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記憶の道  作者: 桐霧舞
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エピソード S  前編







 夏が明けた秋の頃、あと数年で若年層から外れそうな男が一人小型船の先端部で目的地である小さな島を見つめていた。その島は過去に噴火を起こし長い間立ち入り禁止となっていたのだが、十年以上の歳月を経て気象庁より安全が確認され上陸の問題が無くなった為今では自由に立ち入る事が出来る。


 着岸するのは南側なのだが、島を一周回ってからと言う男の要望に通り船長は島を右回りで集会を始めた。


「もっと近づくか?!」


「いや、この距離で大丈夫です!」


 島からは三百メートル程の距離を走る小型船の船長は近寄るか遠ざかるかと疑問を男に問いかけるが男はこの距離で十分らしくカメラで島を写真に収めている。


 決して大きいとは言えないが、過去に人が住んでいたと言う無人の島。西には標高百二十メートル程、東には四百五十程の山が存在し、男は今回噴火が起きた東の山へ地質調査の為に来ていた様で、背負っているリュックには食料だけでなく踏査に必要な道具がしまい込まれている。





「それじゃあ明日の正午。ここに迎え来るから気を付けてな。」


 船長は男を南側の海岸で下すとそう言って離岸した船を反転させて沖へと出て行った。下ろされた男は船を見送ると白っぽい砂浜を歩き出し海水が来ない所まで来ると濡れた足を拭いて安全靴を履き、準備が終わると東の山を目指し歩き始めた。




 山の近くに来ると男はリュックの中からヘルメットとゴーグルを取り出し装備し地図とコンパスで向かう方向を確認し野帳へ記載する。全ての準備が完了させ登山を始めると噴火による火山灰の影響なのか植物が疎らになっており、中にはぽっかりと何もない空間が顔を覗かせる。


 暫くして男は自分が来た道や空間内の砂や土をチャックの付いた透明な袋に入れてはウエストポーチの中へとしまっていく。本来踏査は一人で行うものではないのだが、この男は半分趣味の部分もあり今回の踏査も自分の所属する研究所へ置手紙だけで来ると言う非常識な行動からである。




「ん?何だあれ?」


 二時間程登った先で男は妙な穴を見つけ疑問を抱く。噴火場所が定まらない地域の場合、頂上部ではなく様々な所から溶岩が噴き出す事もある。今回もそのパターンではないかと男はその穴の前まで移動し、穴の中の石を踏査ハンマーで割っては確認を繰り返ししていると急に妙な地鳴りが聞こえ始めた。


 これが地震であると気づいた男は穴から離れ低い姿勢を取るのだが、揺れは収まる所か大きくなっていき、辺りの木や石が音をたて始める。これは非常にまずい状況だと理解した男だが、立てば転倒に繋がる為これ以上逃げるにも逃げれない。揺れが収まってくれと言う男の願いとは裏腹に、ついに斜面がずれ始め、分かり易く言えば土砂崩れが起きてしまう。男は迫りくる土砂を前に咄嗟に逃げようと立ち上がるのだが、勿論転倒しそのまま土砂へと引きずり込まれてしまう。





 どれ位の時間が経っただろう。何分も土砂に揉まれた感覚を覚え男は自分が死んで居るのかもしれないと考えたのだが、ふと右腕の感覚だけがおかしい事に気づく。右手だけは問題なく動くのだ。男は右腕を動かし感覚から自分が横向きで右腕以外埋まっている事を理解すると、顔の前の土を掘り何とか呼吸できる程の空間を確保する。


 生きた心地のしない環境ではあるが、十分程の時間をかけ何とか這い上がる事に成功した。体を見れば至る所擦り傷切り傷だらけではあるものの、四肢は全て体に繋がっており、骨折等も見られないと言う奇跡に近い状況に歓喜を現すと同時に疲れがドっと押し寄せその場へと仰向けで寝ころんでしまった。


 とは言え傷だらけの体。痛みから寝ているのも我慢できなくなり、男はリュックの中から救急箱を取り出し消毒薬と絆創膏等で応急処置をしていると、何処からか視線を感じ辺りを見回し始めた。


