エピソード S 中編
鶏冠の付いた頭部に青緑色の鱗を持つ体長七メートル程ある巨大な蛇『バジリスク』は三十センチ程の太い胴体からなる尻尾や頭部を使い近づく者をいとも簡単に弾き、時に食らいつく。見た目こそオオアナコンダに近い生物だが、体半分近くを持ち上げたり口から液体を吐き出す等の相違点がある。
蛇と言えば巻き付いて締め上げる行為が有名なのだがこれをしない。バジリスクの場合は口から出した液体に触れた者はその場から動く事が出来ない為、その必要が無いのだろう。
騒ぎが発生して数分間は怒号、悲鳴、衝撃が響き渡る恐怖の中に居た紗枝には何時間にも感じられる程の時間。耳をふさぐように頭を抱えたまま怯えていたのだが、その腕に何かが触れ振り払うように立ち上がった紗枝の前に居たのはサビーナであった。
「もう大丈夫、皆が倒してくれたから。」
何が大丈夫なのかを一瞬理解出来ず真ん丸とした目で暫くサビーナを見た後、自分が何に怯えていたのかを思い出し荒くなった呼吸を整えだす紗枝。そんな彼を安心させようとエレメールは紗枝に抱き着いて「終わったよ。」と何度も繰り返し言い続けた。
「もう大丈夫だ、ありがとう。ごめんね取り乱して。」
「まぁバジリスクを始めて見たみたいだし仕方ないけど、隠れてろって言われたのに隠れなかった罰よ。」
好奇心は猫を殺すとはよく言った物。サビーナに言われた通り自分の仕出かした行為を反省した紗枝は村の安否が気がかりになり問う事に。
「ちょっと酷いみたい・・・何人かやられちゃったみたいだし。」
自分が怯えている間に情報を仕入れていたサビーナは寂しそうな顔をしながら「モーリー・・・」と無意識に呟いていた。先程から何度も出て来る『モーリー』の名にそこまで信頼されているのかと実感する紗枝。そんな話をしていると家の扉が開きマートンが顔を出した。
「お?もう平気になったかサエ。村ん中はもう大変だ。毒の洗浄をしねぇとだからな、って事で俺は手間に行ってくる。もし動けるなら手かしてくれ。」
そう言われ自分が怯えて何もしていない事を思い出した紗枝は分かったとマートンの後をついていく事に。
バジリスクが暴れた集落の中は建物の崩壊だけでなく、毒を帯びたと思しき者がそこらかしこで倒れ呻き声を上げていた。正確には上げていない者の方が多かったのだが・・・
「ここいらの砂はもう駄目だ。全部捨てに行くからあっちで荷車を借りて来てくれ。」
マートンはそう言って村の奥側を指差し紗枝に伝え、自分はどの辺りまで掘る必要があるかと目印の線をスコップで引き始めた。今回の毒が幸いなのは無色透明ではなくオレンジ掛かった少しだけ粘りのある液体であると言う事。これにより地面への浸透もゆっくり且つ範囲が視認しやすい。
「すみません、マートンさんからの使いなのですが荷車を貸してもらえますか?」
「おう、少々ボロいがそこの持って行って良いぞ。って言うか随分泥まみれだな、髪まで真っ黒じゃねぇか。」
髪が黒いのは元々と言おうとした矢先、別の人物が土を入れる袋を貰いに来たりと忙しくなり伝えられなかった為、紗枝は辛うじて車輪が回る程度の荷車を借りて道具置き場からマートンの元へ急ぐ。
戻った頃には掘る範囲を全て線で囲い準備万端なマートンが荷車が到着するなり次々と掘って乗せ始める。自分も手伝おうと考えるがスコップが一つしかなく掘る事が出来ない。等と考えていると荷車はあっという間に満載になり「あっちに捨ててこい。」と集落の外側を指差す。よく見ればそちらの方から捨てに行ったと思われる人物が荷車を引いて戻ってきている事に気づき紗枝もその人物が来た方向へと荷車を引き始めた。
そんなやり取りを十回程行うと「こんなもんか。」と最後の一掬いを荷車に乗せる。ボコボコになった地面をそのままにする事も出来ない為、近くの山から土や砂を持ってくる必要がある。と言う事で最後の廃棄はマートンも同行し良い土壌を探しに行くのだが、荷車から聞こえる僅かな音に気づいた紗枝は大声を出す。
「離れて!」
その声に反応したマートンは荷車から反射的に下がり、次の瞬間には車輪の軸が折れ荷台が地面へ叩きつけられた事で土を支えていた板が外れ辺りに毒液を含んだ砂をまき散らした。
