記憶の道 エピソード A プロローグ
記憶の道の別エピソードになります。
今までの話を読んでいなくても分かるように作成しています。
もし無人島へ持って行くなら何を持って行くか。
そんな誰もが一度は聞いた事がある話。最適解は何なのかと言う物ではなく、その人が何に重点を置くかと言う物。助けてもらう為の道具を選ぶ。少しでも長く生きる為の道具を選ぶ。脱出する為の道具を選ぶ等様々だろうが、これらは全て想像での話。
だがどうだ。本当に自分が無人島へ行く事になったとしたら。そもそも無人島より生きるのが難しい場所だったら・・・
梅雨に入る前の陽気な五月の初頭。先月高校二年生に上がったばかりの少女が一人、非常に大きなリュックへ荷物を詰め込んでいた。
折り畳み式の一人用テントを始めとするキャンプ用品に、缶詰やナイフと言ったサバイバル用品が綺麗に整頓されながら次々と収まっていく。その重さ推定ニ十キロと言った所。
「準備終わり!」
少女のその声に反応したのか父親が少女の部屋のドアをノックし開くと「忘れ物だぞ。」とLEDヘッドライトを差し出した。
「あ、忘れてた。あと明日は始発で山に行くから送りは良いよ。」
「分かった、ゆっくり寝させて貰うよ。帰りは?」
「明々後日。どうせ山じゃお金使わないし帰りも電車で来るから迎えも要らない。」
「今回は二泊ねぇ。食料は大丈夫か?」
「買ってから一年以上開けてない保存食も持ったし、食べれそうな物はちゃんと見極めるから平気。じゃあ寝るからお休み!」
そう言ってヘッドライトを受け取った少女は素早く電気を消してベッドへと潜る。明日が楽しみで寝れないと言う人も居るだろうが、彼女はソレと無縁の関係らしく物の数分足らずで眠りについた。
翌日、水筒へ水を入れ、更にペットボトルの水をリュックの側面へ差し込むと少女は陽が上がりかけた薄暗い街中を歩いて行く。五月になり暖かくなったとは言え、明け方の風は非常に冷たく、少女は少しばかり震えたかと思えば何事も無かったかのように歩みを進める。
電車に揺られて数時間。少女は目的地の最寄り駅へ降りると、観光に来たわけではないので立ち止る事無く山を目指す。更に言えば山の麓へ来た所で休憩の一つすらしないのだが。
山を登り始めて三時間程経った頃。流石に家から出る前に食べた食事だけでは胃の中も空っぽになると言う物。少女は休憩するのに丁度良い場所を探していると、妙に大きな木の根元にぽっかりと人が入れそうな程大きな空洞がある事に気づいた。洞とも樹洞とも言えぬ独特な空間で何故か穴の奥はヘッドライトで照らしても真っ暗で何も見る事が出来ない。
奇妙な感覚を覚えた少女は戻ろうと一歩後ろへ下がった瞬間、何故か体は意に反して穴の中へと吸い込まれる様に消えて行った。
暗く長いトンネル。まるで滑り台の様に落ち続けた少女がやっと地面に触れる。一体何メートル落ちたのかと膝を叩きながら立ち上がるのだが、やたらと周りが眩しい事に気づく。辺り一面に広がって居るのは荒野の様な砂。左右見渡しても黄土色一色の世界。とても大木があるとは思えないと言う事を思い出し全方向を探すのだが、彼女が滑って来たであろうあの穴は何処にも見当たらなかった。
「何処ここ・・・それにすっごく暑い・・・。」
推定気温四十度。灼熱の陽に照らされた少女は素早くリュックからタオルやブランケットを取り出し体を覆い始める。
「何でこんな所に・・・。」
サングラスで目を保護すると近くに何か無いか、願わくば人が居る所が無いかと僅かな希望を藁にも縋る思いで見渡すのだが、結果として見つかる事は無く少女は肩を落とした。
しかしじっとしていても死ぬのを待つのみ。少女は気を取り直してどの方向に進むのかを考え始めた。持って来た方位磁石は先程滑った事で壊れてしまい、スマートフォンの機能を使っても針が北で固定されたまま動く事は無く、砂漠で一番重要な『方角』を知る方法は絶たれてしまった。太陽がほぼ真上となると赤道直下に近い場所である事から、少なくともここが日本でない事だけは理解する。
「二十二世紀ならどこにでも行ける扉があっても良いけど、今は二十一世紀だし望んだ場所じゃないよ・・・」
独り言を喋りながら少しでも暑さを紛らわせようと画策するが、勿論現実はそんなに都合が良くない。
少女は決心し、ある一定の方向へ歩き出し「頼んだぞ私の第六感!」と高らかに声を上げた。第六感だけで物事が良い方向へ行くと思ったら大間違い。と、言いたい所だが、歩き出して六時間程経った夕頃、彼女の目には明らかに人工物と思われる何かが目に入った。それは近づくにつれ明確になっていき、布で出来たテントである事が分かった。
人が居る。そう思った少女は食事すら忘れて歩き通した脚を何ともせず駆け足でその場所へと向かう。
「誰か居ますか?!」
複数のテントを前に大声で叫ぶ少女の声に反応し、中からは褐色肌の中年の女性が顔を覗かせた。
「ん~?何だいその恰好は。見た所武器も無いし野盗じゃないみたいだが。」
「あ、すみません。私気づいたら砂漠に居て・・・宜しければ水を分けて貰えませんか?」
そう言ってサングラスを外した少女だが、中年女性は目元からこの辺りの人間でない事を察し、渡すものなど無いとだけ言ってテントへ戻ってしまった。