「・・・子供?」


 男の目に映ったのは薄茶色の髪をした十歳程の少年。無人島である筈の島に何故人が居るのかと思い凝視していると、少年も自分が見られている事に気づきゆっくりと近づいて来る。


「ここは危ない!離れなさい!」


 土砂崩れが起きた場所故男は少年にそう叫ぶなのだが少年は歩みを止める事なく近づいて来る。翌々見てみると少年の顔つきは日本人とは異なっている為言葉が通じないのかと英語で『デンジャー』等の言葉を放つのだが、少年は男の近くまで来ると口を開いた。


「うわぁ痛そう・・・」


 日本語である。若しかしてハーフの子なのかと考えるのだが男は言葉が通じる以上ここが危険である為何とかして少年を遠ざけようとする。しかし少年は「こっちだよ。」と男の手を引き無理矢理立たせると斜面を下り始めた。


「ここなら安全だよ。それにしても何でそんな土塗れなの?」


「さっき土砂崩れが起きたんだ。それに巻き込まれてね。」


 少年の言う通り、辺りは平たい林になっており安全である事を理解した男は少年からの質問に答えた。

「土砂崩れなんて起きてないよ?」


 そんな少年の言葉から自分はもしかして土砂崩れに合い気絶していたのかと思い時計を見るのだが、時間のズレは殆ど無い状況であった。話が合わないが子供が一人でこんな場所に居る訳も無く男は両親は何処にいるのかと尋ねる事に。


「パパとママは居ないよ。でもお世話してくれるおじさんなら居る。」


 そんな返答から少年の家庭を想像し一先ず謝る男だが、世話をしてくれるおじさんと言う言葉からそのおじさんとここに来たのではないかと思い案内をお願いすると、少年は笑顔で「良いよ。」と下山していく。そんな中、男が林の隙間から目にしたのは広大な大地であった。


 何故大地?島なのだから海が見えて当然な筈なのに。そんな思いを胸に抱きながら少年の後をついていくと、明らかに集落と言える程の場所へと出て来る。


「何で?!ここは無人島の筈だろ?人が住んでたのは遥か昔の筈・・・」


「僕達ずっとここに住んでるよ。って言うか無人島って?」


 集落に呆然としていた男は降りてきた山や、集落の周りを見渡しここが先程までいた無人島ではない事に気づいた。それだけでは無く見えた大地から『島ですらない』事も理解し、自分の身に何が起きたのかと頭をフル回転させるが答えが出て来ない。


「おじさん、こっちだよ。」


 少年の声に我に返った男は取り合えず少年が案内する世話をしてくれるおじさんの所へ向かう事にした。なお、自分がおじさんと呼ばれた事に関しては少しだけ心へダメージが入っていた。





 少年が案内したのは木を支柱にし壁を石で作った大き目の小屋。来る最中に聞いた話によると姉も一緒に住んでいるとの事らしく、三人が住むには少々手狭と感じる。


 中へ入ると中学生位の姉らしき人物が火の付いた竈の横の台で包丁を握り何かを刻んでおり、少年が帰ってきた事に気が付くと顔をそのままに「おかえり。」と声を掛ける。それに対し少年は「山菜とおじさんを見つけた。」と報告すると、姉は何を言っているのか分からなかった様で顔を男の方へと向けた。


「え?誰?冒険者?」


「冒険者・・・?いや、自分はこの辺りの地質調査に来た野村紗枝(のむらさえ)って言います。この子が言っていたお姉さんと言うのはあなたの事であってますか?」


「そうだけど・・・エレメール何かあったの?」


 エレメールと言うのはどうやらこの少年の名前らしく、そう言われれた少年は「怪我してるの。」と返答した。そう言われ姉は紗枝の顔を始め全身を見てみると土塗れで服のそこら中に血の跡がある事を発見し「エレメール、薬草箱と擂鉢持って来て。」と少年へお願いした。


