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記憶の道  作者: 桐霧舞
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朧月





 キングトロールの討伐に成功し、生き残ったクランとそのメンバーは無事に帰還。二度目のキングトロール戦に勝利した『三日月』を見て受付では一騒ぎがあったのだが、今の響也からすればどうでも良い事であった。何故ならば全身が『腐った魔力』の匂いのするキングトロールの血に塗れていたのだから。


 銭湯へと迎えは昨日と同じ状態の響也を見て洗濯屋もデジャヴを感じた様で目を閉じたり開いたりを繰り返していた。そんな彼等へ気にもせず服を預けると洗い場でお湯を何度も頭から被る。こびり付いた血液は中々強固で、手櫛を使っていても引っ掛かり中々落ちないでいた。これは前回の戦いでも響也の黒髪があの場に居たクランのメンバー全員の前に晒された証拠でもある。


「僕が手伝うよ。」


 そう言って泡立てた石鹸水を小型のゴーレムにして手の平に乗せたセルジュが声をかける。彼はゴーレムで響也の髪を包むとそのままの姿勢で待機し始めた。


「お湯に漬けると汚れは落ちやすくなるって洗濯屋に聞いてね。」


「確かにそれは言えてる。あぁ~あ、こんな時にシャンプーがあれば一発なのになぁ。」


 聞き慣れない単語に反応したセルジュはその事も踏まえて響也へと質問を開始する。


「シャンプーってのは汚れ落としか何か?」


「そうだ。髪専用の洗剤で石鹸と違い汚れを落とすだけじゃなくて髪もそこまで傷めないんだ。まぁその後中和の意味も兼ねてリンスとかコンディショナーが必要だけどな。」


「やっぱりこっちは不便かな?」


「・・・まぁ不便だ。だが、この不便も『人生を退屈しない』って感じで今じゃ結構気に入ってるよ。・・・何か聞きたい事でもあるのか?」


「鋭いね。でも対した事じゃないよ。今回も生き残る事が出来て、少し思ったんだ。前回の戦いって、何かが少し違えば全員が生き残る未来ってあったのかな?って。」


 全員が生き残る。これはセルジュの居たクランのメンバーは勿論、響也達からすれば友人に当たる『鉄壁の盾』も含む全員。今回は後発部隊が誰一人欠ける事は無かったが、先発部隊は壊滅に等しい状態であった。セルジュは自分達が最初からあの場に居れば未来は変わったのではと考えていたのだ。


「俺達は英雄でも勇敢な兵士でもない。唯の一般的な冒険者だ。アレだけの数を相手じゃ俺達が最初から居た所で戦力にはならなかっただろうよ。そりゃ少しは減ったかもしれないし逆に増えたかもしれない。だが今言えるのは『あの時に居たメンバーだから今の結果になった』って事だ。生憎俺の能力は過去を見れても未来は見え無ぇよ。」


 そう言うと響也は頭部を動かした。セルジュの手を離れた水は重力に従いそのまま落下し体全体へと石鹸水がかかると、響也は再び桶でお湯を汲んで数回頭から被り頭部から血の匂いが消えた事を確認する。


 体を洗い終えると湯舟に浸かり後頭部を支点に体を一気に脱力させ天井を見つめる響也。先程の元の世界へ帰ると言う質問だが、実際の所迷いがあった。幽霊船から脱出した際に見た夢は彼の心が繰り返し毎日あった平穏な日常を求めていたと言う心理が働いたのではと考えると、この生活は気に入っていたとしても無意識の内に元の世界に帰りたいと思っていたのか。帰りたくないと思って居たのか。そもそも今現在も元の世界に帰る為の方法を探しており、元の世界に戻るつもりは無いと言う考えは全てを持って矛盾している。


「そう言えば、ルイーザの事・・・と言うか剣の事。僕は剣に詳しくないけど真っ二つに折れた剣って直せないよね?」


「あぁ、ドワーフの所でも言われたな。同じ形にする事は出来ても同じ剣にはならない。曲がる位なら兎も角、折れちまったらもう無理だ。」


「だよね。って事はルイーザの剣は早くどうにかしないと。」


「・・・あいつの剣、確か何度も鍛えたって言ってたな。昔から使ってた相棒・・・愛着と信頼以上の何かがあった筈だ。剣同様にルイーザの心とかそう言った物が折れて無けりゃ良いが・・・」


