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記憶の道  作者: 桐霧舞
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エピソード A  掘削





 休憩しては歩くを繰り返し行っていた所でふと杏奈は脚を止め、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「どうかしたの?」


「う~ん。何かこの辺りに何かがありそうな気がするって私の第六感が言ってると思う。」


 ラジの質問に対し全てが曖昧模糊な返答を返す杏奈。実際彼女自身も何が原因なのか分からず、その何かさえ検討すらついていない。


 杏奈はそのまま砂丘を超え、下を見れば妙に大きな岩が所々飛び出ている場所を発見した。一見すると、まるで岩で作った集落とも取れる様な不思議な感覚を覚えそうだが、近づけば乱雑に積まれただけの岩と言う事が分かる。


「崩れそうにはないけど・・・何ここ?」


 岩肌を叩きながら周囲の確認を始める杏奈に対しラジは岩で出来た影を求めそそくさと先へ進んで行く。


 遠くから見れば人が住んでいそうな地形ではあったが、辺り一帯に人気が無い事を確認し終えると杏奈は陰で休んでいるラジの横に座り水筒を差し出す。すると彼は一口だけ飲み杏奈へと返還しようとするのだが、杏奈は「飲んで良いよ。」と受け取りを拒否。と同時に、リュックから棒の様な物が刺さった袋を取り出す。


「持って来てて良かった。」


 そう言いつつ杏奈はペットボトルに入った濁った水を袋の中へ入れ、絞るように巻いて行くと棒の先端から透明な液体が出て来る。その液体を少し口に含み「問題無し。」とだけ言うとラジの持つ水筒の中へ絞りながら液体を入れて行く。そう、コレは携帯用のろ過機である。


「水はもうこれで最後。せめて明日には水を見つけないと危険ね。」


 その言葉を聞いてか、ラジは水筒を杏奈に押し付けて動かなくなる。もういらないと言う意思表示なのか、杏奈は水筒を受け取り一口だけ飲むと「残りは取っておこうね。」と言いリュックへとしまい込む。それを見たラジは何処か満足気で自分にも何かできないかと辺りを探索し始めた。


「う~ん。私の勘じゃこの辺りなんだけどねぇ。」


 と独り言を口にしていると、地面から少しばかり妙に黒い岩が見えている事に気づき近づく杏奈。この辺りは岩だらけなのに何故かこの岩の周りは砂。違和感を覚えた杏奈はリュックから使えそうな道具を一式取り出し、その中からテントペグを選ぶと砕石用のチスの如くハンマーで叩き削り始める。この行動に何の意味があるのかは彼女自身も分かっていない。


 反響する金属音に誘われラジがアンナの元へ到着し、杏奈の作業を見ていると傍らに折り畳みスコップを見つけ岩の周りを掘り始めた。こちらの行動は『杏奈がこの岩をどうにかしようとしているから自分もやる。』と言う半ば妄信から来る一蓮托生な考えの元。


 数時間後、辺りが暗くなり始め涼しさを超えて寒さを覚えた頃になると体力を使い果たし二人はその場で寝転び深く深呼吸を繰り返していた。幾ら持って来たテントペグがチタン製だとしても違う用途で使用すれば変形はは逃れない。時折ラジも交代していた為、曲がってしまったテントペグには二人分の血を吸っていた。


 テントペグを見た後、検めて潰れた肉刺を確認すれば剥がれた部分からは出血しており、細菌等が入り放題の状態。流石にコレはまずいと水筒の水を使って傷口を洗うのだが、爛れた皮膚には劇薬の如く非常に強い痛みが二人を襲う。持って来た救急キットの消毒薬や絆創膏等でやらないよりはマシ程度の処置を済ませる。


 砂だらけと言う事は今居るこの辺りにだけ砂が吹き込んで来るのかと思えば、岩が風を遮り心地よい程度の風量に感動を覚えた杏奈は手が震えながらも晩御飯の支度を始める。持って来た食材は昨夜の肉以外には保存食と無洗米、そして自作のレーション。