「助かったぜサエ。」
毒に触れずに済みお礼をいうマートンの背後から何が起きたと数人の男達が二人の元へと駆け寄り現状を把握する。暫くすると別の荷車が到着し砂を移し替えては廃棄所へと持っていく。廃棄が終わるとマートンはよく壊れるのが分かったなと紗枝に感心を現す。しかし紗枝からすれば壊れそうな音がしただけに過ぎない為、関心する必要はないと告げるのだが、音も無く急に壊れたと返答が来る。今一納得しないが取り合えず助かったので良しとする事に。
「ここら辺ので良いだろう。」
新しい荷車とスコップを手に少しだけ山に入り土を見たマートンは近くを掘り始める。しかし紗枝はその土を手で掬い強く握って観察すると「別の所にしよう。」と提案する。
「ここの砂は少し粘土質が多く含まれててこの通り、握ったら崩れる事なく形を保持してる。もうちょっと水はけが良い土壌の方が埋めるにも良いし水溜まりにもなりにくい。まぁバジリスクみたいな毒を出す奴が多いなら逆に水はけが悪い方が良いのかもしれないが・・・」
等と話しているとマートンは少し考えた表情をし「水はけか。」と呟く。暫くすると「確かに水はけが良けりゃ少し掘って埋めれば雨が降っても毒が染み出しにくくなるな。」と紗枝の案を採用する。勿論次はその土壌を探しに行くまでがセットなのだが。
しかし紗枝には心当たりがある。最初に埋まっていた土砂こそ保水力のある土であったのだが、自分が埋まっていた底の方は土壌が違っている事に気づいていた。そこの土壌ならば適しているかもしれないと二人は紗枝が埋まっていた山を登り始めた。だが、そこまで荷車を持って何往復を出来るかと言うと不可能。その為、登ってすぐに紗枝はマートンに地面を掘るよう伝え、土壌を調べる事に。
「お、何とか行けそう。」
紗枝は断層の境目から土を掬っては握って離すとパラパラと崩れ形を保持しない事をマートンに見せつける。
「礫質土だ。これは水はけが良くて締まれば基礎として使える位しっかりとした地耐力があるから建設業でも使われるんだ。」
「半分何を言ってるか分からないが水はけが良くて硬い土なんだな?」
「分かり易く言えばそう。ここなら離れすぎって程じゃないし往復するのも比較的楽だし。」
「そうか、なら村の連中にも伝えて来てくれ。俺はこの辺り掘っておくぜ。」
「分かった。表面は保水力の高い土で覆われてるから、この色の砂が出てくるまでの深さで良いから。」
紗枝はマートンに表面の土をどかす事を依頼し、一人集落へ戻り事の説明をするとマートンがそう言ってるならと次々に荷車を引いた男達が山へと入って行く。それらの言動からマートンもこの集落では信頼されている人物だと言う事を理解し逆に関心する。
陽が傾き夕方になろうとした頃、集落の地面は全て埋め終えひと段落する。しかし毒を浴びたのは地面だけでなく人間もいる。その者達は大半が息を引き取っているのだが、中には腕だけ、脚だけ浴びたと言う者もおり、浴びた部分は灰色に変色し高質化しその範囲が広がっている。自分の意思でも動かせずまるで石になってしまったかの様な恐怖心からか自らの手で切断し進行を止める者も居れば魔法で吹き飛ばそうと半ばヤケになっている者も。
そんな状況になっている事は露知らず紗枝はマートンに誘われ風呂屋へ向かっていた。風呂屋と言っても浴槽があるわけではなく、お湯を上からかけ流すと言う打たせ湯に近い品物で、水源は川から引っ張ってきており、火の魔石を敷き詰めた桝に居れ、そこから流していると言う単純な仕組み。
辺りには石壁があるだけでそれ以外の目隠しは一切ないと言う開放的な場所なのだが、ここに住む人達には一般的なのか代金を受け付けの様な場所で支払うとすぐさま服を脱ぎ出すマートン。脱いだ福も畳む事なくその辺りに置いて「先に行ってるぞ。」と湯に打たれ始めた。
郷に入っては郷に従え。紗枝もマートンに続いて服を脱ぐのだが、しっかりと畳んでから入る事に。足元は石畳の様な物で覆われていた為水溜まりの中に入る様な感覚から「やっぱり打たせ湯だよこれ。」と安心して進んで行く。打たせ湯と違うのはあまり高くなく頭に直接浴びても衝撃が少ない事。とは言え打たせ湯に変わりはなく座り込んで肩に当てれば心地良いマッサージとなる。
