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3-12 反省≠反芻





「じゃあねステラ。また明日」

「……ええ」

「何があったか知らないけど、元気だしなさいよ」

「……ええ」

 同僚と別れた私は、ギルドのすぐ傍にある自宅マンションへと戻った。

 鍵を開け、次いでセキュリティー用の特殊ギミックを解除してからドアを開ける。

 すこし持て余し気味の1LDK。

 お気に入りのデザイナーで統一した家具が私を出迎えてくれる。

 出窓からは、夕暮れに染まる町並みが見えていた。

 私は重い足取りでダイニングキッチンを横切ると、寝室へ入り、そのままベッドへ倒れこんだ。

 このままでは制服が皺になる。

 しかし着替えるだけの気力が、今の私にはどうしても出せなかった。


 またやらかしてしまった。


「ああああ」

 自己嫌悪がぶり返してきて、たまらなくなった私はビーズクッションを頭に被せた。

 あれだけ注意していたのに、またあの子の前で説教なんてしてしまった。

 あの時シンゴちゃんが何を思ったかを想像しただけで、とても正気ではいられない。

 きっと……きっと怖い女と思ったはずだ……。

 努力してきたのに。

 今日なんて、わざわざ私服まで用意してイメージアップを計っていたのに。

 すべて水泡に帰した。

 もうおしまいだ。

 ああああ。

 ベッドの上で身悶えた。

 行き場の無い鬱憤が、過去の自分に矛先を向ける。

 どうしてあの2人を放っておかなかったのよ。憲兵にでも任せておけば良かったのに。ああなっちゃうことは予想できたはずなのに。それを分かっていても、ギルド職員としてあの2人の冒険者を放置できなかった。

 自分の職業意識が恨めしい。

 いや、理由はそれだけじゃない。

 私はあの時、『冷静ではいられなかった』。

 だからあの2人に、どうしても一言言わずにはいられなかった……その一言で終わらせておけば良かったのに、何でそこで止められないのよ私のバカアア。ビーズクッションの上からポフポフと頭を叩く。

 せっかくここまで良い感じで来ていたのに。

 ――数週間前。

 シンゴ君のサポート役をジョゼに取られまいと、私は自ら名乗り出た。

 名乗り出たはいいが、でも正直不安だった。

 だって、だってそうじゃない。

 毛布に顔をうずめ、額をこすりつける。

 これまではギルド職員と冒険者という、きっちりとした線引きがあったから、余裕を持ってあの子と接することができた。でもギルドの外でとなると、その「ギルド職員」という心の置き所があやふやになってしまう。まして昼休みに職場を抜け出てカフェで待ち合わせだなんて、そんな、デート……みたいなこと……困る……。

 少し意識しただけで、私の余裕など簡単に崩れ去ってしまった。

 職員としてでなく、素のステラ・ウィリアムスとして、あの子とどう接していいかが分からなかった。

『相変わらずクソがつくほど真面目だな、お前は』

 クラウの幻聴が私を揶揄する。

 しょうがないでしょ。

 そういう性分なんだもの。

『ブヒュヒュ、ステラ様、乙女みたーい』

 ……黙りなさいジョゼ。

 男性に対する免疫が無い、というのも問題なんだと思う。

 幼少の頃からほとんど男の子と接した事がなく、そのまま大人になってしまったため、私の中で『男は何を考えているか分からない異質なもの』という漠然とした苦手意識が出来上がっていた。

 社交辞令なら、いくらでも異性と接することが出来る。

 でもそれがプライベートとなると、何をどうし良いか全く分からなくなる。

 あれこれ考えているうちに気疲れして、それなら一人の方が楽だと今まで逃げていた。

 でも。

 だけど。

 シンゴちゃんは違った。

 むくりと起き上がった私は、無意識にクッションを胸に抱いた。そしてアルバムを捲るように、これまでの記憶を大切に反芻しはじめた。

 勉強会をはじめた当初はぎこちなかった。

 ……ぎこちなかったのは主に私のほうだったかもしれないけど。

 でも回を重ねるうちに、段々と緊張がほぐれていって。

 すこしずつ会話のペースが生まれて。

 気がついたら自然体で話ができるようになっていった。

 そうするうちに……この日が来るのを待ち遠しく思うようになっていた。


 邪魔されると冷静でいられなくなるぐらい、大切にするようになっていた。


 思い返すだけで胸の中がぽかぽかとしてきた。

 いつの間にか回復した私は、そこでふとある事に気付いた。

「あっいけない!」

 慌ててイヤリングを外し、ファンデーションケースに偽装した専用の機器へとコードを接続。丸い鏡に映し出されたその映像を見てホッと胸を撫でおろした。良かった、間に合った。イヤリングには超々小型の高性能念写レンズが埋め込まれており、微量な魔力を送ることでレンズに写った映像を記憶する事ができる。

