3-11 調香師の煩悶
サルラの町にある、有名な香水店。
40年の歴史を誇るその店には、壮年の調香師ただ一人しか居ない。
店内には、ディスプレイ用の香水は置かれておらず、中央にテーブルが1つあるだけ。調香師であり店主でもある彼は、このテーブルで客と差し向かいで話をし、その客が本当に必要とする香りをイメージし、そして世界にひとつだけの香水を作る。
この40年で客の要望に応えられなかった事は一度もない。それが彼の自慢であり、誇りであった。そしてそれを証明するように、彼の名は王都だけでなく、国外まで広く認知されていた。
その彼が――
40年目にして初めての苦境に立たされていた。
カーテンが締め切られた薄暗い店内。
テーブルに両肘をつき、彼は白髪頭を抱えていた。
手元には客の要望書。
そこにはこう書かれていた。
「私に似合う、とびっっっっきりゴージャスでエレガントかつ優美なイ草の香り」
この一枚の紙切れが、彼のプライドをズタズタにしているのだ。
これを持ってきた少女の容姿に合う香水なら、きっと彼は作れただろう。
だが『イ草』というポイントが加わったことで、すべてを台無しにする。
もしこれが冷やかしであったならば、彼はその客を叩き出していただろう。
過去にもそういう嫌がらせ目的の輩はいた。
だがこの紙を持ってきた客は、真剣そのものだった。
情熱に溢れる目で、香りについて話し続けた。
その話に魂を感じた。だから彼は受けたのだが……。
テーブルの上には、4つのアルコールに溶かした状態の試作品がある。
5本目を作るか、それともこの4本のうちどれかを選び、洗練させるか。
期限は明日の日が昇るまで。
タイムリミットは刻一刻と迫っている。
彼の苦悩は続く。