 保存食と違い自作レーション殆どパウチ袋に詰め込んだだけのお手軽品である為、短期間しか保存する事が出来ない。故に今夜の食事はこれを食す事にした。


 杏奈はレトルト食品同様に切り込みから開け、中の物をステンレス製の皿に乗せるとスプーンと共にラジへ手渡し本人は寝床の用意を始める。


「それしかないけど我慢してね。暫くは食べ物が見つからないと思うの。後、私の事は気にしないで良いから。」


「でも、食べ物は皆で食べないと・・・」


 ラジのその言葉を聞き手を止めた杏奈。砂漠地帯では食材の入手が難しく、手に入れた物はその場所の人達で分け合い食い繋いでいく。この少年も若いながら確りとした教育がされている様で、自分だけ良い思いをすると言う考え方はしないと理解し彼の隣に再び座り直す。


「そうだね、一緒に食べよう。この煮豆とか私が作ったんだよ。」


 そう言って杏奈はスプーンで煮豆を救いラジの口元へと持って来る。それが何を意味するのか分かったラジは口を開けて自分からスプーンを迎え入れ、食した事の無い出汁の風味に目が見開く。


「美味しい!」


 自分の料理、と言っても出汁で煮込んだだけの質素な作り方ではあるが、それでも喜んでくれた姿に先程までの疲れが何処かへ行ってしまい次々にラジの口へ煮豆を突っ込んでいく杏奈。


「今度は僕が。」


 そう言ってラジは杏奈からスプーンを奪い煮豆を同じ様に杏奈の口元へと持って来る。一瞬戸惑う物の、杏奈は笑顔で豆を食らい「おいしい。」と返す。すると自分が作った訳でも無いのにラジは嬉しかった様で笑顔のままプルプルと震えて喜びを露わにしていた。そんな姿を見てまるで弟みたいな親近感を覚えた杏奈もまた笑顔である。


 食事が終わると杏奈は先程取り出していた寝袋を広げて敷布団代わりにし、テントの生地を掛け布団代わりと言う簡易的な寝床を完成させる。本来であれば寝袋をラジに渡しても良いのだが、案外冷える事と先程の行動の通り、ラジは自分だけが良い思いをするのを嫌う性格である為、対等にしたと言う結果。

「風は無くても気温は低いからね。」 


 そう言って寝袋の上にラジを案内し、抱きしめる様な体制を取る。


「寒い時はこうすると暖かい・・・ってここに住んでるんだもん、知ってるよね?」


「うん。でもいつもは皆と居たから・・・」


「そっか。私だけじゃ寂しいかもしれないけど今は我慢出来る?」


「大丈夫。アンナは見た目が違うけど心は同じだから。」


 そう話している内に貯まりに貯まった疲労から二人は床について一分経たずとして眠りにつく。





 翌日。目が覚めると同時に両手の激痛と筋肉痛に襲われ素っ頓狂な声を上げた杏奈と、その声で目を覚ましたラジは両手を何にも触れない様、手術前の医師の様な体制でゆっくりと起き上がる。


「手ぇ痛いぃ~。ラジ大丈夫?」


「メッチャ痛い・・・」


「だよねぇ、昨日無理させちゃったもんねぇ。」


「アンナは悪くない。僕がやりたいからやった。」


 その言葉に頭を撫でてやりたいと言う衝動が湧く杏奈だが、今この手で行えばそれは可愛がりと言うより嫌がらせになってしまう為我慢した。


 本日の朝ご飯は煮びたしと言う名の出汁と醤油で煮込んだだけのタケノコ。風変わりな味付けの筈だがラジはコレをも気に入った様で食べ終わった後の汁までも美味しそうに飲んでいた。


 昨日の分と合わせ今出たゴミをポリ袋に仕舞い込むと杏奈は昨日掘っていた黒い岩の元へと近づいて行く。すると、何やら奇妙な個所を発見する。


「どうかしたの?」


「ここだけ少し黒い・・・」


 そう言って杏奈は少しだけ黒くなった砂を掬い手の甲へと乗せる。手の平部分は使えないので指の背の方で砂を広げて行くと明らかに固まっている個所がある。逸れ即ち水分で砂が凝固したと言う証拠。


「この下?それとも岩?どちらにせよ水だよ!ラジ!」


 水と聞いて喜びの舞を踊るラジにハイタッチしようと近づく杏奈なのだが、急遽手を庇って抱きつく事にする。


 改めて確認すると、ラジが掘っていた周りの部分。非常に大きい岩の様で例えるなら氷山の一角の図。掘っても掘っても横方向に岩が露出し深く掘れなかったのだが、一カ所だけ岩が劣化しそこから微かに水気が出ている様だ。


