ナマズの魚人
霞ヶ浦ダンジョンの攻略に挑んで3日目。
この日のマツリは最終13階層にいるボスモンスターを倒すつもりでいた。
2日間の探索で13階層までのルートは確保しているのであとは進むだけ。
未踏破状態だった第11、12階層については行く手を阻んでいたフロアボスを倒したまま放置しているのでボスが復活しないように安定化することが望ましいが、それを待っている時間がマツリにとって惜しい。
「さっさと帰って宅録しないと失踪扱いされちまう」
と独り言を呟いているのはストレスの発露である。
彼女は単純な生活の糧としてはダンジョン攻略で得た副産物の換金を生業とする探索者に相違ないが、本業は演奏系の配信者である。
ほんの数年前まで音大に通ってプロを目指していた〝くずれ〟の演奏家である彼女としては戦闘能力よりも音楽で名を挙げることのほうが優先順位が高い。
ちなみに演奏家としての力量は可もなく不可もなくと言ったところ。
素人と比べれば充分上手いがトッププロと比較してしまうと何かが劣るあじわいであり、悪い意味でも配信者がお似合いな立ち位置だとも言える。
いっそ「霞ヶ浦ダンジョン第13階層で演奏してみた」でも奏れば有名になれるかもしれない。
承認欲求モンスターに変身してしまえば楽に再生数を稼げそうなのではあるが、それを避けるのはひとえに彼女のプライドによるものだった。
モヤモヤはこの場を制圧してからにしよう。
そう思いながらザコを薙ぎ払いつつ進むマツリが到達したのはこのダンジョンの最深部。
祭壇のような場所の中央には地面にモップ程度の長さをした銛を突き立てて、その石突きに両手を乗せた状態でモンスターが立っていた。
魚人というのだろう。
ツルリとした黒い表皮は粘膜に覆われていて、その顔はドジョウやナマズに近い。
鱗が立っていないかわりにヌルヌルしていそうな魚人はマツリに気がつくと、ギョロリとした目を彼女に向けて口を開く。
「汝は何をしに来た?」
ナマズは人間の言葉ではない言語を使い、その意図を伝えるために直接脳内に語りかけている。
これはラスボス級の高位モンスターがよく使うテレパスであり、これだけでナマズが只者ではないことを証明していた。
「外の人間がここに来ることなどいつ以来か。我は弟の弔いで忙しい。邪魔するのならば贄にするぞ」
ナマズが言う弟とは誰のことか。
小首を傾げるほうが当然の語りに対して、語りかけた当人すら予想外の煽りをマツリは入れた。
「弟ってのは北浦のドジョウのことか?」
「なにっ⁉️」
この回答、ドジョウだけなら反応しなかったかもしれないが、そこに北浦という地名まで入っていたら話は別だ。
一般的に霞ヶ浦と呼ばれる湖は西側にある広大な西浦を指していることが多いが、東側にある小さな湖━━━北浦を含めた全体が霞ヶ浦である。
そして霞ヶ浦ダンジョンが西浦にあるのと同様に、北浦にもダンジョンが存在していた。
規模は小さいがこちらもまだ未踏破とされており、理由は第13階層に住むドジョウの魚人が強すぎて倒せていないからなのだが、実はそれは先週までのこと。
兄弟であるナマズがそれを察知しているのと同様に、煽りの態度で口に出したマツリもまた、ドジョウ討伐という速報を知っている。
知っている理由はもちろん彼女が倒した当人だからに相違ない。
「似ているから〝もしや〟と思っていたが、ダンジョンのモンスターにも兄弟とかいるんだな」
「うぬぬほ」
「まあいいか。オレはモンスターの生態になんて興味ないし」
今現在、隣のダンジョンと同期していたが死んだ弟の弔いに勤しんでいたナマズにとって、寝耳に水なマツリの存在。
丁度いい贄が飛び込んできた。
しかも弟の仇だというのだから、これはもう贄にするしかない。
だがナマズは自分が人間と対話するだけの知能、兄弟を愛する心を持つとは言え、モンスターという本質が相手を軽く見ていることに気付かず。
愛する弟を殺した相手が目の前にいる女であるのならば、彼とて楽に殺せる相手ではないであろうに。
「なっ⁉️」
その認知の歪みは大きな隙となる。
銛を担いで投げつけようと振りかぶるナマズをマツリの手刀が切り裂いていた。
間合いは遠く、到底届くとも思えない距離。
だが届いたその刃はナマズの右肩を押しつぶし、そのまま右腕を千切ってしまう。
衝撃でバランスを崩したナマズが状況を把握した時には既にマツリは彼の目の前。
トドメの一撃として胴体をくり抜く、強烈なボディブローがナマズの体躯に風穴を開けた。




