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記憶の道  作者: 桐霧舞
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幽霊船と恐怖




 高ささえも確認が出来ない黒い波。文字通り闇雲に出向した一行は、轟々とした波音と白い霧の中辺りを確認しつつ行き先すら分からぬ沖へと繰り出す。船の中にオールが二本あった事は確認していたのだが、これは一人が後ろ向きで使う物ではなく、正面を向いたまま片方で使用する物であった為、漕いではいる物の進行方向は全く分からず、左右のバランスを取りながら漕ぐ響也ではあったが、自分達が今何処に居るのか全く分からない状態になっていた。

 航海術を持たず海へ出るのは自殺行為。更に言えば夜、ましてや霧の中の出航等生きられる理由が無い。慌てていた為忘れていたその真実に今になって気づいたのだが、全員が全員賛成した状態で出た為誰も責める事は出来ず、黙って探索する事一時間が経った頃、船の左側を観測していたルイーザが妙な物が見えると報告する。

「白、いや青と言うべきか、光の様な物が見えたんだが。」

 その言葉にセルジュは左目を閉じ右目だけでルイーザの差す方向を懸命に凝視し始めた。何故片目なのかは重要でない為、響也はその事を無視し同様に左側を見ていると、急にセルジュが叫び出した。

「響也!右旋回して急いで漕ぐんだ!」

 最初に反応したのはルイーザ。もう一つのオールを持ち即座に左旋回を始める。その後響也も力づくで漕ぎ出し始めたその瞬間、黒く巨大な影が近づいて来ている事に気づいた。黒く見える高さだけでも五メートルを優に超え、誰しもが探し求めた幽霊船であると理解した。同時にその船が自分達の方向へ進行しており、ぶつかれば一溜りもない事が分かる。

 間に合わないと考えたセルジュは両手を海へ沈めると即座に水のゴーレムを生成。水面が上がった事により響也達の乗る船は重力に従いサーフィンの様に加速するとギリギリ巨大な船を回避する事に成功した。

 だが、このまま何もしないで居れば見失い、再び霧の中を彷徨う事になる。そうはさせまいと、小船の船首に繋がったロープを片手にジョゼは飛び上がり霧の中へと消えて行く。

「もう大丈夫です!近くに登れそうな所ありますか?!」

 船と並行して進み小舟が巨大な船の船体にぶつかり安定し始めた頃、霧の向こうからジョゼの声がする。どうやらロープを固定したらしく、三人は取り合えず胸を撫で下ろすとジョゼの言ったように登れる場所が無いかを探し始める。

 船体の側面には上方向へ開く四角い窓の様な物があるのだが、引っ張ってもびくともせず、その窓のヒンジ部分に脚をかけて登れない事も無いのだが、この霧の中では万が一足を滑らせでもしたら一巻の終わりである為最終手段とした。その頃ジョゼも登れる場所が無いかを探していると、先程より進行方向側に一段低くなり、その側面には木製の出っ張りがある事を発見。これが搭乗用の登り口であると推測したジョゼは先程結んだロープを掴むと「しっかり掴まっててください!」と言って引っ張り始めた。

「ここで大丈夫だジョゼ!固定出来るか?!」

「今は無理です!一度上がってきてください!」

 出っ張りを確認した響也はジョゼの返事を聞くと率先して登り始める。長い間海上に浮いていた為か、木はボロボロな上に妙なぬめりがあり中々困難な事である事をルイーザとセルジュに伝えると、二人は出っ張りが滑らないか確認しつつ響也へと続く。

 幾つあったのか覚えていない程慎重に階段状になっている出っ張りを登り終えた響也はジョゼの掴んだままのロープを近くの手すりに結びなおすと、手を離しても大丈夫だとそっと肩を叩いた。

「何この大きさ・・・。」

 登り終えたセルジュは余りの大きさに対し無意識に声を発していた。それもその筈、深い霧の中故メインマストの先端部分は確認できず、視界に入る部分だけでもギリギリ船首と船尾の方向に扉がある事が確認出来る程度。少なくともこの船は東大陸へ向かう船と同等かそれ以上である事が分かった。

