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1-18 リュッカの用事





 翌朝。

 静謐に包まれた朝の爽やかな時間は。


「いつまで寝てんのよバカッ!」


 この爆竹のような怒声でもって破られた。

 ノソっと起き上がると、ベッドの足元にリュッカさんが仁王立ちしている。

 えっと、なんでこの人ここにいるんだ?

 彼女の隣。部屋の入り口には、オーナーがすまなそうな顔をして立っていた。よく見れば、オーナーのシャツの、ボタンの上2つが取れかかっていた。セットした髪もすこし乱れている。もうそれで、だいたい何が起こったのか察した。

「で、何の用ですか、こんな朝早くから」

 ふぁぁと欠伸をしながら聞くと、リュッカさんの目尻がギュンッと吊りあがった。

「何の用ですかじゃないわよ用事があるから同行なさいと昨日言ってたでしょっていうかアンタ昨日は何勝手に帰ってんのよバカそのまま永眠させるわよ何でけっきょく私がアンタを探さなきゃいけないのよバカ!」

「えーっと、寝起きなんで頭が上手く回らないんです。手短にお願いできますか」

「用事があるからさっさと起きなさい!」

「……僕、承諾しましたっけ?」

「したわよ!」

 そうだっけ?

 うーんと頭をひねっている僕を、苛立たしげにリュッカさんは急かす。

「もういいからさっさと着替えなさい。すぐ出発するわよ」

「えぇ~」

 布団で顔の半分を覆い、ベッドの中でぐずる。

 うるさいなぁ。朝からギャンギャン言わないでよ。それに、

「僕まだ朝食があるんですよ」

「んなもの、さっき私が食べたわよ」

 刹那、蕩けていた僕の顔が、冷水を浴びたように引きつった。

「……うそ……うそでしょ?」

「ほら、さっさと立ちなさい。行くわよ」

 無理やり腕をつかまれてベッドから引きずり出され、首にカバンを引っ掛けられ、強引に立たされる。

 そして僕は見た。

 すぐ近くのテーブルに、食い散らかされた跡。

 綺麗な銀色の皿には、死体現場のようにソースの痕跡がついているだけ。

 僕の朝食が……昨日オーナーが言っていた……果物のソースがかかったクレープが。

 僕の素敵な朝食が……。

 呆然とする僕の襟首を、リュッカさんはクレーンのように持ち上げる。

 抵抗する気力のないまま、僕は引きずられるようにして宿を後にした。





 眠気が完全に抜けた頃。

 なぜか僕は洞窟の中に居た。

 町からすこし歩いたところにある岩場。そこには人目から隠れるようにして、小さな洞穴がぽっかりと口を開けていた。

 入り口は小さいが、中はドーム状になっており、思った以上に広い。

 天井も5m以上ある。

 見上げると、所々に裂け目があり、外の光りが細く降り注いでいる。ぱらぱらと砂が落ち、それを朝日が反射していた。

 洞窟内は、外よりも若干肌寒い。

 湿度が高いためか、空気が肌にまとわりつくようで不快だった。


 そしてその洞窟内に、十数匹の鳥のバケモノいた。


 ハーピーだ。ゲームや漫画で何度か見たことがある。

 老婆のような顔が、ハゲタカの首とすげ変わっている。その猟奇的なデザインが、見ているだけで心をざわつかせる。

 サイズは成人女性ぐらい。

 ハーピーたちは現在お食事中らしく、どこかから攫ってきた牛を食べていた。

 足に大きな鉤爪を持っており、牛の首をやすやすと切断していることから、相当な切れ味と握力を持っているようだ。

 その凶暴な食事風景を、僕とリュッカさんは岩場の陰に隠れて観察していた。

 えーっと?