「ここならペグが打ち込めるかも・・・」


 杏奈は曲がっていないテントペグを取り出し、こちらも二人分の血を吸ったハンマーをタオルでグルグル巻きにした手で持ち叩き始める。その手応えは昨日と違い、明らかにペグがめり込んだ事が確認出来る。


「これならいけるかも!」


 そう言ってある程度テントペグを打ち込むと三十センチ程離れた個所にも同様に打ち込んで行く。これは本来なら下穴を開けた岩に打ち込み岩を割る方法なのだが、そんな事は露知らず次々と打ち込みを進めて行く杏奈。


 しかし、幾ら周りより柔らかいとは言え岩は岩。今の手では何度も打ち付ける行為は苦痛以外の何物でも無く杏奈は少し悲鳴に近い「痛っ!」と言う声と共にハンマーを手放してしまう。


「僕がやる!」


 落としたハンマーを拾い今度はラジが打ち付けてあるテントペグを順不同に叩き始める。その時、ふと杏奈の方を見ると彼女はその場に倒れ不規則的な呼吸をしていた事に気づく。


 急いで杏奈の頭を上げようとした所、顔は真っ赤になっており、汗を殆ど書いていない状態を見て彼女が脱水症状を起こしている事を理解したラジは杏奈のリュックから水筒を取り出し中に入っていた水を口へと注ぎ込む。が、その量はコップ一杯にも満たない。故に状態が良くなるとは到底思えず。残されたのは目の前にある岩をどうにかして水を手に入れる事。ラジは焦りからか一心不乱にテントペグを叩き、その間も「アンナ!」と声を掛け続けた。


 そんな状態から数十分後、一本のペグが一気に根元まで刺さったと思えば、次の瞬間には水が全てのペグを吹き飛ばし、打ち込んでいた三十センチ程の穴から止めどなく溢れ出て来る。


 ラジは急いで水筒に水を入れると無理矢理杏奈の口へと何度も繰り返し流し込み、自分達が居る場所まで水が来た事に気づき杏奈とリュックを担いで近くの岩場の上まで避難をする事に。





「・・・あれ?」


「あ!アンナ!気が付いた?!」


「ラジ・・・痛ったーい!」


 避難をして三十分程した頃、目を覚ました杏奈は再び手の激痛で素っ頓狂な声を上げる。


「アンナ見て!水だよ!」


 手術医のポーズをしたままラジが指さす方を見てみれば先程まで自分達が居た場所に小さな池程度の水が溜まっていた事を目の当たりにした杏奈は「やったー!」と歓喜の声を上げた。


「ラジが掘ったの?!


「うん。何度も叩いてたら一気に出て来た。」


「頑張ったねぇラジ~。」


 そう言って杏奈はラジに抱き着くと一度冷静になって水場に目をやる。砂漠だけあってなのか水はみるみる砂に吸われていくのだが、吸いきれなかった分の水が溜まって池になっている様だ。しかしながらこれだけの水が出るならこの辺りにはもっと植物があってもおかしくはない筈である。


「ちょっと待っててね。」


 そう言って杏奈はリュックから小箱を取り出し池の目の前まで移動し、中から透明なプラスチック製の小さな試験管の様な物を取り出し水源から水を掬い凝視し始めた。


「う~ん。非常に透明度の高い水・・・。埃みたいな物も無ければ砂の交じりも無し・・・。」


 続いて瓶を取り出すと、蓋に付属されたスポイトで中の液体を試験管の中へ数滴たらす。


「・・・弱アルカリ。痛んでる訳でも無いし何でこんな水が岩の中から?」


 そう言うと池から水を手で掬って一口分口に含んで吐き出す。


「変な味はしない・・・って言うか普通に美味しい。」


 飲用かどうかの判断は素人が出来る訳では無いが、杏奈は常日頃からBTB溶液を持ち歩き『腹を下す程度で済むか』と言うのを自己判断で行っている。しかしここは日本ですらない。素直に飲んで良い物なのか判断に迷う。


 取り合えずラジに飲ませる分は自分の持って来たろ過機を通した水で、杏奈本人はそのまま飲む事で最悪の展開だけは避ける様に考え、念の為、水で湿らせた絆創膏を前腕の内側に貼り付け簡易的なパッチテストを行う事に。


 とは言え、水源が確保できたと言うのは砂漠の中では最重要項目。冷静になった筈の杏奈は再びラジに抱き着き「水だー!」と喜びの感情を爆発させた。









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