ペットボトルの水は空っぽ、水筒の水さえも残りわずかになってしまった少女は取り合えずこのキャラバンのテントの近くで休む事に。リュックを下ろすと慣れた手つきでテントを立てるが、柔らかい砂相手にテントペグは殆ど意味を成さず、非常に張りの緩いテントが完成した。
すぐに入り寛ぐのかと思えば、少女はなるべくキャラバンに近づかない様に水分を失った枯れ木をある程度集めリュックに入れていたメタルマッチで着火する。本来ならば長い間焚火を楽しんだりするのだが、素材が限られている現在でそんな余裕は一切無い。その為、着火に成功した事を確認すると小型の鍋に油を引き、痛みが速いであろうパック入りのウインナーやベーコンを焼いて行く。
すると音や匂いに釣られたのか、先程の中年女性を始めとするキャラバンの人達が興味深そうに少女の調理を見に来る。不信がっているのもあってか、距離こそ離れてはいるものの少女の視野には確実に入る位置に居た。
「良かったら食べますか?」
少女の言葉に反応し先程の中年女性が先陣を切って近づき始める。どうやら彼女がこのキャラバンのリーダー的存在らしい。
「それは肉かい?」
「えぇ。この暑さの中じゃすぐに痛んじゃうから今日の内に食べないと。」
砂漠で肉を手に入れるのが困難であるせいか、中年女性は手招きをして「見ろ。」と言わんばかりに鍋を指差す。中を見れば久しく口にしていないであろう肉。キャラバンにいた女性と子供の十五人は羨ましそうな顔でそれを見つめている。
「宜しければ水を貰えますか?そうすればこの肉は上げます。」
「・・・分かった。ただし、ここの水はかなり量が少ない。そんなに沢山は上げられないよ。」
交渉成立。少女のリュックにはまだ食材がある為、水と交換できればまだ何とか砂漠を進む事が出来る。とは言え、一日歩いた先で同じ様な場所があるとは想定考えられないが・・・
鍋の肉は一人一切れと言った感じで即座に無くなり、その場にいた全員がその味を噛みしめていた。一方少女は案内された水場へと赴くが、その水場は『水溜り』と呼ぶに相応しい程水量が少なく、とてもここに居る人間だけでも足りない事が分かる。
とは言え水が無ければ自分も死んでしまうので、空っぽになったペットボトルへ砂交じりの水を移すと案内してくれた中年女性にお礼を言って自分のテントへ戻る。
焚火は既に消え陽も落ちた為、昼間とは打って変わって辺りは急激に寒さへと変わっていく。山で過ごす事を前提としていた為、持って来た防寒具の類をフル装備する事で何とか凍えずには済みそうだと安堵した少女だが、ふとテントの外に気配を感じそっとジッパーを下ろす。すると先程鍋を囲っていた十歳程の子供が一人ジッと彼女を見つめていたのだ。
「どうしたの?」
少女が尋ねるとその子供は先程食した肉が美味しかった事と、その事でまだお礼を言って無いと言う事で態々言いに来たらしい。自分も水と交換したんだから気にしなくて良いと話すが、それでもお礼が言いたいとの事。
子供はその後恐る恐る少女に近づき「ありがとう。」とだけ言うと足早にキャラバンのテントへ戻って行った。その光景に笑みが浮かんだ少女は今になって今来た子が十歳前後の少年である事と、このキャラバンには成人の男が居ない事に気が付いた。
テントへ寝そべりその事を考えるのだが、それ以上に気にしなくてはいけない事に今頃気づく。それは何故言葉が通じるのかと言う事。ここは外国で日本語など通じる筈がない。なのに通じる。等と考えるのだが、一日中歩き通しだった体は休息を求めており、次に気が付いたのは陽が上がり始めた朝だった。
まだそこまで暑くはない。出るなら今の内だと考えた少女は素早くテントを畳むと再び砂漠を歩き始めた。
「大丈夫。私の第六感がこっちだって言ってる。」
根拠の無い勘だけで砂漠を歩くと言う自殺行為に等しい行動なのだが、彼女は非常に冷静で何処か確信を持った表情で歩き続けた。
歩き始めて半日ほど。歩きなれない砂の上を歩き続けた事により少女の脚は進む事を拒否し始める。流石にもう厳しいと判断し、取り合えずその場に日除け用にテントを張ろうとするが、自分の来た方向から気配を感じ、唯一武器になりそうなサバイバルナイフを手に取ると気づいて居る事を悟られない内に振り向き気配の元を確認した。
「・・・え?何で?」
少女がそう思うのも無理はない。そこに居たのは昨夜お礼を言いに来た少年だったのだ。聞けば、この少年は両親を亡くし、あのキャラバンで面倒を見て貰っていたのだが、自分が来た事で食事と水が減ってしまった事を気にしていたらしい。その為、自分も一緒に出て行けば迷惑にならないと考え、その結果がコレだと言う事。
少年の自己犠牲的態度に怒るに怒れなくなった少女は、戻るにしても今からでは遅く、先に行くにも命の保証はない。しかし少年はこの少女に着いて行くと言う旨を起きていた子に伝えていた事と一緒に行きたいと言う気持ちを伝えられ、少女は次のポイントへ着いたら引き返す事を内緒にしたまま了承する。
すると喜びの舞なのか飛び跳ねながら嬉しさを爆発させる少年と、その姿を見て弟が出来たみたいだとほほ笑む少女。
「じゃあこれから宜しくね・・・って名前言ってなかったね。」
一頻り喜んだ少年に握手を求めながら自己紹介をしようとした少女だが、先に口を開いたのは少年の方だった。
「僕はラジ。」
元気そうに自分の名前を言う少年に対し今度は少女が自分の名を告げる。
「私の名前は『杏奈』って言うの。」
この話は砂漠に飛ばされた少女が生き延びる為に行った活動記録である。