 僕はこんなサファリツアーをリュッカさんに予約した覚えは無いんだけど。

 無言でリュッカさんに視線を送ると「つまりそういうことよっ!」というドヤ顔が返ってきた。どいうことなんだよ。説明不足過ぎるんだよ。

 説明を待っていると、やがてリュッカさんはヤレヤレと首を振った。

「アンタに状況を察するぐらいの知能があると期待した私がバカだったわ」

「そうですねリュッカさんはバカですね。じゃあ説明お願いします」

 チッと舌打ちしたリュッカさんは、乱暴な口調で説明をしてくれた。

 あのハーピーたちは、何度か街道を通っていた旅人を襲ったそうだ。そして数日前、ギルドはハーピーに報奨金を懸けた。

 それを知ったリュッカさんは、昨日のうちに農場から攫ってきた牛を餌にして罠を仕掛け、ハーピーたちを洞窟におびき寄せたというわけだ。

 つまり牛泥棒のリュッカさんは、これからハーピーを狩るから、僕に手伝えと言っているのだ。

 そういう話を現場でするやつがあるかよ。

 あと窃盗であなた捕まりますよ?

 呆然としている僕を尻目に、説明し終えたリュッカさんは、

「じゃあ後はまかせたわよ」

 こっちの了承も得ないまま、飛び出していってしまった。

 ちょっと待って! という暇さえなかった。

 ハーピーとの距離は100mほど。

 その間合いを、リュッカさんは一気につめる。早い! でこぼこだらけの洞窟内を、まるで障害物の無いトラックのようにスムーズに走っている。おまけに短距離ランナーのようなスピードでだ。重い鎧を着ている人間があんな早く動けるのかと驚く。

 差し込む細長い光を浴びて、リュッカさんの金髪が燐光をまとう。その様はまるで、放たれた黄金の矢が、鳥めがけて飛翔するような美しさがあった。

 リュッカさんは腰の剣を抜き、勢いそのままに一閃させる。

 だがハーピーたちはリュッカさんの接近をいち早く察知しており、その剣先が届くより前に空中に逃れていた。

 リュッカさんは、その場で一度身を低くすると、砲丸のように飛び上がりハーピーに切り掛かろうとする。しかしこれもスルリと躱されてしまう。ちょっと待って今3mほど飛ばなかったか? 本当にどんな身体能力してるんだよ。

 この世界の剣士は、皆あんなことができるのか?

「この、卑怯よ! 降りてきなさい臆病者!」

「キャハハハ」

 ハーピーは翼を広げるとかなり横幅があるが、ツバメのように素早く急旋回を駆使し、リュッカさんを翻弄していた。『動きが目立ち』すぎて、読まれてしまっているのだ。

 あの、完全におちょくられていますよリュッカさん。

「ヒィヤ!」

 そのときハーピー数匹が奇声を発しながら、片翼を扇のように振り、何かダーツみたいなものを放った。

 羽だ。羽ボウキほどもあるサイズの羽を投げつけたんだ。

 ハーピーが放った複数の羽は、空気を裂きながら、リュッカさんへと襲い掛かる。

 咄嗟にリュッカさんは剣を電光石火で振るい、羽を撃墜する。しかし一本がその剣筋の隙間をすべりこみ、腕のむき出しの部分に刺さった。

 いや、刺さったといっても、羽の先をセロテープで止めた程度だけど。

「うぇー、汚いわねぇ」

 リュッカさんは苛立たしげに眉根を寄せると、羽を払い落とす。

 あれ、そんなものなの? 

 拍子抜けするような威力だった。

 ハーピーの羽攻撃は続くが、体に刺さってもリュッカさんは気にも留めないで攻撃を続け、たまに埃のように払い落としている。ダメージがあるとはとても思えない。

 なんだ、あの羽って見掛け倒しなのかと思った矢先。

 一本の流れ弾が、僕のすぐ近くに刺さった。

 トスンッという気のない音とともに、羽の半分が岩肌にめり込んだ。

「……ひぃ」

 一気に青ざめ、あわてて頭を低くした。

 ちょちょちょっと、メチャクチャ威力があるじゃないですか、あの羽! 

 こっちは今だ防具「布の服」ですよ。あとリュッカさんどんな防御力してるんですか!? 刺さったの生身でしたよね!?