「セルジュ。この船の操舵室分かるか?」

「操舵・・・?テイラーの事かな?それなら船尾にある筈だ。」

 響也の質問に答えるセルジュ。テイラーとは舵柄の事であり、これを直接、或いは舵棒を通じ操作する事で舵を取る仕組みとなっており、舵輪が出来るまではこの方式が一般的であった。

「幽霊船と呼ばれる程だ。生き残りは居ないだろうが見てみる価値はあるな。」

 そう言ってルイーザは船尾側の扉に向かい取っ手に手を掛けたその時である。彼女の影とでも呼べるべき場所から黒い手が現れ、その手は確実にルイーザの脚を狙っている事に気づいた響也は反射的に走り出し、体当たりに近い形でルイーザにぶつかり扉の向こう側へと転がり込む。

 その瞬間、扉はけたたましい音と共に閉まると、先程の黒い手が床の中へと消えた言った。その光景を目の当たりにしたセルジュとジョゼは咄嗟に背中合わせで臨戦態勢を取るが数秒間何も無い事を確認すると、そのままの状態で会話を始めた。

「ジョゼ。援護を頼めるかい?ドアを開けようと思う。」

「分かりました。足元に気を付けて下さい。」

 会話が終わるとセルジュは足元だけでなく上方向にも気を付けながら扉の取っ手に手を振れるのだが、まるで強力な電気が流れているかの様にとってはセルジュの手を拒否し音を立てて弾き返す。

「セルジュさん!」

「大丈夫・・・、ちょっと火傷しただけだ。しかし困ったな、これじゃ開けられそうにないよ。」

 これらの会話と先程の音が鳴っているにもかかわらず、扉の奥からは響也達の声も音も聞こえない為、二人の状態が気になったジョゼは側面から入れないかと船の側面を歩きながら至る所に手を掛けるがどこも開く事は無かった。

「無理か。となると入口はもう一つ、船首側からしかないね。」

 帰って来たジョゼに持っていた聖水を手渡すと船首側の扉の前まで移動するセルジュ。今度は手が弾かれないかとそっと取っ手に触れては素早く離し何も無い事を確認すると一呼吸置き扉を開いた。

「怖くない?ジョゼ。」

「怖いです・・・。」

「だよね、僕も怖いよ。でも二人と早く合流しないと何か手遅れな感じがするんだ。」

 怖いのは自分だけではない。そんなセルジュの言葉に後押しされたジョゼは聖水に針を浸すと三本だけ右手に持ったまま船内へと入って行く。セルジュもジョゼの後に続いて入ると、先程と同じ様に扉は閉まり外へ出れなくなってしまった。

「想定内・・・かな。多分触ったらさっきみたいになるよ。」

 閉まった扉を見つめるジョゼに対しランタンを準備しながら話すセルジュ。外に繋がる窓や扉は全て閉まっている為視界が非常に悪く光が届く範囲も決して広い物では無かった。



「何があった?」

「お前の脚を何かが掴もうとしてたんだ。」

「・・・ファントムか?」

「分からない。だが、姿を全部見せないって事はファントムより賢い可能性があるな。」

 倒れ込んだ後に構えた刀を鞘に納めると分析を始めた響也。行き成り体当たりをされたルイーザは自分に何が起きたのか理解が追い付いておらず床に座ったままであった。

「この手のトラップは一度閉まると開かないものだが・・・。」

 有言実行、フラグ回収。こちらも取っ手に触れた瞬間音を立てて弾かれ悶絶する響也。その一方でルイーザは何事も無かったかのように松明に火を点けるべく火打ち石の準備をしていた。

「待てルイーザ。今この船は全部締め切ってる。この状態で松明何か使ったらあっと言う間に酸欠だぞ。」

「確かに、ではランプにしよう。」

 そう言って灯されたランプの光で露わになったのは舵棒。この部屋が間違いなく操舵室である証拠なのだが、その周りの机の上や床は散々な状態になっており、海図は全て破れた上に風化しており、頼みの綱である羅針盤も破壊されている。

「こりゃ操縦は無理だな。下の階を周って上へ出よう。」

「今来た扉を破壊すれば良いんじゃないか?」

 開かない扉は毀せないと言う先入観からか扉を諦めていた響也だが、彼女の言う通り破壊してしまえば問題は解決する。妙な違和感を覚えながらも「やってくれ。」とルイーザに頼む響也だが、その違和感の正体に気づいたのはルイーザであった。

