因縁の相手
王都へ到着したのは日差しも強くなった昼頃。報告は近衛兵長自らがすると言って聞かなかった為、四人は先に風呂へ入り、その後ギルドにて昼食を取ろうと相談すると銭湯へと足を運んだ。
「キメラ戦の時よりは僕達も強くなったのかな?」
「あいつと闘って自分達に足りない物を学んだからな。そう言った意味では強くなったと言えるかも。俺も刀を手に入れたとは言え、剣技自体は剣に記憶された人の流派だしな。」
血でドロドロになった服を脱ぎつつ会話をする響也とセルジュ。先に風呂と言ったのもマンティコアとの戦い、強いては解体の時に血を浴びたのが一番の原因である。『魔力が腐っている』とまで言われた魔物の肉だが、その原因はこの血液でもある。勿論魔力を持つ者にとってはあまり良い匂いとは言えないらしい。
「でも、その型を覚えて自分の物にしたんでしょ?」
「まぁそうだけど、実際刀ってのは両手で構える物だし振り方も異なるからなぁ。覚え直しって感じか。」
そう言って響也は服を洗濯屋に預けると洗い場の方へ進む。セルジュは自分の知らない事に知識欲が刺激されている様で興味津々で聞いていたのだが、風呂の中で血生臭い話をするのも野暮だろうと、以降その話を続けるのは控える事にした。
「あ、さっきの『三日月』」
二人が桶にお湯を汲んでいると急に声をかけられる。声の主は先程まで一緒に居た『シャイン』のリーダーであるレフ。どうやら同じタイミングで来たのだがお互いクランのメンバーと話していた為今まで気づかなかった様だ。
「ここでは水が当たり前のように手に入る。素晴らしい事だ。」
体を洗い終えると浴槽へ浸かりレフが声を漏らすように話し始めた。この水を崇拝するアンナ教総本山である彼の故郷アクスヴィルではオアシスと呼ばれる聖域から溢れる水が山の様な形をした街へ川となって流れている。この街は砂漠に囲まれている為、街以外での水の調達をするのは非常に困難である。
「そう言えばラトとニックもアンナ教だったっけな・・・。」
とアンナ教繋がりで響也はポツリと二人の名を呟いた瞬間、レフは急に眼を見開き響也との距離を一気に詰めて怖い形相で問いかける。
「ラトがここに居るのか?!」
急な出来事に混乱する響也だが、両肩を掴まれ前後された際に浴槽の水が顔面にかかり噎せる。それを見たレフは「すまない。」と手を離し冷静になり再び話を始めた。
「ラトは俺達『守り人』の中でも語られる言わば伝説の人なんだ。俺がまだ守り人になる前の話だ。オアシスに毒を流そうとした男を捕まえ、その後消息不明になった。『シャイン』は街を出て修行する為に作られたクランで、皆がラトに憧れてるんだ。」
目を煌めかせながら話すルフとは逆に、寂しそうな顔をする響也とセルジュ。そんな彼らの顔を見て察したのかルフが急に真顔になると改めて問いかける。
「ラトは・・・もう居ないのか?」
その問いに少しの間沈黙をしたのち響也の口が開く。
「あぁ。キングトロールとの戦いで他のクランを守る為、そのクラン全員が犠牲になった。ラトだけでなく、あの時戦った皆のお陰で俺達の命があるんだ。」
「守る為・・・。」
「そう、『鉄壁の盾』と言うクランに所属していて、特徴として『守る』為、盾しか持っていないって奴らだった。その守りがあるから俺達は生き残った。」
「・・・流石伝説のラトだ。最後の最後まで『守り人』だったなんて。」
響也の話を聞いたレフは見るからに元気がなくなり俯いてしまう。
「レフ・・・」
「いや、大丈夫だ。勿論ラトが居ないってのはショックだが、やっぱりそれだけ凄い事をしている人なんだって分かったら、何か俺達が種族揉めしてるのが馬鹿馬鹿しく感じただけ。」
そう言うとレフは浴槽から出ると風呂場を後にした。そんな空元気とも受け取れるようなラトの行動に同情を感じた二人は暫くの間ボーっと天井を見つめながら浴槽に浸かっていた。