 響也がそう言って眉間に皴を寄せると壁の向こうから声がしてくる。


「その事に関しては問題ない。私がそんなヤワじゃない事は知ってるだろう?だが私にも一つ考えがある。すまないが暫くの間私は『三日月』を離れようと思う。」


 女湯から聞こえたルイーザの声。だが問題は声ではなくその内容であり、響也とセルジュは湯船で立ち上がるとルイーザに理由を問いかけ返答を待つ。


「あぁ勘違いしないで欲しい。剣を打ち直しに行くって意味で言ったんだ。」


 そう言われ胸を撫で下ろす二人だが、女湯の方では『聞いてない』と言わんばかりに驚いた表情で硬直しているジョゼの姿があった。


 詳しくは出てから話そうと言う事で、銭湯を後に一行はギルドに到着すると食事をしながら詳しく聞く事にした。



「はっきりと言おう。今回トロールを斬った際に響也の刀、細かく言えばドワーフ製の剣の鋭さと頑丈さには太鼓判を押したい位だ。折れてしまった以上、私の剣も『直す』のは不可能。なら響也同様に『同じ鋼』の剣をドワーフに打って貰いたいと思うんだ。それには大金が必要な上にあの村まで行かなければならない。そうなるとコレはクランではなく私個人の問題になる。」


 その話を聞いたセルジュはやや首を傾げなら質問をする。


「だから一人で?」


「そう言う事だ。確か響也の剣の値段は八千マルクだったな。と言う事は大剣なら一万は行くと思う。この額を稼ぐにも・・・」


「ちょっと待ってろ。」


 今度はルイーザの話し中に遮り席を立つ響也、どうやら受付に行って会話をしている様で、一分程すると席へを戻って来ると険しい表情のまま話し始める。


「緊急ミッションの事で話してきた。二度も出撃したんだから少し位報酬を貰っても罰は当たらないだろ?んで、一クランに付きマンティコアは二千、キングトロールは三千貰えるって話だ。つまり今回で五千。前回の幽霊船で二千。それに今の俺達の手持ちが約二千ある。合計で九千だ。それを持って行け、そうすれば早く帰って来れるだろ?・・・セルジュとジョゼが良ければだが。」


 そう言って響也はジョゼとセルジュの顔を見ると、


「僕は良いよ。」


「私も構いません。」


 と言った返答が反って来る。それに対しルイーザは「いや、コレは私の事だから・・・」と否定しようとした瞬間、響也は再び言葉を遮る。


「良いか?お前は『三日月』での一番槍だ。お前が居ないと俺達も困るんだよ。」


 そう言われ言葉が詰まるルイーザに対しセルジュとジョゼも続く。


「言うなれば投資だよ。新しい剣になったルイーザにはその分頑張って貰うからね。」


「キョーヤさんじゃありませんけど、それこそマンティコアやキングトロールを倒すのに一番貢献したのはルイーザさんです。取り分が多くても罰は当たりません。」


 その言葉に対しルイーザは数秒沈黙をするといつもより高めのトーンで声を出し始めた。


「そうか・・・。なら有難く頂こう!私が帰って来た暁にはその剣で同額をすぐに稼いでやろう!」


 その表情は笑顔なのだが、顔は赤く、目元にも水分がやや多く感じる。素直に礼の言えない彼女なりの不器用な『ありがとう』に三人も笑顔になると、何事も無かったかのように食事へ戻った。





 翌日、金を受け取ったルイーザは少しでも金を浮かす為歩いてオルレーヌ霊山へと向かった。勿論その道中、ドワーフの集落では手に入りにくい植物等を収集しながら進む事で到着と同時に収入を得ると言う目的もある。


 一人旅では何かと危険だろうとジョゼも付いて行こうと提案したのだが、響也とセルジュの面倒を見て置いてくれと断り、せめても武器が無いと不便だろうと言う事で、響也の刀を預かる事にした。こちらも、現場で稼ぐ事と新しい大剣と比較する為と言う目的があった。


 ジャマダハルに何処から来るのか分からない絶対的な信頼があった響也はその後も『愚者の舞』で簡単な討伐任務をジョゼと共に行う事にし、セルジュは収集任務を中心に受ける事になった。






 それから三日程経った雨の日。甲冑に身を包んだ複数人の男がギルドを訪れた。彼らは王都騎士団の者で、とある男を訪ねに来たと言う。


「連絡の一つもなく来た無礼を詫びよう。しかしこれは賢者ウォルター・ウーブレック様からの命である為拒否は許されぬ。ここには『三日月』と言うクランがある筈だ、直ぐに出して貰おう。」


 やや大声と受け取れる様な威圧感のある声量で話し始める隊長らしき男に対し受付嬢は「少々お待ちください。」と言って奥へと引っ込む。どうやらギルドの上司に対応の仕方を聞きに行ったようで、今回は賢者の命令と言うのもあり従う事にした。


