第四十三話
散々な目に合った軍議の翌日である。
約半日で纏めた案である為、色々と検討不足な箇所や抜け・漏れもあるだろう。しかし、このまま今日はぶつけるともりだ。籠城戦に持ち込もうとするのは徳川の差し金かもしれないが、僕の対応策に反対する為にはそれなりの理屈も必要であろう。ならば、敵がわざわざ僕の策の弱点を指摘してくれるという訳だ。今の状況が底で、これからはよくなる一方と前向きに考える事にした。
ぞろぞろと出席者が入室し、着席した。ここからが本番だ。
「皆さん、昨日は失礼致しました。早速ですが、籠城戦の計画について説明させていただきます。皆さんの忌憚の無い御意見をお願い致します」
僕は一礼して、話を続ける。
「まず、現在掘り進めた落とし穴ですが、敵の一次攻撃の際には内側だけで落とす様にします。外側の穴の上部に補強して騎馬で通った際にも落ちない様にします」
「何故だ?一度でどちらも使えば、敵の被害は大きくなるだろう」
「その通りです。しかしながら、敵の二次攻撃の際には、落とし穴の位置が明らかになっている訳で、恐らく敵は対策を整えるでしょう。だけど、一次攻撃で内側だけを使えば、予期せぬ位置に落とし穴があることになり、二次攻撃でも有効です。更に『更に外側に落とし穴があるのではないか』という疑念が生まれ、三次攻撃を遅くする事が出来ます。以上により、落とし穴の活用方法としてどちらが良いかは、明らかです」
ここで全員の顔を見回す。何か反論を試みる人間はいないかを確認したが、特にいないようだ。
「敵側の一次攻撃、二次攻撃の際に、我が軍の騎馬兵は内側の落とし穴の更に内側となりますので、投入できるのは一千騎から二千騎と思います。これ以上配置するなら騎馬の機動性が失われ、歩兵を出した方がましという状態になります。守備兵をほぼ歩兵にしたら、あからさまに何等かの罠があると思わせるのでしょうから、有効とは思われません」
「ならば、どうやって籠城戦で勝つつもりなのか?」
「一次攻撃、二次攻撃の際には、城壁を盾にした銃撃が主力となります。ここでは、銃弾の在庫の事も考えずの総攻撃です。但し敵方の将兵の狙いは、騎馬なら馬を、歩兵は足を狙っていただきます」
「それにどんな意図があるのだ?」
「簡単です。死体は踏み越えて兵は進みますが、負傷兵となると話は別です。特に我等は城に籠っているのですから、彼等は負傷兵を何とか助けようとするでしょう。そこを狙い撃ちにして、更に重傷者を増やしていきます」
「随分と卑怯な作戦だな」
「戦とは本来、殺し合いです。それを殺さずにいてあげるのですから、優しい手段だと思いますよ。それに、最初に戦うのは外様大名だと思いますので、我々の真の敵ではありません」
「じゃあ、真の敵とは?」
「勿論、我々が戦うべきなのは、大御所であり幕府の軍です。外様大名達は状況が変わったら、我々側に寝返る可能性のある勢力です。無闇に殺すと、将来的な味方を減らす事になります」
「確かにそれはそうだな」
「我々としては、城外一面が敵の負傷兵であふれている状態が理想です。可能ならば、看病してもいいと思います」
「それはあまりにも戦の常道から外れているのではないか?」
「外堀も内堀も埋められて、相手はいくらでも兵を補充出来る事を考えれば、これくらいおかしな作戦で無ければ、とても勝てません」
「我々に勝ち目はあるのですか?」
「勿論、我々は勝つ為に戦う訳です。しかし、これらは負けない為の作戦であり、勝利の為には又別の策が必要となります。そもそも、我等が勝つ為にやらなければならない事は何でしょうか?」
僕は再度全員の顔を見る。答えようとする者がいなかったので、続けて話す。
「我々が勝つ為には、大御所並びに将軍を倒す必要があります。しかし、彼等の本陣は大坂城より、一定程度の距離を保って布陣するでしょう。そうなると、大坂城より出陣して彼等の陣に取り付く前に、他の軍が妨害して来るでしょう。他の藩や軍の妨害を止める為に、新たに調略を開始します。何分にも直前ですので、大盤振る舞いが必要になります。戦わないでいてくれたら今の石高の5割増、裏切ってくれたら倍増くらいの条件で各藩を誘っていこうと思います。この戦いに勝てば、幕府、駿府、御三家、親藩、譜代取り上げられる石高は関ヶ原の比ではありません。敵勢力の3分の1を裏切らせる事が出来るならば、戦力比は一対三から二対二となり、ようやく互角の勝負が出来る事になります」
「だが、三分の一もの勢力が実際に裏切るか、ちょっと考えが甘くはないか」
「その点については、懸念しております。そこで裏切りやすい条件を整えようと思っております。例えば、我々に裏切る旨の連絡は不要とし、終戦時の態度で確認する事とするというのはいかがでしょうか?