翌日、疲れからか朝の日課を行わず眠っていた『三日月』一行はギルド内に響き渡る鐘の様な音で目を覚ます。何事かと装備をその場にロビーへ出ると、同じ事を思ったのか別のクランも似た様な格好で顔を出していた。
聞けば、調査を行っていた上位クランのメンバーが大量の魔物に襲われ応援を要請しているとの事。場所はと言うと、響也達が昨日居た森。非常に広い森である為、ある種入れ違いの様な事になっていた。
クランのピンチと言う事でギルドも戦闘が可能な者を招集する為非常用の鐘を鳴らし、森を頻繁に行き来しているクランは既に話を聞いて出発したらしい。
いつもの受付嬢も「目撃情報にはキングトロールも居る様なので十分気を付けてください。」「ギルドとしてお願いはしますが参加は強制ではありません。」と繰り返しながら歩き回っており、響也達は背中に冷たい刃でも突き立てられたかの様な緊張感が走る。
「キングトロール・・・。またあいつか。」
キングトロールは『三日月』にとって因縁の相手。多数の友人や仲間を失ったあの戦いは鮮明に覚えている。それこそ、その名を聞いただけで足が震え出してしまう程に。
「前回は勝てたが、あれは私達だから勝った訳じゃない。あの時のクランが居たからだ。だが響也、参加すると言うならば私は従う。」
「私は・・・やっぱり怖いです。でも、今回は森なので相手が見える分前回よりは良いと言えますが。」
「僕はあの戦いで仲間を失った。違う存在でも同じ『キングトロール』である以上、あの悲劇が起きて欲しくない。」
三人の意見も中立、拒否、同意とバラバラ。こんな時だからこそリーダーとしての決断が重要になる。ジョゼの言う通り、前回は暗い洞窟で奇襲を受けた為多数の犠牲を出しクランとの連携も全く取れなかった。今回は森の中である以上視界は良好。響也は剣を失い、ルイーザは右手を負傷したものの生き残れたのは奇跡と言えよう。
仲間を危険に晒せるのはリーダーのすべき行動ではない。だからと言って何もせず結果だけ待つと言うのも出来ない。そんな中響也は決断を下す。
「俺達にとってキングトロールは恐怖の象徴かもしれない。今の俺達が参加した所で勝てるかも分からなければ死ぬかもしれない。」
俯きながらか細い声で喋り出した響也は顔を上げると続けて三人に声をかける。
「セルジュ、前回はお前の気転のお陰で勝つ事が出来た。あいつを倒すにはお前の力が必要だ。」
「ルイーザ、あいつにとどめを刺したのはお前とも言える。お前の力があったからとどめを刺せた。」
「ジョゼ、そのルイーザがとどめを刺せるようにしたのはお前だ。お前のサポートがあったからこそ俺達は勝てた。」
一人一人説得するかのように話した響也は一呼吸置いて自分の意見を言う。
「あいつははっきり言って怖い。だが、倒すにはお前達の力がどうしても必要だ。このまま放って置けば犠牲者は増える。・・・俺に手を貸してくれ。」
頭を下げ三人にお願いをする響也。それに対しセルジュは「僕は元々参加する気だった。」と部屋へ装備を取りに向かい、ルイーザは「力が必要ならいつでも貸そう。報酬は勿論、美味い飯だ。」とセルジュへついて行く。しかしジョゼだけはその場に残り俯いたままでいる。
「キョーヤさんも怖いんですか?」
「あぁ、死にかけた事は過去にあったが、あれほど恐怖した事は無い位な。でもいつもそんな時助けてくれる人が居た。ジョゼ、お前のその一人だ。」
「・・・キョーヤさんはずるいです。そんな言い方されたら断れないじゃないですか。」
「断りたかった?」
「いいえ、怖いのは私だけじゃないって聞いた瞬間から答えは決まってました。」
ジョゼは顔を上げると少しばかり涙目で響也の目をじっと見つめる。
「一度倒せたんです!今度だって倒せるはずです!」
その言葉に反応したのかの様にジョゼの後ろから何者かが大きな物を投げつける。それに反応したジョゼは素早く振り返り、その『物』を掴む。