「取り合えず中に入って、砂とか気にしなくて良いから。」


 そう言われた紗枝だが玄関に入る前に体を叩き少しでも砂が入らぬようにしてから扉を潜る事に。一方エレメールは薬草箱と思われし木箱を近くの机に置くと戸棚から擂鉢を持って来ていた。


「モーリーが居ないからこんな事しか出来ないけど我慢してね。」


 そう言って姉は椅子に紗枝を座らせると濡れた麻布で顔の土を拭い始めた。


「モーリーってのはお医者さん?」


「そう、ここにはたま~に顔を出してくれるの。何せここは怪我人が多いからね。」


 怪我人が多いからこんな歳の子でも人の面倒を見れるのかと感心する紗枝だが、薬草箱の中に目をやると本当に草や葉が入っており、消毒薬の類が見えない事に疑問を抱いた。


「そう言えばここって・・・」


「今は材料になる鉱石を掘ってるだけの名も無き村よ。鉄だけじゃなくて魔石もたまに出るから色んな働き手が来るの。そのお陰で村の男達は皆ボロボロで帰って来る位ね。」


 傷の手当に何ら躊躇も無いのはそう言った男達が多く頻繁に行っているからなのであろうが、紗枝は今の言葉の中で聞き捨てならない単語が入っている事に気づき問う事に。


「マセキって聞こえたけど、遺跡じゃない?」


「魔石も知らないでここに来たの?どこの出身よあなた。」


「出身は群馬だけど静岡の研究所に所属してるよ。」


「聞いた事もない地名。若しかしてここより田舎?」


 群馬も静岡も知らないと言う事は日本に来て日が浅いのかとも考えたが、これだけ綺麗な発音と『昔ら住んでる。』と言うエレメールの言葉から何一つ状況が理解出来ず混乱する紗枝。


「あぁ、そう言えばお姉さん名前は?」


「私はザビーナ。弟のエレメールとおじさんのマートンと暮らしてる。」


「そうか、そのマートンおじさんは採掘に?」


「そう、もうすぐ昼ご飯だからそろそろ帰ってくると思うけど・・・」


 そう話しているとやや乱暴に玄関の扉が開き「帰ったぞ!」と部屋中に響き渡る大声を発しながら大柄の男が入って来る。今の会話の内容的に彼がそのマートンであろう。


「おぅ?お客さんか?悪いな、うちには何もねぇから工場に行ってくれ。」


「違う。怪我してるから治療してるの。エレメール、おじさんの体拭いてあげて。」


 紗枝を見るなり冒険者と勘違いしたマートンは適当にあしらおうとしたがザビーナにそう言われ体に傷がある事を確認する。


「そうか、そりゃ悪かったな。ザビーナの治療は正確で早えーぞ。いつかモーリーが来たら弟子にしてやりたい程だ。」


 またモーリーの名前が挙がる。余程信頼されている医者なのだなと感じる紗枝だが、日本人の顔つきと明らかに違うマートンでさえ日本語がぺラペラな事に気づき今までの疑問を全てマートンへぶつける事にした。


「ニホンゴってのは知らねぇが俺達はずっとこの言葉を使ってる。それにグンマだとかって地域は俺も聞いた事がねぇな。若しかして東大陸の地域か?」


 やはり通じない。ここで紗枝は日本語の事を一度無視し、ここがどんな地域なのかを尋ねる事にした。


「ここは名もねぇ村だ。カラートレリオの北でシェルジェブールの東にある。ここへ来る途中建設中の城を見なかったか?なんでも新しい都市にするとかって事で建ててるらしい。その都市よりも北の山だ。」


 地名が何一つ分からない紗枝だが、気が付けば上半身の服が脱がされている事に気づき慌て始める。


「動かないで。薬草貼る前に綺麗にしないと何だから。」


 そう言ってザビーナは紗枝の背中の砂を拭き始めた。この分け隔てなく行動する辺りは確かに医者っぽいと感じつつも中学生程の子に世話をされ少しばかり照れに近い申し訳なさが彼を襲った。