これならば、緒戦で我等が優位に立てれば、雪崩を打って裏切るかもしれません」
「しかし、覇業を成すべき豊臣が、敵の裏切りを期待する、というのはいかがなものか」
「それを言うなら、今の幕府も関ヶ原でやった事を思い出して下さい。太閤様の係累を裏切りの駒に使っていたではないですか。我等が狙っているのは外様大名。そもそも豊臣配下の大名達です。どこに問題がありますか?」
「しかし、それだけやっても五分という状況か、どうやって勝つつもりなのか?練兵はしたとしても、緒戦は浪人の集まりだけに、大御所・将軍との決戦においては不利ではないか?」
「その点については、策はあります。大御所・将軍の軍勢を少しでも削る事に策を用います。まずは、父上、真田信繁に三千程の兵を率いて、将軍と対峙していただきます。二代将軍は関ヶ原に遅参した恨みを真田に対して抱いている為、ちょっとした挑発でも激怒し兵を出す事でしょう。三千の兵で、五千人とか一万の兵を引きつけていただければ、兵の数では我々が上回る事が出来ます」
「将軍ともあろう者が、真田の見え見えの挑発に乗るだろうか?」
「それはまだ時間もありますし、これから僕も考えたいとは思いますが、基本的には父上にお任せしたいと考えております。僕は上田での戦いを経験しておりませんので、何が将軍の逆鱗なのかがわかりませんので」
「成程のぉ。それについては真田信繁殿でしかわからぬか・・・」
「決戦においては、第一次として大御所・将軍の軍勢よりも若干少ない数で出陣する事になります」
「何故だ。数で上回る状況になれば、全軍で押し潰せばいいのではないか?」
「兵の数が同数ならば、練度に勝る敵の方が勝つでしょう。数が多少上回ったとしても、状況は変わらないと思います。それにいざ幕府に勝てるとなると、浪人衆達は我先に大御所・将軍を殺そうと殺到するでしょう。それでは軍としての機能を喪失しますし、敵の罠に引っ掛かる危険性も増します。ここは兵を選抜して二千程度の別動隊を二隊編成して、大御所と将軍に差し向けるのがいいと思います」
「・・・それはいいだろう。だが、その二隊は誰が指揮するのか?大御所と将軍の首を取るんだ、その功は、並外れたものになるだろう。つまり、ここでの関係を一変させる様な」
場の雰囲気が一変した。大御所や将軍の首を取れば、少なくともで豊臣政権での地位は秀頼公の次、二番目までは上昇する筈。その座に就くのは俺だ、という思いが蔓延している。僕はその雰囲気を無視する事にした。消極的な籠城戦で縮こまっているより、大御所を将軍を倒すという気概に満ちている方がまだ健全である様な気がするのだ。
「それについては、直前までの戦功で決めませんか。戦功が第一位の者と第二位の者が別動隊を指揮するという事でいかがでしょうか」
これで戦いが優位に推移している限り、戦意をなくす事はないだろう。
僕は話を続ける事にした。