「・・・重いな。」

「何が?」

「私の剣だ。片手で触れる筈なんだが、異常に思い。」

 重力の地場でも狂ったのかと考えた響也だが、馬鹿力なルイーザが重いと感じるレベルならば自分は立つ事さえも出来ないだろうと答えを出し、何が原因かを考察し始めた。が、そんな響也の心境と裏腹にルイーザは大剣を扉に向かって振り下ろすのだが、振り下ろした衝撃をそのまま返されルイーザの体は宙を舞う。

「大丈夫か?!」

「あぁ・・・だが、何だ。力が入らない気がする。」

 力が入らない。この言葉に一つの可能性を思い立った響也はルイーザの大剣にサイコメトリーを試みる。そう、それが違和感の正体。

「・・・何も見えない。」

 響也のサイコメトリーは発動せず何も映像<ヴィジョン>が現れないのだ。それはこの船に入った瞬間。彼らの『能力』が消えてしまった事を意味する。

「能力が消えた・・・か。まぁ良い、私は無くても剣が振れないわけじゃない。」

 そう言うとルイーザは染みだらけの床に置いたランプを拾い上げ、下の階へ向かう為響也の手を引きながら歩き始めた。



「船員達の部屋かな?」

 ランタンの光で見えたのはハンモックやロープ等が張り巡らされた部屋。休憩室なのか、船員の部屋なのかは分からないが、少なくともこの部屋に住んでいた人間が居た形跡は至る所に見受けられる。

「下への階段もありますね。ちょっと見てみます。」

 部屋の奥に下への階段を見つけたジョゼは鍼をしまうと下の階を覗き込む様に体を乗り出すのだが、その体制は留まる事が無く徐々に加速して下方向へと傾き、けたたましい音を立てながら下の階へと姿を消していった。当のジョゼが気が付いた頃には自分の身に何が起きているか分かっておらず、痛みのある個所を手で摩ってセルジュからの回答を待つ。

「大丈夫ジョゼ?!覗き込んだ体制のまま階段から落ちたけど!」

 階段から落ちた。普段ならば決して起きる事の無い事に対し頭の整理が追い付かないジョゼだが、何故落ちたのかだけは理解していた。

「手が離れたんです。」

「そりゃ手を離せば落ちるよ。」

「そうじゃなくて『離れた』んです。手に対して操作してたのに・・・」

 ジョゼの能力は重力操作。触れた物や自身を軽くしたり、壁や天井等に重力を発生させ歩く事が出来る。そのジョゼの手が離れてしまったと言う事は能力が使えなくなったと推理したセルジュは左目を閉じて辺りを見渡し始めた。

「まずいな。ジョゼ、今僕達は能力が使えない。」

「え?って事はキョーヤさん達も?」

「多分。ルイーザは元々力があるし響也はもう型を身に付けて我流で剣を使えるから問題無いだろうけど・・・。」

 責めるつもりで発した訳ではないセルジュの『けど』の意味を察したジョゼは自分の手が震えている事に気づき、その手を見つめながらポツリと呟く。

「私は、能力が無いと足手まとい・・・」

「ジョゼ?大丈夫?」

「・・・はい。大丈夫です。」

 階段を下りて来たセルジュはジョゼに手を差し伸べるのだが、ジョゼはその手が視界に入っておらず自力で立ち上がると自分の鞄からランタンを取り出し火を灯した。

「本当に大丈夫?頭打ったでしょ?」

「大丈夫です!・・・いざとなったら盾になりますから。」

 後半部分の声が小さく聞き取れなかったセルジュはもう一度訪ねるのだが、ジョゼは言葉を発しず中央の部屋へ向かって歩き始めた。



「何だこの部屋。大砲ばっかじゃねぇか。しかも偏ってるし。」

 響也達がたどり着いた部屋は大砲が横並びになっている部屋なのだが、船内で何かが起きたのか、大砲の半分近くが奥へ行く部屋の壁にめり込んでおり、これ以上先に進むのは非常に困難な状態になっていた。ルイーザの怪力が使えればこの程度の大砲等簡単に撤去が可能なのだが、無い袖は振れぬ。