 上半身は揉んだ薬草を傷口に当てて包帯と呼ぶに相応しくないボロ切れでぐるぐる巻きされると今度は下半身なのだが流石にそっちは後で自分でやるよとザビーナの治療を拒否し、一行は食事を取る事になった。


「食事まで世話になるとは・・・」


 食事の内容は炙った干し肉と先程刻んでいた野菜を取って来た野草を煮込んだだけのスープに弾力が殆ど無いパン。決して腹が膨れる物ではないが、自分の為に用意してくれたので無下にすることは出来ず一緒に頂く事に。


「ところでノモラーエと言ったか?お前は何でこんな村に?」


「野村紗枝、紗枝で結構です。この山の調査に・・・と言っても自分が知ってる場所とは違う様で何が何やら。」


「成程、記憶障害って奴ね。」


 マートンの問に対する返答から記憶障害を疑うザビーナ。


「まぁモーリーが来るまでこの村に留まっても良いし都市へ行きたいなら行っても良い。」


 マートンの優しさに感謝した紗枝はせめてものお礼にと何かないかリュックを漁っていると、元々ここには一泊する予定であった為食料が入っている事に気づきプレゼントする事にした。


「なにこれ?」


 紗枝が差し出したブロック状の栄養調整食品を見た事も無いエレメールは紙で出来た箱をグルグルと回しながら開け方を探し始めた。


「棒状のクッキーみたいな物だよ。」


 そう言って紗枝は箱を開けると中身を取り出し三人へ手渡す。クッキーが焼き菓子である事を知っている三人は珍しい形だなと思いつつ各々口へと運ぶとその甘味からか三人は「美味い。」と大喜びする。


「凄い変わった食感。それに何この甘さ。砂糖が入ってるの?」


「砂糖もあるけどそれはカエデから取れる樹液の風味があるんだ。ちょっと前に出て僕のお気に入りのフレーバーでもあるんだ。」


 想像以上のリアクションにこちらまで嬉しくなった紗枝は、ウエストポーチの中身を思い出し二つの品物を取り出す。が、それさえも知らない三人は再び紗枝に質問をする。


「あ、コレ?電話だよ。別回線のも含めて二台あるけどどっちも圏外で使えないな・・・」


 自分の知らない物が次々登場する為三人は紗枝の持ち物に興味を示し次は何が出て来るのかと待ちわびている。それに気づいた紗枝も「大したものは入ってないよ。」と中身を見せるが三人はこの道具は何に使うのか、これは食べ物なのかと聞く耳を持たない。


「しかし凄いな。風景を記録したり遠くの人間と会話したり出来るのか。まるで賢者か魔法使いだ。」


「それは言い過ぎだよ。都市に行けばそれ位手に入るんじゃない?」


 荷物を一通りみたマートンに対し謙遜では無いがその様な態度を示す紗枝に対しエレメールも「魔法使いだ。」と笑顔で喜んでいる。




 そうしていると集落の奥の方が騒がしくなり始め、気になったマートンは窓際から声のする方を覗き込み、こちら側へ逃げて来る人間に何があったのかを尋ねると「バジリスクだ!」と返答が来る。バジリスクと言う言葉を聞きなれない紗枝は事の重大さに気づいておらず、窓を閉めて静かにしていろと言い外へ出て行くマートンの言葉を無視し窓から顔を覗かせてみると、遠くで分かりづらいがどう見ても自分の知っている生物とは異なる形態をしている者が居た。


「サエ!何してるの!」


 ザビーナの言葉に我に返った紗枝は急いで伏せて息をひそめ始める。


 外には弓や剣を持った者だけでなく、火の球や氷の槍を飛ばす者、更にはシールドを張る者もおり、まるでゲームか映画の世界に来たようだと理解の追いつかない紗枝の頭に大量の情報が押し寄せる。ここは少なくとも日本じゃなければ現代でもない。自分はタイムスリップしたのか。しかしそれではあの生物や魔法の説明がつかない。






『僕は別世界に来てしまったのか・・・?』







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