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記憶の道  作者: 桐霧舞
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エピソード Y   後編





 幸成がこの世界に来て半年近くが経った頃。今となっては王都へ買い出しに向かう度診察を希望する者が後を絶たなくなってしまった為定期的に通うようになり、クラーラ達の集落も豊か且つ健康的な生活が送られていた。


 そんなある日、集落の弟達は近所の人達が面倒を見るとの事で幸成とクラーラは二人で王都に向かった。この世界では中々手に入らない素材を冒険者達に探してもらい、その素材を加工してくれる場所を探したりと医療道具が何もないこの世界では毎日が忙しい。


「おぉユキナリ、出来てるぞ。」


 幸成が最初に向かったガラス工房では細長いガラス製の菅にゴム製のピストンが付いた棒が刺さった道具、所謂注射器を発注していた。先端部は少し尖らせ、針の取り換えが利く様に依頼してある。サイズも同型を五本、複数種類の大きさを合計三十本と工房の人間総出で調整したらしい。


「これは凄い。見た感じ殆ど誤差も無いし綺麗な造りだ。」


 そう言われ若干照れ臭くなったのか「よせやい。」と店主。


「お前には世話になったし、これからも世話になるかもしれないからな。今回はその世話代って事で良いが、次からはちゃんと代金を貰うぞ?」


「勿論、他にも作ってほしい物は沢山あるから頼むよ。」


 そう言って幸成はボロボロになった鞄から紙を取り出し店主へと手渡した。中身は医療道具と言うより実験道具が主で、絵は幸成、文字はクラーラに書いて貰った物となる。


 挨拶を済ませた幸成が次に向かったのは金物工房。ここでは注射器に取り付ける針をお願いしている。幸成の顔を見るなり店主は試作品はこんな感じだと革で出来た財布の様な物を手渡す。中には注射器へ取り付けられるよう中空ゴムに固定された穴の開いた針。この世界で細長い針を作るのはかなり高度な技術である為か一ミリ近くの少々大型な仕上がりとなっている。


 幸成は先程受け取った注射器に取りけガタや隙間が無いかをチェックしつつ店主へと更なるお願いをする。


「もう少し、この半分位の大きさにして欲しい。出来るだけ細い物が良いんだ。」


「そうは言ってもねぇ、俺達も頑張ってるがコレが中々難しいんだよ。まぁ逆にやりがいがあるってもんだが。」


 今回の針はこれが最細と言う事で代金を支払い次の工房へと向かう。あっちへ行ってこっちへ行ってを繰り返しやや暇そうにしているクラーラだが、話が終わった幸成が「おまたせ。」と言うだけでその顔には笑顔が戻る。


「クラーラももうちょっと道具に興味を持ってくれれば良いのに。」


「何をすれ道具なのかも分からなきゃ興味も何もないよ。」


 現在医療行為そのものは幸成が単独で行ってはいるが、クラーラにも手間をして貰うのが今では当たり前となっている。幸成が用意した道具の説明を受け、何をどう言った目的でどのように使うのかと説明すれば覚えるのだが、見た事も聞いた事も無い道具の設計図を見せられた所でチンプンカンプンと言うのがクラーラの本音。


「それはそうだけど、もし俺が留守にしてたり、それこそシピ達が体調を崩した時にあの道具があればみたいな事があったら嫌でしょ?」


 そう言われぐうの音も出なくなったクラーラ。ここで幸成が道具の話だけをしているのには理由があり、この半年近くの間、幸成はクラーラを始めとする集落の人間に食事療養や医療についての知識を与える事により衛生概念を身に着け、酒を蒸留しエチルアルコールの抽出やデンプンからのブドウ糖の抽出程度であれば行えるだけの技術もある。それ故、道具を正しく使えば医療は発達すると言うのも教えているのだがこの世界の知識を大きく上回っている為覚えようとする気持ちでさえ負けてしまう事も。