 そう驚いているうちに、まずいことになってしまった。

「ちっ、やばい」短く舌打ちする。

 頭上を旋回しているハーピーの一匹に見つかってしまったのだ。

 血で汚れた老婆の顔が、ニタァと醜く歪んだ。

 背筋に電流が走る。

 そのハーピーは一度天井あたりまで上昇すると、天井を足で蹴り、ドルフィンキックの要領でターンして僕目掛けて急降下してきた。

 そして僕の手前あたりで、ハーピーはくるんと縦回転すると、その鋭い鉤爪を僕に向けて突っ込んできた。まるで角を突きたてようとする猛牛だ。

 もちろん僕に逃げ場は無い。

 ハーピーの衝突をまともに受け、後ろに飛ばされるような格好で倒れた。

 ざりざりと背中を擦りながら地面を滑る。

 だが、ハーピーの鉤爪が、僕の体に届くことは無かった。

 倒れた僕と覆いかぶさるハーピー。

 その間をキッチリと遮断するように、ライオットシールドが存在していた。

 衝突するまでのわずかな時間に召喚し、左腕に装着、そして防御したのだ。衝突のエネルギーはどうすることもできなかったが、爪は完璧に防いだ。

 透明な壁越しに、僕とハーピーは睨み合う。

 その瞬間、僕の中でアドレナリンが爆発した。

 僕はすばやくベレッタM92Fを召喚。

 弾は満タン。薬室に初弾は装填済み。あとは引き金をひくだけ。

 ライオットシールドを変形させ、銃口を突き出す。

 まだ僕が何をしているのか判らないのか、ハーピーは気味悪い顔をかしげていた。

 顔は人間でも、脳みそは鳥なんだね。

 睨みつけたまま、僕は引き金を2度引いた。

 寝転がった体勢で狙いづらかったが、距離が近かったため、2発の銃弾はハーピーの胸部をしっかりと捉えた。

 ハーピーの背後で、羽と血がバッと飛び散る。

 射出口(銃弾の出口)から、折れた肩甲骨が飛び出していた。

 皺だらけの口から血が吐き出され、透明なシールドの上にビシャッと飛び散る。

 支えを失い傾きかけたハーピーの体を、僕は下から蹴り飛ばし、すばやく起き上がってトドメの1発を放つ。

 心臓に当たったのかはわからないが、命中して出来た弾痕から、霧のような血しぶきが吹き上がった。

 合計3発でハーピーを仕留めた。

 残弾数は5発。まだまだ余裕がある。

 洞窟内を反響した銃声に、残りのハーピーたちが一斉にこちらを見る。

 そしてハーピーたちの顔が見る見る歪んでいった。

 どうやら仲間の死に怒りを表したのだ。

 仲間意識があるようだ。それもかなり強く。

 ここで僕は、あることを閃いた。

 思いついたら即行動。

 僕は足もとに転がる死骸をつかみ、やつらに見せつけるように掲げると、その頭を、ためらい無く吹き飛ばした。

 ピンク色の肉片が、ビシャリと岩肌に飛び散る。

 反応は激烈だった。

「ギイィィァァア! ギイィィァァア!」

 ハーピーたちは甲高い声を発し、顔の中心に皺を集める。よしよし、いい感じ。

 僕は仕上げに、もうひと手間加えることにした。

「僕の名前は拝真悟だ!」

 洞窟内を、僕の声が朗々と響き渡る。

「貴様らの仲間を殺したのはこの僕だ!」

 言って、首のない化け物をほうり捨てる。

 その際、ちらっとリュッカさんに視線を送る。

 僕の意図が通じてくれたらいいんだけど。

 最後の締めくくりに、僕はより大きく声を張った。

 まるでムービースターのように、カッコよく決める。


「拝真悟は逃げも隠れもしない! 仇を討ちたければ、尋常に勝負しろ!」


 まるで時代劇だ。

 内心苦笑しつつ、でも、とても気持ちがよかった。

 ハーピーたちは一斉に方向転換し、僕に向かおうとした。狙い通り。

 そしてその隙を、

「どこ見てんのよクソ鳥!」

 リュッカ・フランソワーズが見逃すはずが無かった。

 壁を蹴って跳躍し、まず一匹目のハーピーの胴体を両断。すかさずもう一匹の足をつかむと、隣に居るもうハーピーに投げつけた。

