↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~さようならロン、またあう日まで~ (中学校編)  作者: 湖灯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/116

   ~それぞれの進路1~

「ちょっと伊藤くん!」

「なっ、なんだ?」

 私は伊藤くんの手を引っ張って、建物の裏に回る。

 意外にも伊藤くんは何の抵抗もせずに、私に引かれるままついてくる。


 裏に回って伊藤くんを見ると、なにか期待しているように顔が妙に、にやけていた。

 まずはこれまでのことのお礼を言ってから、本題に入るまえに私の言うことをちゃんと聞き入れてくれるかどうか確認しておいた。 でないと、伊藤くんのことだから格好をつけて最後までやり抜く、なんて言いかねないから。

 伊藤くんは素直に分かったと言ってくれ、私は本題を話し始めた。


「えーっ! な、なんで辞めなくっちゃならないんだ!? 俺は最後までやるって!」

「だめよ。ちゃんと受験勉強しないと」


「じゃあ、鮎沢は、どうなんだよ!?」

「わ、私は、……伊藤くんの第一志望校なら既に合格圏内よ。伊藤くんは、どうなの?」

「お、俺は」


 相模風っ子文化祭、小・中学校音楽発表会が行われる前の週に、進路に関する三者面談があった。

 当然伊藤くんは、そこで担任の先生に絞られているはず。

 それでも伊藤くんは県立に落ちても、私たちと通った小学校のすぐ近くの私立に行くから問題ないと言ったので既に進路を決めている美緒や桃子たち西中の吹奏楽部のメンバーが多くいく高校にいっしょに行って仲間たちを引っぱっていってほしいと伝えた。


 伊藤くんは俺にはそんな力はないときっぱり言って、そんなに俺たちのことが心配だったら私も志望校のランクを落として同じ高校に来てくれればいいじゃないかと言ってくれた。

 伊藤くんの言葉はとてもありがたかった。

 けれども今はまだちゃらんぽらんで演奏も特別秀でているとは言えないレベルだけど、伊藤くんの勇気や大胆さや人を思いやる気持ちと真面目に練習を続ける姿勢、それに何よりも場の雰囲気を素早く察知していい方向に導く能力と、お調子に乗って大失敗しても憎めないキャラは私なんかよりずっとリーダーになれるはずだからみんなのためにがんばってほしいと伝えた。


 伊藤くんは褒められたのか、けなされたのかわからないが、鮎沢がそこまで言ってくれるのなら真剣に頑張ってみると言って引退を承諾してくれた。


 伊藤くんがポンと私の肩を叩いて「これまでありがとうな!」と去って行くとき、私はその後ろ姿に「待って!」と声をかけて、いま言ったことはなしにしたいと伝えたかった。

 小学校で六年間間、そして中学で三年間いっしょに過ごしてきた楽しい仲間たちがなぜ高校で違う道を歩まなければならないのだろうと思い、伊藤くんの背中が建物の端から消えたとき私は急に寂しさと哀しさに包まれて泣いてしまった。


 三者面談では私もさんざん言われた。

 伊藤くんに偉そうに言えるような立場ではない。

 だいいち私は志望校さえ決まっていない。

 お母さんからは、がんばって兄の通った横浜の県立に行ったらどうかと進められていたが、兄や江角くんのように賢かったら問題はないのかもしれないが、受験勉強をがんばって入学できたとしても、高校でも吹奏楽部を続けながら授業についていける自信は全くなかった。

 先生からは早苗と同じ橋本の普通科と音楽科のある県内でもわりと上位に入る県立の進学校はどうかと聞かれたが、普通科と音楽科に分かれているところと県立というところが私には逆にネックとなっていた。


 ふつうに勉強しながら吹奏楽もがんばりたいし、吹奏楽部で何かやりたいことを思いついたとき公立だとまたこの前のように職員会議で他の学校との協調が取れないとか、小学校との連携や教育委員会の承認とか厄介な問題になってしまうのも嫌だった。


 音楽系の付属高校も周りとライバル関係になりそうで怖いので行きたくはない。

 別に自分が頂点にいたいわけではないけれど、ふつうに頑張っている姿を他人からそう見られてしまうのも嫌だから。

 音楽家になるために努力するというスタンスではなく、ただ単に吹奏楽を最高のレベルで楽しみたいというのが私の本音で、そこにあるのは音楽だけじゃない普通の高校生であることが基本。


 おそらくこれは私が幼い頃に見た秋子お姉ちゃんから受けた印象が強いのだと思う。

 秋子お姉ちゃんは日本でもトップと言われるほどの超有名な芸術大学の付属校から芸術大学に進んだエリート。

 だから絶対に普通の人がする努力とは違った、もっとすごい努力をしていたはずなのに、普通の高校生のようにのんびりと私と遊んでくれていたし、音楽もいつも楽しく私のペースで教えてくれていた。

 おそらく天才だったんだろうな。


 そう思っていたとき、血相を変えた里沙が走ってきた。

 なにかと思えば、第一声が「振ったの!?」だった。

 何のことかわからないで聞くと、私を探していた里沙が伊藤くんを見つけて私の居場所を聞いたとき、伊藤くんがしょげた顔をして教えてくれたからだと言った。


 もう里沙はすぐに何でも恋バナに持って行こうとするので困る。

 私は伊藤くんと話したことを伝えると、里沙はガッカリしていた。

 話のついでにこの前の三者面談で志望校がまだ決められないでいることを愚痴ると、里沙もそのことで落ち込んだと言った。


「難しいよねー、この決断がもしかしたら一生を決めるかもしれないと思うと」

「そうよねー」


 同調してくれる里沙にはありがたいが、私はある事に気がついて聞いてみた。


「里沙は、もうソフトボールでの推薦入学が決まっているんじゃないの?」と。

 私の問いに里沙は悪戯っぽく笑って答えた。


「全部、ことわったよ」と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。