「何か見えるな。アレは・・・アンカーか?」

 大砲の隙間からランプで照らし奥の部屋を確認すると、辛うじて縄が撒きつけられたドラムを確認し、錨の巻き上げ装置では無いかと響也へ伝えるルイーザ。ドラムに縄が巻き付いていると言う事は、この船の碇は上がっており、少なくとも停泊中に無人になった訳では無い事が分かった。

「向こう側には行けないな・・・。早く二人と合流したいんだが。」

 そう言いながらルイーザと共に巻き上げ装置を見ていると、更に奥の部屋に通る隔壁の隙間から辛うじて光が確認出来た。この船で光を発する物は限られている為、光の正体が何なのかすぐに理解した二人は大声を上げた。



「大砲・・・。まぁ外からも見えてた窓はこの大砲を撃つ為だよね。でも被弾した形跡はないのに何でここまで大砲の位置がズレてるんだろう。」

 まるで船自体が何かにぶつかりでもしたのか、好き放題な方向と位置に置かれた弾の無い大砲に疑問を抱いた。

「先程の黒い手が関係してるのでしょうか?」

「可能性はあるね。何か真ん中の部屋へ入れない様に大砲が寄ってるし。」

「私の能力が使えれば大砲をどかせたんですけど・・・」

「あぁ、何か元気が無いと思ったらその事かな?大丈夫、ジョゼは能力が無くても戦える。問題は僕の方だ、皆は能力が無くても戦えるだろうけど、僕は・・・」

 その瞬間、二人は奥の部屋から聞き慣れた声がする事に気づき会話を中断する。

「響也か?!ルイーザも無事か?!」

「あぁ!俺達は大丈夫だ!そっちは?!」

「こっちも大丈夫!ただ、大砲が邪魔でそっちには行けそうにない!」

「分かった!もう一つ下の階で会おう!」

 お互いの無事を確認するとセルジュは笑顔でジョゼの頭を撫で、先程の会話の続きを始めた。

「今一番役立たずなのは僕だ。能力は兎も角、僕の戦闘スタイルはジョゼも良く知ってるよね?」

「・・・ゴーレムですか?」

「そう、この船の中じゃゴーレムは出せない。そして僕はまともに武器が扱えない。今頼りになるのは君だよ、ジョゼ。」

 そう言うとセルジュは今来た道を戻り、下への階段が無いか探索を始める。降りてきた階段の左右は個室が並んでおり、左右で六部屋と船首方向への扉が波に揺られガタガタと音を立てていた。

「部屋に何かあるかもしれないし、ジョゼは右の部屋をお願い。」



「弾薬庫か。ここで火は使わない方が良いな。」

 下の階にて船尾側の倉庫を確認した響也は入口から入る事はせず中を見渡す。中には大量の黒色火薬と砲弾が置かれており、着火は死を意味する事など考えなくても分かる。

「・・・待てよ。何で火薬があるんだ?」

 響也はローアケルドの風呂で冒険者から西大陸で火薬が禁止されている事を思い出し口に出す。

「昔の船だろうからな。規制される前だったか、東大陸の船なのか。」

 ルイーザの言う事はもっとも。西大陸での火薬は禁止と言うだけで、東大陸では火薬の所持は禁じられていない。その事に納得したのか響也は「成程。」とだけ呟くと扉を閉め、扉とは逆方向の登り階段の横を抜けると正面の扉を開いた。

 中にはテーブルとハンモックが並んでおり、床には割れたワインの瓶や皿が散乱している。隅には狭いキッチンスペース、水の入った樽、これは狭い居住空間を兼任したダイニング。所謂ギャレーである事が判明した。

「今更ながら疑問があるんだが、聞いても良いか?」

 普段ならこのような時に質問をしないルイーザが尋ねた事により物珍しさから一瞬驚いたが響也は何事も無かったかの様にルイーザからの質問を待つ。

「これは何に見える?」

 ルイーザが照らした船内の壁。今までは染みにしか見えていなかったが、この部屋の壁を見てはっきりと分かった事がある。

「・・・血だな。」

 べっとりとへばり付いた血液。どれだけの月日がたったのかは分からないが、誰が見ても殺害現場としか形容しがたい壁の染みを見て心拍数が跳ね上がる響也に対し、ルイーザは本題に入る。」

