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記憶の道  作者: 桐霧舞
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絶望と落胆と二匹の虫




 戻りの挨拶を終えた響也に対し気になるのは当然何をしていたのかと言う事。答えはまだかと言わんばかりの二人に対し一呼吸終えて話し出す。


 しかしその内容は翻訳である為、響也自身が何をしていたかと言うよりも賢者ウォルターの行動についてだった。


「錬金術に関しては僕も知識が全くないから分からないけど、賢者の石と比較すると入手のしやすさが全然違う・・・。どうも気になるな。」


「最後の冷ますにしても速すぎますよね。魔石を使ったとかなら兎も角。」


 長い間一緒に居た響也は全く気にしていなかった事だが、客観的に見るとおかしい部分が多々あり、二人はその部分に疑問を抱く。暫くの沈黙の後、セルジュは自分の頭で整理した内容から予測し、それを二人に伝える


「僕にはこれがエリクシールだと言われても信用出来ないかな。素材がどうこうと言う意味ではなく、賢者ウォルターの行動があまりにも怪しすぎる。まだ未完成なのか、どこかで入れ替えたか・・・。」


 そう言われ響也はすり替えるタイミングがあったのかを考える。基本的には翻訳をしていた為、調合等を見ていない方が多いのだが、最後の薬液を入れた後の事を思い出した。


「冷ました時だ!確かウォルターはガラスの栓をした筈だ。」


 その発言に二人は響也の持ち帰ったフラスコを確認すると、とてもガラスとは言えないコルクで栓をしてあった。


 中身を入れ替えたと言うより、別のフラスコを用意していたと考えるのが妥当だろう。しかし、これがエリクシールではないとすると一体中身は何なのか。それを知る為に響也は一つの案を思い付く。


「思い出した。確か・・・何とかテストって言って、肌の弱い部分に付けて観察すると害があるか確かめる方法がある。」


 響也の言う何とかテストとは『パッチテスト』の事で、アレルギーやかぶれの原因、更には毒物等を検知するのに使われたりもする検査の事。この時点で響也の頭にはこの液体が何なのかが何となく分かっていたとも取れる。


 響也は早速液体を掛けようとフラスコを手に取るのだが、コルク栓に手を掛けた瞬間、ジョゼは彼の手を掴み、手を震わせた。


「駄目です。キョーヤさんの話で思い出しました。私達は密偵を主とする為、毒には多少の心得があります。」


 そう言ってジョゼは鍼を入れているホルスターの側面部分から細い円柱状の棒を取り出した。これにはセルジュも覚えがあり、響也の手からそっとフラスコを奪うと地面に置きジョゼの棒を液体に付けた。すると物の十秒程で棒は黒く染まり、一同は確信を得る。


「ジョゼ、これはもしかして銀の棒か?」


「はい、私も旅の初めの頃は全部の液体に使っていたのですが、安全に水が飲めるのですっかり忘れてました。」


 響也の発言に応えるジョゼ。何故響也が銀の棒だと分かったのかと言うと、中世のヨーロッパではヒ素が暗殺用の毒として使われており、銀食器を使えば変色し毒が入っている事が分かると言われていた事を知っていたからである。ただ、食事に混ぜる程度のヒ素では変色しないとも言われているが、混ぜる前の原液ならば変色しても何もおかしくはない。


「つまり、用済みになった俺は殺すって事か・・・。」


「多分。響也が城に居る間、僕達が襲われなかったのもこの毒で殺そうと思ったから?でも全員で飲むって決まってる訳じゃないし。」


「つまり、何かしらの方法で全員を・・・あ!」


 ジョゼが言いかけた際、フラスコからブクブクと泡が立っている事を確認し声を上げる。二人はその声に反応しフラスコを見て逃げようとするのだが、泡は更に多くなり辺りに液体が飛び始める。


 ジョゼは逃げようとする二人の首元を掴むと、そのまま後ろ方向へ飛び窓ガラスを破壊しながら外へと飛び出す。その瞬間、黄色の閃光と共にフラスコは爆発。辺り一面に液体を撒き散らすのだが、幸いにも三人にその液体は掛かる事が無く、受け身も全く取れない体勢で地面へと叩きつけられた。