 今回用意した注射針は注射器としては勿論点滴用の針としても使えるので、幸成は以前制作してもらっていた点滴バッグと点滴筒、更には液量を調節するクレンメを取り出しクラーラへと説明を始める。物の目的さえ分かれば理解できるので説明に入った瞬間真剣な目つきに変わった為、遠目から見ていた工房の職人も二人と道具に関心を示す。


 次に向かったのは先は薬屋。薬屋と言ってもこの世界ではどちらかと言えば漢方薬に近い物と、毒ではない魔物の一部を使用した何に利くのか分からない代物ばかり。だが、医者と呼べるような人間がまともに居ない世の中では唯一治療の出来る物である。


「おぅ先生・・・出来てるぜ。」


 店内に入ると店主が幸成の顔を見るなり声をかけて来る。今回この店に頼んだのは街のの周りで取れた植物からなる生薬。これがあれば以前集落で制作していた青汁の代わりになる為、街の人間でも簡単に手に入る予防薬になると考えた。試しに自分で一つまみ口に含んでみた所、恐ろしい苦みが舌の周りに広がり唾液だけで飲んでみれば喉にへばり付き水無しで飲むものではないと言う事を思い知らされる。


 効果は数か月様子を見てから市販する為、今回は出来た分の薬を全て買い取り店を出ようとした所、店主から幸成へ次回作る為の薬の材料を手に入れたが正しいかどうかを見てほしいと声をかけられる。


 幸成は止血用の薬が欲しいと以前から言っており、その為の材料であると予想し持って居た薬をクラーラに手渡し「確認したら向かうから先に門に向かってて。」と言い店の奥へ向かった。




 奥に入るとそこには乾燥したイカの骨が並べられており、店主曰くどの骨が良いのか分からないとの事なので幸成は一つ一つ調べ始める。実際は骨ではなくイカそのものを見た方が的確なのだが海まで距離のあるこの街では到着までに腐ってしまうので無茶と言うもの。


「ところで先生。申し訳ないんだが・・・」


 店主は三つ目の骨を持ち上げ観察している幸成に覇気のない声で話し掛け始めた。


「イカは足が速いから仕方ないよ。」


「いや、そっちじゃないんだ。実はある人から先生をここへ呼んでくれと頼まれていてね。」


「患者さんか?それなら気にする事じゃない。」


「患者でもないんだ・・・」


 明らかに様子がおかしい店主に違和感を抱き店主の顔を見る幸成。明らかに動揺している様で何かの発作かと近づこうとした瞬間、店主は大きな声を上げた。


「逃げるんだ先生!あんたは必要な・・・」


 そう言いかけた店主は急に後ろへ仰け反る様な体勢で痙攣を始めた。よく見れば腹部からは十センチ程の何かが飛び出し、根元からどんどん赤い染みが広がっていき、やがて倒れ込む。


「余計な事を言わなければ良かったものを。」


 そう言いながら店主の後ろから現れたのは黒いローブに身を包んだ男。右手には真っ赤に染まった短剣が握られている事から幸成は店主が刺された事を理解した。


 人は目の前で殺される姿を見たらどうなるのか。自分を守る為逃げるのか、勇敢に立ち向かうのか。幸成は目の前の光景が信じられず動かそうとしても脚が言う事を聞かずその場で立ち尽くしていた。男はそんな絶好の状態を逃す事なく短剣を腹部へと突き刺しながら自分に何が起きているのかすら分かっていない幸成の耳元で「お前が悪いんだ。イリョウなんてするから。」と呟き剣を引き抜いた。背中まで貫通した短剣は店主と幸成の血で染まっており、その血を近くの布で拭うと男は逃げる様に去って行っく。