「床も同様だ。今までの染みも血液だとすると、死体は何処へ行ったんだ?」

 夥しい量の血。これだけの血を流すには最低でも二十人は必要な程の惨劇があった筈なのにその中心部に無ければならない存在が見当たらない事に疑問を抱いて居たのだ。

「・・・ルイーザ。ゴーストは人を食うのか?」

「詳しくないが、仮に食ったとしても前の廃屋を見る限り少なくとも骨は残る。」

 その会話が終了した直後、首元に纏わりつく嫌な気配に刀を引き抜き戦闘態勢を取る響也。それと同時に聖水を取り出し気配の元へ投げつけたルイーザも大剣を引き抜くと聖水を剣にかけ始める。

「ゴーストか?ファントムか?」

 ルイーザに確認を呼びかけつつ鞄を漁り聖水の準備を始めた響也だが、準備の順番を間違えたのが悪の運。船に乗船した瞬間から聖水の準備をしていれば良かった物の今になってしまい霊体に対する攻撃手段を持たない響也は右腕を黒い腕で掴まれ、そのまま壁に叩きつけられた。

 だが、その隙を逃さないのがルイーザ。響也から離れた瞬間に黒い影へ斬りかかろうとしたのだが、大剣が災いしテーブルや椅子に刃を取られ黒い影に逃げる時間を与えてしまう。

 壁に叩きつけられた衝撃で鞄の中の瓶は全て割れ、鞄からは油と聖水が滴り始めた為、響也は鞄をその場に捨てルイーザの落としたランプの灯だけを頼りにランプと同時に落としたルイーザの鞄を探し始めた。

「ルイーザさん伏せて!」

 机にはまり込んた大剣を引き抜こうとしていたルイーザはその声に反応し素早くその場に伏せる。その瞬間、ルイーザの頭があった場所へ黒い手が伸びており、その手には船首側から合流したジョゼの鍼が刺さっていた。黒い影はその鍼に塗られていた聖水に反応したのか、ついにその場へ姿を現す。その姿を確認したセルジュは大声で叫んだ。

「・・・スペクター!」

 ファントムと似て非なるモノ。ファンタジー世界では特に区別される事が少ないモノだが、この世界ではファントムと対なすゴーストの化身。名前の通り恐怖心を呷り、それを糧としている。ファントムと違う所は『殺しに来る』のではなく『恐怖で支配する』と言う事。

 ニメートル近くもある怨念の塊の様な体躯に見る誰しもが恐怖を覚える顔に対し全員の動きが止まってしまう。自分がその様な存在と分かっているのか、スペクターは左腕を振り回し、刺さった鍼を抜くとそのままジョゼへ近づいていく。

 勿論近づいて来るのに迎撃しない事は無い。ジョゼは鍼を次々と投げるのだが、恐怖を覚える顔を直視出来ない為、鍼は全てあらぬ方向へと飛んで行ってしまう。

 その間、ルイーザの鞄を発見した響也は聖水を取り出し刀へかけると、自分に背を向けたスペクターに対し斬りかかるのだが、スペクターは後ろにも目があるのか後ろに伸ばした腕で響也の首を捕るとその場で持ち上げ始めた。同時に、ジョゼへの進行は止まり、その場で首だけが動き響也の事を睨みつける。首を絞められ苦しい状態の上で恐怖心を呷るスペクターの顔を見てしまった事で響也の意識は急激に遠のき両腕は下に下がって持っていた刀を落としてしまった。

 ガクリと首を落とした響也の姿を目撃したルイーザは響也が鞄から取り出す際に落とした二人にとって最後の聖水の瓶を拾い上げ握り潰すと、そのまま聖水と血まみれになった右手でスペクターを殴りつける。これにより手は響也から離れたのだが、意識を失った響也が目覚める事は無く、そのまま床へと叩きつけられた。

