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記憶の道  作者: 桐霧舞
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帰還、そして出発



 オルレーヌ霊山を出て十日。不定期な馬車を捕まえる事の出来なかった彼等は徒歩により王都へと帰還した。懐かしい石畳の感触に痛みさえ覚えた響也は安心からか門を潜るなり門の裏の壁へ寄りかかる様に倒れ込む。

「俺ここに居るからお前たち先に帰って良いぞ~。」

 鞄が邪魔をして『くの字』に曲がった体勢のままやる気の無い声で三人に戻るよう促すのだが、疲れているのは全員同じ。特に長期移動になった為、食事量の少ないルイーザとジョゼは空腹の余り視点が定まっていない程。

「すみませんが仲間を暫くここで休ませて頂いても宜しいですか?僕はちょっと彼らの為に何か買って来ようかと思うのですが。」

 セルジュは門番をしている兵士に尋ね許可を得、帰って来たその脚で食べられそうな物を探し始めるのだが、生まれたての小鹿の様に震える脚では真面な歩行が出来ず帰ってくるまでにはニ十分を要した。

 セルジュが持ち帰ったのは燻製肉と千切りキャベツを挟んだサンドイッチとラディッシュ、そして罰ゲームかと思えるゆで卵であった。そんな状況下にも関わらず水袋はセルジュの一つ分しかなかった為、一斉に齧り付く否や三人で回し飲みが始まる。セルジュの分はと言うと、買う人間の特権とも言うべきか、店先で食事を済ませていた為、その顔は三人に比べ血色の良い物になっている。

 ゆで卵のトラップに掛かり生死を彷徨った響也を列の最後にギルドへ向かっていると、路肩にて冒険者らしき人物が何やら話し込んでいた。その内容は声が大きい訳で無かった為理解が出来なかったが、一つだけ聞き取れた単語があった。それは『幽霊船』と言う物。


「俺はもう動かないぞ。臭くても風呂にも行かないぞ。もう寝るぞ。」

 懐かしい宿舎の部屋へ到着するなり窓際の床へうつ伏せに倒れ込み動く気力が無い事を全身でアピールする響也。鞄もそのままな上に腰の刀が地面へ当たり、左方向へ腰部分だけが傾いており逆に寝づらい筈なのだが、ツッコミを入れるだけの気力が無いのは三人も同じ。

「二人には悪いけど、僕も響也と同じで体を綺麗にするだけの気力は無いから休ませて貰うよ。」

「私なら気にしない。ギルドに来る前までは馬小屋生活していたぐらいだ。」

 セルジュとルイーザの言葉に改めて自分達が異臭を放っている事に気づいたジョゼは自分の服の襟部分や袖部分の匂いを嗅ぎ引き攣った顔をするのだが、当の本人も動く気力は無く、ローブを脱ぐとそのまま定位置であるルイーザのベッドの下へと潜り込み眠りに付く事にした。

 翌日、やたらと酸い匂いに噎せ返る様に目を覚ました響也。その際発した音に気づいたのか三人も目を覚まし、全員が目を細めて黙って窓を開けた。

「俺の世界だったら異臭騒ぎで捜査が入るレベルだぞ。」

 約十日間の汚れを吸った衣服は真夏の剣道着の比では無い匂いを発し、今すぐに対処せねば呼吸困難になる程の代物へと変化していた。勿論、途中で見つけた小さな湖や小川にて水浴び程度の事はしたのだが、衣類の洗濯は全く行っておらず、長い間屋外を歩き続けていた四人の鼻が正常になる事で重大さを知る事になる。

「お風呂に行きましょう!ちょっと耐えられません!」

 そんなジョゼの言葉に無言で頷いた一行は財布と武器だけを持って風呂屋へ向かう事にした。着くまでの間、すれ違う人に鼻を摘ままれたのは言うまでもない。


「やっぱり脚を伸ばせるのは良いねぇ。」

「だな。ドワーフの所じゃほぼドラム缶風呂に近かったし。」

「『ドラムカン』って?」

「あぁ。金属で出来た樽みたいな物だ。油や水、他には食料を詰め込んで運んだり保管したりするんだ。」

「成程、確かにそんな感じだった。」

 湯舟に浸かりつつ頭だけを縁に乗せて寛ぎながら会話をする響也とセルジュ。ドワーフの集落にて洗濯の方が時間が掛かったと言うのも、狭い風呂が原因の一つである。

「そう言えば昨日の話だけど、幽霊船についてどう思う?」

「僕達で幽霊船でも見つけようって事?」

「そうじゃなくてさ。幽霊船と言えば骸骨もだけど、マーメイドとか想像しない?引き込まれるって意味で。」

「・・・まさかとは思うけど、マーメイドを探すつもり?」

 響也のマーメイドと言う発言に対し眉間にしわを寄せたセルジュが睨みつける様な表情で問う。何故ならば『賢者の石』の材料の一つに『マーメイドの心臓』が含まれていたからである。