そんな状態でふと入口を見ると先程受付をしていた者が服を回収しているのを目撃し立ち上がろうとするのだが、マートンが「洗濯も頼んである。」と紗枝を止める。だからあんなにデタラメな脱ぎ方をしていたのかと納得が行くと同時に自分にも説明が欲しかったと感じた。
川の水を貯めた桝に服をほ織り込み水流で混ぜた後、風の魔石で乾かすと言う強引な洗濯が済んだ服を着なおすとマートンが紗枝の頭を見て疑問を抱く。
「風呂入ったのにお前の髪真っ黒なままだな。」
「ん?まぁ地毛だからね。」
「そりゃ珍しいな。」
二人と入れ替わりに風呂へ入りに来る客を見ても黒髪が自分しかいない事に気づき自分が少数派である事を知った紗枝は、そもそもここ別世界だしなと強引に納得するしかなかった。
家へ戻るとサビーナとエレメールが晩御飯の支度をしており、美味しそうな匂いに心が引かれる紗枝。成り行きでこの家に世話になったとは言えこれ以上ここに居るのは迷惑になるだろうと玄関で別れようとするのだが、マートンは手を引き強引に招いた為、家の中へと入り込む。するとテーブルの上には四人分の皿が置かれており、最初から紗枝の分を含んでいた事が分かる。
「今日はお前も働いたんだから食ってけ。んで寝るのはその辺でな。」
どうやらマートンの気遣いで泊めてくれるらしい。この世界の金を持たない紗枝にとっては非常食として持って来たカンパン以外何も持って居なかった為、非常にありがたい。
野菜のスープに硬いライ麦パンと言う食事ではあったが、満足した紗枝はこの世界の事を知るべく三人に自分が何者なのかを打ち明ける事にした。
「別世界ね。確かに珍しい顔と髪色してるもんね。」
サビーナは何処か疑ってはいるものの満更嘘でもないのかなと言った印象を受けた様でマジマジと紗枝の顔を見ている。その一方でエレメールは別の世界の人だと喜んでいた。
「確かに今思えば最初に名乗った時ノムラーレみたいな意味不明な事言ってたしな。」
「野村紗枝です。・・・って言うか気づいたら敬語が消えてたな。」
マートンを訂正する時に自分が彼に対し敬語を使っていなかった事を思い出した紗枝だが、当の本人は堅苦しい喋りは嫌いだからそれで言いと一蹴。更に別世界から来た故食い扶持が無い事を知ったマートンは自分のやっている鉱石掘りをしないかと誘う。これには紗枝も至れり尽くせりで明日から鉱山へ通う事となった。
翌日、昨日食した物とさほど変わらない干し肉入りの野菜スープとパンを胃袋へ押し込み鞄からヘルメットを取り出そうとしたその時、初めて土砂崩れで身に着けていたゴーグルとヘルメットが無い事に気づいた紗枝。あの時は気が動転していた上にエレメールと出会ったりと情報量が多くすっかり忘れていたのだ。その事をマートンへ伝えると、そもそもここに居る炭鉱夫は全員リネンを巻いたりする程度の防具しか存在せず安全性は現代の価値観からすれば恐ろしく欠如しているのだが、プラスチックの類が無いこの世界では仕方のない事。
現場へ出向くとそこには昨日見かけた男達がちらほらと見え、相手側も水はけの良い土を探した奴だ、マートンの世話になってる奴だ等紗枝の事を覚えている様で、快く招き入れてくれる。
炭鉱で使うのは主にピッケルと鏨。作業用だとボロボロな革製のベルトと皮手袋を受け取り到着し、金槌と鏨をベルトに着いた穴へと差し込みマートンと共にカンテラの明かりを頼りに奥へと歩き出す。中は入口から大きな鞴による換気のみな為、息苦しさが隠せず行き場所を失った水分が篭って汗がどっと拭き出す。そんな状況にも関わらずマートンは歩みを遅らせる事なく枝分かれした道を進んで行く。
「よしここだ。二十七番路。」
そう言って直進し続けていたマートンは二十七番路と呼んだ道へ曲がるとそこには表面がデコボコとした岩を含んだ砂の様な壁が立ちふさがっていた。岩部分はピッケルや鏨で破砕し、砂はスコップで書き出しソリに乗せるとの事だが、肝心なそのソリは何処にあるのかと尋ねれば「ここに置いとくぞ。」とソリを運んで来た男が一声かけ奥へと大量のソリを持ったまま消えていく。どうやら狭い通路故ソリ係が居るらしく、掘る事を専門にする者とソリを運ぶの二つの役割に分かれている様だ。