 殴られたスペクターはその勢いのまま不気味な笑い声をあげながら縦横無尽に移動を開始する。その声を聴いた者は四肢が震え出しその場に立っていられなくなる程。這いつくばりながらも響也の元へ到着したルイーザは手を口元にかざすと僅かながら呼吸がある事を確認する。その事をジョゼへ伝えると今度は机に刺さったままの剣を取りに向かうのだが、長い剣は船内で役に立たないとジョゼは自分のナイフを手渡した。こちらは用意周到で、あらかじめ聖水を鞘の隙間からかけていた為既に聖水が掛かっている状態であった。

 無いよりはマシだと持っていた全ての聖水を浸したロープを構えスペクターを縛り上げようとするセルジュだが、元より戦闘能力の低さと腕力の無さから意図も簡単に弾き飛ばされては翻弄される。

 部屋の狭さと暗さが相まってスペクターの行動が全く読めない一行は一つの決断をする。それは船に穴を開け、火を放つと言う背水の陣。扉の破壊すら出来ない状態でどの様に穴を開けるのかと言うと、セルジュには一つだけ考えがあった。

「任せたぞセルジュ!」

「お願いしますセルジュさん!」

 セルジュは二人に異常なまでに危険な方法である為、船が沈む可能性や、船の中央付近に居る事が棄権である事を伝えると上の階へと入り出した。スペクターも後を追おうとするのだが、ルイーザとジョゼがそれを阻む。

 上の階に付いたセルジュは大量に置かれた大砲に手を触れると隣接した大砲がくっつき始め『鉄のゴーレム』を作成する。ゴーレムはそのまま起き上がると腕代わりにした大砲を真上に振り上げ甲板を貫いた。が、同時に鉄が一カ所に集まったのが原因か、床が抜けてしまい下の階層と更にその下の計二階層に大穴が開いてしまう。しかし、これは最下層まで一直線に大穴が開いたのと同じである為、どの階層で火を放っても酸素濃度が極端に低下すると言う事態は免れる事となる。

 船に穴が開いた事を確認したルイーザとジョゼは持っていた油を辺りに撒き散らしランプを投げつける事で着火する。これにより視界は非常に広くなり、優勢になるかと思ったその矢先、穴が原因で強度が無くなり、三人の居る床さえも抜けてしまい最下層へと落下してしまう。

 更に不運は続く。この衝撃でジョゼの持っていた聖水も全て失ってしまい、これ以上聖水を使用する事が不可能となってしまった。今仕える武器はと言うと、ルイーザの右手、ジョゼのナイフと鍼、そして何処かに落ちている響也の刀と聖水を浸したロープのみ。

 床が抜けた事で一緒に落下したセルジュは左腕を大砲に挟まれてしまい身動きが取れなくなっていた。ゴーレムを作るにも『両手』で触れなければいけない為、腕が挟まれていては手の平を大砲に向ける事さえも出来ない状態の彼には脱出する方法さえも無い状況。

 この絶好の機会を逃す筈も無く、スペクターはセルジュへ近づくと右腕を掴み大砲と逆方向へ引っ張り始める。両腕が左右に引っ張られる事で骨が軋み始め骨折、或いは脱臼すると言う直前に無数の鍼がスペクターの背中へ突き刺さる。

 後ろを向く度背中へ攻撃が来る事に怒りを覚えたのか、スペクターはセルジュの腕を話すと一直線にジョゼへと向かって行く。が、それを見越して大砲の影に隠れていたルイーザがナイフを突き立てると、スペクターは前に進むと言う感性の法則に従いナイフによる傷口を自ら広げて行く。しかし、攻撃に気づいたスペクターはルイーザの左手を掴むとそのままジョゼへ力づくで投げた。

 バランスを失ったルイーザは上下左右が分からないままジョゼに直撃し、ジョゼ本人もルイーザの下敷きになってしまい動けなくなってしまう。まさに絶体絶命。だが、スペクターはこの時もう一人の人物が居ない事に気が付いていなかった。

