魔法闘士
暴行、傷害、殺人などの暴力犯罪というものは、魔法による自衛が浸透していても変わらず相変わらず防ぎきれるものではない。
そして超常的なチカラが存在しない世界でも栄えているように、この世界でも自らが持つチカラを比べたい人間というのはもちろん存在していた。
この日、ミロクがテレビモニターに映し出している番組がまさにそう。
リブラ協定にもとづいた魔法戦闘───魔法闘士同士の戦いを興行化した、賭け試合の有料配信である。
「赤コーナー……」
レフェリーが入場を読み上げている赤青ふたりの闘士が行うタイマン勝負。
試合の配信料に賭け金が含まれており、視聴者はチケット購入時に賭けた闘士が勝利すればチケット代に応じた配当金が支払われることで人気のコンテンツだ。
彼女が見ているのは〝タフ・ファイター〟赤井喜一VS〝香港貴公子〟華権のランクマッチ。
このふたりは今でこそ同じランク帯の魔法闘士であるが、高校時代は同じ高校、同じ学年にてエリート留学生と平凡な生徒という差がある関係にあった。
「ワシの拳でガタガタにしてやるわい」
「いくら闘士等級が同じだからといって、オレとお前が同格だと思うなよ」
「いつまで学生時代の成績をひけらかしとるんや。そんなんだからタイトルマッチに挑戦できないんやで」
「オレより順位が低いくせによくしゃべる」
「ケッ!事実やん」
不仲な知人同士ということで、試合前から舌戦が過熱。
その熱を残したまま開始された試合の先手を取ったのはフィジカル強化と徒手格闘を軸にして戦う喜一である。
敏捷強化の魔法を使用して間合いをつめた喜一の先制パンチは華権の頬にめり込むが、魔力を張り巡らせている華権には軽い。
(何がタフ・ファイターだ!)
顔面で喜一の拳を受け止めた華権は愛用するアカザの杖に力を込める。
杖の先に魔力を集中させた状態の殴打はリブラ協定に基づいた生命保護プログラムがなければ重傷も確実な威力を誇り、喜一のパンチの比ではない。
だが身のこなしに定評がある喜一は攻撃の沸点をそらして威力を殺し、そのまま華権の魔力を利用した合気で反撃。
杖の魔力を掠め取った喜一の掌底を腹に受けた華権は苦悶の表情を浮かべた。
(最初のパンチにイラついて火力でゴリ押そうとしたのがテメーの悪いところや。そんなんだから学生時代から半端モンだったんやで)
(こうなったらアレを使ってやる。格上相手に通用しにくいから縛っていたが、コイツには防げまい)
息を整えて杖を構えなおした華権が口をモゴモゴと動かすのは魔法の準備。
その気配に何かがあると感じたミロクは横にいたマツリに解説をたずねる。
「青の選手(華権)は何かやる気だね。マツリは理解るかい?」
「知らないよ。オレは魔法の成績なんてドベだったし、別にこの人のファンでもないし。むしろ何も知りもしないのにチケットを買っていたのか?お前」
「知らないからこそだよ。魔法について見識を広めるんだったら、こういう賭け試合は丁度いいかなと思ってチケットを買ったんだ。それ以外にも赤の喜一クンのほうにビビっと来たからね。ふふふ」
「そりゃ愉快なことで。だがヨダレを垂らすだなんて下品だなあ」
マツリは魔法に詳しくないし、華権という闘士とは面識もなければファンでもない。
そのため彼が通用しうる相手にしか使わない切り札など知らないし、事前に予測して解説することもできなかった。
だが横にいる女のことなら一緒に暮らすようになってある程度理解している。
この女は引きこもりのくせに案外社交的で面食いな一面があり、マツリが外出して不在のときに近所の若い男を誘惑しているらしい形跡があった。
そんなミロクが〝ビビっと来た〟などと言われると、タコヤキ・ショウのような憧れとは別の意味なのだろうというのは想像に難くない。
「下品だなんて言うなよ」