「すまんな・・・先生。」


 うつ伏せに倒れ込んだ幸成の耳に聞こえて来たのは店主の声。何とか動く頭と目を向けてやれば自らの血で染まった店主が涙を流しながら幸成を見つめていた。


「すまん・・・」


 そう言うと店主は微かに動いていた唇や眼が完全に停止する。医者である自分の目の前で人が死なせてしまったと言う屈辱に近い感情と、腹部から背中への激痛だけが幸成を味合わされている。しかし何があったのかだけは朧気に分かっていた。それは自分を亡き者にしようと企んだ者がおり、そいつが店主を脅し奥の部屋へと誘い込むよう脅していたと言う事。だが最後の謝罪は幸成を騙した事なのか、不甲斐ない自分の事なのか、それだけは分からなかった。


 今日死ぬ人間は皆、自分が今日死ぬとは思っていないだろう。幸成も自分が店主の後を追うように死ぬなど考えた事すらない。腹部を抑えていた手も次第に力が抜けていき目も霞んで見えなくなっていく。そんな中、彼が思っていたのは集落の事、そしてクラーラの事。


 あの集落に居る者は短命とはよく言ったものだ。実際自分も同じ位の年齢で死ぬんだと言う皮肉もありながら、それでもクラーラの笑顔が脳裏に過る。彼女を自分の助手にし、後には医者にしようと考えていたのだが、当の本人は道具に関心は無く自分の話しか聞かないので時間をかけてゆっくりと教えて行こうとしていた。何せ健康になった彼女には時間があるのだから。






「ユキナリ!」


 門へ向かっていたクラーラだが、食事をしていない事を思い出しせっかく街まで来たのだから何か食べて帰ろうと途中で引き返した所、急に薬屋から男が飛び出してきた為疑問に思い中へ入ると血まみれの幸成を発見した。


「クラー・・・ラ。」


 霞んだ瞳にも確りと映ったクラーラの顔。何度も必死に呼びかけているがその声は自分の耳には入らず、幸成は最後の力を振り絞り言葉を発する。


「ありがとう・・・生きてくれ。」


 人は死ぬ前に何を見るか。死神か天使か。幸成の場合は最愛の人の泣き顔であった。



 自分に医療の知識があれば、いやその時間はあった。なのに自分は自ら覚えようとしなかった。いつでも教えてくれる。聞けば何でも応えてくれる。そう思っていたクラーラは何度も幸成に声をかけるのだが、彼は二度と教えも答えもしてくれなくなった。









 八年後。二十歳になったシピは甥に医学を教えていた。医学を身に付ければ人を助けられる。悲しい思いをしなくて済む。と何処か寂し気に話す。


「だからマウノは雑すぎるって。」


 その寂しさを打ち消す様にエルマの声が辺りに響く。


「患者を助けるにはスピードが必要なんだよ。」


「だからってそんな出鱈目な縫合したらくっ付かないし後が大変でしょ。」


 どうやら縫合の練習をしておりマウノの針捌きにエルマが口を出している様だ。甥への教育を邪魔されたのもありシピは二人の元へ行き叱る事に。


「素早く且つ慎重に。マウノはただでさえ早く縫合出来るんだから綺麗にしないと。エルマは逆に丁寧だけどもう少し早く出来る様にね。」


 まるで喧嘩両成敗。言っている事が至極真っ当故否定が出来ず「はい。」としか返事の出来ない二人は叱られて筈なのに何処か嬉しそうでもあった。シピは二十歳になったけど元気に生きてる。そう言った実感からかもしれない。





 この八年で何があったのか。


 幸成が殺害され遺体を集落まで持ち帰り埋葬したクラーラはその後幸成の残した道具や本、設計図を基に色々な道具、医術を生み出した。それと同時に幸成殺害の犯人を捜し数か月の内に犯人を特定する。


