模写と塔とエリクシール
響也が案内されたのは城の敷地内に建てられた賢者専用の塔であり、ここに入れるのは国王か賢者位の者で低ランククランの人間が踏み込む事など到底不可能な領域。塔は直径十メートル程の円柱状で頂部が大きくなっており、まるでキノコの様な形をしている。内部には壁に合わせた螺旋階段が二十メートル程の高さまで続いているのだが、賢者の部屋に行くにはこの階段を上る以外方法が無い様である。
久々に石の階段を登った響也は少し肩で息をしながら賢者の居る部屋の扉を指の関節部で叩くと、中からは「待っていたぞ。」と一人の男が現れた。その男こそ今回響也を呼びつけた『ウォルター・ウーブレック』本人。
「雨の中御苦労、まぁ中へ入りたまえ。」
そう言ってウォルターは響也を賢者の部屋へと招き入れる。内装は本棚や実験道具の様な物が多く、所々に文字の書かれた紙が貼られていた。濡れた体、それも室内なのにフードを外していない響也に気づいたウォルターは「黒髪である事は分かっている。」と声をかけ、響也にフードを外す様促した。
「畏まる必要は無い。お前を呼んだのはある『予言』が真実であるかを確かめる為。その予言とは『黒髪が王都へ現れし時、賢者の謎は解決する』と言う物。」
状況が今一つ理解出来ていない響也に対し賢者は机に置かれた本を手に取り見せつける。
「これはとある薬の製造法が書かれた書物だ。しかし長い間放置されていた為見ての通り穴だらけで読めた物ではない。私の謎とは、この本に記された物を理解出来ないと言う事。つまり、お前ならばそれを解決出来ると言う意味だろうと解釈し呼んだのだ。」
ここまで説明され納得した響也。実際、響也のサイコメトリーを使えば古い文書であろうと多少は見る事が出来る。ただし、問題としては響也はこの世界の文字を殆ど読めないと言う事。
「文字は読める必要等ない。書いてある事さえ分かれば良い。」
つまり賢者が良いのは、この本の内容を正しく模写しろと言う事である。それならばページ数が多い事に目を瞑れば簡単に出来る。しかし響也には一つ引っかかる事がある。なぜ書き写せと使いを出す訳でも無く、態々自分を招いたのか。ここに書かれている物は何なのか。
「お前が気にする必要は無い。だが、そうだな。それ以外で私に聞きたい事があれば質問を許可しよう。」
話をはぐらかされるのだが、続いた言葉は響也にとって絶好のチャンス。そもそも王都へ来たのも、クランのランクを上げたのも賢者にあって元の世界へ帰る方法を聞く為である。
「別の世界から来た・・・。元に戻る方法か。」
「はい。とある場所の情報で『賢者の石やエリクシールがあれば戻れるのでは?』と言う結論に至りましたが確証も全くありません。」
「・・・エリクシールか。」
響也の話を聞いたウォルターはエリクシールと言う単語に反応し、何かを考える様な仕草の後、深呼吸してから口を開く。
「この本が『エリクシール』の製造法を記した物だ。」
これには響也も驚き変な声を上げる。自分達が探していた物の手がかりが目の前にある。偶然にしては出来過ぎと言う物だが、棚から牡丹餅であるのには変わりがない。
「作成に協力してくれるな?」
「はい、では早速解読を始めます。」
賢者へ呼ばれた不信感が無くなり前向きになった響也は本を受け取ると紙をペンが用意された机へと向かう。そんな二人のやり取りを聞いていた者が居るとは知らずに・・・
(エリクシールの作成。それを外部に出さない様にする為に逃げる事も出来ない塔の中へキョーヤさんを招き入れた・・・?)
