カス高ダンジョン探索部
ここ霞ヶ浦━━━関東一の大きさを持つ湖には、それに比例してか関東有数の広大なダンジョンが存在している。
ダンジョンなんてものがあるということはもちろん奇跡も魔法も標準装備。
この日は近所にある霞ヶ浦高校のダンジョン探索部御一行が訪れていた。
部員総数は規模も大きく30人。
彼らは1パーティ4人前後、合計6パーティに分かれてダンジョンに挑んでおり、全員がレベル20以上の魔法を習得している。
高校生の部活動とはいえ許可を得てダンジョンに挑むだけのこともあり、生徒たちも伊達や酔狂ではない。
骨のモンスターを砕くのは土魔法によるイシツブテ。
何体ものモンスターを焼き払うのは火魔法や雷魔法。
脇を固めるのは汎用性が高い風魔法と傷を癒す水魔法。
物理、特殊、回復、補助を1セットにしたパーティを複数組めるのはカス高ダンジョン部が名門であることを証明していた。
「嘘だろ」
「こ、こんなことが」
だが優等生と言ってもしょせんは高校生。
やれることに限界もあれば、若さゆえの危険行動だってある。
今まさにモンスターに襲われている彼らがそう。
顧問の目を盗んで第2階層に侵入した彼らは未知の脅威を前に腰を抜かしていた。
「レベル30未満の攻撃魔法を無効化する能力だって?こんな能力が許されて良いのか?」
「早く逃げましょう」
最初は物理担当が使用したストーンカッターと特殊担当が放ったファイアーボールの複合魔法だった。
この魔法で探索許可を受けていた第1階層のモンスターより倍の強さを持つ第2階層モンスター達をバタバタと討伐して先を進んでいた彼らの侵攻を止めたのが件のモンスター。
牛の頭に巨躯の肉体を持つそれは伝承におけるミノタウロスに近い姿をしており、おそらくモデルとなったのだろう。
知識として彼らが知っているのは、ミノタウロスと呼称される存在であれば第2階層で出現していいモンスターではないということ。
ここ霞ヶ浦ダンジョンでも、その他のダンジョンでも、このレベルのモンスターは第5階層以降に出現するとされていた。
モンスターの強さは階層を下るたびに倍々ゲームで増えていく。
つまり第2階層のモンスター相手に余裕の戦いが出来る彼らであってもそれを軽く凌駕しうるのが第3階層以降のモンスターというわけだ。
補助担当が眼鏡魔法による解析結果に驚いて竦んでいる横で回復担当が言うように、彼らにとっての最善策は撤退すること。
正式な探索であれば第2階層用の緊急脱出魔法を施してもらえていたであろうに、無断で侵入していた彼らのそれは第1階層でしか完全な効果が発揮されないモノだった。
一応は第1階層用に施されているため一度だけは死を回避できるとはいえ安全地帯への退避は不可能。
ミノタウロスからすれば二度殺せば同じである。
「そんなの解析ミスだ!」
「俺らにだって秘技があるんだ!」
だが現実を直視できないのか、アタッカーの二人は挑むのを止めない。
自慢の魔法をぶつければ第2階層レベルのモンスターなど倒しきれるという過信が二人にはあった。
「クソをクソほど浴びて死ね!」
この二人はいわゆる幼馴染。
互いの得手を知り尽くしているからこその連携魔法に自信があり、だからこそ〝レベル30未満の魔法無効〟という解析にも引かなかった。
先付けとなる土魔法の矢は確かに無効化水準の魔法であるがそれは彼らも承知済み。
この矢は魔法によって精製された爆発物であり、楔として撃ち込まれた〝悪臭を伴う魔法炸薬〟に火を灯す極大の火魔法が本命だった。
レベル31のイクスプロジア。
能力による足切り基準超えの爆裂魔法を土魔法で威力底上げしたのだから確実に倒せると踏んでいた二人は「やったか?」と口を揃えた。
「あ、あぁ」
「ひぃ」
だが後ろから見ていた他の二人が先に気がつく。
悪臭と噴煙の先にいるミノタウロスはかすり傷ひとつ付かずにこちらを観察し、気だるそうな顔で武器を担いでいた。
確かに能力による無効化はその条件をクリアしてしまえばたちまちに意味を失う。
その点ではレベル基準を超えた魔法をレベル未満の魔法で底上げして放つのは理にかなっている。
だが逆に言えばミノタウロスはそのような足切り能力を持つだけのことはある強者。
特別な能力などなくてもその程度のレベルの魔法攻撃など通用しない。
「クソっ!」
そして火魔法の彼だけはその事実が信じられずに攻撃の手を緩めず、結果としてそれが仲間の逃げる時間を稼いでいる。
実際には怖じ気づいたり彼を見捨てられなかったりと、各々の都合で逃げられずにいたのだが、そのおかげで彼らのもとに彼女は間に合う。
「何この匂い?臭すぎるんですけど」
「へ?」
後ろから声をかけられた眼鏡の少年は生返事。
今の声は誰だろう。
「まあ良いか」
そして声の主は彼らの前に立つ。
呆然とする仲間たちと最前列にいる火魔法の彼を超えて全員が彼女の背をみたところで、状況はあっという間に一変してしまった。
突如として自分たちの前に現れた見知らぬ女性は左手をかざすだけでミノタウロスが振るう斧のようなものを受け止めてしまう。