「あ、これ・・・」
ジョゼが掴んだ物、それは普段ジョゼが使用している鞄であった。
「行くぞ。」
鞄を投げた張本人であるルイーザがジョゼの頭をくしゃくしゃに撫でながらギルドの出入り口へと歩いて行く。彼女もジョゼは参加すると言う前提で荷物を準備してきたらしい。尚、響也の荷物も投げられており、正面だったにも関わらず鞄は彼の顔面へ直撃していた。
「割れる物は入って無いから安心して。」
そう言うセルジュに対し「そう言う問題じゃねぇ!」と大声を上げる響也ではあるが、倒れた彼に延ばされたジョゼの手を見ると怒りは消え、彼女の手を掴むと立ち上がり、セルジュの持っていた刀を受け取ると「『さっきまでの俺達』なら勝てなかっただろうが、『今の俺達』なら勝てる。」と言いルイーザの待つギルドの外へと出て行った。
森の位置口へは馬車を使用した為、目的地へ辿り着くのに長い時間は掛からなかったが、近づくにつれ地響きや金属音等が聞こえ始める。どうやら場所を移動しながら戦いを続けているらしい。
音のする方へと近づけは予想だにしていない状況である事が発覚した。それは目撃情報であるキングトロールの数。
「二体居やがる・・・」
ほぼ全ての魔物は上位クランのメンバーで倒したようだが、キングトロールだけは後回しにした為、体力や魔力が枯渇し戦闘が長引いている。更に言えばそれが原因であろうか、近くにはクランメンバーと思わしきモノがいくつも転がっていた。
とは言え、一体は負傷していた為、今現在戦っているキングトロールさえ倒してしまえば勝機は十分にあると言った所。
「『三日月』、指示をくれ。」
そう言うは『シャイン』のレフ。彼も昨日キングトロールとの戦いでラトが死んだ事を聞いた為今回の任務に参加していた。
「『シャイン』は残った魔物と左からの二手!ルイーザと俺は右から!正面はセルジュ!ジョゼはサポートを頼む!」
響也の指示を聞いたセルジュは即座にゴーレムを作り出し自身もゴーレムの上部に乗りながら直接操作を行う。トロールが腕を上げれば自分も対抗しその腕に土の拳を叩きつけ、バランスを崩させる。
バランスが崩れればルイーザが隙を見て突撃。と言うのがいつものパターンであったが、負傷していると言う事であまり視界に入れていなかったもう一体のキングトロールがルイーザの突撃を防ぐ。
ルイーザに気を取られたセルジュはバランスを取り戻したキングトロールの攻撃を防ぐ事が出来ずゴーレムは大破し、手が離れてしまった事で唯の土塊に戻ってしまう。
「弱っている方を俺とルイーザで叩く!そっちは任せた!」
響也はそう言うと負傷したキングトロールとの距離を縮める。見た所脚を負傷している様で、自分から近づく事は殆ど出来ない様だ。
目標を負傷したキングトロールに定めるとルイーザは出血の多い左脚へと駆け出し、響也はそんなルイーザを掴もうとする左手に刀を突き立てる。その痛みが原因なのか怯んだ隙をルイーザは逃す事無く膝裏を斬りつけると、キングトロールはバランスを崩しその場に倒れ込む。
そのままとどめを刺そうと背中に乗ったルイーザだが、もう一体のキングトロールが倒れた音に反応し近づいている事に気づかなかった。大剣を逆手に持ち突き立てると同時にキングトロールの拳がルイーザを襲う。
その事態に気づいたルイーザはもう回避するだけの時間が無く、死を覚悟したのだがサポートを頼まれていたジョゼは真っ先に動いており、間一髪の所で彼女の体をキングトロールの拳の射程外へと体当たりに近い形で乱暴に連れて来た。その際ルイーザの腹部はジョゼの肩に圧迫され、衝撃で大剣を手放してしまった為、キングトロールの拳はルイーザの大剣のみを殴りつけた。
響き渡る鈍い金属音。同時に空を舞う刃渡り三十センチ程の剣。それが折れてしまった自分の大剣である事を瞬時に理解したルイーザは近くに落ちている剣を選別する事無く拾うと再び前線へと駆け戻る。