「セルジュ。聖水をくれ、あと刀見なかったか?」

「ごめん、聖水はない。あと刀は見てない・・・」

 目を覚ました響也である。実は床が崩れた瞬間に気が付いており、簡単な説明だけを受け、ルイーザとは別方向からセルジュへと近づいていたのだ。

「マジかよ・・・。そうだ、聖水に触れてゴーレムとか作れないか?」

「両手じゃないと駄目だし水上以外じゃ操るのも不可能だよ。手の平も下方向に向いてるから出来るとしても召喚術だけ。でも僕の召喚術は低レベルな子しか呼べないよ。」

 過去に見た事のあるセルジュの召喚術。呼び出された者はスライムやピクシー等、戦闘にはまるで不向きな存在だけである為、聖水を失った今攻撃手段が無いに等しい。

 一方、響也がセルジュに接触した事を目にしたルイーザとジョゼは自らを囮として視線を二人に向けない様暴れ回っていた。火の粉が飛び散る中、彼女達の姿を見て響也はある事を思いつく。

「セルジュ。妖精の鱗粉は使えないか?」

「・・・分からない。でもやらなきゃ死ぬだけだね。」

 そう言うとセルジュは右手を地面へ向け召喚術を発動する。すると現れたのは何時しか響也の涙に手を振れていた小さな妖精。状況を理解していないのかキョロキョロと見渡しセルジュを見つけると彼の手の上へと移動した。

「ちょっと君の鱗粉を分けて貰えるかな?」

 その問いに返事をするでもなく羽をセルジュの手に擦り付け始める妖精。これは『良い』と言う意味だと理解した響也はスペクターに気づかれぬ様ジャマダハルをセルジュの手元と差し出す。

 セルジュの鱗粉まみれになった右手で刃に触れる事で鱗粉コーティングを完了すると、響也は一つ上の階層を見てルイーザに移動するようジェスチャーで指示を出す。が、この時のルイーザの視線により自分の背後に何かいる事を悟ったスペクターは振り返り響也を発見した。

 もう後には引けない。即座に行動開始とスペクターに向かって突撃を開始した響也。その響也をサポートするべく最後の鍼を投げ援護するジョゼ。鍼が刺さった事で意識が少しだけジョゼに向いた事で響也は攻撃可能範囲まで近づきジャマダハルを殴りつける様にスペクターへと突き刺した。

 すると、ジャマダハルの周りを中心にスペクターの体は徐々に光り出し、苦しんでいくかの様な叫び声を上げ始める。確実に攻撃は通った所か、妖精の鱗粉はスペクターに対し絶大な効果があったようで、のけぞった状態から動く事もせず声を上げる事しか出来なくなったスペクターの目には更なる絶望が映った。自分に対し近づくもう一人の人物。その手には大剣が握られている。それを理解し終えた瞬間スペクターの体は左右で真っ二つとなっていた。

 先程響也が出した指示、それは上の階層にて机へ刃がめり込んで使えずにいたルイーザの大剣を使用する事。聖水が塗られてから一度も使用していなかった為、スペクターを斬るには十分であったのだ。

 真っ二つにされたスペクターの中心からは同じく真っ二つになった光る玉の様な物が落ち、左右へと転がっていく。片方はセルジュの元へ、片方は響也の元へ。

「潰せ!コアだ!復活するぞ!」

 ルイーザの言葉に反応した響也はジャマダハルを突き立て片方のコアを破壊。そしてもう片方は鱗粉塗れになったセルジュの右手により破壊された。

「・・・勝ったのか?」

「・・・あぁ、勝った。」

 暫しの沈黙の後、口を開いた響也に対するルイーザの返答で自分達がスペクターに勝利した事を理解した一行はその場で両腕を上げ体全身で喜びを表した。それと同時に左手が挟まったままのセルジュを助けようと三人が集まり大砲を持ち上げようとしたその時、意図も簡単にジョゼが持ち上げてしまった。

「・・・あれ?能力が・・・使えます!」

 能力が復活した事でセルジュの救助は一瞬で終わり、各々怪我の治療を開始し始めた。全身打撲は当たり前。セルジュは骨さえ折れてはいないが、左腕は紫色に染まっており、とても薬で治る反中でない事が分かる。

 だが、彼らはもっと大事な事を忘れていた。

「火を消せ!セルジュは俺とこの階!ルイーザは上!ジョゼは一番上だ!」

 毎度閉まらない一行である。






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