 ジョゼがシンゴちゃんの部屋に仕掛けていた隠しカメラをすべて破壊した時、いくつかの部品をこっそり持ち帰り……その……そう、部品がもったいないからリサイクルしたのよ。捨てればゴミだけど直せば備品。淑女の嗜みね。

 しかしジャンク品の寄せ集めのため、記憶媒体に問題があり、映像を保存できる時間が短いという欠点がある。落ち込んでいて、そのことを忘れていたのだ。

 他の写真もチェックするが、どれも問題なかった。

 自然と顔がにやける。

 今日も大収穫。

 さきほどまでの陰鬱な気分など一瞬で吹き飛ばし、私は楽しい楽しい現像作業にとりかかった。記憶した映像を、この町で手に入る最上級の紙に現像し、さらに最高度の透明度をほこるクリスタルシートでラミネート加工し、さらに摂氏1500度の溶けた鉄を浴びせても問題なく弾き返すレベルの『表面防護処理』を施して完成だ。

 そうして出来上がった作品からひとつを選び、鼻歌交じりに壁に飾る。

「……」

 上機嫌に動いた手が、そこでぴたりと止まった。

 壁には新しく加えられた1枚のほかに、3枚の写真が飾られていた。

 数ある候補の中から選び抜かれた珠玉の写真だ。しかしそのどれにも自分の姿はない。

 罪悪感が、浮かれていた気持ちに冷や水を浴びせた。

 ……自分がイケナイ事をしているのは分かっている。

 本当はこんな隠し撮りなどせず、シンゴちゃんと一緒に写りたいのだけど……どうしてもそれを言いだすことができない。壁に立てかけていたカバンがひとりでに倒れ、中からごろんと念写機が転がった。どこでも手に入る安価なモノだ。そのレンズが、まるで私を『意気地なし』と叱っているように思えた。

 こんな事シンゴちゃんに知られたら、それこそ本当に終わりだ。

 もしも――


 もしも部屋で勉強するなんてことになったら、急いで片付けなきゃ。


 そう考えた瞬間。

 脳内でスパークが発生した。

 一瞬で思考回路が甘美な妄想に侵食され、目から入る情報が全て遮断され……そして別のモノが脳内に映し出された。

『控えめなノック音』

『普段より少しだけ気合の入れたメイクで出迎える私』

『え? もう、綺麗だなんて、上手なんだから』

『シンゴちゃんを招き入れ、さぁどこで勉強をしようかしら』

『寝室は入っちゃダメ。……だって恥ずかしいもの』

『リビングでお勉強して、そして私の手料理をご馳走しよう』

『口に合うかしら。でもシンゴちゃんは全部食べてくれるの』

『美味しいって言ってくれるの』

『それから沢山お話して』

『それからそれから』







「えっ!?」

 気付けば、とっぷりと日が暮れ、部屋は完全に真っ暗になっていた。

 また『アレ』をやってしまったようだ。

 ……何をやっているのよ私は。

 さすがに自分が情けなくなった私は、はぁとため息をつき、のろのろと立ち上がった。

 カーテンを閉め、部屋に明かりを灯す。そしていい加減着っぱなしだった制服を着替えつつ、チラリと新しく飾った写真を見た。

 この夜が明けたら、シンゴちゃんの初めての任務が始まる。

 安全な場所を通るので大きなトラブルの心配はないだろう。しかし同行するのが、あのトラブルメーカーのリュッカだということが気がかりではあるが。

 いや、大丈夫か。なにせ、『ギルドの資料室に何日も通い、シンゴちゃんに見合う任務を一人でずっと探し続けていた』のだから。

 あれで身内には優しいという意外な一面を知ることができた。

 彼女に任せておけば、まぁ大丈夫だろう。

 がんばってね、と写真に微笑みかけた。

 シンゴちゃんは日々成長を続けている。それも驚くようなスピードで。

 あの子が毎日、どれだけ必死に努力しているかを知る私としては、その成長は心から喜ばしいことだった。しかしその成長を、すぐ傍に立って見守ることが出来ない自分の立場にもどかしさを感じる。

「ねぇ、ここで職を辞めるのは、やっぱり無責任なのかしら?」

 クローゼットの内鏡に映る自分に問いかける。

 もちろん答えは返ってこない。

 職員やサポーターとしてでなく。

 一人の冒険者として、あの子の傍に居たい。そして支えてあげたい。

 この気持ちが、母性からくる庇護欲なのか、それとも別の何かなのか。

 私には分からない。



 でも。

 そんな未来を夢想する回数が増えてきた。





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