触れる前にはじかれているので防御魔法の類であろうか。
結果だけで言えば自分たち全員を束ねたレベルを単身で超えている、高名な魔法使いによるモノとしか思えない。
視認できないあたりは風魔法の一種かと、同じく風魔法を使う眼鏡の彼に仲間たちは目をやるのだが、当の本人は眼鏡をクイッと動かしながら口を動かさなかった。
その理由は彼が使う眼鏡魔法が女性に力を測定しているから。
結果だけで判断しているほうが素直に結果を受け止めるしかないだけマシと言える。
「ガキどもでは手に余るって言っても、下で通用するレベルじゃないな」
斧を受け止めた彼女が次に振るうのは右拳。
左手を解いたことでバランスを崩すミノタウロス。
彼女が到底届くはずもない虚空を殴りつけると、それに連動してミノタウロスの空いた胸元は骨が砕けたかのような陥没を起こしていた。
「んもー!」
牛の化け物は牛らしい鳴き声を上げて苦しみだした。
まさか今ので連携魔法で傷一つ負うことのなかったモンスターにダメージが入ったのか。
名門部活動の部員というだけで有頂天になっていた俺たちと比べて市井の猛者とはこれほどまでに魔法レベルの差があるのかと少年達は思う。
そんな彼らを路傍の石のように気にとめずに去っていく彼女の名は兵頭マツリ。
四人の中で彼女のステータスを知っているのはミノタウロスへの解析に巻き込むかたちで彼女を見た眼鏡の少年だけだった。
(あのモンスターも場違いな強さだったけれど、あの人はもっと意味がわからない。魔法も能力も無いのにどうやったって言うんだよ)
眼鏡魔法が示すマツリの特殊能力はブランクでこれ自体はありふれたもの。
むしろ魔法が存在するこの世界においてもアイテムなしに特殊な能力を発揮できる方が少なく、身につけているにしても大半が戦士職として鍛え上げられた剣豪や格闘家が目覚めるモノくらいである。
だが本命の魔法についてはどうだ。
オーソドックスな火水風土の最大魔法ランクはまさかのオールマイナス。
雷光闇といったレア属性、眼鏡や精神などの特殊系も同様。
少なくとも眼鏡の少年が使える魔法でわかる範囲において、マツリは少年たちに大きく劣る魔法の使えない人間だった。
少年は思う。
(こんなの皆には言えない。言ったところで嘘だとしか思わないだろう。桂と武市の合体魔法が通用しない相手をワンパンで倒せている時点で普通じゃないのは確定だけど、それが魔法でも能力でもないとか僕自身信じられない。僕の魔法じゃ測れない特殊能力を持っていると考えたほうが理性的だよ)
困惑し偽りの分析結果に納得するしかない少年の言葉を他の三人は鵜呑みにする。
そんな彼らを助かったのなら早く帰れと言わんばかりに無視して進んでいくマツリには間違いを訂正する理由も義理もなかった。
眼鏡の少年が見た解析結果に間違いはない。
マツリはこの世界における基準としては間違いなく魔法も使えず特殊能力も持たない人間だった。
一つ違う点を挙げるのならば、彼女はこの世界では子供から大人まで老若男女が持つ些細な力が並外れて発達しているということ。
見た目に反映されていないだけで〝足が速い人〟や〝筋骨隆々の力持ち〟に近い特性を持った普通だけれど普通じゃない人間が兵頭マツリという人物である。
(カッコよすぎるだろう)
真相を知らないからこそ憧れを持つ者。
真相を垣間見たからこそ困惑するしかない者。
反応はそれぞれではあったが、彼らがマツリと出会うことは幸い二度となかった。
出会うことがあるとしたらそれは今回みたいに圧倒的な強さを持つモンスターと対峙したときくらいだろう。
彼女が接点を持たない他人と遭遇する機会など、そんな状況しかないのだから。
「それにしても、いつになったらこのダンジョンはなくなるのやら。今の状態でダンジョンが産業化しているせいか、役所も甘く見ているんじゃないか?」
昨日も今日も霞ヶ浦ダンジョンに単身潜り込んでいたマツリの目的はダンジョンの完全踏破。
ここは踏破されている階層は第10までであり、彼岸の数字とされる13階層は到達者すらまだ居ない。
そのため近隣の学生が部活動で訪れる程度に管理されたダンジョンでありながら、人知の及ばぬ領域が多く残されていた。
さきほどのミノタウロスが階層破りの出現をしたのもそのせいだろう。
そんなダンジョンを完全に攻略すれば安全になるわけだが、そうなるとダンジョンから排出されるイレギュラーもなくなるので価値はむしろ今より落ちる。
だから現状に甘えている人間ばかりなのだろうか。
それをマツリが良く思わないのは正義観というわけではなく━━━
「まったく……どうしてオレがダンジョンなんてモンを潰して歩かないといけないのかね?」
カードを額にかざして浮かび出た49という数字を見ながら彼女はボヤいた。
学生たちを救った力を彼女が得たのも、そんな彼女が腐れ縁とでも言わんばかりに眺めるカードも根幹をたどるとひとつに到達する。
すべてはミロクと名乗るひとりの女性の存在がマツリの重い腰を後ろから押していた。




