1-19 終わりと始まり
ふぅ。
短く息を吐き、全身を支配していた緊張を緩めた。
そして僕はM4A1を消滅させる。
念じると、銃身に細かな緑色の亀裂が入り、そして粒子となって手から消えていく。徐々に手から重さが消えていくという不思議な感覚を味わう。
同時にライオットシールドも消去した。
シールドを完全に消したあたりで、鉄砲玉のリュッカさんが戻ってきた。
その顔には、笑顔が咲いていた。
その笑みは、僕を巻き込んだ事に対する申し訳なさなど、微塵も感じさせない物だった。口の端がひくんと吊る。
なにか毒を吐いてやろうと思い、口を開きかけた僕は、
「アンタ、魔力13にしては意外にやるじゃない。見直したわ」
しかしリュッカさんの意外な褒め言葉によって出鼻をくじかれてしまった。
「え、えっと?」
「私が褒めてんだから、素直に喜びなさいよ」
「そ、そうですね。ありがとうございます」
「って、アンタ、怪我してんじゃない」
指し示された箇所を見れば、たしかに左肩がちょっと裂けていた。白いシャツにじんわりと血がにじみ出てきている。最初のハーピーの突進を受けた時に出来た傷だろう。他にも打ち身とかあるけど、目立った傷はこれだけだ。
傷口も深くないので、綺麗な水で洗えばそれでいいかな。
そんなことを考えていると、突然目の前に、赤い液体の入った小瓶が差し出された。
「んっ」
リュッカさんがそっぽ向いたまま、瓶を突き出している。
その意味するところを考えて、僕は目を剥いた。
え、もしかして、これ薬? まさか僕に?
非現実的な光景を前にして、僕の言語野が機能を停止し、言葉が出せなくなる。
あの、あのリュッカさんが?
あの意地汚くてハチャメチャ理論で自分の失敗を認めようとしない性根が螺旋構造の、あのリュッカさんが、僕を気遣ってくれている!?
うそだろ……。
風が吹いただけで儲けてしまった桶屋のように我が目を疑いつつ、確認を取る。
「えっと、それ使ってもいいんですか?」
「ん!」
さらにグイッと瓶を押し付けてくる。
どうやらそういう事らしい。
ちょっと、いや、かなり感動してしまった。そして自分を恥じた。
どうやら僕は、彼女の事を勘違いしていた。
朝食を食われた上に、こんな場所に何の相談もなく引きずり込まれた時は、軽く殺意すら覚えた僕だったが、でも違ったようだ。
彼女はじつは根は素直な女性なのかもしれない。ただ自分の気持ちを素直に言葉や態度で表現できないのだ。そうに違いない。本当に人の気持ちが判らない人ならば、こういう行動を取れるわけがない。
さっきだってそうだ。ちゃんと僕の事を褒めてくれたじゃないか。
そう考えている内に、憎たらしいとしか感じなくなったリュッカさんの美貌も、本来の輝きを取り戻したように見えてくる。
僕は未熟者だ。
そう思いつつ、僕は心をこめて謝意を口にした。
「ありがとうございます」
「もう、いいからさっさと飲みなさいよ」焦れたように言う。
「では、遠慮なく」
僕は薬を受け取り、一気にあおった。
そして盛大に吐き出した。
ニッガーーーーーーーー!
にがい! にがい! にがい! にがい上に熱い舌が熱い!
それになんだこの刺激臭! 鼻がおかしくなりそうだ!
あわてて吐き出し、舌を手ではたく。
「ゴェホッ、ゲホッ!」
そのあまりの苦さに横隔膜がショックを起こし、おもいっきりむせる。
その姿を見たリュッカさんは――
「あーっはっはっはっはーー!」
大爆笑した。
「ゲホッ、ゴフゴフ! ちょ、なんですかこれ! 回復薬ってこんな苦いんですか! こんなの飲めるわけないじゃないですか」
「ハァ? アンタそれ虫除けよ? ってか何飲んでるのよキモッ」
「……」
新たな殺意が芽生えた。
傷薬を5万ルーヴで売りつけようとするリュッカさんを散々罵倒したのち。
僕たちは、報奨金を貰うために冒険者ギルドへと向かうことになった。
ハーピーの死体はここに放置。僕らと入れ違いで洞窟に入っていったギルド職員が、懸賞金がかかった本物かどうかを確認し、おまけにサービスで解体もしてくれるそうだ。……これでもし間違っていたら、リュッカさんには昼食と夕食と今日の宿代をぜんぶ奢らせてやるからな……。
ギルドに到着した僕たちは、視聴覚室みたいな部屋に通され、そこで確認作業が終わるのを待った。
特にすることがなく、退屈な時が流れる。
カッチコッチと秒針の音がやけに響く。
やがて沈黙に耐えられなくなったリュッカさんが口火を切った。
「暇ね」「ですね」
「何かしゃべりなさいよ」「な――」
「『何か』って言ったら殺すわよ」「な――なんきん」
「ナンキン? 何よそれ」「えっと、リュッカさんの顔に似ている植物です」
「……もちろん花の名前よね?」「いいえ、握り拳みたいにゴツゴツした野菜です」
「やっぱアンタ殺すわ」「カンベンしてくださいよナンキンリュッカさん」
「くっつけるな!」「ははは」
「……チッ」「……はぁ」
「……」「……」
「暇ね」「ですね」
しばらくして、メガネをかけた色白の職員が結果を告げにやってきた。
僕たちが始末したのは、間違いなく賞金のかかったハーピーだった。
それを聞いてホッと胸をなでおろす。
そして驚きだったのが懸けられた賞金額。なんと金貨10枚という大金だったのだ。
金貨というと1枚が10万ルーブだから……。
100万!? ひゃくまんえん!?