そんなやり取りをしている頃、中継先の闘技場では華権が動く。
件の切り札───相手の精神に干渉する魔法を発動させた華権の間合いに捕らわれた喜一は、体調不良に陥った。
この魔法〝涅槃処〟は相手の感情を操作する。
主に異性の性的感情を操作することで手中に収めようとする卑劣な魔法で異性には効果的なのだが、同性相手には嫌悪感を与える程度にしか効果がない。
故に男性との対戦が多い賭け試合では格下にしか通用しないのだが、高校時代のイメージで喜一を侮っている華権は通用すると信じて使用していた。
「おえええ!」
「ニタニタ」
テレビに映された闘士に劣情のまなざしを向ける観客よりも下品な魔法が繰り広げられるわけだが華権の見立ては甘い。
魔法が通用して吐き気に襲われて悶絶する喜一だが、デバフが成功してニンマリとした顔で追撃をしようとした華権に対して、泥臭く嘔吐の見苦しさすら構わずに挑む喜一は背後を取った。
背中に吐瀉物をぶちまける喜一に強い不快感を持って反撃の魔法を使おうとするのだが判断は遅く、頚動脈を絞められた華権は魔法を背中に導けない。
「これって……」
「ああ……」
みるみるうちに青ざめる華権の顔を中継映像はアップで捉えており、観客の誰もが察した決着。
終わってみれば試合時間は59秒。
喜一の秒殺KOという呆気なさすらある結果はSNSでも賛否が分かれた。
「魔法の勉強としてはむしろ残念だったか?滅茶苦茶早く終わったし」
「そうでもないよ。あの赤井って坊やの必死なところが良かったし。でも青の闘士が使った魔法は結局のところ〝吐き気をもよおす〟効果だったみたいだけれど、ちょっと回りくどくやしないかな。マツリはどう思う?」
「たしかにね。ああいう精神感応系の魔法ってハマれば強いけれどハマらないと微妙とは学校でも習ったね。でも犯罪にも使えるから使用制限とかも結構厳しいし、一瞬でゲロさせるくらいの効力は魔法闘士のファイトマネーで生活しているのは飾りじゃないとは思う。実際魔法が決まった直後に油断してなかったら、赤の闘士にはチョークする余裕なんてなかっただろうし」
「アハハ。ということは、あの青の闘士のほうが魔法の力量は上なのか」
「たぶん。実際、赤の闘士は自己バフ魔法しか使ってなかったようだし」
「ふむふむ。ちなみに今のマツリだったらどっちが相手でも勝てるだろう?そのチカラで自分も魔法闘士になって、ファイトマネーで稼ぎたいとかは思わないか?」
「やるわけないでしょ。アンタのせいでダンジョン通いをするようになったとはいえ、戦うこと自体は好きじゃないし」
「そうか?その割にはノリノリでモンスターを蹴散らしているようだけれど」
「そもそもオレはピアニストだっての。お前が居なければもっと音楽活動に精をだせるってのに、まったく」
「だったら今日はなにもお願いしていないんだし、ピアノの練習でもすればいいじゃないか。ピアノは毎日弾かないと鈍るんだろう?」
「そうさせてもらうよ」
試合も終わり、雑談の末にピアノ部屋に向かうマツリを見送ったミロクは、次の試合の視聴手続きを取る。
この日は他にも3試合ほど視聴していたが、その全てが最低賭け金のチケットであり、大穴でもないので配当金はほとんどない。
4試合中的中2試合で収支はトントンだが、ミロクとしてはチケット代が浮いただけ大儲けでしかない。
この魔法闘士の試合はダンジョンに施された緊急脱出魔法を生命保険に活用している関係で、開催場所はダンジョンである。
そのうえダンジョン内で最悪死ぬほどの私闘を行うのだから、急なモンスターの横槍という事故が起きる可能性もあった。
だからこそペイ・パー・ビューが基本となる賭け試合。
ミロクはそこまで熱中することはなかったが、赤井喜一は彼女がマツリのもとに来てから増えた最初の推しとなった。