「今お呼びしていますので良かったらお飲み物でもどうですか?」


「遠慮して置こう。用があるのは『三日月』だけだ。」

 受付嬢に対して断固として動かぬ姿勢からして非常に頑固な堅物と思われる騎士団隊長の元へ響也が現れる。

「貴殿が『三日月』の者か。我らは帝都騎士団である。『三日月』には過去を見る事の出来る男が居ると聞いて参った。貴殿がその男か?」

「あ、あぁ・・・はい。そうですけど、何か用事でも?」


 威圧感のある声に少し圧倒された響也に対し騎士団長は話を続けた。


「賢者ウォルター・ウーブレック様が貴殿をお呼びだ。今から来て貰おう。」


 急な申し出に対し今は無理だと言った所で全く引こうとしないであろう騎士団隊長に響也は否定の姿勢を取ろうとしたが、本来ならば会う事も許されない賢者に会える絶好のチャンスである為、言う通りに付いて行こうとした。


 しかし隊長曰く、向かうのは城である為武器の持ち込みは許さないと響也のジャマダハルを指差す。ここで揉め事を起こすのは何の意味も無いので素直にジャマダハルの鞘が付いたベルトを外すと受付嬢へ「仲間へ渡しておいてくれ。」とカウンターに置いた。




「遅いね響也。」


「何かあったのでしょうか?私ちょっと見てきます。」


 響也の帰りが遅い為部屋を出ようと扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのはいつも世話になっている受付嬢の姿であった。急に開いた為驚きを隠せず、その場から数歩後ろへと後退させてしまった様だ。

「あ、ごめんなさい。」


「いえ、私の方こそドアに近すぎたもので。」


 謝罪するジョゼに対し受付嬢は何事も無かったかの様に返答するのだが、ジョゼは彼女が持っている武器に注目し疑問を浮かべる。


「先程王都騎士団の方が来られて響也さんに用があると連れて行ってしまいました。武器の所持が認められないとの事で私が剣を預かりました。」


 そう言って受付嬢はジョゼにジャマダハルを差し出し、同時にジョゼも手を伸ばし受け取る。


「騎士団が?内容は聞いてる?」


 会話が聞こえたセルジュが扉の前まで来るとジョゼの後ろから受付嬢へと質問をぶつける。それに対し「過去を見る力の件で賢者に呼ばれた。」と言う回答が来た為、彼は「ありがとう。」とだけ言うとジョゼの手を引いて扉を閉め、何時に無く真剣な顔つきで話し出す。


「何か不味い事が起きてるかもしれない。響也が黒髪って事なら風呂に来ている人とかが知っている。だけど過去を見る力を知ってるのは極わずかだ。何故それが騎士団・・・基、賢者に知られたのか。」


「最近の戦闘でもキョーヤさんは過去視を使っていません。なのでこの話は会話にすら出ない筈なんですけど・・・。何処かで話しましたか?」


「いや、僕には覚えがない・・・待てよ。ついこの間だ!僕達が風呂に入ってる時に響也が言ったんだ。『過去は見れても未来は見えない』って。その時に聞かれてたのか・・・でも誰に。」


「今は誰だとかは要らないと思います。セルジュさんの言う『不味い事』って言うのは何ですか?」


 ジョゼの問いに一瞬黙り込むセルジュ。何が不味いのかと言うのは彼も明確な理由が無い為、言葉に表すのが難しいらしい。


「僕等しか知りえない情報が知られていて、その力を何かに利用しようとしている。これは何て言えば良いのか・・・。響也が変な事に巻き込まれて何処かに行ってしまうと言うか、会えなくなる様な変な感覚があるんだ。」


 それの言葉を聞いたジョゼは鍼のホルダーを装着し、干渉しない様ジャマダハルも装備するとフードを深く被る。


「私が見に行きます。雨の中だし、足音も聞こえなければ上はあまり見ないでしょうから忍び込むなら今しかありません。」


 そう言うとジョゼはセルジュの「危険だ。」と言う言葉を無視し部屋の窓から飛び出して行った。上級街を歩くならまだしも王都の城の中へ不法侵入となれば死罪は免れない。飛び出したジョゼを止めようと駆け出したのだが、到底追いつける筈も無くセルジュは一人雨に打たれて門の前から城を見続けた。


「そこのお前、用が無ければ即刻消えろ。これは命令である。」


 門の前に居る兵士にそう言われ呼吸を整えたセルジュは「帰ります。」とだけ言って踵を返した。もし揉め事を起こせばジョゼの揺動にもなるだろうが、それの行為は『ジョゼを信用していない』とも受け取れるので、今は何かがあった時に脱出出来る場所、又は侵入出来る場所が無いかと帰りながら探す事にした。

 



「何かあった時、今度は僕が守らないと・・・。あの頃の僕じゃないんだ。」


 そう呟きながらセルジュは雨の中へ消えて行った。






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