とどめを刺すと言うには浅かったが、確実にダメージが入っている様で負傷したキングトロールは既に虫の息と言える程弱っており、腕を上げる事さえ真面に出来ていない事を確認したルイーザは活発に動く方のキングトロールへと目標を定めた。
同時刻、大剣を折ったキングトロールの右肘に刀を突き刺し片腕を封じようとした響也だが、怒り狂うキングトロールの力に翻弄され、そのまま突き上げる肘の餌食となり数メートル程後方へ転がってしまう。
響也だけでなく『シャイン』にも苛立ちを覚えたキングトロールはそのまま『シャイン』の五人を睨みつけるのだが、そうはさせまいとキングトロールと『シャイン』の間にゴーレムを召喚するセルジュ。更に『シャイン』が見えなくなった事でゴーレムの奥に居る事を確認しようとしたのかキングトロールは体を傾けた。その瞬間背骨付近に激痛が走り両腕を振り回し暴れ狂い始める。
背中の痛みはルイーザが剣を突き立てた物。生憎ルイーザの力には耐えられなかった様で刺した瞬間に曲がってしまった為、彼女はその剣をそのままにして別の剣を探し始めた。
暴れるキングトロールを押さえつけようとするゴーレムだが、地面を伝って作り出した為先ほどより強度は無く、ボロボロと崩れ始めてしまう。しかし『シャイン』も黙って見ておらず、各々が棒や槍でキングトロールの脚を攻撃。その間もジョゼは顔付近に鍼を投げつけ目標を捉えられない様にしている。
だが、それは『捉えない』だけであり『当たらない』訳ではない。その証拠に暴れ散らしているキングトロールの拳はルイーザの近くを何度も通過している。すると、避ける事が精一杯で剣を探す暇の無い彼女の耳に響也の声が聞こえた。振り向けば銀色に輝く棒状の物が回転しつつ近づいて来るのが見えた。
その正体が響也の刀である事を瞬時に理解したルイーザは鍛え抜かれた動体視力から柄を掴む事で刀は彼女の手に渡った。自分に襲い掛かる拳を避けながら刀を振れば斬りにくい筈のトロールの皮をドワーフ製の刀は容易く切断する。
これに考えが浮かんだルイーザはそのまま足元へと潜り込み両脚のアキレス腱を斬ると素早く退避。自立の出来なくなったキングトロールはその場にうつ伏せで倒れ込んだ為『シャイン』は素早く脇腹を突き刺し、刀を投げた響也はジャマダハルでキングトロールの頸動脈へと刃を突き立てる。
そんな中でも腕で立ち上がろうとするキングトロールだが、その手元にはセルジュがスライムが召喚しており滑って胴体を再び地面へ叩きつける。大の字となったキングトロールのとどめを刺すべくルイーザは刀を背中へ深々と突き刺した。
刃は背骨の隙間を縫い脊髄を切断すると共に心臓へと達する。刀を引き抜けは噴水の様に血が噴き出し辺り一面を血の海へと変貌させると二体のキングトロールは完全に行動を停止した。戦闘開始から僅か一分程の出来事である。
「・・・勝ったのか?」
血を浴びて真っ赤になった響也は念の為キングトロールの首から出る血を確認する。頸動脈は確実に切断されており、出血の仕方も脈を打たない為心臓が停止していると判断し喜びを露わにした。
「勝てたぞー!生き残れたー!」
その言葉を皮切りに『シャイン』や生き残っていた上位クランのメンバーの歓声を上げる。
今回勝利できた理由としてドワーフ製の刀もあるのだが、一番は上位クランのメンバーが取り巻きの魔物の殆どを倒し、キングトロールも一体は負傷、一体は疲労の状態にさせていた事。完全状態のキングトロールであった場合、勝つ所か命があったかも定かではない。
勝利ムードの中、ルイーザだけは心の底から喜べずに居た。命があった事や前回の様に右手が使えなくなったりした訳ではないが、自分の不注意で長い間使用していた大剣を失ってしまった。『相棒』拾い上げた彼女は自分の不甲斐なさと感謝の気持ちで感情が上手く表面化出来ず、ジッと折れた剣を見つめる事しか出来なかった。




