ洩れたかは不明。その他紛失物については現時点ではあがってません」
立花が目を閉じたまま小さくうなずいた。飛島のいう物品については現品が確認されるまでは伏せておくことにしてあった。飛島側でもそれを希望していた。
――指紋は?
「ドアのノブと包丁にはあきらかに拭き取られた跡があり、その上に自称立花のものがあります。また受話器も拭かれてますが、これは清潔好きな害者自らが拭いたとも考えられます。それから、時田が飛び下りた農地は麦の苗が植えられてあり足跡らしいものはみつかりましたがゲソコンは取れません」
「わかった。次。現場付近の聞き込み」
「はい」
木下と田代が立ち上がった。
「道路の向いの道路に出たところを通りかかった複数の通行人に目撃されてます。それが4時8分ころ。そこから浦和駅前の銀行に23分には到着したとみれば、車を利用した可能性が高いと考えられますので、時田または共犯者の車がどこかに止めてあったと考えられます。同じ時刻ころに浦和方面に慌ただしく飛び出していった車、タクシー、それに乗り込む時田らの姿をみた目撃者を探しました」
「昨日、聞き込みした範囲は地図でいいますと、A、B区分です。現在のところは、さきほどの通行人に目撃されたのが最後で、そのあとの有力な情報はありません。本日以降、犯行同時刻での再聞き込みを行う必要があると考えます」