雨に打たれながらも外壁に張り付いたまま中の様子を聞いていたジョゼは情報を持ち帰る為、一度塔から離れギルドへと急いだ。
「エリクシール・・・。理由は分からなくないが、どうも引っかかるね。」
ボロ布で髪を拭きながら話を聞いたセルジュは顎に手を添えながら考え始める。サイコメトリーが出来る響也を呼ぶは分かるが、何故サイコメトリーが出来る事を知っていたのかと言う事。数分悩んだ後、セルジュは一つの可能性を思い付き外へと飛び出して行った。
雨の中彼が向かった先、それは上級市民区域。過去に『三日月』の四人が訪れた場所。雨のせいかセルジュを止める者も居らず、彼はあっという間にそこへ着いた。
「エルザ!響也の事を話したのはお前だな?!」
扉を開くなり乱暴な口調で叫ぶセルジュに対しエルザは落ち着いた口調で返答をする。
「私は『占ってあげた』だけよ。」
「ふざけるな!なら何故能力と名前を知ってるんだ!」
「それが『あの子』の為だもの。」
「僕は昔言ったはずだ。僕の大切な人に危害が及ぶ事をすれば許さないと・・・。君が僕の考えを知らない筈がない!」
そう言うとセルジュは地面へ触る為屈もうとするのだが、両手は疎か首さえを動かせず中途半端に屈んだ体制のまま固定される。
「せっかちね。私が言ったのは「今、賢者に会う事があの子にとって一番良い状況だったって事よ。でも、事の判断が正しいか誤るかはあの子次第ね。」
そう言われると急に体が動き出しした為バランスを崩しその場に尻餅を付くセルジュ。エルザの言う『正しい判断』とは何かを聞こうとするのだが、答えは先にやって来た。
「賢者に会っている今。あの子の運命の輪が回り始めたのよ。あの塔に飲み込まれなければ帰って来るわよ。」
「一休み・・・っと。」
賢者に呼ばれて二日目。響也は本の内容を模写しては休むを繰り返していた。長時間サイコメトリーを使った事が無い為、初日はあっという間に疲れ果てた物の、今ではコツを掴んで多少疲れにくく能力を発動する事が出来る様になった。
「今までの分を受け取ろう・・・なるほど、これが必要か。儂はこれを持って来るよう兵士に伝えて来る。休んだからすぐに作業へ取りかかれ。」
賢者は強引めに響也の書いた紙を取ると、そう言って部屋を出て行った。どうやら今書いている部分は道具の名前らしい。
背伸びして窓へと目をやると、響也は妙に見慣れたピンク色の細い糸の様な物がチラチラと見えている事に気づいた。そんな訳がないと思いつつも窓へ小走りで近づき開くとそこにはジョゼの姿があった。
「ジョゼ!お前何で・・・いや、今賢者は居ないから入れ。」
一体どれだけの時間張り付いていたのか。ジョゼの顔はやや痩せこけており、体は小刻み震えているのだが、真っ赤になった顔色にサエノ村での事を思い出した響也は額に手を当てる。案の定、非常に高い熱を出しており、急いで朝食に出され残っていたオートミールを口に押し込みつつ、適当なパピルスに水を染み込ませ額に乗せた。
「何してたんだジョゼ。死んじまう所だったぞ。」
「・・・私の特技は偵察です。・・・中で何があったのか。・・・響也さんが無事なのか。」
「あぁ、無事だよ。気になるなら少し見て戻れば良かったのに。」
「セルジュさんが言ってたんです。塔に飲み込まれなければって。」
「塔に・・・?何か仕掛けでも・・・まさかそれを調べてたのか?」
「はい・・・。」
自分を心配して来てくれたと言う事で怒り辛い響也ではあるが、仲間を危機に晒してまで自分を助けて欲しい等とは思って居ない。更に言えばリーダーとして仲間の危機を防ぐのが役目である。
そんな時、ジョゼを招き入れた窓から小さな人型の存在が入って来る。こちらも何度か見ている為、すぐに理解できた。
「セルジュのピクシー・・・?あ、何か書いてある。『〇〇が来る。〇から飛ぶ』・・・まずい!ジョゼ!一回だけで良い、飛べるか?!」
ジョゼは頷きだけするとピクシーを両手で掴み、窓から出来る限り遠くへとジャンプする。しかしその力は弱く、辛うじて城壁を超えられるも到底一番近くの安全な屋根の上へさえ届かない。
力が完全に無くなったのか、次第に加速して落ちるジョゼの下にはセルジュが居り、彼女を文字通り体で受け止める。軽いとは言え人一人分の重さを持つ者が数メートルの高さから落下すればその衝撃は凄まじい。自らも倒れる事で出来るだけ衝撃を分散させる事に成功し、辺りには砂煙が立ち込める。
何故セルジュが居たのか。それは数分前の話。
王都を歩き回り遠くから侵入ルートを探していたセルジュは、賢者の居る塔に限り警備が殆どされていない場所を発見した。あの場所からならば何かあった時に動けるぞ等考えながら眺めていると、塔の白い壁に交じってピンク色の何かを発見する。急いでセルジュは左目を閉じ右目だけで塔を確認する。
(・・・ジョゼだ!まさかずっと居たのか?!・・・あ、響也が気づいた。取り合えずは安心・・・いや、賢者が帰って来てる。)
塔の採光、及び換気用に開けられた小窓から賢者の姿を確認したセルジュは持っていた墨で即座に『賢者が来た。窓から飛べ。』とピクシーに書くと響也の所へ向かわせる。それと同時に自分はジョゼの落下地点へど急いだ。