 二階とは言えその衝撃は凄まじく、咄嗟であった為、ジョゼも能力のコントロールを失敗。唯の自由落下に近かったので三人は暫くの間気を失ってしまう。




 まず最初に目を覚ましたのは響也であった。落下時に右肩から手までと頭を強打した為か、関節が外れたかの様な痛みが襲う。この際発した声に反応し、ギルドに所属するクランの男が声を掛けた。


「大丈夫か?目は見えるか?」


「あぁ、でも頭と右肩が痛む・・・。それよりジョゼとセルジュは・・・?」


「お前と同じだ。生きちゃいるがまだ目を覚ましてない。」


 響也は声を掛けた人間の向いた方向を見ると、そこには地面へ仰向けに寝かされた二人の姿があった。


「緑の兄ちゃんはお前と逆で左肩。ピンクの嬢ちゃんは背中と後頭部を打ってる。一応医者が来て処置はした。」


 後頭部の強打が如何に危険なのかは響也も良く知っている。現代日本でもそれが原因で亡くなる人は後を絶たない。故に仲間を失う可能性が脳から離れず、響也は無理矢理体を起こして二人の様子を確認する。


 学校で習った心肺蘇生の知識を使い、顔を近づけて呼吸と胸部へ意識を集中する。結果として二人共呼吸は乱れる事無く非常に落ち着いており、妙な痙攣等は起こしていなかった。とは言え急変する事も十分考えられる為油断は出来ない。


 ここに来て響也は自分が置かれている状況を知る為に辺りを見渡し始めた。辺りは大小粉々になったガラスが撒かれた砂地、少し見上げれば自分達が直前まで居た部屋から妙な煙が上がっており、ジョゼが破った方でない窓も枠ごと吹き飛んでいる。これ程までの爆発にジョゼが後一秒でも遅く行動していたらと思うと肝を冷やす。


 すると響也は安堵なのか恐怖なのか自分でも分からず自然に出て来た涙が頬を伝うと痛みを覚える。どうやら落ちた際に頭だけでなく右頬も擦りむいていた様で、触れればチクチクとした痛みが彼を襲う。これらから二人も傷があるのではと思い、顔を見るとセルジュも同様に左頬が擦り切れていた。響也はセルジュの荷物から水袋を取り出し、その水を自分の袖にかけるとセルジュの頬を拭った。


 一方ジョゼは後頭部を強打したにも関わらず、後頭部には血は疎か砂や土さえも付いていない。原因が分からず困惑していると、先程の男が答えを持って来た。


「横にするから離したんだが、お前達三人は抱き合う様な体制をしてたんだ。その嬢ちゃんの頭を二人で抱えるようにな。だから肩を痛めたんじゃないか?」


 そう言われ自分の右腕を確認すると、恐らくジョゼの物と思われる毛髪が付着して居る事に気づく。偶然なのか無意識なのかは不明だが、響也とセルジュがジョゼの後頭部を覆う様に腕を回していた為おかしな痛みがあったと考えられる。


「腕は動くか?」


「一応。痛くて殆ど動かせないけど・・・。」


「まぁ、折れてはいないがヒビ位はいったかも知れないな。動けるようになった医者の所に行くと良い。さて、俺も手間に行くか。」


 男は響也の腕を確認すると立ち上がり、ギルドの中へ入って行った。恐らく手間と言うのはこの騒ぎの片づけであろう事に申し訳なさと感謝の気持ちから「すまない。」と去り行く背中へ言うと、男はそのまま左手を上げてすぐに下した。


「・・・何か痛い。」


 ふと急に下から声がした為響也が目線を下げると虚ろな目をしたセルジュが口を開いていた。


「響也か。何があったんだっけ?」


「爆発だ。あの野郎俺達を吹っ飛ばすつもりだったんだ。」


「そうか・・・ジョゼは?」


「まだ気を失ってる。俺もさっき目を覚ましたばかりで、クランの集が後始末をしてくれてる。それより左腕は大丈夫か?」


 そう言われ左腕を動かそうとするセルジュだが、次の言葉に響也は絶望の二文字が横切った。


「動かない。」


 焦った響也はセルジュの左手を指で押しながら感覚があるかを尋ねるのだが、答えは全て「分からない。」と言う物。自分の右腕が無事であった為かセルジュも無事だろうと思って居た左腕。感覚が無い原因は左腕にあるのか、それとも頭を打った事にあるのか分からず響也は涙を流し始める。