「んな訳ねぇだろ。そっちは諦めたんだ。ただ、マーメイドも神秘的な存在だろ?だとすると誰も知らないエリクシールだって神秘な存在みたいな感じで幽霊船のお宝としてあったりとか。」

「そんな都合の良い話がある訳ないでしょ。」

「だよな。」

 響也の意見を一刀両断。暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはセルジュだった。

「でも。今の僕等はこれと言った目標は無い。もし幽霊船に可能性が少しでもあるって噂の一つでも出たら向かうのも一興かもね。」

 とだけ言うとセルジュは立ち上がり湯船から出る。やや否定的な意見ではあるが、響也が決めた事なら付き合うと言いたげな言葉を残し、響也一人で考える時間を与えた。

 マーメイドの心臓を諦めたと言うのは真実。幾ら自分が元の世界に帰る為とは言え、目撃例さえ少ない存在の命を天秤にかける事は出来ない。ここでマーメイドの名を出す事はセルジュへ不快感を与えると考えていなかった浅はかな思考に反省をする響也。

 宝物がエリクシール。そんな都合の良い話がある訳が無い。セルジュの言う通りだ。如何せんあの本に書かれたのはかなり前の話。幽霊船に乗っている訳が・・・。そんな考えの元、一つの可能性を思いつく。幽霊船が古い物であれば、古い時代には名前のあった『エリクシール』に関する手がかりの一つでもあるのでは、と言う物。

 風呂を飛び出すと魔石による風で火照った体を冷ましているセルジュへ一直線に向かい今の考えを伝える響也に対し、急に出て来たと思ったらビショビショに濡れ切った体で力説を始めた事で頭に内容が全く入って来ないセルジュはもう一度最初からゆっくりと丁寧に説明しなおす事を提案した。

「古い文献なら古い存在に・・・か、確かに筋は通ってるね。」

「勿論ただの可能性ってだけだ。純粋に乗組員が居ないだけの幽霊船の可能性もある。」

 唯の可能性、確証は無い。そう話していると幽霊船の単語の反応した冒険者が二人の会話に入って出る。何でもその幽霊船は大層古い船で文字通り『幽霊が出る』と言うRPGでもお馴染みのイベントと変わりは無い様だ。

「調べてからって思ったけど、古い船が確定したなら行く価値はあるかもね。」

 そんなセルジュの顔と言葉には怒りが感じられず、先程の失言は消え去った様で安心した響也は雑に髪をタオルで拭くと服はまだ仕上がらないのかと洗濯屋へ顔祖出す。どうやら居ても立っても居られない様子。


「幽霊船か。どこの海だ?」

「それはこれから調べる。って言っても王都で噂になるって位だからバーウィックじゃないかとは思うが。」

 風呂から出て合流すると先程の会話を二人へ話す響也。ルイーザは真否よりも場所の方が気になるらしい。

「確かにあそこの魚は美味しかった。つまり、響也の料理も期待して良いのか?」

 気になった理由は食事の事を気にしていたからだった様で、脳みそまで胃袋かよとやや呆れ気味になる響也だが、前回天ぷらを失敗した実績があるので、次は別の料理でリベンジしたいと思って居た所。

 ジョゼも料理と聞いて目を輝かせて響也を見つめており、まだバーウィックと決まった訳でも無いのにここまでの盛り上がりに引け目を感じてしまうのだが、それは杞憂に終わった。聞き込みの結果、バーウィックの南東沖で霧と共に現れたと言う噂を入手。ただし、毎日現れる訳では無い様で、前回現れたのは新月の夜だったそうだ。

「新月・・・次はいつだ?」

「いつだったかな。確かオルレーヌ霊山を頂上部から降りてる時に満月を見た様な気がする。」

 満月と新月は正反対の位置に存在し、約十五日で繰り返す。つまり・・・

「もう目の前じゃねぇか!?今すぐ出ないと間に合わないぞ!」

 今回を逃せば次は一月後。手を拱いていては大事な瞬間を逃してしまう為、セルジュとルイーザは道具の調達。響也とジョゼは先に宿舎へ戻り全員分の荷物の準備で二手に別れ慌ただしく駆け回る。