崩してはソリに乗せ、崩してはソリに乗せを繰り返し慣れない動きと低い姿勢から変な部分が筋肉痛を起こしまだまだ俺も若いなと冗談を思いながら掘っていると鏨から伝わる音が変わった事に気づいた紗枝はマートンへ声を掛ける。
「音が変わった。若しかしたら鉱石を含んだ石にぶつかったかも。」
「でかした。この辺りは火の魔石が多いからな、多分それだろう。どうせ結晶なんか見つからんからそのまま力ずくで砕いて良いぞ。」
そう言われた紗枝はマートンの言う通り鏨を金槌で叩くと表面の岩がボロっと外れ叩いた魔石が姿を現した。そこには赤黒く光る石が熱を持ちながら待ち構えており、手を近づければ皮手袋越しにも温かさが伝わって来る。
「お、中々でかくて良い鉱脈だな。って事はこの辺りも・・・」
そう言ってマートンは自分の掘っていた高い位置ではなく紗枝が掘った近くの岩をピッケルで叩くとこちらもボロっと表面の岩が外れ火の魔石の全貌が露わになる。
「よし、表面の岩を片付けたら魔石を掘るぞ。今日の分はこれだけあれば十分な稼ぎになる。」
二人は邪魔な岩をソリに乗せると目に破片が入らない様に魔石を砕き代わりに来たソリへと次々に運び込む。その熱さは沢山出たと言う事を象徴する嬉しい熱さだとマートンに言われ、熱さへの文句を封じられた紗枝は今までの人生で一番と言う程の汗をかきながら作業を続けた。
五十センチ程の魔石を砕き終わるとソリ係から「休憩入れよ。」と声を掛けられ外へと出る二人。熱中症どんと来いと言うレベルの環境下から解放され胸いっぱいに新鮮な空気と涼しい風を浴びた紗枝は疲れからかそのまま仰向けに寝そべり「あーーー。」と声を上げた。そんな姿を見た炭鉱夫は「新人あるあるだな。」と笑みを浮かべる。
十数分間の休憩時に水分を大量に摂取し逆に気持ちが悪くなりつつも現場へ戻った紗枝は掘削をしながら魔石についてマートンへ質問をする。
「さっき堀ったのが火の魔石だとしたらどれ位の値になるの?例えばパン幾つ分とか動物一頭分とかで。」
「そうだなぁ、魔石として売る時なら三日分の食料にはなるな。だがあの状態で売る訳じゃない。更に砕いて魔石のみを抽出し、それを叩いて固めた状態にするからそっちの手間賃も取られる。だから俺達への支払いは今日の飯代ってとこだ。」
思いの外安い為不服を露わにする紗枝だが、自分には魔石の知識は無く文句が思い浮かばない。しいて言うなれば自分が掘った魔石はゲームで言うレア度が一番低い奴と比喩するしかなかった。
「因みに新人は掘った鉱石を握り拳台の大きさまでなら貰えるぞ。最もそれは記念様で仮に金や銀が入っていても雀の涙程度の物だ。」
嬉しい様な悲しい様な。しかしこの世界の鉱物を手に入れられると言うのは地質学者である紗枝に取っては願ったり叶ったりである。
途中、昼休憩で食事を済ませたり、更に見つけた魔石を砕いてる最中に紗枝のリネンに着火する等の事故を終え終了時間となり使い物にならなくなった両腕をだらりと重力に従い伸ばしている紗枝の元へ親分らしき男がマートンの話通り一つ鉱石を持ち帰って良いとの事で今日張り出した鉱石の集積所へ案内する。疲れ果てた紗枝からすればそれでも良いと思い手前にあった石を拾おうとするのだが、握力の無くなった手ではそれを支えられず落としてしまう。その際、別の鉱石にぶつかるのだが、紗枝は妙な違和感を抱きもう一度鉱石をぶつける。
何をしているんだと言う親分を横目に数回色々な鉱石にぶつけるとコレが良いと違和感のあった鉱石を見せつける。すると「何やってたのか分からんが、まぁ明日からも頼むよ。」と紗枝の肩に手を乗せるとそのまま去って行った。
「どうしたサエ?何度も落としてたが。」
「う~ん。何と言うか変な音がしたんだよねこの石だけ。」
この時の紗枝は違和感だけで済ましていたが、この石がこの集落の歴史を変える事となる事は予想だにしていなかった。