 結論から言うと犯人は街随一の錬金術師。動機は医療が発達したお陰で自分が儲けられなくなったと言う逆恨みから来た物で、医療の関係者が人を殺すと言う行為だけは幸成ならば絶対に選ばないと考え、法で裁いて貰おうとするのだが、街にすら居ない集落出身のクラーラを味方する貴族はおらず、裁く所か逆にイリョウと言う意味不明な物で人を騙した詐欺師だと訴えられてしまう。


 その結果クラーラは敗訴。そのまま獄中行きが決定したがその結果に満足のいかない街人がデモを起こし、その最中クラーラを逃がすと言う行為を行った。


 これにより医療は途絶え再び不健康な生活に戻ると思われたが、一人の薬売りが街にやってきては診察をすると言う現象が起き始めた。医療行為をする立場の人間にしてはどう見ても若すぎる。しかし渡された薬を飲めば数週間で元気になると噂が立ち、その薬を求める声が上がった。その薬売りが言うには「俺もある人に助けられた。同じ苦しみの人が居れば治してあげたい。でも今はまだ薬を売る事しか出来ない。だからもう暫く待ってくれ。」との事。


 そんな薬売りが街を歩いていて大丈夫なのかと言われれば勿論大丈夫ではない。再び命を狙われる事もあったが街の人が守ってくれていた。それだけの信頼関係を築き上げられたのも『ユキナリ』と言う義理の兄と『クラーラ』と言う姉のお陰だと薬屋は語る。


 勿論クラーラと言う名前は誰かに聞かれればまた変な輩に襲われる可能性が出て来る。その為薬屋は別の名前を名乗っていたと言う。その名は『モーリー』


 自分の姉や弟達も医療を学んでいる者全員が『モーリー』を名乗っている為、町にモーリーの名を持つものが居れば面倒を見て欲しいと話す。実際、彼の言う通り幸成の世話になった者は皆モーリーの名を持つ者を歓迎し陰ながら協力していた。 




 八年と言う歳月は長い様で短い。人の体は癒せても姉の心は未だ癒えないまま。しかし恩人である幸成が残してくれた甥だけは唯一彼女の心を開かせる。姉から学んだ知識を他の場所へも広めたい。そんな考えからシピは集落を発つ事を決め、明日にでも出ようとしていた。




「ヤルッコ。あの二人が言い争ってたらお前が止めるんだぞ。そしてクラーラとキナリも助けてやってくれ。」


「当たり前だ。シピの方こそ不安になって帰って来ましたなんて事したら濃縮した青汁を飲ませてやるからな。」


 マウノとエルマを叱った後そうヤルッコに話したシピは外に出て深呼吸をする。この森の空気はもうすぐ吸えなくなるのかと思うと寂しい気持ちにもなるが、やる事をやったらまたこの地に帰ってくる。そう思いながら散歩をしていれば農作業を終えたクラーラに出くわす。


「あらシピ。出発前日なのに手伝いにでも来たの?でも残念もう終わり。」


 昔の様に明るい笑顔を見せるクラーラだが、幸成が生きていればもっと幸せだっただろうにとシピの心にモヤの様な物が出来る。


「ただの散歩だよ。それよりキナリのご飯そろそろ作ったら?牧場の方は俺がやっとくから。」


「あ、もうそんな時間?じゃあシピ後はよろしくね。」


 自分の甥『キナリ』だけは絶対に守らなければならない。社会を直す事は出来なくとも人を治す事は出来る。だがシピは何れこの世界の貴族との関係も直せたらとは考えている。明日にはそんな思いを胸に旅立つのだ。




 その後、各地で医療を教え、弟子にも『モーリー』の名を渡し続けた彼だが、表立って医療を行えば余計な者に見られてしまう為ひっそりと活動を自粛する期間もあった。医療行為が恨まれない世界になればどれだけ人が助かるのか。




 『シピ・モーリー』の名は世界各地で通じる程にもなるのだが、それはまた別の話。




 最後になるが、幸成の能力は触れたものを綺麗にする『浄化』の力。しかしこの能力では人の心を浄化する事は出来なかった。





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