響也にはいくつか読めない文字があったのだが、意味は伝わっていた様で、無事にジョゼは窓から飛んだ。案の定力の無いジョゼは短い距離しか飛べず、それを見越したセルジュは何とかジョゼの下へ間に合った。と言う事。
「おや?窓辺でどうした?」
「え?あぁ・・・景色を見ながら食べる食事も悪く無いかなって。」
響也は手元にあるオートミールの皿を見て誤魔化すのだが、ウォルターは何やら異変に気づいて居るものの「そうか。」とだけ答え、続きを書く事を命じた。
それから八日程経った頃、響也は遂に模写を完成させた。一日に数ページしか進まなかったサイコメトリーも今では十ページ分は映像<ヴィジョン>を固定する事が出来る様になり、ウォルターが思って居たよりは早く終える。
「ご苦労だった。お前が写している間にも作業を進めていたからエリクシールももうすぐ完成する。そこでだ。その第一作目をお前にくれてやろうと思う。」
本来何度もお願いして譲って貰う予定だったのもあり急な申し出に戸惑う響也。中途半端な返事をするとウォルターは一笑いし、小ぶりな二つフラスコを指差す。
「この透明の液体に隣の透明の液体を混ぜてオレンジ色に変化すれば完成だ。」
つい先程書き終えたばかりなのに何故そこまで早く完成するのかと疑問をぶつければ、先程まで書いていたのは制作者がどの様に使った等の言わば使用例や感想の部分だったとの事。
フラスコの中身を一つにした時、液体は見事赤みがかったオレンジ色に変化した。即ちエリクシールの完成である。これには冒険者と賢者と言う垣根を超え喜びを露わにする二人。
「完成だ。思いの外簡単ではあったが・・・。しかし完成直後は熱を持つと書いてあった。取り合えず窓際で冷ましておこう。」
そう言ってウォルターはフラスコにガラス栓をして窓際へと移動させた後、「何だ、もう冷めてるでは無いか。」とフラスコを取り出した。
「どうやら冷めると黄色の液体になる様だな。まぁこいつはお前の物だ。」
差し出されたフラスコを受け取る響也は、彼が言う様に既に人肌程にまで温度が下がっており、薄い黄色をした液体になっていた事を理解する。これさえあれば元の世界に戻れる。しかし戻りたいのかと言う疑問も無い訳ではない。
「ありがとうございますウーブレック様。」
「何、お前が居なければ完成はせんし、また作れば良い事。飲まないのならば戻ってから飲むと良い。」
最後にお礼を言うと響也は賢者の部屋を出る。が、ウォルターも外へ行く用事があると二人で階段を降り塔の入口まで見送りに来た。するとウォルターはそのまま城へと向かって歩き出し王の居る謁見の間まで移動を始する。
「出来たかウーブレック。」
「はい、完成いたしました。」
「あの者は本当に文字が読めんのだな?」
「はい、部屋の中に物騒な文字を書いた物を複数置いておりましたが全く気にせず、更には鼠と虫が入って来た際にも間違った読み方をしていた事を確認しています。」
「鼠と虫か。警備兵には言って置かねばな。」
「いえ、その必要はないでしょう。」
「・・・確かに。エリクサーが完成した今は必要ない事か。」
「はい、では早速『あの場所』へ行きましょうか。」
「うむ。人に見つかる事の無い様、透明化の魔法をかけよ。すぐ出発だ。」
「はい。仰せのままに。国王様。」
約十日ぶりの外。久々に歩いた土の上は懐かしく勝手に脚が前へと進む。妙に清々しい気持ちな響也はウォルターから受け取ったエリクサーを懐から出して眺めてみると、足元を見ていなかった為転びそうになる。しかし、太陽の光に反射し綺麗な黄色の液体はコルク栓のお陰で零れる事無くチャプチャプと音を立てていた。
また転ぶと悪いと思い懐へしまうと、帰り道がてら食材を購入しながらギルドまで戻る事にした響也だが、食材を選んでいる最中一つの疑問が浮かぶ。それは二日目以降ジョゼとセルジュ、更に言えばピクシーの姿を見ていない事。
急に胸騒ぎを覚えた響也は買い物を止めギルドへと走り出す。何事も無ければ言い、杞憂であれば良いと思いながら到着後すぐに部屋の扉を開くと中には普段使用している鞄や鍼等もそのままで誰の姿も無かった。
間接的にとは言えエリクサーの製造法を知ったから。だから口封じに仲間まで消された。そう考えた響也は膝からその場に崩れ落ち、呆然と部屋の中を見つめる事しか出来ず、唯々胸を抉られる感覚と喪失感に打ち拉がれるしか出来ずにいた。
「おかえりなさいキョーヤさん。」
「随分急いでたけど何かあったの?」
幻聴かと後ろを向けはそこにはジョゼとセルジュの姿があった。しかしこれも幻覚なのではと立ち上がってセルジュの顔をベタベタと触り確認する。
「コレは新手の嫌がらせかい?」
「生きてたのか・・・?」
「勝手に殺さないでください。私達はちょっと早い昼食を取って居ただけです。」
「そう、食堂から声を掛けたのにそのまま部屋の方に行くんだもん。」
何事もなかったと言う安堵感から再び崩れる響也に対し「膝痛くない?」と揶揄う様に話すセルジュとそれを聞いて笑うジョゼ。杞憂であれば良いと響也が思って居た通りになった為、一度深呼吸をすると少し大きめの声を出す。
「ただいま!」