「今思い返すと、君は随分と泣き虫だね。確か、サエノ村でも迎えに行く時泣いてたし。」


 慰めなのか笑わせようとしたのかセルジュはサエノ村での勘違いから涙していた事を話すのだが、響也の涙は止まる事は無い。何故なら、片腕が動かなければ普段の生活が不自由になるのは勿論、彼の召喚術は両手を使わなければならない事から冒険者としての生命も絶ってしまったと言う事を理解しているからだ。


「悪いのは響也じゃない。あの野郎だ。寧ろ僕はこれで済んだからまだマシだよ。」


 そう言うとセルジュは顔を再び正面に向け、続けて「悪いけど少し寝る。」と言って目を瞑った。






 響也が目覚めてから四時間後、辺りはもう暗くなり部屋を失った『三日月』は受付後ろにある休憩室に居た。セルジュが何処か感覚のある場所が無いか自分の左腕を右手で握りながら確認しているとジョゼの目が開いた事に気づいた。


「どこか痛い所はないかな?ジョゼ。」


「セルジュさん・・・。キョーヤさんは?」


「大丈夫、今医者の所に行ってるだけだからすぐに帰って来るよ。」


 自分の様態よりも他人を気にしたジョゼはセルジュの質問に返答しなかった為、再度質問をする。


「はい、頭・・・首でしょうか。そこが痛いです。あと背中も。」


「眩暈とかは?気持ち悪いとか。」


「しません。痛みだけです。」


 とりあえずは大丈夫と言う事で上半身を起こすジョゼ。この際、右腕だけを差し伸ばしたセルジュに違和感を覚え、次第に顔が真っ青になっていく。


「あの・・・左腕。」


「うん?なんでもないよ?取り合えず全員無事で良かった。」


「じゃあ、私と握手してください。・・・左手で。」


 そう言われセルジュは「握手は右手じゃないとね。」と話をはぐらかせ立ち上がり扉の前へ移動する。


「念の為そこに居て。響也と入れ違いになるかもしれないけど医者を呼んで来るよ。」


 右手で扉を開くとそのまま出て行くセルジュの行動から何があったかを察するジョゼ。骨折ならば添え木がある筈なのにそれすらも無く、裂傷だとしても包帯の一つは巻いてあるだろうが、彼の袖から見える前腕部にはそれさえも無かった。


 自分がもっと早く脱出出来ていればとジョゼは長椅子の上で膝を抱え込む。




 暫くして医者が到着。しかし一緒に居るであろう響也の姿は無く、付き添いはセルジュのみであった。

 ジョゼの検診結果は様子見と言う事で、今の所大事に至る事は無いだろうと医者はギルドを去っていく。すると入れ違いに響也が休憩室に入ってジョゼの目覚めを喜んだ。


「随分遅かったけど何処に行ってたの?」


「占い屋だ。どうにか手立ては無いかと聞きに行ってた。」


 そう言って響也は喜びと困惑を合わせた非常に微妙な顔でその結果を二人に伝える。


「『明日の明け頃、西の門より来る者が持つ石が解決する。』って事らしい。だからセルジュ、治るかもしれない。」


 その言葉に諦めさえしていた左腕への希望が現れセルジュは震えた声で響也に返答する。


「あぁ、そうだと良いね。でもそれは可能性だ。本当に解決できるかは分からないよ。」


 強がっては居たものの、左腕を失う事への恐怖は計り知れず。たった数時間動かないだけで絶望していたセルジュは俯きながら右手で顔を抑えた。






 翌日、三人は居ても立ってもいられず西門で来るべき者を迎える為、夜明けと共に立っていた。これには門番も驚くのだが、事情を聞いて特別に許可を与えた。


 一時間、二時間と待っていると一人の人間がこちらへ向かっている事に気づいた三人は『石を持つ者』では無いかと凝視する。が、その者は響也達も良く知っている人物であり、到底石など持たないであろう人物であった。