 そして錐揉みしながら落下するハーピーを、その体が地面につく前にズタズタに切り裂いた。地面に肉片が散らばる。

 リュッカさんはさらに跳躍し、反応の遅れた一匹に、下から掬い上げるように逆袈裟切りを見舞う。斜めに切断面が生じ、上半身が天井ちかくまで飛ぶ。さらに壁を蹴ってピンボールのように跳躍し、2匹いるところに急接近。一匹の胴を両断し、もう一匹には飛び後ろ回し蹴りの要領でカカトを顔面に叩き込んだ。蹴られたハーピーの頭がボールのように千切れ飛んだ。

 凄まじい光景だった。

 その容赦のない斬撃に思わず笑いそうになる。よっぽど腹を立てていたのだろう。

 とにかく意図したとおりの展開になって、ほっとした。

 ハーピーたちの間に、明らかな混乱が生じている。

 その隙を逃さず、僕も迎撃態勢を整える。

 昨晩、町の外で訓練したことを、さっそく実践で試してみることにした。

 僕は拳銃を消滅させると、その場にしゃがんで片膝立ちの姿勢をとる。

 これはニーリング(膝射)と呼ばれる射撃姿勢で、立って撃つよりも姿勢が安定するので、命中精度が上がるのだ。

 次いでライオットシールドを変形させ、地面に固定する作業に入る。

 地面に水が染みこむように念じると、ライオットシールドの先が同じように地面に染みこんで行き、やがて溶接されたようにガッチリと固定される。

 シールドをつま先で蹴って固定具合を確認しつつ、僕はカバンから魔法薬を取り出すと、蓋を噛み千切り、口端に咥えた。

 刹那、目の前で羽が衝突し、白い飛まつが散った。

 ハーピーの羽が何本か投げつけられたのだ。しかしすべてシールドが弾き返した。びくともしない。当たり前だ、僕の銃弾すら跳ね返す盾が、羽ボウキごときで通せるものか舐めるなよ。

 僕はほくそ笑みつつM4A1を召喚した。

 襲い来る不快感。そのタイミングに合わせて僕は首を傾けるようにして、魔法薬を一口飲んだ。腹の奥から湧き上がってくる不快な波が一瞬で引いた。

 正常な状態を維持したまま、僕はさらにシールドを変形させて横長の開口部をつくり、M4A1の銃身の半分をその穴に通した。

 こうすると、まるでハンヴィーの銃座にいるような気分になる。

 立てた左足の膝に、銃を支えている左腕のひじを乗せる。

 これで完成。

 10秒にも満たない時間ですべての作業が完了した。上出来だ!

 最後に背中を丸め、紐で縛るように脇を締めた。

 銃との密着度がさらに増す。するとまるで、自分が鉄の部品が組み合わさってできた、1つの機械になったような気分がした。

 ハーピー数匹が、羽が通用しないことを理解したのか、先ほどの突進攻撃の予備動作に入る。天井を蹴って突っ込んでくるアレだ。

 こっちの準備が終わってから作戦変更かよマヌケ。

 距離50m弱。楽勝だ。

 僕は天井へ上昇しようとする一匹の胴を、M4A1で撃ち抜いた。

 拳銃弾とは明らかに違う反動が、僕の右肩をガツンと叩く。ニーリングのおかげで銃口が跳ね上がることはかなり軽減された。

 弾丸は命中。撃たれたハーピーは、ピンク色の長い臓器をこぼしながら落ちていく。トドメは後だ。

 僕は続けざまに、同じ動作をしていたハーピーに狙いをつけて引き金をひく。

 ハーピーの左肩あたり命中。弾は羽の付け根ごと吹き飛ばす。飛べなくなったハーピーは真っ逆さまに落ちて行き、頭から地面に激突した。ゴキンッという音が響き、首が明後日の方向を向いていた。

 リュッカさんの位置を確認し、射線を絶対に被せないようにしつつ、単発射撃を繰り返す。狙い、撃つ、狙い、撃つ。

 単純作業に心が麻痺していく。

 気づいたときには全て終わっていた。








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