 ギルドへ帰って来ると最初に言われたのは『家賃の支払い』である。二十日程留守にしていた為、何となく損をした気分になるのだが規則は規則。しかし、今現在響也達の手持ちでは家賃を支払う事は出来ず途方に暮れていると、支払いまで五日間の猶予を与えるとだけ言うと笑顔のまま視線を掲示板を見つめた為、二人は「用意します。」と掲示板へ向かった。

「ジョゼ、バーウィック付近でそこそこな額の物を探してくれ。」

「そう言われましても・・・。バーウィックまでの道でコボルト、バグベアの討伐、五百マルク。薬草の採取、籠一杯で二百マルク。」

「微妙に少ないな。だが千マルクもあれば十分だ。他に何か無いか?」

「え~っと・・・。あ、幽霊船の調査!二千マルク!」

「それだ!」

 正に棚から牡丹餅。今現在の目的と全く同じ任務を引き受けると二人は即座に部屋へ戻り準備を始める。まずは全員の鞄から今回不必要な防寒具を取り出し、代わりに松明やカンテラ等夜間でも視界を確保出来る物を優先的詰め込み、素早くギルドを後にした。所要時間は僅か三十秒の出来事。

「あ、丁度良かった。今ルイーザに聖水を買って来て貰ってるんだ。鞄が無いからどうしようと思ってた所だった。」

 ギルドを出て数分した所で両手に油や薬を抱えたセルジュと合流。今回の相手は名前通り幽霊と言う事になるだろうと聖水の準備を進めていたのだ。過去ジョゼと再会した頃、館でファントムと闘った時の事を思い出す。あの時は聖水の瓶が割られる等のピンチがあったが、ジョゼの機動力に助けられた。しかし今回戦いがあるとなるとファントム以外の可能性が出て来る。三人は教会へ向かいながら何が出て来ても戦える様作戦を立て始めた。

 三十分後、三人と合流しメアリーから聖水を受け取ったルイーザは全て自分の鞄に詰め込むとそのまま東門へ向かう。一行が前回メアリーに会ったのはキングトロール戦後の葬式。あの時と違い希望に満ちた瞳に安心感を覚えたメアリーは聖母アンナへ四人が無事に帰って来る様祈りを捧げた。


 約五時間後、夕日も沈みかけ辺りを赤く染め上げた太陽の陽の元バーウィックに到着した一行は幽霊船の事を聞き込みつつ宿屋へと向かう。そこで得た情報、それは一番大事な事であり全員が完全に忘れていた事。

 『船が無ければ幽霊船に載り込む事も出来ない』

 今になり慌てふためく一行の前に現れたのは何時だったか見た事のある爺さんであった。

「お前達どうした?こんな所で。」

 その声と顔から思い出した答え。それはアクアリザード討伐を依頼し、遺品であるジャマダハルを譲ってくれたアレッシオ。

「爺さん!元気そうで!」

 今では人を避けなくなったアレッシオ。買い物帰りに偶々通りかかり懐かしい声がすると顔を出してくれたらしい。

「・・・船か。う~む小舟なら無くは無いが、使い方は分かるか?」

 どうやら船に心当たりがあるらしい。小舟と言う事は少なくともエンジンや蒸気機関の類は無く、使い方と言う事から手漕ぎの船であると推察。今現在舟を漕ぐ事が出来るのは修学旅行時に芦ノ湖で乗った事のある響也のみ。しかし今から船員を確保する事も現実的では無い為『出来ない事は無い』と答える。

「息子の仇を取ってくれた人に貸すのも何だが、ボロで良ければ儂が使っていた船を貸そう。」

 そう言ってアレッシオの後をついて行くと、案内された場所には全長三メートル程の木で出来たボートが手作りの桟橋に結ばれていた。所々カビの様なシミと腐食しささくれ立った船体ではあるが船には変わりない。とは言え、こんな船で幽霊船が出るであろう海域まで聞けるのかと言われると不安しかない。

 が、その時である。

 水面が一面薄いモヤに覆われ、南から霧の壁が徐々に迫って来る。『幽霊船は霧の中に現れる』。霧を確認した四人は逃す訳には行かないとボートに乗り込むとロープを桟橋の杭から解き『行って来る』とアレッシオに手を振ると霧の中へと消えて行く。

「新月の夜に霧。悪い予感が当たらぬと良いが・・・」

 見えなくなった一行を見送るとアレッシオはポツリと呟いた。




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