「全員でお迎えか?よく今日だと分かったな。」


 その人物はルイーザ。大剣の打ち直しでドワーフの集落から戻って来たのだ。


「おかえりなさいルイーザさん。剣はどうなりましたか?」


 ジョゼの言葉にルイーザは見てくれと言わんばかりに後ろを向いて背負っていた剣を見せつける。そこには且つてのやや幅広な両手剣ではなく、やや幅広な曲刀があった。


「私も響也の刀の切れ味が忘れられなくてな。あのドワーフももう一口(ひとふり)打ちたかったって事で丁度良かったらしい。」


 ルイーザが背負っていた刀は佐々木小次郎の使っていた野太刀よりも長く、日本で一般的に斬馬刀と呼ばれる風体をした柄を含め百五十センチ程の大段平な刀である為、その剣を見た門番も興味津々な眼差しで凝視している。


 勿論以前の大剣同様に、引き抜くのではなく鞘が割れる様に蝶番で加工しており、勝手に開かぬ様に鯉口付近及び鞘中央と鞘尻の間付近に固定用の金具が取り付けられている。刀も鞘もルイーザの満足のいく出来だった様で後ろを向いているが勝ち誇った顔が想像出来る。


「で、私を待っていたって訳じゃないだろう?何があった?」


 ジョゼが話を逸らした事さえ理解していたルイーザは先程から響也とセルジュが片腕を動かしていない事に気づいた。これには隠す櫃網も無いので打ち明ける三人。


「そうか。でも私が持ってる石なんてドワーフが『こんな物いらんわ!』って言ってた武器にも使えない魔石ぐらいだぞ?」


「だよなぁ。何か虫が良すぎると思ったんだ。」


「あぁ、何でも感覚を増幅、敏感にする品物らしく、武器に使っても切った瞬間が激痛になるだけって言う物らしい。」


「・・・それじゃね?」


 虫の良い話はある。響也は早速その魔石を見せろとプレゼントが待ちきれない子供の様にせがみ、ルイーザは鞄から二センチ程の細い矢尻の様な形をした魔石を取り出した。


「因みに、持っているだけでも違和感が半端じゃない。『感覚』を敏感にするからな。」


 そう言われ受け取るのが怖くなった響也はセルジュの袖を捲って「ここに乗せて。」と態度を変える。ルイーザは言われた通りセルジュの前腕に魔石を置くと反応があった。


「うん。何か分かるよ・・・。分かるけど、それだけだね。違和感と言うか。」


 セルジュの感覚としては何かがある程度にしか感じられず、思って居た事と違い再び落胆する。


「ならいっその事刺してみたらどうだ?矢尻みたいな形してるし。」


 と、再び魔石を拾い上げセルジュの前腕部に難の躊躇いも無く突き刺すルイーザ。これには門番を含め一同が驚き目を丸くした。が、次の瞬間にはその驚きは歓喜に変わった。


「痛ったい!いきなり何を・・・」


 そう言ってセルジュはルイーザが遠ざける為、左腕を高く上げた。触っても分からないと言うのは『感覚』なのだが動かないと言うのは神経や腱等が関係する。それにも関わらずセルジュは自分の意志で腕を動かす事が出来たのだ。


「あれ?動いた・・・」


 左手でグーとパーを繰り返し、時折右手で叩いたり抓ったりを繰り返すセルジュ。次第にガクガクと震え出すとルイーザに「ありがとう。」と涙ながら感謝する。


 もう一度確認するが、セルジュの腕が動かなくなったのは睡眠時間を含めた十九時間程。意識のある状況下では半分にも満たない程の短い時間。しかし、自分の意志で動かせず、何の感覚も無いという状況はセルジュを恐ろしく苦しめていた。これからこの左腕と付き合っていかなければならない。しかも冒険者としても真面に働けない足かせとして。そんな考えから解放され、全ての感情が爆発したのだ。


「違和感は?」


「あるにはある。でも痛みもあれば動かす事も出来る。こんなに痛みを有難いと思ったのは初めてだよ。」


 辺りを見れば響也とジョゼは勿論、話を聞いていた門番までもが涙し各々訳の分からないガッツポーズを取ると言う異様な光景に、王都から出ようとした御者はその場を動けずに居た。



 喜びを爆発させたままギルドへ帰った『三日月』だが、受付からの言葉で再び落胆する事になる。

「申し訳ありませんが今の部屋は修理中で、空いてる部屋も無いのでお貸しする事が出来ません。」


 それに対する響也の口から出た言葉は、


「え?また馬小屋生活?」


 であった。








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