おまけに今回は特例で一人ずつに渡されるため、二等分にする必要が無い。素敵!
これにハーピーの買取金が上乗せされるから、もう、文句なく大成功だ!
が、しかし、ここで新たな問題が発生した。
「大変申し上げにくいのですが……」
メガネの職員が恐縮しながら僕に告げてくる。
僕にはその賞金を受け取る権利はないそうなのだ。賞金を受け取れるのは、あくまでギルドに加入した冒険者のみとされている。
もちろん僕は部外者だ。
重い息を吐き、がくんと肩を落とす。
ハーピーの買取金があるから完全に無駄足じゃないわけだし、と諦めて納得しかけていたら、
「どういうことよ!」
リュッカさんが、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
そして鬼のような形相を浮かべて職員に詰め寄っていく。
「こいつの何が気に入らなくて冒険者の採用を見送ったのよ!」
「いえ、ですから規定で」
「規定ぇ? もしかしてあの数字のこと? バッッッッカじゃないの!!!」
火を吐くような勢いで怒鳴りつける。
鼓膜を叩きつけるようなその迫力に、思わず体に力が入ってしまった。
その聞いているだけで肝が縮みそうな怒声を、真正面で浴びているメガネの職員は、可哀想に、顔が青を通り越して真っ白になっていた。
恐怖で震えすぎていて、掛けているメガネが今にも落ちそうだ。
「で、ででですが、ギギギルドの水準をををを満たしておりませんのでででで」
「黙れ!」
「ひいい!」
「そんなだからアンタたち冒険者ギルドはダメだって陰で笑われてんのよ! 自覚あんの? そうやって見せかけの数字しか見ずに本質を見ないから、いつまでたってもその者の本領を見抜けないのよ! だから有能な人材を取りこぼしまくってんのよ!」
す、すごい、リュッカさんが筋の通ってるっぽいことを喋っている!
いや、というか今、聞き捨てならないこと言わなかったか?
もしかして有能な人材って……僕のこと?
口を挟むことが出来ずに黙っていると、リュッカさんは一度フンッと苛立たしげに鼻を鳴らすと、椅子を戻してドカッと座りなおした。反対に職員は、縛り首に掛けられたように直立したままプルプル震えている。
「もういいわよ。たしか推薦状とかあったでしょ、あれ書くから持ってきなさい。この私が推薦するんだから、こいつも今日から冒険者ギルドの一員よ。それだと文句無いわね!」
「……」
「文句があるのか無いのかって聞いてんのよ2つ目の口を頭に開けるわよ!!」
「ひ、ひゃい、あり、ありません!」
「だったら10秒で書類を取ってきなさい! あとお茶とケーキ! まったく気が利かないわね」
「ひ、ひ、ひぃぃいい!!!」
職員は、熊に遭遇した登山者のような形相で飛び出していった。
えーっと。
展開に置いてけぼりだったが、これってつまり、僕もギルドに入ることになるの?
いや、というか、僕のためにリュッカさんは本気で怒ってくれたのか?
そんな人情に厚い人だったの?
何と言えばいいか分からず、リュッカさんを見ると……、
「安心しなさい。アンタは今日からギルドの人間よ。この私が推薦するんだから、誰にも文句なんて言わせないわよ」
力強く言い切る。
そして、まるで美しいバラが、その花びらをゆっくりと開かせるように、艶やかに微笑みかけてきた。窓から差し込む陽の光りが、彼女の黄金の髪を、彼女の横顔を、煌びやかに照らし出す。
その美しさを前に、僕は………………………………特大級の胡散臭さを感じた。
「言い忘れてたけど、推薦料として100万ルーブ貰うわね?」
ほらね。
こうして金髪モンスターペアレントのおかげで、僕は無事、冒険者ギルドに登録することができた。
異世界での第二の人生において、間違いなく大きな一歩だといえる。
だがそこに感動もへったくれもなかった。
ちなみにリュッカさんは、本当に僕の金貨を、職員が渡す前にぶんどりやがった! 信じられない! この三途の川原の奪衣婆め!
「まいどどーもー」
アハッと可愛らしく笑う、クソむかつくリュッカさん見ながら……。
そこでふと疑問に思った。
彼女は本当に金貨10枚が欲しくて、推薦状を書いたのだろうか?
なんか、それだけで説明がつくような雰囲気じゃなかったような気がする。
あとさっきのハーピーの戦い方も。あれってワザと――。
まぁ、この人の思考は常人には理解できないから、考えるのはやめよう。
どうせリュッカさんだし。
運ばれてきた僕のケーキをムシャムシャ食べている人に、冷ややかな目線を送る。
それでも一応はお世話になったわけだし、ちゃんとしておくか。
はぁと息を吐き、僕のお茶でケーキを流し込んでいるリュッカさんに声をかけた。
「リュッカさん」
「なによ」
「推薦してくださってありがとうございます」
真面目な顔で、キチンと頭を下げた。
文化圏が違うからお辞儀というものが理解されないかもしれないが、込められた誠意は届いたはずだ。
「……」
リュッカさんは何も言わず、フンッと鼻を鳴らしてそっぽ向いた。




